第四十二話 フィギュア狂騒曲
「天河先生、なんとか響ちゃんに会えませんか?」
「響ですか……なかなか難しいですね」
四季神楽シリーズも日和、朧、雨音の原型が完成した。次は響なのだが、そう都合よく雷は起こらない。
「お祭りの時みたいに龍神さまに頼めないんですか?」
「いや、さすがにフィギュアを作りたいから雷起こしてくれなんて言ったら神罰くらいますよ」
「ですよね……」
こればかりは焦っても仕方がない。
「じゃあ春夏さんから造りましょうか?」
「えっ!? ああ……春夏さんは……」
「なあに~? 今私の話してたわよね?」
「は、春夏さん!?」
武術の心得はないはずだが、春夏はたまに気配を完全に消すことがある。青画ですら察知出来ないということは、なんらかの異能の可能性もあるが、謎である。
「聞いたわよ、日和たちのフィギュアを造っているんですって?」
「えっ!? ええ……まあ」
誰にも言っていないはずなのに何で知っているんだろう。青画が視線を向けると、ホムラはスッと視線を逸らす。
「もちろん私のフィギュアも作るのよね?」
「え? も、もちろんです。今、天河先生とその話をしていたところです」
春夏の圧に耐えきれず、ホムラは素直に答えてしまう。頭を抱える青画だったが、こうなってはどうしようもない。
「ふふ、なら青画くんの部屋……行きましょ?」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか!?」
「だって、青画くんの部屋入るの久しぶりだから」
秋になったとはいえ、まだ日中は暑い。春夏の格好は夏仕様の薄手の千早、それに加えてあらゆる部分を緩めているので目のやり場に困るのだ。
「じゃあ……はじめようかしら」
「そうですね――――って、なんで全裸になってるんですかっ!?」
部屋に入った瞬間、文字通り一糸まとわぬ姿になった春夏。ホムラは先日の光景を思い出して密かに赤面する。
「だって、フィギュアを造るなら計測が必要でしょ? ほら、隅々まで触って良いのよ?」
「いや、測るのはホムラ先生ですからね? それに計測だけなら水着で大丈夫ですから」
「ふふ、そう言いながらもしっかり見てるのね?」
「そ、それは……イラストレーターとしての職業病です……着色の時に参考にするので……」
ホムラが造った原型にペイントするのは青画だ。
「天河先生、私が造るフィギュアは水着や下着の着脱が可能ですから、しっかり確認しておいた方が良いかと」
「ほら、ホムラ先生もこう言ってることだから……ちゃんと……見て」
きっちり追い詰められてしまう青画であった。
ここは天河家のとある地下室――――
普段使われることもなく、滅多に人も来ないその場所に――――怪しい人影がいくつも集まっており、ひんやりとしているはずの地下にも関わらず、その場所だけは熱気で暑いくらいであった。
「皆さま……大変お待たせしました。困難に次ぐ困難を乗り越え――――ついにお披露目することが出来ます。これもひとえに皆様のご協力とご尽力の賜物です。それではご覧ください――――天河青画フィギュアコレクション第一弾の発表です!!」
うわああああ!!! 地下に集まった数百人を超える女性たちから怒号に近い悲鳴が上がる。
「最初にお届けするのは、1/7スケール『伝説のイラストレーター・天河青画(作業着Ver.)』コンセプトは、普段の完璧な姿とは違う、ちょっとラフな姿です。液晶ペンタブレットに向かい、髪を少しラフに結んだ天河先生、シャツの袖をまくった腕のしなやかな筋肉や、集中して少し鋭くなった目元を完全再現しました!!」
アクリルケースに入ったフィギュアがライトアップされると、どかん 会場のテンションがヒートアップする。
「さ、三十万!!」
「私は五十万出すわ!!」
「私は百万!!」
興奮したメイドたちが先を争うように入札を始める。
「皆さま、落ち着いてください。これはオークションではありません。すべて受注生産ですのでご安心を。天才原型師であるこの私が造り、日本一のペインターとして名高いブロマンス先生が彩色したこの限定品、お値段は天河青画ファンクラブ価格一体二十万円です。おひとり様一体限り、製作順は抽選で公平に行います。再販はいたしません。受付はすべての作品が出揃ってからとなります」
二十万という価格は高く感じるかもしれないが、カグツチホムラの作品としては格安だ。しかも転売すればその価値は天井知らず、もっとも転売する者などいないけれど。
「続いては、1/7スケール『天神祭・伝説の屋台料理人(ハチマキ&腕まくりVer.)』天神祭で数々のファン(信者)を狂わせた、伝説の屋台での姿です。ハチマキを締め、真剣な表情でフライパンを振るう躍動感あふれるポーズ。特注のパーツで、屋台も再現可能です」
「こ、これも良すぎる……!! どうしよう」
「迷う必要なんてないわ、全部買えば良いんだから!!」
「あ、あの……衣装は着脱可能なんでしょうか?」
「もちろん可能です」
「……全部買います」
凄まじい熱気と興奮で倒れそうになる者も続出するが、誰も止めようとする者はいない。会場からの期待を受けてホムラは次の作品を披露する。
「これは正直世に出すことを迷った作品です。1/7スケール『お風呂上がり(着崩し浴衣Ver.)』胸元が少しはだけた濃紺の浴衣。シンプルですが、天河先生の色気が全開、上気した首筋のラインが超絶色っぽい自信作です!!」
会場が静まり返る。あまりにも衝撃が強すぎると人間は静かになるらしい。
「これは……危険すぎる(褒め言葉)」
「え? 待って……一人一体限定って辛すぎる」
「予備が欲しい!! お願い三体、せめて二体まで買わせてください!!」
ちなみに事前に見せられた朱璃は、即座に五百体発注しようとしたのだが、当然断られて血の涙を流したという特級危険物である。
「作品は以上ですが、今回は特別にもう一作品ご用意しました。まっどろいど風『ミニ青画(エプロンVer.)』お屋敷での日常を切り取った、可愛さ重視の二頭身フィギュアです。小さなエプロン姿の天河先生、パーツ交換で「困り顔」や「微笑み顔」に変えられます。付属パーツには小さな「梨大福」や「ミニフライパン」などリクエストが多かったアイテムに加え、身につけられるキーホルダーやバッジもセットになっています!!」
まっどろいど、といえば、デフォルメされた可愛さで大人気のシリーズ。フィギュアに興味がない人でも知っているほどのヒット商品。それをあのカグツチホムラが造ったというのはもちろん異例中の異例。
「か、可愛いいいいいい!!」
「せ、青画しゃまああ……!!」
「ああああ……不意打ちで心臓が……」
「こ、心の準備が出来てなかった……これは……反則」
あまりの可愛さに限界を突破して身悶えするメイドたち。日和たちですら耐えきれずに寝込んだといういわくつきの癒やしアイテム(呪物)
その日――――天河家の地下では大金が動いた。
「これがいわゆる地下経済ね(違います)」
「ふう……出来た」
その頃、青画は四季神楽シリーズの彩色の仕上げをおこなっていた。立体構造物に彩色するのは本職ではないのだが、日和たちを他のペインターに任せるつもりは最初から選択肢に無かった。厳しい訓練を積んだ上で本番に臨んだ結果――――満足のゆく仕上がりに。
「結局徹夜の作業になってしまったな……軽く食事だけでもするか」
部屋を出て一階へ降りてゆくと異変に気付く。
「深町さん、なんだか人が少なくありません?」
いつも誰かしらいる婚約者メンバーの姿も見えない。
「ええ、なんでも使用人たちが親睦会をやっているらしいですね」
そのせいで急遽駆り出された執事長の深町が困った顔で答える。
「へえ、それじゃあ差し入れ持って行った方が良いかな?」
軽食程度ならすぐに用意できる。せっかくの親睦会なら力になりたいと思う。
「……青画さま、お気遣いは無用にございます」
深町同様駆り出されたメイド長の神楽耶が珍しくメイドらしいことをしている。普段は表に出てこないのである意味新鮮である。
「神楽耶……でもいつも頑張ってもらっているから」
「いえ、お気持ちはとてもありがたいのですが、青画さまが姿を見せれば皆緊張して親睦どころではなくなってしまいますので」
若い使用人たちが、青画のファンクラブのようなものを作って活動していることは知っている。その活動内容までは把握していないが、メイド長の勘が、介入しない方が良いと告げている。
「そっか……それもそうですね、ありがとうございます。余計なことをしてしまうところでした。そうだ、久しぶりに神楽耶さんの入れた紅茶飲みたいですね」
普段はメイド長自ら紅茶を入れることはほとんどない。だが――――神楽耶は嬉しそうに微笑むと優雅に頭を下げる。
「ふふ、喜んで。青画さまほどではありませんが、心を込めて入れさせていただきますね」
地獄のような地下と穏やかで優雅な地上の落差。この光景を見ているものがいたのなら、きっと苦笑いしていることだろう。
『……あのちっちゃい青画……欲しい』
『うむ、我も欲しいぞ』
神界でも広がりつつある青画フィギュア人気。
知らぬうちにカグツチホムラ先生、過労死必至の大ピンチを迎えていた。そして――――青画もまた、おおいなるとばっちりが待っているのであった。
「青画、姉さんは悲しいぞ? 弟なら姉のフィギュアの一つや二つ持っているのが嗜みというものだろう?」
「ごめん姉さん、良かったらぜひ造らせて欲しい」
「ああ、何体でも構わんぞ」
「お兄さま、兄が妹のフィギュアを持っていないというのは、もはや違法行為ではありませんか?」
「たしかに真白の言う通りだ、それで罪が償えるとは思っていないが、お前のフィギュアを造らせて欲しい」
「お兄さま……何事も遅すぎることなどないのです」
「ね、ねえ青画くん……その……もし良かったらなんだけど――――」
「フィギュアですね!! ぜひ綾さんのカッコいいフィギュアが造りたいです!!」
「そ、そう? い、今から……計測……する?」
「青画、特別にフィギュアを造らせてあげても良いですわよ、言っておきますが、貴方だからOKするんですからね?」
「ありがとう朱璃、左目に邪眼入れても良いかな?」
「ふえっ!? ま、まあ……良いですわよ」
「絵里香、お前のフィギュアも造って良いか?」
「ええっ!? わ、私などフィギュアにはもったいないですから」
「何言ってるんだ、たしかにフィギュアで絵里香の魅力を表現するのは不可能だけど、絶対可愛いと思う」
「そ、そこまで仰るのでしたら……よろしくお願いいたします」
「――――というわけなんですよ、ホムラ先生」
「……天河先生は私を過労死させるおつもりですかっ!?」
「本当にすいません……疲労は加護とマッサージでフォローしますし、毎食ホムラ先生のためにスペシャルメニューご用意しますから。あ、もちろん必要でしたら夜食も!!」
断ろうとしていたホムラだったが――――悪魔の提案には抗えなかった。
「わかりましたよ……でも天河先生、何か忘れてませんか?」
「何か忘れて……? あ――――!!」
「あの……ホムラ先生のフィギュアも造ってもらえたりします?」
「そ、そうですね……造ったことは無いですけど……まあ……天河先生がデザイン起こしてくれるなら……造ってあげられないことも……ないですけど」
どうやら正解だったらしい。耳まで赤くなったホムラ先生である。
「……なんかとんでもない数の注文来たんだけど……凄いな天河青画先生」
安請け合いしてしまったことを後悔する日本一のペインター、ブロマンス先生であったが――――
「まあ……全種類サンプルもらえるなら良いか」
きっちり秘蔵コレクションに加えるのであった。




