第四十九話 鳳凰院家と家族
不滅の煉獄門を抜けると、鳳凰院家の本城、紅蓮灼熱城・鳳凰宮が見えてくる。
「いよいよだな……大丈夫か朱璃、絵里香?」
「ええ、大丈夫ではありませんが……すべてを終わらせに参りますわよ」
現在進行形の黒歴史攻撃に朱璃のライフはマイナスに突入しているが、止まるわけにはいかない。
「まさか……またこの場所へ戻る日が来るとは思っていませんでした」
朱璃とともに鳳凰院家から離れた時、絵里香はもう二度とこの門をくぐることはないと覚悟を決めていた。
「ありがとうございます。ここまで来れたのも全部青画さまのおかげです」
命を救われ、朱璃とは本当の意味で姉妹になることが出来た。金剛もまだぎこちない部分はあるが、絵里香を妹として扱おうとしてくれている。
それだけでも十分過ぎるほど幸せなのに、今度は家族とも和解しようとしてくれているのだ。
「そんなことはない。すべては絵里香が生きてきた結果だ。もっと誇っていいんだ」
こくり、絵里香は頷いて顔を上げる。大好きな人と一緒なのだ、もう怖いものはない。
「まあ……もう半分解決したようなものだ。向こうに受け入れる気がなければ、絵里香を招待することはなかっただろうからな」
今回、天河家から申し入れたのは、鳳凰院家の令嬢、朱璃と絵里香二人についてだ。つまり天河家としては絵里香を鳳凰院家の娘であるという前提で話を進めている。あえてそうしたのは、絵里香が今後堂々と鳳凰院家に里帰り出来るようになってほしいからだ。そして――――天河家がそれだけ絵里香を大切にしているということを公式表明することで、彼女を守るという意図もある。
黒乃が言うように、正式に鳳凰院絵里香という名前で招待されている以上、鳳凰院家の結論は明らかではあるが、その本気度はまだわからない。
現に焔牙や烈火の対応を見る限り、絵里香が炎帝の娘であるという事実は、彼らにもまだ伝わっていないようである。少なくとも朱璃に関しては、大事にされているのは間違いない。青画はさりげなく絵里香を守るように移動するのであった。
「神魔滅殺の煉獄皇にして終焉の業火を統べる創世主、鳳凰院家当主焔真さま!! そして永劫なる焦熱の女帝にして輪廻を断ち切る絶炎の焔、紅蓮妃鳳凰院麗火さま、紅翼評議会の皆さまがお待ちでございます!!」
いよいよ鳳凰院家当主を含めた重鎮たちとの邂逅。
通路の両脇には、屈強な紅蓮護衛隊と焔影守が微動だにせず整列し、片膝をついて青画たちが通過するのを見守っている。侍や忍のような古風な男たちと、現代的なクラリスコスのメイドたちが共に並んでいるのは非常にシュールな光景だ。
「中で皆さまお待ちでございます。それから――――当主より今回は無礼講でと仰せつかっておりますのでご承知おきくださいませ」
「なっ!? ぶ、無礼講だと……!?」
「信じられん……私の知る限りここ百年では一度もなかったはず」
焔牙と烈火はかなり動揺している。
「金剛さん、これはどういう意味なんですか?」
「鳳凰院家においての無礼講とは、わかりやすく言えば内なる炎の熱や揺れ、衝動をすべて消し去るということを意味するんだ」
「なるほど……まったくわからない」
「はあ……あの仰々しい尊称やもったいぶった喋り方をしない、つまり普通に話そうってことですわよ」
朱璃がため息をつきながら教えてくれる。
「そうか……それは少し残念だな」
「どこがですのっ!?」
「私も残念だ」
「目を覚ましてくださいませ黒乃さん!?」
なにはともあれ、これで最悪の事態は回避出来たと安堵する朱璃。
「でも絵里香、普通に話すことがそんなに珍しいことなのか?」
「はい、鳳凰院家にとって無礼講が適用されるのは、自分たちより上の立場の人間をもてなす場合だけです。つまり――――天河家は明確に上位であると表明したに等しいのですよ」
なるほど、だから焔牙と烈火はあれほど動揺していたのか。
「ふふ、なんだか人見知りの猫みたいだな鳳凰院家というのは」
「そんな可愛らしいものではないですわよ」
少し余裕が出来たのか、黒乃と笑い合う朱璃。
「しかし――――突然なぜへりくだるような態度に変わったのでしょうね。上から来てくれれば徹底的に二度と立ち上がれないように完膚なきまで踏みつぶしてやったのですが」
望月、お前(灰月クラリス)がいるからだよ!!
声には出さないが、全員心の声が一致する。
「望月、お前のおかげだ、よくやってくれた」
「はい……青画さまのためなら世界を滅ぼしてみせます」
世界を滅ぼしたら料理が出来なくなるので、とりあえず忠犬塩魔王メイドの頭を撫でてたっぷり甘やかす青画であった。
謁見の間のような場所で会うと思っていたのだが、案内された部屋は狭くはないが落ち着いた感じの応接間だった。当主を始め、鳳凰院家の重鎮たちが勢揃いしているためすごい迫力だ。
「よく来てくれたな、私が朱璃と絵里香の父、鳳凰院焔真だ」
「よく来てくれたわね、私は朱璃の母、鳳凰院麗火よ」
二人の挨拶からもわかるが、鳳凰院家当主ではなく、あくまでも親としてこの場に臨んでいるのだろう。だからこその無礼講なのかと青画たちは納得する。
鳳凰院焔真を見れば、焔牙と烈火、金剛らの父親なのだとすぐにわかる。彫りの深い険しい容姿は並みの者ならば対面しただけで委縮してしまう迫力があるが、よく見れば目元は優しい。朱璃と絵里香は二人とも父の目を受け継いでいるのだと気付く。朱璃の母、鳳凰院麗火は燃えるような紅い髪が印象的な美人で、全体的には大人になった朱璃という雰囲気だが、目元はかなり鋭く怜悧な印象が強い。
そして――――
「お帰りなさい、絵里香」
艶のある黒髪、強い意志を感じる瞳、麗火のような派手さはないが、しっとりとした儚げな美女が、部屋に入った瞬間から絵里香をずっと見つめていた。
「お……お母さま? どうして……?」
震えるその手を青画はしっかりと握る。絵里香の母、亜理紗は、鳳凰院家の下級メイドだったため、娘の存在を認めてもらうどころか命の危険もあったのだ。
「私ね、メイド長になったのよ。だからね――――もう大丈夫、貴女は鳳凰院家当主の娘で、ここは絵里香の家なのよ」
下級メイドからメイド長へ出世するということは尋常ではない。努力だけでも才能だけでも届かない。執事長と並んで使用人の頂点の一角、それも日本一の規模を誇る鳳凰院家のメイド長となれば数千人のメイドを指揮し、数百億単位の予算を動かせるわけで、そのへんの社長などより余程力がある。
「絵里香ちゃん、誤解しないでね。亜理紗は実力だけで今の地位までのし上がったのよ」
麗火がそっとつけ足す。当主の娘を産んだから贔屓されたのではないということを伝えたかったのだろう。
「苦労をかけたな絵里香……何もしてやれなかった私を許してくれとは言わない。だが、これから父として娘の幸せのために尽くさせてくれないだろうか?」
当主がここまではっきりと言葉にするということは、親族内での話し合いや合意、調整は終わっているのだろう。
「ありがとうございます。ですが……私は今とても幸せです。だから特別していただきたいことはありません」
「そ、そうか……」
今更、父親面させて欲しいなどあまりにも身勝手な話だ。
「はい、ですからこれからはお父さまと呼ばせてもらえれば十分です」
「っ!! あ、ありがとう……ありがとう絵里香」
鳳凰院家当主ではなく、今は一人の父親として涙を流す焔真。親族たちも思わずもらい泣きする。
「そして――――お母さま」
「なあに絵里香?」
「な、なんていう格好しているんですかっ!? 年齢を考えてください!!」
メイド長だからメイド服を着ているのは仕方が無いのだが、よりにもよって灰月クラリス仕様の可愛すぎるフリフリ&大きめリボンメイド服である。しかも髪型やアクセサリーまで完璧に揃えている完成度の高さ。
「ええ~? 当主さまはとても似合うって褒めてくださるのよ? 青画くんもそう思うわよね?」
「はい、とてもお似合いですし、思わず見惚れてしまうほど綺麗です」
「まああっ!! お世辞でも嬉しいわあ」
「亜理紗さん、俺は生まれてからこのかた一度もお世辞を言ったことはありません」
直球で褒められて頬を染める亜理紗。絵里香は青画の腕をぐいと引っ張って――――
「青画さま、お母さまを口説いてどうするんですかっ!!」
「いや……そういうつもりはなかったんだが」
たしかに似合っているとは思うけれど、自分の母親だと思うと正直キツイものがある。
「良かったですわね、絵里香」
「お嬢さま……いえ、朱璃お姉さま、ありがとうございます」
一番の懸念だった絵里香の立場がはっきりした。今回最大の目的だったわけで、大きな荷物を降ろすことが出来た朱璃もようやく緊張が緩む。
「知らなかったとはいえ……悪かった、これからは兄と呼んでくれると嬉しい」
「私の宝が増えたことは喜ばしいよ。私のことも兄と呼んでおくれ」
「はい、焔牙お兄さま、烈火お兄さま」
二人とも妹が増えたことは素直に嬉しいらしい。絵里香に兄呼びされて柄にもなく照れている。
「絵里香、俺も……呼んで欲しいんだけど」
「ふふ、殺されかけたので呼んであげません」
「そ、そんなあああっ!?」
膝から崩れ落ちる金剛、それを見て笑う絵里香と家族。ほんの少し前までは、ここには辛い思い出しかなかったはずなのに――――
今は信じられないぐらいあたたかくて優しい気持ちになれている。
(貴方と出会えて本当に良かった……)
絵里香は愛しい青画の横顔を眩しそうに見つめるのであった。
「良かったな絵里香……」
「そうですね」
家族水入らずにしてやろうと気配を消していたのだが、完璧に消し過ぎて完全に存在を忘れられてしまい、出るタイミングを逃してしまった黒乃と望月である。
サッカーワールドカップが始まりましたので、大会期間中は週末更新になります。




