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お天気彼女  作者: ひだまりのねこ


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第四話 曇天の朧


「……朝か」

「もう……先輩のせいで一睡も出来なかった……です」


 うっとりと上気した表情で、満足そうに身体を預ける雨音。


「おはよう青画くん、雨音、昨晩はお楽しみだったわね」


 日和の母親で高龗神社の宮司、高龗 春夏(たかおかみ はるか )がひょっこり顔を出す。


「おはようございます春夏さん」

「もう……変な言い方しないでくださいお母さん、先輩とお話していただけなんですから」


 こうやってお泊りするのも一度や二度ではないし、春夏のこういう揶揄いには慣れている青画だが、真面目な雨音は母親の目論見通りな反応をしてしまう。

  

「えええっ!? 健康な年頃の男女が、それも許嫁同士が一晩一緒にいてお話だけって……雨音、真面目なのも良いけれど、そんなんじゃ青画くんに嫌われてしまうわよ?」


 さすが十六歳で日和を産んだだけに説得力が違う。春夏が今の日和の年齢時には母親だったわけだ。まだ三十四歳、高龗家の女性は代々おそろしく若々しい家系なので、母親というよりは雨音のお姉さん、青画から見れば同級生くらいがせいぜいだ。


「うふふ、どうしたの青画くん? 私と楽しいことする?」

「お、お母さんっ!! お、お話だけじゃありませんからっ……き、キスだって……したんですっ!」


 春夏の顔がみるみるうちにニマニマしてゆく。青画もいたたまれない様子で顔を赤くする。事実ではあるけれど、母親に面と向かって報告されるのはなんというか気恥ずかしいものがある。


「あらあら、可愛らしいこと。朝ごはん出来てるから食べて行ってね。じゃあ私は神社に行くから、青画くん、今度は私とデートしてね」

「はい、行ってらっしゃい春夏さん」

「先輩は私とデートするんです!」

  

 そんな雨音を見てますますニマニマする春夏。母親に嫉妬するなんて可愛いなと青画も思わずニマニマしてしまう。


「なっ!? 先輩まで……もう、知りません」


「あらら、揶揄いすぎたわね。後のフォローはよろしく~」

「はい、雨音のことは任せてください」


 後ろから包み込むように抱きしめられて雨音は、レインブルーの瞳までピンク色に染めるが――――同時に可愛らしくお腹が鳴ってしまう。


「朝ごはんにしよう」

「……はい」




「先輩……私、本屋さん行きたいです」

「だったら早い方が良いか」


 外は雨模様だけど、雨は昼前には止む予報だ。あまり時間がない。


 朝食を済ませた二人は、市内最大の大型書店『異世界堂』へ向かう。本屋といっても、本だけを扱っているわけではなく、文房具や画材、アニメグッズやフィギュア、プラモデルなどインドア系趣味全般を扱っている中に書籍コーナーがあるのだが。


 本が好きな雨音だけでなく、絵を描く青画も足繫く通う場所で、雨音とのデートは昔から自然とこの場所になる。店内にはお洒落なカフェもあって、雨の日に時間を過ごすのにぴったりなのだ。


「少し早く着きすぎたか」 


 開店時間は10時、まだ一時間以上ある。


「先輩……眠いです……」

「少し寝るといい、開店時間になったら起こすから」


 青画はベンチに腰掛けると、膝をぽんと叩く。


「えへへ……先輩の膝枕……久しぶり……です」


 すうすう寝息を立てる雨音はびっくりするぐらい軽くて本当に存在しているのか不安になる。青画はその透き通るような白い髪を撫でながら空を見上げる。


「雨……止みそうだな」


 雨音が寝てしまったのは夜更かししたからではなく、人格が入れ替わる予兆だ。雨の人格である雨音は、雨が弱まれば存在自体がそのまま弱くなってしまう。気象アプリによれば雨は十五分後には止むらしい。残念だけど本屋デートはまた次の機会になりそうだ。


「ありがとう雨音……楽しかったよ」


 また会えるとわかってはいるけれど、それでもやはり毎回別れは切ない。急に会いたくなっても会えないもどかしさ、デートの約束だってお天気任せだから。


「今日は一日曇天か……」


 雨は止んでも晴れ間は期待できない。となると――――

 

 曇り人格『(おぼろ)』が出てくる。


「朧に会うのも久しぶり……楽しみだな」


 

 髪の色が白から灰色に変ってゆく。雨音が消えて朧になったのだとわかる。


挿絵(By みてみん)


「ん……青画じゃん……誰の許可もらって膝枕なんかしてんの?」


 無気力そうな灰色の瞳が青画を映して揺れる。


「久しぶりだな朧、嫌だったら膝に乗るか?」

「はあ? まあ……いいや、なんか怠いからこのままでいい……」


 小さく欠伸をしてそのまま膝枕を続行する朧。ほんのり頬が赤いことに気付くが、青画は黙って頭を撫でる。


「……頭撫でて機嫌とろうとしても無駄だよ?」

「わかってる……こうしたいからしているんだ」

「……物好きな奴。好きにすれば」

「ありがとう」


 更に顔を赤くする朧が愛しくて、青画はたまらず微笑んでしまう。


「……何。ずっと見てて楽しい? 趣味悪いんじゃないの」

「楽しいよ、大好きなものを見るのは」

「……相変わらず変な奴」


 ぷいっと顔を背けてしまった朧だったが、真っ赤になった耳は隠せない。


「おっ、そろそろ開店時間だ」

「……雨音とデートするつもりだったんだよね? 私は本とか興味ないし……画材買うなら邪魔になるから帰る。視聴予定のアニメ溜まってるし」


 立ち上がろうとする朧を抱きしめる青画。


「……何してんの? 帰るって言ってんだけど」 

「久しぶりに会ったんだし、カフェで甘いものでもどうかな? なかなか会えなかったお詫びに好きなフィギュア買っていいからさ」

「……はあ、まあ……そこまで言うなら付き合ってあげるけど――――」


 態度も言葉も表面上は変わらないけれど、その灰色の瞳がぱああっと輝くのは隠せない。


「――――フィギュア買ってくれるのマジ!? 嘘ついたら腹パンするよ?」

「ああ、マジ。こうみえても結構稼いでるイラストレーターになったんだぞ」


 自慢げに語る青画だったが――――


「ねえ、何やってんの、早くしないと売り切れたら大変」


 いつの間にか入り口に待機している朧。


 今日は朧が好きなキャラの限定フィギュアが発売される日だ。もちろん偶然ではなく、曇りでなかったとしても朧のために買ってあげるつもりだったのだが。



「朝摘みイチゴのパフェ、美味いな」

「……あんまりこっち見んな、せっかくのパフェが堪能できないだろ」


 無事手に入れたフィギュアを大事そうに抱きしめる朧が可愛くて、つい見過ぎてしまったかもしれない。青画はそっと視線を外した。


「……別に視線を逸らせなんて言ってないんだけど?」

「ふふ、じゃあどうすれば?」

「……顔見なければいい」


 ふむ、と青画は朧の胸元あたりに視線を合わせる。


「……どこ見てんの」

「……胸?」

「……えっち」


 朧はもともと話すタイプではないから、話が盛り上がるわけでもなく、ただ何事もなく穏やかな時間が流れる。


「寂しい思いをさせたけど、これからはずっとこっちにいるから」

「別に……寂しくなんてないけど……買って欲しいものもあるし……たまには付き合ってあげてもいい」


 言葉とは裏腹に、青画が一瞬でも視線を外しただけで怯えるように狼狽えるのがわかる。トイレに立っただけで明らかに不安そうにしていた。


 朧は曇りの日にしか出てこれない。そのせいか自分は誰にも望まれていないという強い孤独を抱えていた。


 皆が望む晴れを邪魔し、雨のように恵みを与えることもない、そんな役立たずで中途半端なただ暗いだけの存在、そう考えているのかもしれない。


 そんな彼女を長い間放置してしまったという事実に青画は申し訳なさで苦しくなる。


「……私といてもつまらないでしょ」


 女の子らしい可愛さも、明るい笑顔も、知的な会話も――――愛嬌も無いし、口を開けば出てくるのは突き放すような憎まれ口。


 たしかに万人受けするタイプではないかもしれない。でも――――


「そんなことない。仕事や人間関係で少し疲れている時、朧は何も言わずに隣にいてくれる。たしかに日和は元気をくれるし、雨音は甘えてくれるけど、お前は……『何見てんの。別に励ましたりしないよ』って感じで、ただ静かで眩しすぎない時間を与えてくれる。それは俺にとって、一番息がしやすい時間だから」


 青画にとってこうして朧と過ごす時間が何よりも貴重でかけがえのないものになっている。だから嘘偽りのない――――やわらかい真っすぐな眼差しで朧を見つめる。


「……曇りの日は世界が灰色になるんだよ」


 そんな青画の視線に耐えかねるように、朧は鉛色の空を指さす。


「ふふ、良いこと教えてやろうか、曇り空の下では、実は物の色が一番綺麗に、正確に見えるんだ、晴れてると白飛びしちゃうけどな」

「……へえ、そうなんだ」


 ほんの少しだけ口元が緩む。朧は無表情だし、わかりやすく笑うことも無いけれど、青画は時折見せるそんな彼女の移ろいを心から愛している。


「それに――――俺は灰色が大好きだしとても綺麗だと思う」

「……バカじゃないの」


 熱っぽく見つめられて、朧は曇天色の髪を指でくるくるいじりながら灰色の瞳をぐるぐると動かす。


「……お昼どうするつもり?」 

「そうだな……今日はうどんの気分かも」

「……私もうどんの気分。奇遇ね」

「ぜひご一緒したいのですが」

「……別にいいけど」


 両手を差し出す朧。


「疲れたから……背中貸して」

「乗り心地は保証いたしかねますが」

「……知ってる」


 背中に伝わる体温、決して離すまいとしがみつく指先。


「……少し遠回りして行こうかな」

「……好きにすれば」


 どんよりとした世界だからこそ、本当の姿が見える。ありのままに過ごせるから互いの存在が一層鮮やかに見えるのかもしれない。




「……えっと朧? 着いたぞ」

「……すうすう」

「本当に……天使みたいな寝顔だな」


 朧を膝枕させて、頬をぷにぷにと指で押す。


「うーん、キスしたいけど勝手にしたら怒るよな」

 

 暑くもなく寒くもない。感じるのは愛しい許嫁の温もりだけ。平日の午前中――――誰も邪魔しない静かで穏やかな時間。青画は朧の寝顔を眺めながら――――そっと目を閉じ――――



「……青画? 寝てんの?」


 ふと目覚めると無防備に寝息を立てる許嫁の姿が目に入る。


「はあ……いくら人が居ないからって油断しすぎ」


 じっと青画を見つめる朧。


「……ったく襲われたらどうすんの――――こんな風に」


 両手を首に回してそっと唇を重ねる。


「……馬鹿。ずっとそばにいないと許さないから……」


 少しだけ両腕に力を込める、どうしようもなく寂しい気持ちとたまらなく愛おしい気持ち。だから……離さない。


「……ん、朧?」

「っ!? な、なによっ!! デート中に居眠りとか馬鹿なんじゃないの!!」


 もう一度キスをしようとして、慌てて離れる朧。


「ああ……ごめん、お前と一緒だとつい安心しちゃうんだ」

「……まったく、私がいないと駄目なんだから」


 申し訳なさそうにしている青画を横目で見つめながら、くすりと笑う朧。


「月見うどんが食べたい」

「またか……本当に好きだな月見うどん」


 いつか朧に本物の月を見せてあげたい――――無理だとはわかっているけれど、そう願わずにはいられない青画であった。

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