第四十話 月読命
「やっと終わったあああ……!! 月見団子食べるぞ~!!」
「つ、月見団子……食べたい……ですっ!!」
ようやく神社での仕事が終わって、巫女服のまま天河家へやってきた日和と真白、もはや食欲に支配されている。
「あらあら、二人ともはしたないわよ、月見団子は逃げないんだから」
「……そういうお母さんこそなんで早足なのよ!!」
「うふふ、気のせいよ。でもね、年功序列って大事だからね」
そう言いながら春夏は先頭を譲らない。最初に食べるつもり満々である。
「うわああ!! ナニコレ、梨の白餡が爽やかな甘みで……かすかに残ってるシャリシャリした食感もたまらない……いくらでも食べられちゃう!!」
「もちもちとした皮を嚙み切ると……中から極上のみたらしがぷちゅじゅわああって口の中で広がって……幸せに溺れそう……しかも温かいのが最高ですっ!!」
「ふふ、まだ若いわね、月見団子の王道はこの餡無しのシンプルバージョンにあり。ああ……素材の旨味が極限まで引き出されてさらに融合して掛け算の美味しさになってるわ……」
三者三様、どれも美味しいのだが、最初に食べたものが美味しすぎて離れられなくなってしまう罠。少し飽きてきたら、口直しに他の種類もと思うのだが、全然飽きないので困ってしまう。実際は一ミリも困っていないのだが。
「みんな気持ちが良い食べっぷりだな。こっちの山はロシアンルーレット月見団子、中身は全部違うから食べてからのお楽しみだ」
「な……なんですってっ!?」
「お、お兄さま……貴方は悪魔なのですか……!?」
「あらあら、邪道こそ美味しいというのもまたグルメ道の王道よね」
目の色が変わる三人だったが、すでにかなり食べてしまったので余力はあまり残っていない。
「無理する必要ないぞ、ほら、食べたいっていう人がこんなにいるから」
ふと周囲を見れば、先程食べ損ねた種類を今度こそ食べようと虎視眈々と狙う黒乃たちと使用人の群れがぎらぎらと目を光らせている。
「くっ、おこぼれを狙うハイエナの群れが!?」
「日和、実際はライオンがハイエナのおこぼれを狙うんですよ、風評被害です!!」
「あら、じゃあさしずめ飢えたライオンの群れね」
最初から勝てる戦いではないのはわかっている。だが――――
「諦めたらそこで試合終了だよ!!」
「私たちの力見せてあげます!!」
「神職の神威ならぬ神胃、とくとご覧なさい!!」
その瞬間――――光と闇が世界を覆い尽くし――――風も虫の声すら聞こえない。まるで時間が停まってしまったような感覚。
『……長かった……とても長かった……』
日和の瞳が闇に染まる。月と夜を司る女神、月読命が降臨したのだ。
そして――――
『ふふ、月見団子とは最高ですね』
『うむ、やはり中秋の名月といえば月見団子よな』
春夏に竜田姫が、真白には天神が降臨する。
『……もきゅ、もきゅ、もきゅ、もきゅ、ごっくん、もきゅ、もきゅ、ごくん――――』
凄まじい勢いで月見団子を食べる月読命。
『……散々待たされて来たから仕方ないですけれど……さすがにはしたないですね……って、天神までっ!?』
『お主は馬鹿なのか? 全部中身が違うのだぞ? つまり――――早い者勝ちということだ』
『っ!? 私を謀ったのですかっ!?』
『……もきゅ、もきゅ、もきゅ、もきゅ、ごっくん、もきゅ、もきゅ、ごくん――――』
すでに返事はない。黙々と食べ続ける月読と天神。竜田姫も慌てて食べ始めるのであった。
「あああ……私たちの月見団子が……」
神々が降臨してしまってはどうすることも出来ない。絶望する天河家の人々であったが――――
少なくとも多少食べられたのだから、ロシアン月見団子まったく食べられなかった日和たちよりかはだいぶマシである。
「うわああああん、もう駄目、もう生きていけない……」
「ふええええん、食べたかった……です……」
「あああ……私の……月見団子が……」
神々が満足して帰った後、残されたのはハイライトが消えて膝から崩れ落ちる三人の巫女と空になった大皿だけ。
「ま、まあ……残念だったけど、まだ十三夜が残っているだろ?」
十三夜は日本独自の風習。少し満月から欠けた月にこそ美を見出した古来より続く雅な伝統である。十五夜のちょうど一ヵ月後、十五夜と十三夜この二つの月を合わせて『二夜の月』という。
どちらかしか見ないのは『片見月』といって縁起が悪いことだとされている。
十三夜は別名「栗名月」「豆名月」 ちょうど栗や枝豆が収穫できる時期なので、これらをお供えすることからそう呼ばれているのだ。
「栗とか枝豆使った月見団子とか料理たくさん作るからさ」
「はわあ……絶対美味しいよね!!」
「枝豆といえば、ずんだ……大好物です!!」
「ほくほくの栗ご飯食べたくなってきちゃった……!!」
良かった、瞳にハイライトが戻ってきた。安堵する青画であった。
「あの……ここって普通に神さまとか来ちゃう感じ?」
「そっか、ホムラ先生初めてですよね。大丈夫です、すぐに慣れますから。あ……そういえばお嬢さまも昔、左手に邪神が封印されているとかなんとか仰って――――」
「絵里香あああああっ!? 記憶が飛ぶまで殴りますわよっ!! 忘れなさいっ!!」
「あ、違いましたね、左手じゃなくて左目でしたっけ?」
「それは邪眼……って、違いますわあああっ!!」
自ら墓穴を掘りにゆく朱璃。
「なんだと? 朱璃お前邪眼を持っているのか!? めちゃめちゃカッコいいじゃないか!!」
「たしかに!! なあ朱璃、一度使って欲しいんだが――――」
「黒乃、青画くん……やめたげて……朱璃ちゃんが死んじゃう」
遠い目をする常識人の綾であった。
チャリン チャリン チャリン
「あの……なんか小銭みたいな音がするんですけど?」
聞き慣れた音色の中に、聞き慣れない音が。ホムラは気になって尋ねてみる。
「そうかしら? 小銭って使ったことないからわかりませんわ」
「お嬢さま、そこは嘘でも合わせた方が……」
「くっ、このセレブどもが……」
「あはは、ホムラ先生、あれは小銭虫です。この辺にしか居ない珍しい種類の虫なんですよ」
「へえ……どんな虫なのか興味ありますね。天河先生は捕まえたことあるんですか?」
「もちろん、その姿を見た者にはご利益があると言われていますからね、一緒に捕まえてみますか?」
満月の夜に虫取りデート……ちょっとロマンチックかもしれない。
「ぜひ!!」
即答するホムラだったが――――
「わ、私は遠慮しておきますわ……」
「私も怖いので……」
朱璃と絵里香は虫が苦手らしい。
(ふふ、虫が苦手とか……これだからお嬢さまは……)
「あ、いましたよホムラ先生!!」
「さすがですね、もう見つけたんですか――――って、デカッ!?」
カブトムシを二回りくらい大きくしたくらいの巨大なボディ……しかも黒光りしている姿が言葉にしてはいけないアイツを彷彿とさせる。いくら苦手ではないとはいえ、こんなのに飛びつかれたら叫ぶ自信がある。
チャリン チャリン チャリン
「ほ、本当に小銭みたいに鳴くんですね……」
慣れてくるとなんだか愛嬌があるように感じてくる。フィギュアにしてみようかなと思ってしまうのはもはや職業病だろう。
「でもこれでホムラ先生もご利益ゲットですね!!」
「そうでした!! ところで、どんなご利益があるんですか!!」
神々が降臨してくる土地柄、ご利益も期待出来る。
「小銭が貯まるようになると言われています。商家なんかでは縁起が良いと重宝がられていますね」
たかが小銭、されど小銭である。塵も積もれば山となるけれど。
「なんというか……微妙ですね」
「あはは、まあ……虫ですから」
でも――――
その可愛らしい笑顔が見れたことが一番のご利益かな。
ホムラは現金な虫の声にそっと耳を澄ますのだった。
時間は少し遡る――――
「あの、月読さま、この加護は?」
『……月光の掌……ほんのり明るい……闇の中での探し物とか……読書とかに……便利……」
古代においてはとても有用だったであろう力だが、現代においては正直微妙である。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね!!」
『ん……そうして……お団子……美味しかった……また……来る……』
停電時はもちろん、電気なしで明かりを確保できるのは正直かなり使える。天河家の敷地内には電灯が無い場所も多いし、山に入った時に役に立つはず。キャンプの時に料理するなら、手元が明るいのはとても助かるし。
「はい、ぜひ十三夜にもお越しください」
頭を下げる青画をじっと見つめる月読。
『青画……こっち来て』
「は、はい」
無言で青画をぎゅっと抱きしめる月読。
『……明けない夜はない……夜明け前が一番昏い……時に……待つことも……肝要』
抑揚のない感情の薄い声、それでも月光のように不思議と心の奥に沁みこんでくる。
「……ありがとうございます。肝に命じます」
『ん……私……栗が好き……』
「わかりました色々用意しておきますね」
消えてゆく月読の気配を見送りながら――――青画はロシアン団子を食べられなかった日和をどうやって慰めようか、頭を悩ませるのであった。




