第五十七話 一筋の光明
『んふう!!! この、あいすくりーむとやらは実に美味だな』
青画の手作りアイスクリームは、天河牧場の搾りたてミルクと天河農園のフルーツという最高のマリアージュから生まれたまさに神のスイーツである。
「白山比咩神さま、色んな味のアイスクリームを作りましたから、どんどん食べてくださいね」
『うむ、最低でも全種類は食べるつもりだから心配するな』
女神の心配はしていないが、白雪のお腹は心配である。
「くっ、全種類食べたいが……確実に腹を壊すな……だが、後悔はしない!!」
「この後、公務がぎっちり詰まっていることを忘れないでよね……?」
「そういう綾だって食べ過ぎじゃないのか?」
「青画くんのアイスは別腹だから大丈夫」
黒乃と綾はこれから仕事に行かなければならず、後ろ髪を引かれる思いで席を立つ。
「大丈夫です、姉さんと綾さんの分はちゃんと残してありますから」
「信じていたぞ青画」
「青画くん、愛してるわ」
「はあ……この梅酒アイスクリーム……最高ですね」
梅酒を使った大人のアイスクリーム。春夏はスプーンを一舐めするとうっとりと艶っぽい吐息を漏らす。もちろんこの梅酒は春に皆で仕込んだものだ。
「春夏さん、私も食べたいですそれ!!」
「お酒は二十歳になってからですよ真白ちゃん」
夏の春夏であれば頼まなくても勝手にすすめてくるだろうが、冬の春夏は別人のように慎ましく礼儀や規範に厳しい。手がかからなくなるのは良いのだが、こういう時は少し融通が利かないので厄介である。
「くぬぬ……では仕方ありませんね、こっちのラムレーズンを――――」
「それもお酒だから駄目です」
「そんなあああっ!? で、ですが白雪は食べてるじゃないですか!!」
「今は神さまだから良いのです」
「真白、こっちおいで」
「お、お兄さま……?」
絶望していた真白だったが、ちゃんとアルコール抜きのものも用意されていた。細やかな気遣い、さすがは青画である。
「冬に食べるアイスクリームってなんでこんなに美味しいのでしょう」
「それについては異論はありませんが、青画さまのアイスクリームなら一年中食べたいです」
朱璃は果肉入りイチゴ味、絵里香はザク切りメロン味の贅沢で芳醇な美味しさに震える。
「私はこのミックスナッツ味が好きですね、あと黒ごま味と日本酒味もたまらないし……ああもう、全部美味しそうって反則じゃない」
カグツチホムラ先生もそろそろ限界に近づいている。なにせこのアイスクリームの試食会、百種類以上あるのだから食べきれるはずがないのだ。青画も別に意地悪しているわけではなく、単にこだわりと妥協を許さないパティシエ(イラストレーター)としての探求心を拗らせた結果、この数になってしまっただけ。
また今回の試食会には、なるべく皆の意見を広く集めたいとの意向から、屋敷のメイドたちも参加している。
「あああ……気になって仕事が手に付かないんですけど!?」
「くっ、ここまで歓声が聞こえてくる……本当に大丈夫なんでしょうね!?」
運悪く後発組となってしまったメイドたちは、アイスが無くなってしまうのではないかと仕事が手につかないありさま。先発組もアイスの食べ過ぎで使い物にならないだろうから、どっちもどっちである。
「白山比咩神さま、ちょっと外しますがゆっくりしていってくださいね」
『我のことは気にせずともよい』
試食会場から出た青画はそのまま少彦名院の両親の元へ向かう。
「あら青画さま、試食会の方はよろしいのですか?」
両親に付き添っていたメイド長の神楽耶が驚いたように振り返る。
「はい、俺が付いてますから神楽耶さんは試食会へ行ってください。どれも自慢の出来なのでぜひ感想を聞きたいんです」
「なるほど、そういうことなら喜んで。実はとても気になっていたのですよ」
そういって微笑むメイド長はまるで少女のように可愛らしく美しい。実際、神楽耶が最近とても若返ったとメイドたちの間で評判になっている。実は、青画の加護の力が側にいる彼女にも影響しているのだが、当人たちの意識は両親の回復に向いているので気付いていないのだが。
「ただ……早く行かないと無くなる種類もあるかもしれません」
「っ!? それは一大事です。では私はこれで――――」
凄まじいダッシュを繰り出すメイド長。こんなに速く動けたんだ……と驚きながら両親が眠る部屋に入る青画。
「父さん、母さん、今日はねアイスクリームの試食会をしているんだ。特に人気のあった味はフェニックスグループのカフェで提供するつもり――――あ、フェニックスグループは朱璃と絵里香の実家の鳳凰院家が運営している会社だよ。二人とも本当に素敵な女性なんだ、今度皆を連れてくるつもりだから楽しみにしていてね」
話をしている間も、全力で治療を続けている。けれど――――何も変化は起こらない。
「……どうすれば起きてくれるんだ……父さん……母さん……」
ぎゅっと拳を握り締める青画。真面目な彼はありったけの全力を注いできた。あらゆる可能性を模索して出来ることはすべてやってきたのだ。だからこそ、変化が見えないことに誰よりも苦しんでいる。自分の無力さに折れそうになる心を叱咤し、鎌首をもたげてくる疑問を必死に抑え込む。そもそもの話、なぜ両親がこんな状態になっているのかすら原因がわかっていない。
『はあ……そんな顔をするでない青画よ』
「……白山比咩神さま? なぜこちらに……」
『無茶しすぎだ馬鹿者……このままでは死ぬぞ』
人の身には過ぎた力である加護を毎日限界まで使っているのだ。それが単なる警告なのかは白山比咩神の真剣な表情を見れば嫌でもわかる。
『お前にはこれからも美味しいものを奉納してもらわなければならんのだ、他の神と違って、ただでさえ我は出遅れているのだからな』
「申し訳ありません……もう無理はしないように注意いたします」
『それならばよい、気持ちはわかるゆえにな』
白山比咩神は慈愛に満ちた表情で青画の頭を抱きしめる。
「……ありがとう……ございます……」
静寂の中――――青画のわずかな嗚咽だけが聞こえる。なんでも出来るからこそ青画は甘えるのがあまり得意ではない。自分が弱みを見せれば周りを心配させてしまうと思っている。
『……あいすくりーむの褒美だ、お前の両親が目覚めぬ理由を教えてやろう』
「っ!? 本当ですか!!」
思いもよらぬ言葉に驚く青画。
『黙って聞け。我も伝え聞いただけだから当時のことは詳しく知らぬが――――お前の両親を助けたのは天河家の祖神、天照大神で間違いない。その証拠に――――これは我の凍結の加護と同じ時を止める結界だからな』
「結界……それでは逆行の掌を使っても――――」
『無駄だろうな。この結界は天照本人にしか解除出来んゆえに』
「……天照大神さまにはどうしたらお会い出来るのでしょう?」
逆に言えば、天照大神なら解除出来るということだ。ようやく見えた一筋の光明に青画は白山比咩神に縋りつく。
『うむ……正直わからん。あ奴は禁忌を破ってお前の両親を救ったからな』
「まさか……どこかに捕まっているんですか?」
『いや最高神ゆえに裁くものがいない。とはいえ――――お咎めなしでは他の神にしめしがつかない、だから自主的に天岩戸に籠って謹慎しているのだ。明日出て来るかもしれないし、数百年後になるかもしれない……だから他の神々はお前に何も言えなかったのだろう。半端な希望ほど残酷なものはないし、神々同士の干渉はしないのが神界の原則ゆえに』
そう語る白山比咩神の姿は、アイスを食べている時とは別人のように神々しく厳しい表情を浮かべている。
「こんな話をして、白山比咩神さまは大丈夫なのですか?」
『ふふ、そうたいしたことにはならん、心配無用だ』
神界のことはわからないが、白山比咩神が相当無理をして話してくれていることくらいはわかる。あいすくりーむの対価としては大きすぎる優しさに止まりかけた涙が再びあふれてくる。
「ありがとうございます。それでも――――いつかは目覚めるということがわかって本当に救われました。もしかしたら……その時俺たちはいないかもしれませんが――――それでも間違いなく希望です!!」
少なくとも治療はしなくても良いことがわかった。だから――――これからは精一杯残そう、いつか目覚める両親のために皆との日々と思い出を記録に残すのだ。天河家も盤石にする必要がある。場合によっては数百年後までちゃんと両親を守ってもらわなければならないのだから。
『そうだ、上を向け青画。その方がずっと可愛いぞ。よく覚えておくのだ、神々は万物に宿っているということを、我らはどこにでもいるがどこにもいない。そして――――神といえどもやはり可愛いものは可愛いのだ。だから――――天照大神はお前の両親を助けたということを』
白山比咩神は青画と優しい口づけを交わす。加護を与えるためではなく、ただ愛を伝えるためのものとして。
『青画、両親ともう一度話したいか?』
「はい、出来ることなら」
『うむ、ただあ奴が出てくるのを待つというのも芸がない、我に考えがある』
不敵に笑う白山比咩神は、そっと青画に耳打ちをする。
「っ!? そんなことをしてご迷惑になりませんか!?」
『問題ない、これは青画のためということもあるが、高天原の平和と秩序のためにも必要なこと。我にも利があるゆえ気にするな。そもそもあの程度のことであれば本来罰せられるほどのことでもない。あ奴のことだから出てくるきっかけと名分がないだけだろうて』
なんの縁もなければともかく、天照大神は天河家の祖伸である。他の神が同じことをしたとしても通常は黙認される範囲。最高神だから許されるのではなく、最高神だからこそ自らを罰してみせなければならなかった。
「わかりました。そういうことでしたら全力で準備をしなければなりませんね!!」
これまでと何も変わらない。今、出来ることを全力でやるだけだ。
青画は決意と希望に満ちた瞳で、両親を見つめるのであった。




