第六十一話 アドベント
天河家と同じく、高龗家もまたクリスマスにはあまり縁がない。
日和もまったく興味がないわけではないのだが、彼女たちの場合当日の天候に左右される都合上、特定の日に何か思い入れをすることを避けることが身についている。楽しみにしていた日が希望の天気ではなかった時、哀しい思いをするのが自分たちだからだ。
しかし、クリスマスは青画の美味しい料理やケーキが合法的に食べられるイベント。最高の料理人がいるのに食いしん坊な彼女たちが見過ごすはずもなく。
昔から高龗家と天河家では、12月に入るとクリスマスっぽい仕様に変わる。日本のようにイブとクリスマス当日だけでなく、欧米風にクリスマスまでの期間を楽しむのだ。
「わああ!! 今年の天河家特製神級魔道具アドベント・カウントダウン・ボックスめちゃ豪華だね!!」
クリスマスまでの期間、居間に設置される特製アドベントカレンダー。毎日違うお菓子が仕込まれた木製の家型ボックスで、当然作ったのは青画である。
「すごいだろ日和? 今年は人数も増えたし、ホムラ先生に頼んで作った特別製だ。ちなみに今日のお菓子は、アルコール抜き極上ラムレーズンモナカだ。日和たち全員分公平に用意してあるから安心してくれ」
日和たちは毎日出てこられないので、ちゃんと全員分全種類揃えている。特に白雪や響のようなレア人格はこれまでは悔しい想いをしてきたけれど、これからは加護の力で保存できるので出て来たときにまとめて食べる楽しみが増えた。
「やったああ!! ラムレーズン大好き!! って、そうじゃなくて――――兄さま、何か私に言うことはないんですか?」
わざわざくるりと回ってみせる日和。
「ごめん、あんまり可愛いから言葉にならなくて。思っていた以上に似合ってる、世界一の……俺だけのサンタさんだ」
日和専用特製サンタコスチューム、名付けてサンシャイン・スノー・ベリー。王道アイドル感100%のふんわりミニ丈ケープドレススタイル。鮮やかな太陽のスカーレットは温かいウール素材を使用。胸元には大きな白いサテンリボン、歩くたびにひらひらと星が舞うように広がるボリュームたっぷりのフレアミニスカートには、まるで降り積もったばかりの初雪のような真っ白で最高にモコモコなボアファーがこれでもかと贅沢にあしらわれており、ねこ耳フードのサンタ帽が彼女の可愛さを限界まで高めている。
「えへへ……兄さま、ありがとうございます!!」
ストレートに褒められるのはもちろん嬉しいのだが、自分のためだけに青画がデザインしてくれたという事実が嬉しくてたまらない。日和は恥ずかしそうにねこ耳をぺたんと寝かせながら愛しい許嫁の胸に顔を埋める。
「あのね……兄さま」
「どうした日和?」
少しだけ申し訳なさそうに瞳を伏せる日和。
「あのね、普通のサンタ衣装用意してもらうことって出来るかな?」
「あ……悪い……そうだよな、俺のこだわりを押し付けすぎていたかもしれない。わかった、すぐに普通の衣装を用意する」
どうやったら最高に魅力を引き出せるか、そのことしか考えていなかった。あくまで着るのは彼女たちだというのに。青画は深く反省する。
「えっ!? ち、違うよ!? この衣装が嫌なんじゃなくて、兄さまだけに見てもらいたいから普通のが欲しいっていうことなんだけど……」
予想外の反応に慌てて釈明する日和。
「あ……なるほど、ああ、わかった、そういうことか。ふふ、それはなんというか……とても嬉しいな」
青画の嬉しそうな表情に日和はぼーっと魅入られたように惚けてしまう。
「……日和」
「ひ、ひゃい!?」
唐突にお姫様抱っこされて変な声が出る日和。
「俺の部屋……行こうか?」
「えええっ!? ま、まだ昼間……だよ!?」
ぼんっ 耳まで真っ赤になる日和。
「月明かりの下で眺める日和も捨てがたいけど……お前はやっぱり太陽の下でこそ輝くからな」
「に、にゃああっ!? 真顔でそんなこと言われたら恥ずかしい……!!」
照れまくる日和のおでこに青画がキスを落とすと、日和はコクリと頷く。
「……良い雰囲気のところ申し訳ないのですが、青画くん、これはどういうことですか?」
二人を遮るように仁王立ちしているのは――――一頭のトナカイ。
「その声は――――お母さんっ!?」
「おお!! とても似合ってますよ、春夏さんっ!!」
「そ、そうかしら……? ふふ、たしかにこの毛皮の肌触り、立派な角、燃えるように真っ赤な丸いお鼻、どこから見ても本物のトナカイにしか見えない無駄に高いクオリティ、まあ……本物のトナカイ見たこと無いんですけどね、って、違うわよっ!! 青画くん、なんで私だけトナカイ衣装なのよ!?」
日和を始めとして、皆可愛いサンタさんの衣装なのに、春夏だけはトナカイの全身着ぐるみである。彼女が憤るのも無理はない。
「そんなの、決まっているじゃないですか!! 真冬の春夏さんが一番落ち着くのは露出が無いトナカイが一番だと思ったからです!! それにトナカイの着ぐるみ越しに魅力が伝わるのは春夏さんだけですし、なにより春夏さんを他の人の視線に晒すなんて耐えられませんから!!」
クリスマスにトナカイが必要だと聞いた青画が悩んだ末に決めたのだ。そこには本気の熱意と真っすぐな想いがたしかにあった。
「そ、そうよね……え、えへへ……うふふ……ま、まあ……トナカイ役を務められるのは私ぐらいしかいないもの。実はとても気に入っていたのよ?」
(……着ぐるみ越しでよくわからないけど、お母さん間違いなくだらしない顔をしているよね?)
娘だけに母のことは手に取るようによくわかる。
「さあ、青画くん、日和、二人とも私の背中に乗って!!」
「えっ!? あ、いや……さすがに無理ですよ」
「大丈夫、神楽で鍛えてるから!!」
「兄さま……お母さんこうなったら頑固だから……」
トナカイの黒い瞳から凄まじいやる気が感じられる。たしかに引く気はないらしい。
「それじゃあお言葉に甘えて……」
「乗るよお母さん」
その日――――屋敷内でトナカイに乗って移動する青画と日和の姿が目撃され、大騒ぎになったとかならなかったとか。
「はい、ちゃんと人数分ありますからちゃんと列に並んでくださいね」
天河家の屋敷は朝から騒がしい。青画がクリスマスっぽい雰囲気を出すために、巨大なシュトーレンをたくさん作ったのだ。
シュトーレンとはドイツの伝統的な菓子で、酵母の入った生地に洋酒に漬け込んだドライフルーツやナッツ、スパイスをこれでもかと練り込んで焼き上げたもので、焼き上がった後、表面が真っ白な粉砂糖で厚く、まるで雪山のように覆い尽くされているのが特徴。これは幼子キリストを包むおくるみを模しているとも云われている。
クリスマスを待つ4週間のアドベントの期間中、毎日薄くスライスして、少しずつ食べていくというのが伝統的な食べ方。日にちが経つほどフルーツの風味が生地に染み込んで美味しくなってゆくので、クリスマスがどんどん待ち遠しくなる魔法のようなスイーツなのだ。
青画の作った特製シュトーレンは、毎朝スライスされてメイドや従業員たちに振舞われているのだが、あまりの美味しさに一日かけてちびちび食べるのが彼らの楽しみとなっている。
「貴女金曜日有休だったわよね? その日のシュトーレン私に譲ってくれない?」
「は? 有休なら取り消したわよ、貴女こそ有休消化しろってメイド長から言われてたわよね? 勿体ないから私が食べておいてあげるわ」
この程度は可愛いもので、大金をはたいて譲ってもらおうとする者も後を絶たない。ただし、誰一人譲る気がないので取引が成立することはないのだが。
そんな人々をあざ笑うかのように大量のシュトーレンを優雅に召し上がろうとする一人の女性が。
「ふふ、たったそれだけしか食べられないなんてお可哀想ですね。それにしても……雪が降らなければ食べられないという究極のお預けで焦らされて食べるシュトーレンのなんと甘美なことか……カロリーを気にせず食べるという罪悪感がまた……じゅるりっ、はあ……はあっ……」
食べる前から昇天しそうな白雪である。美少女の鬼気迫る迫力に誰も近づくことすら出来ない。
「待て白雪、もしかしてそれ全部食べるつもりか?」
「はうっ!? 青画さん、まさか……止めるつもりなら無駄ですよ、私はこれを生き甲斐にしてきたのですからっ!!」
くわっ!! 凄まじい気迫でシュトーレンを隠す白雪。
「あ、いや……実はブッシュドノエルを作ったから皆で食べようと思って。それ全部食べちゃったらもう食べられないだろ?」
カシャーン 手に持っていたフォークを大理石の床に落とす白雪。
「くっ……私はどうすれば……まるで身体が二つに引き裂かれるような痛みが――――はっ!? これはまさか青画さんのお仕置きでは!?」
顔を真っ赤にして悶える白雪。
「えっ!? いや……ご褒美のつもりだったんだけど――――」
「はいっ!! 私にとってはこれ以上ないご褒美ですううっ!!」
「そ、そうか……? まあ……喜んでもらえて嬉しいよ」
遠い目をする青画であった。




