第五十八話 ようこそ天河市へ
「皆、協力して欲しい」
天照大神を引っ張り出すための――――いわば現代における天岩戸大作戦だ。
黒乃、青画、真白が頭を下げる。
「もちろんです、黄河さんと紫乃さんは私の大切な先輩で恩人ですから。高龗家の総力を挙げて協力します」
「私も全力で協力するからね!!」
「私も微力だけど手伝わせて」
春夏と日和、綾はこれ以上ないほどヤル気に満ちた瞳で意気込んでみせる。
「私と絵里香はもちろんですが、鳳凰院家も全面協力させていただきますわ」
「何でもやります」
朱璃と絵里香も負けていない。
「えっと……私が何か役に立てるとは思えないけど、遠慮なく何でも言ってね?」
今回、出番はなさそうだが、それでも黙って見ていることなど出来ない。ホムラの言葉に青画たちも嬉しそうに微笑む。
ここにはいないが、望月ら天河家の者はすでに全国に散って作戦のために動き始めている。歴史上類のない試みだが、誰もが何としても成功させようという強い想いで動いているのだった。
東京 神社総庁――――
「なんだと!? 今なんと言ったのだ!?」
神社総庁のトップである統理、正倉院御倉は事務方トップである総長、鏡塚光明からの報告を聞いて椅子から転げ落ちそうになる。
「はい、ですから……天河家が全国の巫女、正確には神がかりの資質がある者全員に協力要請をしたのです」
「……天河家は世界征服でもするつもりなのか!? 神がかりの資質を持つ者は貴重だ、要請したところでまず集まることはないだろうに……一体何を考えているのだ?」
巫女は多いが、実際に神を降ろす依り代となることが出来る巫女となるとそれほど多くない、どころか全国的に人手不足だ。そして、そういった者はそれぞれの地域で重要な神事を担っているだけでなく、掛け持ちで飛び回っている状況、余程のことがない限り地元を離れることは無いし、神社総庁への出庁も免除されているほど忙しい。
「いえ、私が知る範囲では全員協力に応じる姿勢を見せております」
「はあっ!? そんな馬鹿な……大金でも積んだのか?」
「統理ともあろう者がなんと下品な……。そうではなく、あの天河青画の料理が振舞われるらしいのです。しかも最高級の食材を惜しげもなく使った神級のフルバージョンが食べ放題……もちろん私も参加しますが」
神社界隈で青画の料理を知らないものはまずいない。なぜなら青画が東京にいる時、何度か神社総会で料理を振舞ったことがあるからだ。
「な、なんだとっ!? ふ、ふむ……まあ……他でもない天河家の協力要請だ、神社総庁としても無視出来まい。私も行く準備をしなければ――――」
「何言っているんですか? 統理は神がかりの資質無いじゃないですか。それに私が行っている間、誰が神社総庁を守るんです? 貴方はお留守番です、お、る、す、ば、ん」
総長の言葉に膝から崩れ落ちて絶望の表情を浮かべる統理。
「た、頼む、後生だから私も行かせてくれっ、ほ、ほら、何かの役に立つかもしれないだろ? なんたって私は統理なんだぞ!!」
懇願する統理を冷たい瞳で見下ろす総長。
「仕方ないですね……私が総長を辞めて良いなら構いませんが……」
「そ、それはさすがに困る……」
「では仕方がないですねお留守番統理。土産話くらいはして差し上げます、では私は準備がありますので――――」
「ま、待ってくれ!!」
くるりと背を向けて歩き出す総長の足に縋りつく統理。
「……何しているんですか? それ完全にセクハラですが……埋めますよ?」
「ひぃっ、す、すまん、だ、だが――――私も食べたいんだあああああ!!! 総長辞めて良いから!! だから――――」
「退職金は?」
「出す、満額出すから!!」
氷の温度で見下ろしていた総長がニヤリと笑う。
「わかりました、一緒に行きましょう」
「あ、ありがとう……恩に着る」
(まあ……本当は最初から統理も招待されていたんですけどね)
鳳凰院家の全面協力で、全国各地からの移動や宿泊などの諸費用はすべてクリアになり、専用のチャーター機で次々と巫女たちが天河市に集結する。
「……天河市、初めて来ましたが……尋常ではないですね」
「はい……まるで街全域が神域のような……」
「あ、あの……とんでもない数の神々を感じるのですが……!?」
さすが選りすぐりの才能を持つ巫女たちだけあって、すぐに天河市の特異性に気付く。
「へえ……ここが天河市ですか……これは凄いですね」
「私にはただの地方都市にしか見えないが……」
「はあ……こんなのが統理をやっているとか笑えませんね、この地に満ちる神気が感じられないとか……」
「そこまでかね!?」
「ええ、本来一番神気が薄いはずの空港でこの濃度……他の地域なら神域指定されるレベルです」
空港に降り立った総長と統理の温度差がすごい。統理はあくまで名誉職であって宮司や巫女とは関係ない人物なので仕方ない部分もあるのだが。
「ようこそ天河市へ。長旅で疲れただろう?」
二人を出迎えたのは、天河家当主にして市長、天河黒乃と――――
「お久しぶりです、御倉さん、光明さん、わざわざお越しいただきありがとうございます!!」
爽やかな笑顔が眩しい青画である。
「あ、ああ、出迎え感謝する。一度来てみたかったので嬉しく思っている」
統理はあくまで一般人なので二人の持つ神気を感知出来ない。だから多少気圧されつつも普通に接することが出来るのだが――――
(くっ……なんという神気……本当に人間なのですかこの二人は……)
特に青画の変化が凄まじい。神が人化していると言われた方がまだ信じられる。人間ならば誰もが多少なりとも持っている穢れがまったくないからだ。
「お久しぶりです、黒乃ちゃん、青画くん。しらばく会わない間にずいぶん立派になってもはや直視するのが難しいくらいですよ」
光明は国内屈指の資質を持つ最高クラスの巫女の一族であり、史上最年少で総長に就任した才媛。天河家との縁も深く、黒乃や青画から見て母方の従姉にあたる。
「ふふ、光明姉は少しお疲れのようだな? 後で青画にマッサージでもしてもらうと良い」
「っ!? それは楽しみですね、お願いしても良いですか青画くん?」
「もちろんです、子どもの頃を思い出しますね」
「そ、そうですね……」
天河家では皆が一緒に入浴するのが普通だった。そして――――風呂上がりに青画にマッサージしてもらうのは至福の時間……思い出して赤面する光明。
「統理殿にはフェニックスホテルの最高級スイートルームを用意している。本番までゆっくり寛いで旅の疲れを癒してくれ。では行こうか光明姉」
「ええ、では統理、ごきげんよう」
「え? あ……うむ」
黒乃の言葉に、このままでは青画の料理が食べられないのでは、と慌てる統理だったが、勝手についてきて青画の料理を食わせろとはさすがに言えない。おそらく本番では食べれるはずだからと自分に言い聞かせる。
今回の作戦のために全国から集められた巫女は、およそ千人。さらに宴を盛り上げる演奏家や料理補佐、会場造営のための人員など多くの人間が集められている。天河家の屋敷は広いけれど、さすがに全員は受け入れられない。統理を始め、天河家に泊まりきれない者たちは、フェニックス・ライブの本社ビルに併設されているホテルへ案内された。
「うわあ……ここって一番安い部屋で一泊最低二十万するホテルですよね!?」
「天河家ってこんなにお金持ちだったの?」
「なんでもあの鳳凰院家が全面的に支援しているらしいですよ? ほら、ここへ来るときも鳳凰院家の自家用ジェットだったでしょ」
「よくわかりませんが……なんだかすごいことになっていますね」
「たしかに……有名な巫女がこれだけ集まることなんて無かったから……」
たしかに素晴らしい環境ではあるのだが、ホテルに案内された者たちの表情は暗い。なぜなら、彼女たちがわざわざここへやって来たのは他でもなく、青画の料理が食べるためなのだから。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます」
宴会場に現れた案内役に会場がざわめく。
「え? あれって……灰月クラリスだよね!?」
「なんでこんなところに……?」
「うわあ……生クラリスさま可愛い……♡」
突然超有名人が登場したのだ、驚くのも無理はない。灰月クラリスはそんな様子を気にするでもなく、淡々と説明を続ける。
「事前に説明した通り、本番の宴では皆さまは神々の依り代となっていただきますので、おそらく料理をほとんど楽しむことは出来ません」
クラリスの言葉に絶望する巫女たち。中には泣き出す者すらいる。
「ですがご安心ください。我が主である青画さまがそんな皆様のために腕によりをかけて最高の食事を用意しております!!」
うわああああああ――――沈み切っていた会場が一気にヒートアップする。
夏祭り以来封印していた分身を解禁した青画によって、屋敷はもちろんホテル組の胃袋もがっちり掴まれてしまうのであった。




