第五十一話 秋メニューを召し上がれ
鳳凰院家のお抱え料理人であれば見習いですら一流程度の実力を持っている。なにせここで数年働けば自分の店が都心の一等地に余裕で出せるほど稼げるのだ。元手はないが腕はある料理人にとってこれ以上の環境は存在しない。
そして鳳凰院家のお抱え料理人という経歴があれば、当然引く手あまた、信用は段違いである。在籍していること自体が勝ち組確定なのだが、現実はそんなに甘くはない。そもそも進んで辞めようとする者がまずいないので、内部における生き残り競争は熾烈を極める。現状に甘んじればあっという間に地位を失ってしまうのがこの場所なのである。
そんな猛者が集まる場所に連れて来られたのが、青画である。
(はあ……どこぞのお坊ちゃんのおままごとに我々の神聖な厨房が使われるだけでも我慢ならないのに、すべて指示に従えだと!?)
管轄外のメイド長から命令されるのは業腹ではあるが、鳳凰院家当主の命令であればさすがに従うしかない。
「なんでもお嬢さまの婚約者らしいですけど……」
「誰かなんて関係ない、ちゃんとフォローしてそこそこ食べられる料理にしてやらないと俺たちの責任になるんだぞ?」
「まあ……せっかくの食材が可哀想だからな、不満があるのはわかるが怪我でもされたら面倒なことになる。覚悟決めてやるしかないだろう」
そんなお世辞にも良いとはいえない雰囲気の厨房に姿を見せたのは、人気俳優顔負けの爽やかな超絶イケメン。だが、その肉体は鍛え上げられた武人そのもの。立ち居振る舞い、一挙手一投足にまるで隙が無い。その眩しいほどのオーラに歴戦の猛者たちも吞まれてたじろぐ。
「初めまして天河青画と申します。本日は無理を言って厨房を使わせていただくことになりました。不慣れな点はあるかと思いますが、どこであっても食材のポテンシャルを極限まで引き出し、最高の料理を作る、それは変わりません。どうぞよろしくお願いいたします」
穏やかだが、強烈な意志の強さに裏打ちされた圧倒的な気迫。青画という人間性が凝縮された挨拶に、料理人たちは認識を改めざるを得なかった。
一流は一流を知る。料理の腕なんて関係ない、相手が本気で臨むのなら本気で応えなければ失礼だからだ。全員目の色が変わる。
「俺は料理長の海山幸雄だ。我々は全力でサポートしよう、何からすればいい?」
「ありがとうございます料理長、まずは食材から見せてもらっても?」
「ああ、旬の食材から貴重なものまで大抵のものは揃ってる。案内しよう」
(信じられんが……この雰囲気、超一流の料理人であった師匠以来の衝撃だ……一体この若者は何者なんだ……?)
一瞬でも気を抜けば意識を持って行かれそうになる、気を引き締める海山であった。
「……俺、自分では相当やる方だと思ってましたが……とんだ自惚れでした」
「そうだな……正直あの領域まで到達できる自信が俺にはない」
青画が去った後、鳳凰院家お抱えの料理人たちは誰もが衝撃を受けていた。
その包丁さばき、食材を見極める目、スピード、創造性、フォローするどころか、ついてゆくのがやっとで、皆疲労困憊である。一番大変だったはずの青画本人は呼吸一つ乱さずに平然としていたにも関わらずだ。
「俺……知ってる。あの動き……巫みことのお兄さまだ、間違いない」
「なっ!? 巫みことのお兄さまって……あのネットで話題の伝説の料理人?」
実は、巫みことのお兄さまは料理人界隈ではかなりの有名人だ。多くの有名料理系配信者がいかに凄いのか解説動画で取り上げているため、動画を見たことがなくてもその名前くらいは聞いたことがある。
あまりにも非現実的な技量ゆえに、AI疑惑すら信憑性をもって語られるほどである。
「しかも片手間で俺たちにまかないまで作ってくれたんだぞ……」
目の前に並んだまかない料理は心なしか輝いているようにすら見える。
「覚悟を決めて食べるか……」
料理人としての本能が告げている。これを食べればもう後戻りは出来なくなると。だが、料理人だからこそ食さずにはいられない。料理という沼に足を踏み入れた時から覚悟は決めている、足を止めた瞬間、沼に沈んでゆく、それが料理人という修羅の道なのだ。
その日――――鳳凰院家の料理人全員が巫みことのチャンネル登録を済ませた。
紅蓮供饗殿は、鳳凰院家の当主と家族、そして賓客をもてなすために使われる特別な飲食専用の部屋である。
メイド長亜理紗の指揮のもと、百人以上のメイドたちが慌ただしく準備をすすめ、すでに席では炎帝一家、天河家、鳳凰院家の重鎮たちが期待に瞳を輝かせながら談笑している。皆、動画撮影で目一杯身体を動かしてきたので、良い感じにお腹も空いている。準備は万端だ。
「皆さまお待たせしました。本日はおめでたい席ということもありますので、それに相応しい秋メニューを作ってみました。一品目は『鯛と秋キノコの包み焼き 〜琥珀の始祖鳥風』です。松茸とポルチーニ、鯛の切り身をホイルで包んでオーブンで焼き上げています。鳳凰院家の不滅の焔をイメージして、旨味を中に完全封印しています。今からその封印を解除するので――――皆さま料理から少し離れてください、解き放たれた焔で火傷する可能性もありますので」
青画の合図でメイドたちが限界まで膨らんだホイルを切り裂く。
その瞬間――――極限まで封じ込められていた秋の香りが
バシュウウウウン と爆発的に立ち昇る。
「ぎゃああああっ、あ、熱いいいいいっ!?」
不滅の焔など恐れるに足らず、我炎帝ぞ、などといきがっていた焔真たちが顔面に熱い蒸気の直撃を喰らってもだえ苦しむ中――――
「おお……これぞ始祖の炎によって蒸気の結界に閉じ込められていた秋の神気……ですわね!!」
「はああ……山と海の恵みが完璧な調和で溶けあって……もはや境界がわからなくなってゆく……」
麗火や亜理紗たち鳳凰院家の人々は、初めて食する青画の美味しすぎる料理に悶えていた。
「さて次はご飯ものです。『秋鮭といくらの紅蓮宝珠丼』秋が旬の鮭を焼いて、ご飯と一緒に土鍋で炊き込みました。仕上げにいくらをこれでもかと宝石のように散りばめれば出来上がり。見た目も最高に豪華なはらこ飯です。ちなみに赤く輝くいくらは鳳凰院家の宝である朱璃と絵里香をイメージしています」
朱璃と絵里香は嬉しそうに頬を染めるが――――
「お父さま、お兄さま、いくらは食べてはなりませんわよ? それを食べても良いのは青画だけですの」
「お母さま、皆さまのいくらを没収してください」
理不尽な朱璃と絵里香の暴挙に、男性陣が悲鳴を上げる。
「んふう……鮭といくらの血脈の輪廻が、今この器の中で成就しておりますわ……」
「まさに紅蓮宝珠丼……我が娘ながら美味しすぎますね」
「美味いっ、美味すぎるっ!! これでいくらがあったら……」
蕩けた表情で料理の虜になる母親たちといくら無しの丼を食べる父や兄、男性陣。
「青画、私は居ないのか?」
「ふふ、大丈夫だよ姉さん」
少し寂しそうにつぶやく黒乃に微笑みかける青画。
「さて皆さま、ここで味変です。黒い宝石キャビアを混ぜてご賞味ください。このキャビアは、我が姉黒乃をイメージした最高級の逸品となります」
おおお!!! 盛り上がる一同だったが――――
「望月、すべて回収するのだ」
「はっ、お任せください黒乃さま」
自分を食べていいのは青画だけである。
いくらにキャビアまで奪われてしまった男性陣の悲しそうな瞳、青画は万が一に備えていた奥の手を繰り出す。
「では秘密兵器を投入しましょう、あまりにも貴重なため市場に出回ることがないと言われる伝説の国産灰トリュフ、こちらは私の将来の妻で護衛の望月こと灰月クラリスをイメージしています。スライスしてご飯に混ぜ込めば――――そのまま昇天してしまうほどの美味しさです」
きたああ!!!! 大盛り上がりの男性陣だったが――――
「……指一本でも動かしたら消しますよ」
「……はい」
全部望月に没収されてしまった。
「ですわよねー」
「まあ当然ですね」
「これは青画が悪い」
喜んでもらうはずが、裏目に出て反省する青画であった。
しかし、まだ終わってはいない。
「最後にお口直しのスイーツをどうぞ『炎帝風不死鳥焦糖煉菓煉獄プリン』秋の和栗をペーストにして贅沢に練り込んだ濃厚なプリンです。食べる直前にバーナーで表面の砂糖をカリカリに焼き上げるブリュレスタイルになっているので、しばしお待ちを」
メイドたちが各席のプリンをバーナーで一斉にあぶり始める。一分ほどで表面が良い感じに焦げ、香ばしく甘い香りに包まれる。
「おおお……これが炎帝風……栗の甘美なる世界が、婿殿の劫火によって一瞬で焦熱の地獄へと変えられた……というわけだな、じつに素晴らしい!!」
面目躍如、落ち込んでいた炎帝もすっかりご機嫌である。
「これがお父さまだと思うと食欲が無くなりますが、青画のスイーツはめちゃめちゃ美味しいですのよ!!」
「くっ、食べたら負けるような気がしますが……負けても良いから食べたい」
炎帝風と聞いて微妙な表情を浮かべていた朱璃と絵里香だったが、青画謹製スイーツの魅力に抗えるはずもなく。
一番可哀想だったのは、目の前で美味しそうに食べる姿を見ていることしか出来なかったメイドたちだが、そこは青画、抜かりなどあるはずがない。
彼女たちが詰所に戻ると――――青画の加護でちゃんと保温された料理が用意されていた。
その日、鳳凰院家のメイドたちに一番検索されたのは――――
天河家 メイド 募集 であったとか。
「婿殿、素晴らしい料理であった。今度はぜひ私が天河家へ行き、親交を深めたいと思っている。とりあえず半年ほど滞在したいのだがどうだろうか?」
「あ・な・た、炎帝が鳳凰院家を長期間留守にするなど許されませんわよ? 代わりに私が炎帝の代理として一年ほど天河家に滞在しますのでご安心くださいませ」
天河家に行けば、毎日青画の料理が食べられる。激しい鍔迫り合いを繰り広げる焔真と麗火。
「今回、灰月クラリス殿に本物のメイド道を見せつけられました。そこで一から学び、鳳凰院家のメイドレベル向上のために私が代表して天河家に留学する所存です。決して私欲ではありません、灰月クラリス殿のレベルに到達するまで戻らない覚悟で行ってまいります!!」
「正直、格の違いを見せつけられた。俺は青画殿の元で鍛え直そうと思う」
「お待ちください、焔牙兄上は鳳凰院家の後継者です。ここは次兄である私が行くのが両家のために最善でしょう」
「いやいや、天河家には俺がいますからご心配なく」
「何言ってるんだ金剛? お前は鳳凰院家を継ぐためにここへ残れ」
「はあっ!? 今更何言ってるんですか!!」
「まあ……いざとなれば黒焔がいる」
「あいつガチの引きこもりじゃないですか!? 鳳凰院家滅ぼすつもりですか」
鳳凰院家の人間が全員本気で天河家に来ようと火花を散らしている。
(青画さまの料理が火種になった……鳳凰院家だけに……ふふっ)
「ん? どうしたんだ望月、ニヤニヤしてるなんて珍しいな」
「いえ……ちょっと上手いことを言ったなと」
「???」
とにもかくにも、天河家と鳳凰院家の縁談は大成功で幕を下ろしたのであった。




