第五十五話 初雪と白雪
「先輩、マフラー姿もカッコいいです」
頬を染めうっとりと見惚れる雨音。腕を組んで向かうのはいつもの本屋と図書館である。
首元に巻いたマフラーのおかげで身体はとても暖かいけれど、吸い込む冬の寒気は冷たくて、身体の芯まで沁みてくる。
「雨音に貰ったマフラーのおかげで冬が楽しくなったよ、ありがとう」
「えへへ、喜んでもらえて嬉しいです――――」
「っ!? 雨音、大丈夫か?」
突然、がくんと力が抜けた雨音、青画は慌てて身体を支える。
気付けば、ぱらぱらと続いていた雨音が止んでいた。
「……雪に変わったのか」
見上げる空には白いポップコーンみたいな大粒でふわふわした雪がちりばめられている。
「……やっと会えましたね……青画さん」
髪色や瞳は雨音と同じなのだが、明らかに雰囲気と声が違う。
「……久し振りだな白雪」
雪の人格、白雪は雨音以上に出現頻度が少ないレア人格なのだが――――
「はあはあ……この私を一年近く放置するなんて……ああ、お仕置きありがとうございます」
超どМなので優しい青画にとっては相性が悪い。苦手というよりは良心が痛むので困るだけなのだが。当然白雪のことも青画は心から愛している。
過去、彼女のために人工降雪機を使おうとしたり、一年中雪が降る場所へ行こうとしたこともあるのだが、白雪が断固拒否したこともあり、現在は冬にだけしか会うことが出来ない。青画はそれでも会いたいと思っているのだが、彼女自身がそのことに喜びを感じている以上、無理強いは出来ないからだ。
「あ……それが日和たちの編んだマフラーですね?」
「ああ、似合うかな?」
「はい、とても似合ってます。私だけをのけ者にしてプレゼントしたマフラーを堂々と見せつける鬼畜な青画さん……素敵です」
うっとりと瞳を潤ませる白雪。
「はあ……言っておくが白雪、俺は決めたんだ、これからはお前が望むことはしてやらないと」
「え……? それはどういう――――」
困惑する白雪を抱きしめる青画。
「もう我慢の限界なんだ、その雪の結晶みたいなサラサラの髪も、氷の万華鏡みたいなキラキラした瞳も――――全部俺のものにしたい」
「えっ!? ち、ちょっと青画さんっ!? ど、どうしたんです――――」
「好きだ、愛してるんだ白雪、だからもう遠慮なんてしない。真夏だろうが無理やりにでも呼び出すことにした。お前が嫌がっても知ったことか」
珍しく強引な青画に驚きつつもそれ以上に――――
「そ、そんな無理やりなんて……え、えへへ……うへへへ……」
結局、どっちに転んでも白雪を喜ばせるだけだった。
青画はそんな白雪を見て、もっと早くこうしておけば良かったと反省する。
「帰ったらみんなに紹介しないとな」
「いえ、私などが皆さまの貴重な時間を奪うわけにはいきませんから、どうぞ放置してください」
「何言ってるんだ? そんな嫌がるお前を無理やり皆の前に引きずり出して自己紹介させるに決まってるだろ? 拒否権なんてないからな」
「はうっ!? そ、そんな……私が人見知りなの知っているのに……はあはあ……ありがとうございます」
相変わらずの白雪に、内心頭を抱える青画だが、大切な許嫁のためならこのくらいなんでもない。
「は、初めまして……白雪と申します」
緊張した様子でぺこりと頭を下げる白雪。人見知りなのはキャラ作りではなく本当である。
「はあ……声が小さくて聞こえないんですが? まったく……どうしようもないですね」
びくうっ 真白の言葉に身体を震わせる白雪。
「ちょ、ちょっと真白ちゃん!? なんでそんな酷いこと言うんですのっ!?」
「そ、そうですよ、さすがに酷すぎると思います」
朱璃と絵里香は真白の暴言に驚くが――――
「真白の言う通りだな、その辛気臭い顔を見ると気が滅入る、なるべく顔を見せないでくれ」
「黒乃さんまでっ!?」
「本当にどうしたんですか!!」
ぽた ぽた 水滴が落ちて絨毯を濡らす。
「ほら、白雪ちゃん泣いちゃった――――え……?」
「ふへ……ふへへへへ……」
落ちたのは涙ではなく――――涎だった。
「ごめんなさい、実は白雪、超どМなんですよ」
「へ、へえ……」
真白の説明にドン引きする朱璃と絵里香。
「え、えへへ……朱璃さん、絵里香さんもなにかください」
涎を垂らしながら接近する白雪に――――
「ち、近寄らないでくださいませ、この変態っ!!」
「い、いやあっ、怖いです!!」
「ふへえっ!! ありがとうございますうううっ!!」
絶対に見せられないようなだらしない顔で歓喜に震える白雪であった。
「……白雪を見ると冬が来たなって感じがするわね」
誰よりも白雪の扱いに慣れている綾にとっては、もはや風物詩のようなものである。
「へえ……聞いてはいましたけど、想像以上ですね……でも、ちょっと計測が楽しみかも」
少しSっ気のあるホムラ先生は、これは逸材だと意味深な笑みを浮かべるのであった。
「え? 私のフィギュアですか?」
「そうそう、全員分のフィギュア作るから白雪ちゃんの計測もさせてもらうからね?」
「は、はあ……わかりました」
次いつ雪が降るかわからないので、自己紹介が終わるやいなや、白雪を計測部屋へ連れてゆくホムラ。
「ホムラ先生……これはさすがにやり過ぎでは?」
首輪に鎖、敵に捕まって拷問されそうになるヒロインを再現した衣装を見て、さすがの青画も口を出さざるを得ない。
「そんなことないですって、ほら白雪ちゃんめちゃめちゃ喜んでいるじゃないですか」
「ああ、私は青画さんに飼われてしまうのですね……ふふ、うふふふふ……」
「う……ま、まあ……喜んでいるなら良いか」
「ふふふ、久しぶりに滾りますね!! 最高傑作が生まれる予感っ!!」
白雪は喜んでいるし、ホムラも燃えている。誰も傷付かないのなら青画も何も言えない。二人がこれ以上暴走しないように見守る青画であった。
「さて白雪、そろそろお腹が空いたんじゃないか?」
「ま、まさか……お腹が空いている私の前でこれ見よがしに食べるつもりですね……!! まさに鬼畜の所業です!!」
何も言っていないのに、想像だけで喜びに震える白雪だったが――――
「言っただろ、お前が望むことはしてやらないって。俺は今からお前に無理やり食べさせるつもりだ」
「そ、そんな……や、やめてお願いっ!!」
「いいや、やめない。俺の料理なしでは生きられない身体にしてやるから覚悟しておけ」
青画が用意したのは、大根おろしの雪華みぞれ地鶏鍋。冬に糖度が増した大根をこれでもかとすりおろし、お鍋の一面を真っ白に覆い尽くした、まるで降り積もる初雪のように美しいみぞれ鍋だ。
「あ、ああ、いやあっ、駄目っ、駄目ええええ!!!」
嫌がる白雪の口に甘く瑞々しい冬の恵みが流し込まれる。
「ふふ、どうだ白雪? もう抵抗する気すら起こらないだろう?」
「あっ、ああ……もう……らめえ……身も心も胃袋も……青画さんの奴隷に……」
がくがく震えながら夢中であーんする白雪。
「なんだこの程度で堕ちたのか? まったくどうしようもないな白雪は」
「はい、どうしようもなくて申し訳ありません、お、おいひい……えへへへ」
「まだ終わりじゃないぞ、この焦がし柿が残っているんだからな」
「や、やだ……死んじゃう、死んじゃいます、お願い、やめてえええ!!」
「……私たちは何を見せられているんですの?」
「……慣れるしかないんでしょうかね……コレ」
二人の寸劇を見せつけられて、遠い目をする朱璃と絵里香であった。
「雪……もうすぐ止むみたいです」
「……そうか」
白雪の青い瞳に寂しげな光が宿る。
「あの……少しだけ……甘えても良いですか?」
「駄目だ」
「そう……ですよね。ごめんなさい、私なんかが勝手なこと言って――――」
喜びと寂しさがないまぜになった複雑な想いにうつむく白雪。
「少しなんて駄目に決まってるだろ、思いっきり目一杯甘えないと許さない」
「で、でも――――私甘えるの苦手で――――んっ!?」
雪が溶けるような口づけに白雪の全身が熱を帯びる。必死に震える手を伸ばして青画の首に腕を回し、離れたくないとしがみつく。
「やだ……消えたくない……」
降る雪はもうまばらで、今にも消えてしまいそうなほど儚い。
「愛してるよ白雪……大切な俺の雪の華」
「酷い人……そうやって私を苦しめるんですから……」
言葉とは裏腹に白雪の表情は幸せに満ちている。
「ああ、言っただろ、俺は酷い奴なんだ。そして――――お前はもうそんな俺から一生逃げられない。絶対に離してやらない」
「……青画さん……愛してます。心の底から――――ですから……最後に私のことを、この卑しい雌豚め、と罵ってください」
青画は、何とも言えない表情を浮かべながら小さく息を吐く。
「まったく……少しは空気を読んでくれ、この卑しい雌豚め」
その汚い言葉からは想像も出来ないくらい優しく愛のこもった表情で白雪の耳元で囁く。最後の雪が――――地面に落ちて幻のように消えるのと時を同じくして。
「う……ううぅ……兄さま、酷いですうう!!!!」
「えっ!? ご、ごめん日和、お前に言ったわけじゃなくて――――」
「知りません、馬鹿ああああ!!」
本格的な冬の到来――――泣きじゃくる日和をあやしながら、青画は複雑な想いで空を見上げるのだった。




