第六十話 クリスマスの予定
「青画はクリスマスってどうするんですの?」
珍しく青画の膝の上に乗って甘えていた朱璃は、ちらちらとカレンダーに視線を送りながら落ち着かない様子で尋ねる。
「ん? クリスマスかあ……うちは縁がないからなあ、特に何もないけど?」
バリバリの神道家である天河家に異教のイベントであるクリスマスが入り込む余地はない。別に禁止されているわけではないし、日本におけるクリスマスは宗教行事というにはもはや原型を留めていない別物なのだが。
「実はフェニックス・ライブでクリスマスイベントをいたしますのよ。黒乃姉さまには許可はいただいているのですが、興味はありまして?」
天河市というある意味で非常に閉鎖的な土地においてフェニックス・ライブは異物でしかない。天神祭や朱璃と絵里香が天織さまとなったことで表面的には受け入れられてはいるが、本当の意味で受け入れられるようになるためには、地道に継続的に地元民と交流を続けてゆく必要がある。娯楽の少ない地方にとってクリスマスは絶好の機会でもあるし、既存の地元イベントとも競合しないので軋轢を生む可能性も低いというわけだ。
「へえ……それはいいアイデアだと思う。良かったら俺も手伝わせてくれないか?」
「えええっ!? それは願ってもないことですが……お忙しいのでは?」
「暇ではないが、大切な朱璃のことを手伝いたいんだ、それにそれならもっと一緒にいられるだろう?」
ぎゅっと抱きしめられて耳まで真っ赤になる朱璃。
「そ、そういうことでしたら……お願いしますわ」
瞳が熱を帯びて揺れる。鼓動が痛いほど速くなる。青画の触れた場所から全身が熱くなってゆく。初めてというわけでもないのに、いつまで経っても慣れる気がしない。
「それで、どういう感じのイベントになるんだ?」
「え? あ、ああ、それは――――」
「朱璃姉さま、交代の時間です。後の説明は私にお任せください」
青画の膝から引きずり降ろされて、キッっと絵里香を睨みつける朱璃。
「……いつから居たんですの?」
「最初からです。五分前集合はビジネスの基本ですから」
入れ替わるように青画の膝の上に乗り、胸に顔を埋める絵里香。
「くっ、仕方ありませんわね……では説明は頼みますわ」
悔しそうにしつつも、素直に従い去ってゆく朱璃。
「なあ絵里香、もしかして最近代わる代わる膝に乗ってくるのは――――」
「はい、皆で決めたルールです。ご迷惑でしたか?」
不安そうに瞳を揺らす絵里香。
「そんなわけない。俺にとってもかけがえのない時間だから、感謝してる」
「そう……ですか。嬉しい……です」
頬を染めて青画の匂いを堪能する。普段の凛々しい姿を知っているからこそ、そんな絵里香が可愛くて仕方がない。
「このまま部屋にお持ち帰りしても良いかな?」
「っ!? そ、それは……その……まだ仕事が……あ、いえ、仕事は後回しでも良いのですが……次の順番がありますから……時間が」
しどろもどろになる絵里香。
「ごめん、困らせるつもりはなかったんだ、クリスマスイベントのことを聞かせてもらっても?」
「も、もう……青画さまは時々意地悪ですよね……えっと……クリスマスイベントですが、弊社専属のVチューバーがクリスマス限定コスチュームで集合して仮想クリスマスパーティーを行います。本社ビル全体もイルミネーションで飾り付けをして、巨大なクリスマスマーケットも企画しています。メインホールには市内の子どもがいる家族を招待して、Vチューバーのコスプレ、あるいはクリスマスコスプレをしてきた子どもにはプレゼントも用意しています」
天河市は大都市ではないけれど、そこそこ人口はあるし、出生率は全国トップクラス。すべての子どもがいる家庭を招待するとなると莫大なコストが必要になるが、こうした投資は決して無駄にはならない。家族との楽しい思い出は一生消えることはないし、その良いイメージはそのまま企業イメージそのものに直結するからだ。
「なるほど、あの地獄のような発注はこのためだったんだな」
フェニックス・ライブ所属のVチューバー全員のクリスマスコスチュームのデザインを描いて欲しいという無茶振りを思い出して遠い目になる青画。
「あ、あはは……その節は……本当にお疲れ様でした。私でよければ癒してさしあげますからね。なんでも言ってください」
「ありがとう絵里香、でも……なんでもなんて言うもんじゃない。俺はこう見えて結構悪い奴かもしれないんだから」
「青画さまが悪い奴ならば、この世界は間違いなく地獄そのものだと思いますが……?」
本気でそう思っているのが伝わってくる強い意志を秘めた瞳。半分冗談で言った青画だったが、さすがに恥ずかしくなってくる。
「そ、それにしても太っ腹だな? かなりの費用が掛かるんじゃないか?」
「それについてはご心配なく。本家からも支援がありますし、スポンサー企業からの出資や広告収入も大幅に増える見込みなので、中長期的に見ればむしろプラスになりますから」
「なるほど、それなら皆にとってメリットしかないわけだ。ところで……絵里香もクリスマスの格好するのか?」
Vチューバーのクリスマスコスチュームと同時に婚約者全員のクリスマスコスチュームのデザインも頼まれて描いたことを思い出す青画。
「はい、当日だけでなく期間中の二週間は私たち全員がクリスマスコスチュームでお客さまを出迎える予定です。楽しみにしていてくださいね!」
当然、脳内で完璧にシミュレーションしているのでイメージは出来ているのだが、実際に着ている姿は別次元に決まっている。
「それは楽しみだけど……」
「ん? どうかされましたか?」
「いや……なんというか、出来れば一番最初に見せて欲しいな……って思ったんだ」
たまに見せるわずかな嫉妬心や独占欲。それを恥ずかしそうに伝えられてはたまったものではない。
「あ、当たり前じゃないですか!! もちろん青画さまに最初にお見せします!! 本当は青画さま以外には見せたくないんですからね!!」
「お、おう……!? 楽しみにしてるよ絵里香」
絵里香に伝えたということは、全員に伝わったということである。それだけ婚約者同士の連携は強固で、どんな些細なことでも共有している。もちろん青画はそんなことを知る由もないが。
「さあ、そろそろ時間ですよ絵里香さん」
「ああ……もうそんな時間ですか、名残惜しいですがこれで失礼します」
楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。交代の時間が来たので去ってゆく絵里香を見送りながら、青画は若干困惑した視線を向ける。
「あの……光明姉さん?」
「何でしょうか青画?」
当然のように膝に乗ってくる鏡塚光明が不思議そうに首を傾げる。
「えっと……神社総庁のお仕事は大丈夫なのですか?」
天岩戸大作戦以降、ずっと屋敷に滞在している光明だが、さすがに心配になってくる。
「言ってなかったですか? 私、総長を辞めたんですよ」
にっこりと眩しい笑顔で微笑む光明。
「そ、そうなんですか!? ま、まあ……それなら良いんですけど。いつまで屋敷に?」
「青画は私を追い出したいのですか……?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!! 光明姉さんが良ければ好きなだけ滞在してください。俺もその方が嬉しいですし」
青画は幼い頃から光明に懐いていて、遊びに来たときはいつもべったりだったし、別れ際には大泣きしていた。東京在学中、神社総庁の総会で料理を作ったのは、光明に頼まれたということもあったが、単純に会いたかったから。そんな彼女が屋敷に滞在してくれることを喜びこそすれ迷惑に思うことなどあり得ない。必死に弁明する青画を見て、我慢出来ず吹き出す光明。
「そんなに必死にならなくとも……わかっています。安心してください、これからはずっと一緒ですから」
優しい眼差しで可愛い青画を見つめる。
「えっと……それってどういう……」
「忘れたのですか? 私をお嫁さんにするって言ってくれたじゃないですか? それに――――私のすべてを知られてしまっているのですから、今更他所へなんて行けません。責任、とってくださいね?」
幼い頃の約束、ただ一緒にお風呂に入っただけ。
(……少しズルいでしょうか。でも――――これ以上気持ちを抑えられない)
青画には日和という許嫁が居た。父黄河と同じであればチャンスは最初からなかったが、そうでないと知ってしまった以上、もう止められなかった。
「光明姉さん……俺のすべてをかけて幸せにするって約束します。本当に嬉しいです」
愛しい青画に抱きしめられて――――遠かった温もりが今はすぐそばにある。積み上げた思い出と秘めた想いが零れて涙に変わる。
「うん……ありがとう青画、でもね――――私はもう誰よりも幸せなのですよ」
「どうしよう……ものすごく声掛け辛いんだけど」
とても良い雰囲気の二人。次の順番であるホムラは、どうしたものかと苦悩するのであった。




