第四十六話 招待状
「青画さまはすでにご存知と思いますが……朱璃と絵里香、天河市に鳳凰院本家から送り込まれた者たちが多数潜伏してます。今のところ観察しているだけのようなので放置していますが、ずっとこのままというわけにはまいりません。どうするおつもりですか?」
望月の言葉にぎゅっと口を引き結ぶ二人。本人たちに本家とは関わるつもりはなく、だからこそ距離を取っていたのだが、向こうが放っておいてくれないとなると天河家に迷惑がかかってしまう。
「望月、その件なんだが、俺は鳳凰院家に挨拶に行くべきだと思っている」
「……私は青画さまのお心に沿うだけですので」
望月は首を垂れると青画の脇に控えて下がる。
「朱璃、絵里香、約束する、二人のことは何があっても絶対に守る。俺はこの機会にちゃんと両家で話し合ってわだかまりが残らないようにしたいと思っているんだ。だって……この先ずっと実家から逃げるように暮らすなんて――――苦しいことだし、なにより寂しいだろ?」
簡単なことではないのはわかっている。二人にとっては帰りたい場所ではないのかもしれない。それでもなお彼女たちには家族から認められた形で幸せになって欲しいと青画は思う。
「子どもが出来たら連れて行きたいだろ?」
「き、気が早いですわっ!?」
「こ、子どもが出来るということは――――つまり……そういうこと……」
しばらく悩んでいた二人だったが、覚悟を決めたのか、顔を上げ、真っ直ぐ青画と向き合う。
「青画や天河家を巻き込みたくなかったのですが……かえって迷惑をかけてしまいましたわね。覚悟は出来ました、一緒に参りましょう鳳凰院本家へ」
そうと決まれば話は早い。当主黒乃は、以前より準備していた書簡を鳳凰院家へ送った。
「これは正式なものだ。たとえ鳳凰院家がどのような思惑を持っていたとしても無下には出来まい。後は返事が来るのを待つだけだな」
天河家は知名度こそ鳳凰院家に劣るが、それは表に出ないという家門の性格上のものであって、歴史の長さや格式、いずれにおいても鳳凰院家に劣る部分などない。むしろ、歴史ある名家ほど天河家の恐ろしさを理解している。
「長い歴史の中で、両家が何度か婚姻関係を結んだという記録もある。特段近くもないが、無関係というわけでもない。なに、遠い親戚だと思えば少しは気も楽になるだろう」
「本当にありがとう姉さん」
高龗家や竜ケ崎家のようにほぼ身内のような家門ではなく、今回は家と家の問題は避けては通れない。青画が挨拶に行って終わり、というわけにはいかないのだ。だからこそ黒乃の協力には感謝しかない。
「何を言っている? 私にとって朱璃も絵里香もすでに可愛い妹だ。妹の幸せのために尽くすのは姉として当然のことだろう?」
当主が黒乃で良かったと青画は心から思う。彼女が全ての面倒ごとを引き受けてくれているからこそ、普通の――――幸せな人生を送ることが出来ているのだから。
でも――――甘えてばかりではいられない。面倒ごとも責任も負わずに恩恵だけ享受するわけにはいかない。青画に出来ることは、黒乃を誰よりも幸せにすること。彼女が心から笑って過ごせる居場所であること。
「黒乃さん……ありがとう……ございます」
「黒乃さま……心より感謝申し上げます」
朱璃と絵里香は、黒乃の想いに胸が一杯になりながら深々と頭を下げる。
「なんだ、二人とも堅苦しいぞ……よし、じゃあ一緒に風呂に入るか!!」
「「ええっ!?」」
「家族なんだから遠慮するな、これが天河家流だぞ」
本拠地に乗り込む前に、少しでも距離を縮めておこうという狙いもあるが、単純に可愛い妹たちを愛でたいという気持ちの方が強い。
「もちろん青画も一緒だぞ」
「俺は構いませんが……」
青画がちらりと二人を見ると、ぼふん、風呂にも入っていないのに、ゆでだこのように真っ赤になる。
「だ、駄目ですわ!? 一緒にお風呂なんて……」
「そ、そうですよ、いくらなんでも駄目です!!」
小さい頃からずっと青画と一緒に風呂に入っている黒乃には二人が恥ずかしがる気持ちがよくわからない。
「何を言ってるんだ? 夫婦なのだから構わないだろう」
「ま、まだ夫婦ではないですわよっ!?」
「わ、私は……青画さまのお背中を流すくらいなら……」
「え、絵里香っ!?」
さすがに青画は一緒に入らなかったが、三人――――いや、結局婚約内定者全員で仲良く入浴し、親睦を深めることに。なぜかカグツチホムラ先生も一緒だったが、それは今更である。
一週間後――――
「鳳凰院家から正式に招待状が届いたぞ」
黒乃のところへ返信が届いた。これでもう後には引けなくなったわけだが、最初からその気はさらさらない。
そして、鳳凰院家へ乗り込むのは青画と朱璃、絵里香そして――――
「まあ……私が居ないと話にならんからな」
もともと天河家当主である黒乃が持ち掛けた話。おそらく向こうも鳳凰院家当主が出てくる以上、青画の親代わりでもある彼女が参加しないことはあり得ない。
「微力ですが護衛として同行いたします」
灰月クラリスこと最強護衛、灰原望月。
もちろん真白も行きたがったが、今回はお留守番。たとえ万が一の可能性だとしても、直系が全滅するリスクは避けなくてはならないからだ。
そして――――
「久しぶりだね朱璃、そして絵里香。俺も一緒に行くから安心してよ」
「金剛お兄さま!? よ、よろしいのですか?」
「もちろんだ、本社ビルも完成したし、今度は可愛い妹たちのために俺は喜んで二人の盾となるつもりだよ」
あの事件以来、少しずつだが関係は良くなっている。金剛としても、ここで役に立つことで二人の好感度を上げておきたいのだ。
「とても心強いですわ」
「そう……ですね。たしかに金剛さまが同行してくださる方がよろしいかと」
家族にしかわからないこともある。どんなに青画たちが強くとも、やはり兄が味方してくれるというのは想像よりもずっと心強いものだから。
「ところで姉さん、鳳凰院家からの招待状には何が?」
難しい顔をしながら招待状を見ている姉の様子が気になる青画。
「うむ……紅蓮天翔を迎えに寄こすと書かれているのだが……朱璃、これは一体なんのことだ?」
「えっ!? それは……」
朱璃は顔を赤らめ言いよどむが――――
「当主さま、それは我が鳳凰院家の自家用ジェットのことです。実は紅蓮天翔は――――直系とよほどの賓客にしか使われない最高クラス、それだけ今回の件、本家も真剣に受け止めていると考えるべきでしょう」
妹の代わりに兄金剛が説明する。
「おお、それは凄いな。歓迎されているとは素直に言えないかもしれないが、少なくとも礼儀は尽くしてくれているようだな」
もちろん、こちらに朱璃と金剛がいることは向こうも把握しているだろうから、その影響もあるだろうが、どちらにせよ悪い傾向ではない。
「それにしても……紅蓮天翔か。カッコいいな」
「青画もそう思うか? たしかにめちゃめちゃカッコいいと私も思う」
盛り上がる二人を見て、気を良くした金剛が追加情報を出してくる。
「鳳凰院家の自家用ジェットには、他にも焔翼凰、焔環飛翔、炎獄天鵬などがあります。ちなみに朱璃の専用機は――――鳳凰院式・紅蓮姫凰 特別航空機 朱璃専用一号機、通称『姫凰』です」
「嫌あああああっ!! やめて金剛お兄さまっ!!」
知られたくなかった黒歴史を明かされて膝から崩れ落ちる朱璃。
「なぜ恥ずかしがる? めちゃめちゃカッコいいだろ!!鳳凰院式・紅蓮姫凰 特別航空機 朱璃専用一号機、通称『姫凰』」
「そうだぞ朱璃、俺も乗ってみたい、鳳凰院式・紅蓮姫凰 特別航空機 朱璃専用一号機、通称『姫凰』にっ!!」
「うむ、ぜひ私も妹の専用機、鳳凰院式・紅蓮姫凰 特別航空機 朱璃専用一号機、通称『姫凰』に乗ってみたい!!」
正式名称は長いので聞き流してくれるのではないかとひそかに期待していた朱璃だったが、青画と黒乃は無駄に優秀だから質が悪い。
「もうやめてくださいませええええっ!!!」
朱璃残りライフはとっくにゼロである。
(お可哀想なお嬢さま……まだ始まってすらいないというのに……)
果たして無事に帰れるのだろうか? 今から不安に思う絵里香であった。




