第五十二話 力の代償
「ねえ、あの人めちゃめちゃカッコよくない?」
「うわっ……マジでヤバいね……」
(ふん……こんな田舎じゃ俺レベルの男なんて見たことないだろう)
名家に生まれ、何不自由なく育ち、容姿も端麗、努力なんてしたことない。
だから負けるということの意味を知らないのがこの俺――――だったのだが――――
「でも……やっぱり青画さまと比べちゃうとねえ……」
「たしかに。なんか私たち目が肥えすぎててマジヤバいんだけど!?」
まただ……これで一体何度目だ?
――――天河青画、ここ天河市にやってきてからその名前を聞かなかった日はない。東京の美大卒のイラストレーターでここ天河市の名家の御曹司らしいが……勝手に騒がれて、勝手に比べられて、勝手に負ける……実に不愉快だ。
いつもの俺ならとっくに潰してるが……今はまだ見逃しておいてやる。
俺がこんなクソ田舎にまでやってきた理由、それは――――
「っ!? ようやく尻尾を出したか」
会計を済ませて連絡のあった場所へ急ぐ。
「本人で間違いないんだろうな?」
「間違いようがありませんよ、あんな極上の美人」
そりゃそうだ、容姿もそうだがあの個性的な髪色と瞳、コスプレ人気も凄いが格好だけ真似たところで似ても似つかない。
灰月クラリスが帰国すると聞いてからずっと後を追ってきた。ここ天河市に居るということまでは掴んだんだが、なかなか姿を見せない。もう移動してしまったのかと諦めかけていたが……粘って正解だったな。
(マジか……私服姿の灰月クラリス!! これだけで価値がある)
日本一、いや、Vチューバーに限れば世界でもトップクラスの人気を誇る灰月クラリスの中の人がVそのままだというのは有名な話だが……それ以外の情報はまったくといっていいほど存在しない。
あまりにも情報が無いので、アンドロイド説やAI疑惑まで根強いが、彼女は間違いなく実在している。
そして今回の俺の獲物は彼女だ。
もし彼女のプライベートを暴くことが出来ればいくらでも稼げるだろうが――――あいにく俺は金にも成功にも興味がない。そんなものは最初から持っているからな。
「男です、男が現れました」
とんでもない美男子だな……俺から見てもそう思うが、一体何者だ?
「よし、追うぞ」
俺の勘が告げている、これはチャンスだと。
「灰月クラリスさんですよね?」
「……何か用?」
あっさり認めたな?
「集塵社の五味と言います。一応そこそこ有名なジャーナリストなんですけどね」
「忙しいから」
やっと追い詰めたんだ、逃がすかよ。
「これ、さっきホテルから男と出てきたところの写真なんですけどね?」
「……何が目的?」
チッ……そのすました表情……いつまで保ってられるか見物だな。
「嫌だなあ、俺灰月クラリスのファンなんですよ、だから傷付いちゃったんだよね」
「……いくら欲しいの?」
「いやいや、お金なんて人聞きの悪い、それじゃあまるで脅してるみたいじゃないですか。俺はただ、貴女に癒してもらいたいだけなんだよね。一時間だけでいいから付き合ってくれないかな?」
「……断ったら?」
「……全世界にありもしないゴシップ記事がばら撒かれることになるかもね? それに俺って蛇みたいにしつこいからさ、貴女の大切な人にも迷惑がかかると思うよ、たとえば……自ら命を絶つくらいまで追い込まれるかも? っていうのはもちろん冗談だけどね。あはははは」
俺は金にも成功にも興味はない。
この退屈でイージーすぎる人生、他人の人生を滅茶苦茶にしてやるのが退屈しのぎに丁度いい。
この女の美しい仮面が絶望に歪んで崩れる瞬間が見てみたい、そのためなら……俺はどんなことだってしてやるのさ。
「……付き合うってどこへ?」
「そうだな……そこのお洒落なカフェなんかどうかな?」
「わかった、一時間だけなら」
クク、適当に近くのカフェを選んだと思ったのだろうが……店ごと買い上げたから、関係者全員俺の仲間なんだけどな。一歩足を踏み入れたら最後、お前は終わりだ。
「さあ中へどうぞ」
ここから先は地獄への入り口だけどな。
ガチャ――――
「待ってたぞ望月」
「お待たせしました青画さま」
は……? 誰だ……お前――――っていうか、青画ってまさか天河青画――――
――――そこから先のことは覚えていない。
「わざわざこんな奴と二人きりで会わなくても良かったんじゃないか?」
「ふふ、もしかして心配してくださったのですか?」
「……当たり前だ」
青画が心配してくれた。そのことがどれほど幸せか。頬を染めて懸命ににやけるのを我慢する望月である。
「ご、ごほん……それでこの五味とかいうゴミについてですが……」
「ああ……資料は読ませてもらったし、さっきの会話も聞いていたが……本物のゴミ、いや……クズだな」
「はい、直接手を下すことはありませんが、この男のせいで自殺したと思われる人も少なからず……」
「そうか……」
青画の辛そうな顔を見て、望月は自らの失敗を悟る。
優しい主になるべく罪悪感を持たせないように、とびきりのクズを選んだのだが、裏目に出てしまった。
「せ、青画さまは何も悪くはありません!!」
「わかってる……だが、こんな奴が野放しになっていたのだと知ってみると……な」
加護の検証のためとはいえ、愛する主を傷付けてしまった……望月はギロリと五味を睨みつける。彼にとって幸いだったのは、意識を失っていたことだろう。もし起きていたら――――間違いなく失禁していたはずだから。
「ごめん望月、お前を困らせるつもりはなかったんだ、検証を始めよう」
今度は青画が反省する。せっかく望月が身体を張って頑張って協力してくれたのに、自分の薄っぺらい正義感で彼女を落ち込ませてしまったのだから。
「――――逆行の掌」
青画は、五味の頭に手を触れて加護を発動する。加減がわからないので、とりあえず最小限の発動で抑える。
その瞬間――――青画は大きなうねりの様なものを感じたのだが、特に何かが起きたようにはみえない。
「望月、何か変わったか?」
「……もしかして加護を発動されたのですか?」
「ああ」
なにか手探りの様な望月の反応に違和感を覚える青画。
「……なるほど、しかしなぜこの場所に五味がいるのか記憶がないですね」
「っ!? やはり……関係した人物の記憶まで影響が出るんだな……五味の件、どこまで覚えている?」
「青画さまに五味の資料を渡したところまでは……」
「なるほど……それじゃあ今日二人でホテルに行って愛し合ったことは?」
「えええっ!? それはわざと写真を撮らせるための見せかけという計画ではなかったのですか!? まさか……そ、そんな……記憶が……無くなってます……」
絶望し、膝から崩れ落ちる望月。
「あ、あはは……ごめん、そんな事実はない。そうか……やはり逆行した人物と直接関わった部分だけ影響があるみたいだ」
「……私、怒ってます」
青画の冗談というか検証に不貞腐れる望月。その微妙な変化に気付けるのは、青画くらいのものなのだが。
「本当にごめん、今度埋め合わせするから」
「えっ!? あ、そこまでは……怒ってない……ですよ?」
ほんの少しだけ意趣返しするだけだったのに、思いのほか青画の深刻そうな顔に慌てて立ち上がる望月。
青画が謝ったのは、もちろんそのこともあるのだが、検証の結果、望月の記憶を消してしまったからだ。もちろん決して良い記憶ではないけれど……それに関わる先程のやり取りも彼女の中では無かったことになっている。
もちろん目の前にいる望月は、たしかに彼女なのだが、青画の記憶にある彼女とは完全に同じではないということに、些細だけれど胃がきゅっと冷えて縮こまるような恐ろしさが込み上がってくる。
(自分だけしか覚えていないというのは……こんなにも心細く、寂しいものなんだな)
ある程度覚悟はしていたつもりだったが、自分にとってかけがえのない人の記憶が無かったことになるのは思っていた以上にショックだった。
青画は、そんな想いをぐっと飲みこんで考察を進める。
望月の記憶を参考にすれば――――今回逆行させたのは19時間程度、ということになる。
一日にも満たない逆行でここまで影響が出てしまうのだ。
「駄目だ……影響が大きすぎる」
もちろん植物状態の両親とは状況が違うけれど、どこでどう繋がっているのかわからない以上、うかつなことは出来ない。
世界や因果律に影響を与える力は、神ではない人の身には手に余る。
「ごめん……せっかく協力してもらったけど、この力は今は使わない」
「はい、御心のままに――――あら……寝てしまわれたのですね……」
加護の副作用で寝てしまうとは聞いてはいたけれど……こんなに唐突に寝てしまうのであればあまりにも危険すぎる。それに――――主の反応で察したが、対応すべき自身の記憶が消えてしまったのでは後手に回ってしまうかもしれない。
「たしかに……青画さまのご判断は正しいです」
青画にあんな悲しそうな顔をさせてしまった消えた記憶というのが気になるけれど――――それ以上に無防備な寝顔が目の前にあるという事実に、どうにも心臓が落ち着かない。
「チッ……このゴミが邪魔……」
せっかくのチャンスなのに五味というゴミが雰囲気を台無しにしている。
「……連れて行きなさい」
望月は、近くに待機していた月読メンバーを呼んで邪魔な五味を排除する。
「これで……もう邪魔者はいない――――」
はずだったのだが、いざ二人きりになるとどうしていいのかわからない。鼓動は暴れまわるし、汗がすごいことになっているし、まるっきり平常心が保てない。
「し、失礼……します」
そ、そうだ、キス!! キスをしよう!! 半ばパニックに陥りながら辿り着いた答えがそれだった。もちろん、ちゃんと起きている時にしてもらいたいけれど、それは望月にはハードルが高すぎる。
震える唇が愛しい主の唇に触れた瞬間――――
ポタリ 望月の額から落ちた汗が青画の瞼に落ちて――――
ぱちり と目を覚ました。
「っ!??? ふぎゅうっ――――」
恐るべき神速でその場から離脱する望月であった。
後日、五味の悪行は白日の下に晒されることとなった。
名家の御曹司の歴史的なスキャンダルを、マスコミ、ネット、あらゆる媒体が一斉に報じ、徹底的に追及された。
その熱が冷める前に彼の被害に遭っていた人が次から次へと現れ燃料が投下され続けた結果、彼自身はもちろん、名家であった五味家も無事では済まなかった。資金援助はもちろん、見て見ぬふりをしていた可能性が指摘され、実際に五味家自体の闇が明るみに出たことでどんどん延焼していったのだ。
もちろん、タイミングよく情報を流したのは月読である。
「……これで少しでも苦しんでいた人たちが救われると良いんだけど」
「はい……ご指示通り、被害者の皆さまには可能な限りサポートしておりますのでご安心ください」
「そっか……ありがとう望月」
全ての人を助けることも、全ての悪意を絶つことも出来ない。でも、目に見える範囲、聞こえてくる範囲、手が届く範囲なら可能な限り何とかしたい。どうせ出来ないのだからと諦めるのではなく。
綺麗ごとだと言われても、安い正義感だと言われても、望月はそんな青画の想いをとても素晴らしいと思っている。
「そういえばこの前俺が寝ている時――――」
びくうっ!? 表情は変わらないが、望月は内心冷や汗が止まらない。
「目を閉じて、望月」
「は、はいっ」
彼女のレベルになると、目を閉じた程度では何も変わらない、すぐ目の前に青画の気配を感じて顔が熱を帯び、腰に手を回され、頬に手を添えられてしまえば、口から心臓が飛び出しそうになる。
何かが唇に触れて――――あ……な、何か口の中に入って――――
(あ……甘い!?)
もぐもぐもぐ……あまりの甘さと美味しさに食べるのが止まらない。
「どうだ? 干し柿作ったんだけど美味いだろ?」
「……めちゃめちゃおいひいれす……」
加護を使って最高の素材を最高の条件で仕上げた奇跡の一品、美味しくないわけがない。望月は緊張もどこへやら、リスのように夢中で干し柿を頬張る。
ちゅ
「――――へ?」
不意打ち気味にキスされた望月は、熟した柿のように真っ赤に染まる。
「これは寝ている時に悪戯しようとした罰だ」
真面目な顔をする青画だったが――――
(こんなの――――ご褒美にしかなりませんよ……青画さま)
照れ隠しに、慌ててもう一つ干し柿を口に入れる望月であった。




