第四十七話 不死鳥の継承者
天河空港に鳳凰が描かれた深紅の自家用ジェット紅蓮天翔が舞い降りる。
タラップから降りてきたのは、燃えるような赤毛の美男子だが、どこか冷たい印象のある男。
「焔将軍にして紅蓮王子、不死鳥の継承者こと鳳凰院焔牙だ。高名なる水天主殿、蒼龍殿とお会い出来たことを嬉しく思う」
(なんか凄い人来たんだけど……)
(焔将軍って何っ!?)
(そもそも水天主と蒼龍って誰っ!?)
困惑する空気が広がる中、朱璃と絵里香は気配を消して他人のふりをする。
(よりにもよって、なんで焔牙お兄さまが来たんですの!?)
(長兄が来たということは、それだけ天河家に対して敬意を払っているということでしょう)
(いやいや、敬意以前にすでに恥かいておりますわよ?)
(ですが……お兄さまがたの中では焔牙さまが一番まともでは?)
(……そ、そうでしたわね……)
覚悟を決めたはずだったが、すでに揺らいでいる朱璃である。
「これはご丁寧に。私も不死鳥の継承者、鳳凰院焔牙殿に会えて嬉しく思う。深淵導主にして水天主、我こそは天河家当主、天河黒乃である」
バサアア マントをひるがえし名乗りを上げる黒乃。
(黒乃さまもノリノリで返したっ!?)
(っていうか深淵導主にして水天主って何っ!?)
(知らないの? 天河家当主の尊称よ)
「おお!! 実にお美しい……!!」
天河家当主の正装は、かつて神々が神気を編んで創り上げたとされる神物。数千年を経てもほつれ一つ、シミ一つ無い。羽根のように軽く、その格式は相手に岩のような重厚な重みを感じさせる。
鳳凰院焔牙も思わず首を垂れてしまうほどに。
「焔将軍、鳳凰院焔牙殿、俺が蒼龍にして蒼刃、天河青画だ。貴殿とは一度刃を交えてみたいものだな」
(えっと……今って戦国時代でしたっけ?)
(青画さま……カッコいい……!!)
(誰か!! 刀と鎧持ってきてっ!!)
「ほう……貴殿が紅蓮姫凰こと我が妹、朱璃の――――」
「焔牙お兄さま、その呼び方はやめてくださいとあれほど」
「おお、久しいな我が妹よ。そうか……お前はこの呼び方を嫌がっていたな、すまぬ、言い換えよう、焔華の聖姫朱璃よ」
「違いますわよっ!? 尊称を付けるなって言っているのです!!」
「相変わらず我がままな奴だな、仕方ない、不死鳥の末姫朱璃、これで満足か?」
たしかに不死鳥の末姫は役職名であって尊称ではない、が――――
「名前だけでいいですわよね!? 何か足さないと死ぬ病気ですのっ!?」
「何を言っているのかわからぬが……鳳凰院家の格式の問題だ。蒼龍殿、愚妹が迷惑をかけてすまない」
「いや迷惑などと思ったことは一度もない。紅蓮姫凰にして焔華の聖姫、不死鳥の末姫朱璃のことを俺は心から愛しているのだから」
無駄に優秀な頭脳で、一度聞いた尊称は一言一句忘れない。朱璃は、尊称の気恥ずかしさと青画に愛していると言われたことで全身つま先まで真っ赤になって倒れてしまう。
(はあ……だから適当に聞き流せば良いとあれほど言いましたのに……)
鳳凰院家の本拠地である鳳凰院市までは、およそ一時間半のフライト。青画たちは、不死鳥の間、つまりVIPルームで歓談していた。
「紅蓮の暴君こと炎獄の若獅子も久しいな」
「俺は気にしませんけどせめて名前くらい付けてくださいよ兄上」
炎獄の若獅子こと金剛は苦笑いで受け流す。
「ところで……兄上が来たってことは紅翼評議会が動いたってことですよね?」
「当然だ、紅蓮婚誓の儀が行われるのだからな」
「絵里香、解説たのむ」
「はい青画さま。紅翼評議会は家族・親族会議、紅蓮婚誓の儀は結婚の挨拶です」
「なるほど、つまり鳳凰院家側は特に俺たちの結婚には反対していないという感じなのか?」
「おそらくは。当然温度差はあるでしょうが、相手が天河家だということなので、不満が出ることはないかと。ただし、それによって私たちが必要以上に影響力を持つことを警戒する者は少なからずいるでしょうね……」
天河家は鳳凰院家にとってこれ以上ない相手、それだけに警戒感が出るのは避けられない。特に今は後継者候補が争っている状況なのだからなおさらだ。
「長兄の焔牙殿はそこまでピリピリしていないように感じるが」
「焔牙さまは鳳凰院家内で盤石の地盤を持ってますからね、後継者争いとは名ばかりで、実質一強です」
「なるほど、自ら迎えに来たのも余裕の表れということか。たしかに朱璃が天河家に嫁ぐなら彼としては良好な関係を保ちたいと考えるのは当然だな」
もともと朱璃は後継者争いからは身を引いているし、焔牙にとってはライバルではなく単なる妹。その妹が巨大な影響力を持つ天河家へ嫁ぐとなれば、次期当主としては鳳凰院家のために友好的な関係を築くほうが得策となる。
青画としては認めてもらえればいいだけなので、この状況はむしろ歓迎すべきと考えている。
「絵里香……青画とイチャイチャしすぎですわ」
「い、イチャイチャなんてしていませんが!?」
ようやく目を覚ます朱璃。二人がひそひそ会話しているのを見て、勘違いしたようだ。
「そうだぞ朱璃、ほら膝の上空いてるからおいで」
ぽんぽんと膝をたたく青画。
「ここ機内ですわよ!? そういうことはお屋敷で――――」
「でしたら私が」
すかさず望月が青画の膝に座る。
「ああっ!? ちょっと望月、そこは私の席ですわよっ!!」
「お嬢さま……そこは青画さまの席です」
「……私はここで主をお守りいたしますね」
「って、なに対面で座ってるんですの望月、そんなんで守れるわけありませんわ」
「私クラスになればこの体勢からでも十分対処できますのでご心配なく」
ごろごろと喉を鳴らしながら主に甘える日本一の忠犬メイドVチューバー。
「お楽しみのところ失礼するよ蒼龍殿、ずっと気になっていたのだが、そちらの女性はもしや灰月クラリス殿では?」
さすが鳳凰院家の次期当主、青画たちがイチャイチャしているにも関わらず気にした様子もない。
「焔将軍殿がVチューバーを知っているとは驚いたな。ご察しの通り、彼女は灰月クラリスで間違いない」
灰月クラリスこと望月は青画を堪能するのに忙しいので、代わりに青画が応える。
「やはり!! 実はそれがし灰月クラリス殿の大ファンなのだ。良かったら握手してくれまいか」
すっと手を差し出す焔牙だったが――――
「今忙しいってわかるでしょ……下がれ焼き豚」
「んふんんんっ!! か、かたじけない……御褒美感謝する」
興奮した様子で床に這いつくばる焔牙。
「……灰月クラリスのファンって変人ばかりですわよね……」
「……まあ、我々にとっては悪いことではありませんから……」
こちらに灰月クラリスが居る以上、焔牙が敵対することはほぼ無くなったといえる。それはそれとして――――
冷ややかな視線を長兄に向ける妹たちであった。
「水天主殿は歓談には加わらぬのですか?」
「これは不死鳥の継承者殿、見ての通り少しでも公務をこなしておかねばならぬゆえ」
ただでさえ滞りがちな状況の中、今回の鳳凰院家訪問だ。綾が居ない以上、他に頼るものもいない。機内の時間を一分たりとも無駄には出来ないのだ。
「共感しかありませんな。皆、地位と特権だけを見て羨ましがりますが、そんな良いものではありません」
「ハハハ、然り。だが、本当の意味でトップに立てば――――その重圧はこれまでの比ではなくなる。今のうちに覚悟を決めておくことだ」
自分の発言、行動一つで何万人もの人々の人生すら左右する。日本最大級の規模を誇る鳳凰院家であれば、その重圧は計り知れない。
「肝に銘じましょう。ですが――――それがし日々灰月クラリス殿の動画で鍛えているのでメンタルの強さには自信があり申す」
「なるほど、鳳凰院家は安泰のようだな」
一般的には不安しかないのだが……やはり上に立つ者の感覚は常人とは違うのだろう。
「ところで不死鳥の継承者殿、結婚はしているのか?」
「うむ、妻が三人」
「ならば青画とは二人きりで会わせない方が良いだろう」
「浮気の心配なら杞憂というもの、火遊びは鳳凰院家の嗜みゆえ」
「いや、浮気では済まない、本気になる」
「……それは少々困りますな、ご忠告感謝」
(全部聞こえてるんだけどなあ……)
なんだか微妙な気分になる青画であった。
「もうすぐ帝都上空だ」
帝都といっても、鳳凰院市煉獄区帝都町のことである。
『——ご搭乗の皆さま。こちら、鳳凰院家式特別航空機 《紅蓮天翔まもなく、紅蓮帝都領域への降臨態勢に入ります。眼下に広がるは、炎帝の血脈が築きし 不死鳥の都。紅蓮の塔が立ち並び、焔の風が吹き抜けるこの地こそ、鳳凰院家の心臓部にして、炎の象徴たる焔環中枢域でございます。
当機はまもなく、帝都炎翼降臨港に接続。着陸後は、紅蓮護衛隊および焔影守が皆さまをお迎えいたします。
なお、外気温は灼熱。これは気象現象ではなく、鳳凰院家の威光によるもの でございます。
皆さま、どうぞ紅蓮の都へのご降臨をお楽しみください――――』
「……なんか暑そうだな、半袖の方が良かったか?」
「フフフ、私の服は耐熱・耐火の加護があるからな」
「帝都とは片腹痛い……青画さまがいらっしゃる場所こそが真の帝都です!!」
わりとノリノリの天河家の面々。一方で――――
「うう……恥ずかしくて死にそうですわ……」
「大丈夫だ朱璃、いっそのことお前も封印した力を開放すればいい」
「しょ、正気ですか金剛さまっ!? 危険すぎます!!」
「……二人ともいい加減にしないと怒りますわよっ!!」
どうやら味方は一人もいないらしい。朱璃はひとり頭を抱えるのであった。




