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お天気彼女  作者: ひだまりのねこ


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第六話 春之神楽


「まだ三分咲きってところですね……」


 高龗神社が鎮座する本殿と姫鏡山の奥に広がる一帯は、森全体が一般人立ち入り禁止の聖域となっており、管理者である天河家および高龗家の関係者しか入ることが出来ない。そのため森は今でも古代の面影を残し、希少で多種多様な山桜が自生している。


 桜はようやく蕾が開き始めたばかりで、まだ至る所に雪が残っている。確実に春は来ているけれど、冬の残滓がまるで昔ながらの湯船のように冷たい層を成しているのと似ている。


 本来であればまだお花見には早すぎるのだが、今回の目的は満開の桜ではない。


「日和、話には聞いていましたけど、春之神楽が生で見られるなんて……ワクワクが止まりません」

「真白は、前から見たがってましたよね。本当にすごいんですから!!」


 盛り上がる親友同士。純粋に観客として浮かれている真白と違い、日和はどこか緊張した面持ちである。それもそのはず――――


「日和、次回からは貴女が四季神楽を担うのですから、しっかり見ておくのよ」

「は、はいお母さん」


 今回までは宮司である母、春夏が行うが、次からは日和が神楽の舞を奉納することになっているからだ。現在、本番に向け日々厳しい練習と修行を積み重ねている真っ最中。


 青画たちも普段見ることが出来ない秘儀、四季神楽を実際に見ることが出来るという稀有な状況に少なからず興奮を隠せないでいる。


 これから行う春之神楽は、神楽を奉納し、四季を司る神々を降臨させる四季神楽の一つで、この国に四季をもたらす重要な儀式の一つ。近年、四季のバランスが崩れてきているのは、四季神楽を奉納することが出来る巫女や宮司が全国的に減ってきているからに他ならない。


 本来、一族のものだけに立ち会いが許されている四季神楽だが、青画と日和が結婚することとなり、奉納者が世代交代するという特別な事情から今回の花見会が実現したというわけである。


「……それでは早速始めさせていただきます」


 桜萌黄の狩衣を完璧に着こなし、紫の差袴を引いて一歩前に出た春夏の表情は、普段のほほんとした雰囲気とは別人のように凛として美しく張り詰めていた。その姿は、春の大地に気高く咲く一凛の花のようで――――


「……聞き届けたまえ」


 彼女が深く一礼した瞬間――――たしかに風が止まった。


「シャン!」


 鼓動すら聞こえてきそうな静寂の中、凛とした鈴の音が響く。神楽鈴を振るう所作は、空間を断ち切るように鋭く、彼女が袖を翻せば、冬の冷気が春の温もりへと一瞬で溶け変わり、空気の密度が明らかに変化する。


 春夏は深く息を吐き出し、鈴を鳴らすような透き通った声で祝詞を紡ぎ始める。


「慎み敬い 八百万の神垣に 御霊を乞い願わん――――」


 その声は、いつもの春夏のようでどこか違うような不思議な響きを帯びている。ゆっくりと片足を上げ、静かに大地を踏みしめると――――ふわああ そこから波紋のように春の匂いが広がってゆく。


「天つ風 地つ水 今こそ我が身を器となし 四時の巡りを此処に顕したまえ――――」


 奉納の詞――――神を招き入れるための、静謐な呼びかけに空気が震える。


 彼女が天に向けて扇を鋭く翻した瞬間、天から目に見えない――――たしかな重圧が降り注ぎ、彼女の肩を、指先を、意思を塗り替えてゆく。


 カチリ、と音がしたかのように彼女の首が傾き、再び顔を上げたとき、その瞳は淡い桜色に染まっていた。人間らしい迷いや愛嬌は消え、そこにあるのは、ただ無慈悲なまでに美しい神の眼差し。


 ――――木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)。その名の通り木の花が咲き匂うように美しい春の女神の降臨が今ここに降臨したのだ。


(日和の神がかりみたいだ……)


 青画が心の中でそう呟くと、春夏の桜色の瞳と目が合った。魂を直接撫でられたような、抗いようのない感覚に赤くなると、ふふふ、と春の女神が微笑んだような気がした。


「シャン!シャン!」


「東の 風のまにまに 解けゆく氷の――――」


 彼女の舞は、大気の脈動そのもの。袖を振れば、どこからともなく生暖かい東風が吹き、皆の頬を撫でてゆく。風は次第に渦を巻き、巨大な螺旋となって、冬の残滓をすべて吹き飛ばしてゆく。


「眠れる魂を 呼び醒まし 霞たなびく 空の果て――――」


 彼女が大地を指し示せば、冬の眠りにあった種が一斉に芽吹き花を咲かせ――――木々に向けて扇を広げれば――――蕾たちが一斉に身をよじるようにして膨らみ、パチパチと音を立てて爆ぜるように開花していく。数秒前まで三分咲きだった桜の枝が、瞬く間に重たげな薄紅の雲へと変わっていく。


「――――八重の桜よ 咲き誇れ」


 最後の祝詞とともに、神楽鈴が天高く振り鳴らされる。


「シャン!」


 鋭く力強い鈴音と同時に、パアアア――――世界が弾けた。


 一斉に咲き誇る満開の桜が、神の突風に煽られて視界のすべてを薄紅の花びらが埋め尽くす。雪でも雨でもない、圧倒的な密度の花吹雪の嵐。空が見えなくなるほどの花弁の渦中で、神を宿した彼女だけが、その中心で静かに、そして残酷なほど美しく微笑んでいた。


 降り積もった花びらと、彼女が残した圧倒的な神気の余韻。その場にいた全員が、自分たちが歴史の目撃者になったことを悟り、一生その光景を忘れることはないだろう。不思議なことにあれほど散ったはずの桜の花は、少しも枝から失われてはいない。


 舞を終えた春夏は、花吹雪の天を仰ぎ、静かに微笑む。その姿は、一瞬だけ神そのもののように見えたが、神格が去り瞳の色が戻ると、そこには一仕事終えて少し疲れた、けれど最高に美しい母の顔があった。


「――さあ、次はあなたの番よ、日和」


 春夏は日和にバトンを渡すように、ゆっくりと優しく抱きしめる。


「……うん、任せて」


 日和の力強い意志のこもった眼差しに、春夏は安心したように小さく息を吐くと――――


「ああ……疲れちゃって足元が――――」


 そのまま狙ったように青画の胸に倒れ込む。


「だ、大丈夫ですか春夏さん!?」

「ううん……力使い果たしちゃったから……少しバスの中で休むわね。悪いんだけど連れて行ってもらえるかしら?」

「もちろんです」


 青画にお姫様抱っこされながら、春夏は小さく舌を出す。


(ふふ、ごめんね日和。今だけは青画くん堪能させてもらうわ)




「わああ!! 豪華なお花見弁当すごいです兄さま!!

「ふふふ、お兄さまは料理の神、ですからねっ!!」


 日和が目を輝かせると、真白がなぜか誇らしげに胸を張る。


「くっ……空腹に青画の料理……これほど凶悪な組み合わせはないだろう」

「ああ……本当に来て良かった……青画くんの手作り弁当……神々しい……」


 連日連夜のハードワークで疲れ気味だった黒乃と綾は、待ちに待ったお弁当タイムに歓喜の涙を流す。


「うふふ……日和と結婚したらこれからは毎日青画くんの料理が食べられるのかしら……最高ね」


 娘ともども面倒見てもらう気満々の春夏まで。女性陣はすっかり青画の作った料理に釘付けになっている。


(……皆さま料理は壊滅的ですからね)


 これだけ女性がいるにもかかわらず、誰一人料理が出来ないという事実。深町は残念そうに首を振る。


 一方の青画は、実家ではずっと姉と妹のご飯担当。元々料理をするのが好きだったというのもあるが、天河家の料理人の元で修行したプロ並みの腕前である。料理人としても成功したであろうが、大好きな人たちが美味しいと食べてくれることこそ一番の喜びであり癒しであると考えているので、あくまで料理は家族や大切な人にふるまうものと割り切っているのだ。


「名付けて、春凪弁当――――春夏さんの舞へ感謝を込めて作りました」


 少し照れながら料理を紹介する青画に――――


「ありがとう青画くん、私とも結婚しましょうね!!」


 感極まって青画に抱きつく春夏。


「ちょ、ちょっとお母さん離れてっ!!」

「なっ!? 青画、それなら私とも結婚しよう」

「お兄さま、私もお忘れなく!!」

「えっ!? あっ!? よ、良かったら……私も……」


 青画は、皆に抱きつかれ身動きが取れなくなってしまう。


「あの、せっかく作ったのでとりあえず食べませんか?」


 その言葉に、皆、はっと我に返り、名残惜しそうに青画から離れる。そして――――その意識は、目の前の重箱へと移る。


「えっと、壱の重は彩り華ちらし寿司です。桜色に染めた酢飯に、いくら、海老、薄焼き玉子の黄色、絹さやの緑を散らしたもの。アクセントにエディブルフラワーの桜を添えてあります」


 春の色彩が目に愉しい。皆の表情も自然と笑顔になる。


「弐の重は春の揚げ物と焼き物。鰆の西京焼きに筍と山菜の天ぷら、お花の形のだし巻き玉子も自信作ですよ」


 卵焼きどころか目玉焼きすら黒焦げにする女性陣は、不都合な現実から目を逸らしつつ、その超絶技巧に感嘆のため息を零す。


「参の重は肉料理と煮物。ローストビーフの桜塩添え、食べ盛りの皆も満足する食べ応えのあるスタミナ抜群のメニューです。飾り切り野菜の煮物は梅の花に形取った人参や、蝶々かぼちゃ――――それから――――」


 春之神楽の奉納という極限の感動と緊張の後ということもあって、皆お腹がぺこぺこだ。青画渾身のお花見弁当紹介が終わるやいなや――――


 いただきます!!! 全員一斉に箸を付けて食べ始める。


「本当に美味しい……」

「ああ、生きててよかった……」

「最高の景色と極上の料理……」


 濃厚な春の香りに包まれながら、女子たちの胃袋は完全に青画の料理に掴まれるのであった。


『そのだし巻き卵とやらを所望する』

「はい、どうぞ春夏さん――――えっ!?」


 一瞬だったが、青画にあーんしてもらった春夏の瞳は淡い桜色だった。



「甘味は、三色団子と桜餅です。カロリー控えめ、甘さ控えめなのでたくさん食べても大丈夫ですからね」


 甘いものは別腹――――とは言うけれど、青画の作る料理は甘味まで含めてバランスが考えられているから安心して食べることが出来る。


「青画の甘味は実質カロリーゼロ」

「食べた分青画くんのために働くから差し引きゼロカロリー!!」


 カロリーを気にする黒乃と綾だが、普段からハードワークしている二人にはむしろもっと食べて欲しいと青画は考えている。


「んううう……毎日こんなの出されたら……幸せ過ぎて太っちゃいそう」

「大丈夫ですよ日和、私はお兄さまの料理が食べられなかった四年間の方がストレスでむしろ太ったくらいですから」


 日和も真白も自分で作るという発想はない。ちなみに真白の体重が増えたのは、成長分やストレスもあるけれど、毎日の食事管理を青画が完璧にコントロールしていたから、という方が大きい。


「お坊ちゃま、少し残り物をいただいてもよろしいでしょうか? 家族へのお土産にしたいのですが」

「もちろんですよ深町さん、タッパー用意してあるんで詰めてお渡しします」


 美味しい、美味しいと食べる皆を見て――――青画は、次は何を作ろうかな……と楽しそうに考え始めるのであった。

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