第五十四話 日頃の感謝を込めて
「ねえお母さん、マフラーの編み方教えて欲しいんだけど?」
「ねえ日和……それ、聞く相手間違ってるわよ?」
春夏は女子力ゼロの化身だ。編み物なんて出来るはずがない。まだその辺にいる熊に聞いた方が可能性があるくらいだ。
「うん……もしかしたら、なんて思っていた私が間違っていたわ」
「ごめんねえ、役立たずで。もしかして……青画くんに?」
「う、うん……いつも甘えてばかりだから、なにか出来ることないかなって……」
恥ずかしそうに目を伏せる日和を春夏が抱きしめる。
「まあ……なんて可愛らしいのかしら!! きっと喜んでくれるわよ」
「そ、そうだと良いんだけど。っていうかそもそも出来るかどうかもわからないんだけどね」
思い付いたのは良いけれど、道のりは険しくはるか遠い。
「うーん、真白ちゃんや黒乃ちゃんは絶対無理だろうし……あ!! 綾ちゃんに聞いてみたら? あの子そういうの得意じゃなかったかしら?」
今現在のバリキャリ風の綾からは想像もつかないが、華道、茶道、舞踊は師範級、料理以外は理想的な大和撫子である。
「そっか!! 綾姉がいたね」
日和も綾にはたくさん助けてもらった記憶がある。
「え? マフラーの編み方? ええ、もちろん知ってるわよ」
というか、何も出来ない春夏の代わりに、日和が学校で使う手提げ袋や巾着袋、刺繍や取れたボタン、全部綾がやってあげていたのだ。もちろん、そんなことを自慢するような綾ではないが。
「さすが綾姉!! 手芸まで出来るなんて、お嫁さんにしたいランキング一位は伊達じゃないね。兄さまは幸せ者だよ」
「そ、そうかな? えへへ……私からすれば日和みたいな女の子らしい可愛らしさが羨ましいけどね」
いつも明るくて、素直で可愛らしい日和は綾にとって理想の女の子。自分とは対極にいる眩しい存在だった。
「むう、前から思ってるんだけど綾姉って自己評価が低すぎるよね? 私は逆立ちしたって綾姉みたいな素敵な女性になれないっていうのに。でもそうだね、綾姉はもっと兄さまに甘えるべきかも」
気遣いが出来るからこそ、どうしても綾は一歩引いてしまうところがある。それは美徳なのだが、日和からすれば少しもどかしいというか損しているように見えてしまう。
「ふふ、ありがとう日和、でもね……私は皆が楽しそうにしているのが好きなの。とても幸せだなって思うのよ。別に我慢しているわけじゃないからね?」
綾は嬉しそうに微笑む。妹のような日和がちゃんと見ていてくれていたということが嬉しくて。
(それに――――青画くんはちゃんと見えないところで……私のことを……)
「それなら良かったけど……って、顔真っ赤だよ!? 大丈夫!?」
「な、なんでもないのよ!? ところでマフラーって青画くんに?」
「う、うん……」
「んふ、本当日和ったら可愛いんだから。でもそうね……せっかくだから私も編もうかしら?」
「だ、駄目ええええ!! 綾姉と比べられたら恥ずかしいからっ!!」
「冗談よ、とりあえず毛糸買いに行きましょうか」
「最近、綾さんと日和、屋敷で見ないけど姉さん何か知ってる?」
「さあ? 綾が日和に何か教えているらしいが……どうした寂しいのか?」
「まあ……そりゃあね。今日は久しぶりの雨だから雨音にも会いたかったし」
「そうだな……まあ……今日のところはお姉ちゃんで我慢しておけ」
いつもは甘える立場の黒乃だが、今日はたっぷり甘えさせてやると両手を広げて青画を抱きしめる。
「聞きましたよお兄さま、私がいる限り寂しい思いなんて一秒だってさせないのですから!! そうですよねホムラさん」
「えっ!? あ、いや……私は別に――――」
たまたま通りかかったホムラを巻き込んで青画の胸に飛び込む真白。
「ま、まあ……なんだ、そういう時は仕事するのが一番ですよ」
「ありがとう真白、ホムラ先生」
寂しがっている暇なんてないな、と青画は笑う。
日和は困っている時は素直に頼ってくれるし、綾が付いているなら尚更心配することじゃない。
ふと見た窓の外では冷たい雨が降っている――――
(そろそろ初雪が見られるかもしれないな――――)
「うん……雨音は手先が器用だし覚えるのが早いね」
「……ありがとう」
日和から引き継いだマフラーをせっせと編む雨音。
「やっぱり日和は凄いな……私はこんなこと思い付かなかったから」
「あ、あはは……実はそれ日和じゃなくて朧のアイデアなんだけどね……」
「ええっ!? 嘘……だよね?」
「……本当」
意外だと驚く雨音だが、綾からすれば皆恋する乙女であることは変わりがない。
「ふう……だったらせめて気持ちだけは負けないようにしないと」
どうしても出て来れる時間が少ない雨音は不利になる。勝ち負けとかじゃないけれど、気持ちだけは負けたくない。
「うん……きっと大丈夫だよ。青画くん絶対喜んでくれるから」
「ねえ朧、どうしてマフラー贈ろうって思ったの?」
「……誰にも言わない?」
「言わない」
しばらくモジモジとしていた朧だったが、意を決して話し出す。
「綾姉だから言うんだけど……私、青画のこと……す、好き……なんだよね」
色白の肌を耳まで真っ赤にして両手で顔を覆う朧。
「……う、うん……知ってるけど」
「えっ!? えええっ!? な、なんで知ってんのっ!?」
なんでも何も……まさかバレていないと思っていたのだろうか?
「さ、さすが綾姉……だ、だからさ、私いつも青画に素直になれなくて……口では絶対に無理だから……さ、せめてプレゼントで感謝の気持ちを伝えられたらなあ……って考えたんだ。だ、誰にも言わないでね、日和たちにも!!」
駄目だ……可愛すぎてにやけてしまう。
「な、なんでニヤニヤしてんのさ」
「ごめんごめん、大丈夫、絶対に言わないからね! それよりほら、早く編まないと間に合わなくなるわよ?」
「あ、ああ、そうだった」
普段気だるげな朧が一生懸命マフラーを編んでいる。その姿がいじらしくて可愛くて。
(ねえ青画くん……貴方は知っているのかしら、自分が世界の一幸せ者だってことを)
「朧、あと三十分で晴れ間が出るよ」
「げっ!? 時間無いじゃん、綾姉、何とかならない?」
「なりません」
綾の天気予測は百発百中、朧は絶望的な表情で必死に手を動かす。
(頑張れ朧)
綾の目には、鉛色の空がキラキラ輝いているように映るのであった。
「あ、兄さま……これ雨音と朧と私で編んだマフラーなんだけど」
日和が差し出したのは、空と海を溶かして混ぜ合わせたような深い青色のマフラー。
「これ……俺のために?」
「うん、朧がね……考えたの。それで綾姉に編み方教えてもらって――――私たち兄さまから貰ってばかりだから、こんなことしか出来ないんだけど――――もしかして……迷惑だった?」
ずっと黙っている青画に不安になって顔を覗き込む日和だったが――――
「っ!? な、泣くほど嫌だった!?」
つつぅ――――青画の頬を幾筋もの涙が伝う。
「そんなはずないだろ……ありがとう日和、本当に嬉しいよ。雨音と朧にも早く伝えたい。巻いてくれるか?」
「うん……うん……もちろんだよ!! でも、ちょっと待ってね、今はマフラーが濡れちゃうから」
日和の目からも涙が止まらない。本当に大変だったことも、青画が喜んでくれたこともあるけれど――――彼女の中にいる雨音と朧も嬉しくて泣いているから抑えられない。
「ふふ……これはまた別の機会にしたほうが良さそうね」
綾は手編みの手袋をしまい込んで――――そっとその場を離れるのだった。




