第三十六話 秋の味覚といえば梨です
天神祭が終わると、その熱が冷めるように空気が澄んでくる。秋がもうすぐそこまでやってきているのだ。
「んふうううっ!! この梨、とんでもなく美味しいですわ!!」
「ああ……なんという果汁……そして爽やかで上品な甘み……シャリシャリとした食感もたまりません!!」
その日、朝食の席ではデザートに出された梨の話で盛り上がっていた。
「美味いだろ? 昨日天河果樹園から届いたんだけど、今年のは格別に出来が良い」
青画が手にしているのは、この土地でしか栽培できない独自品種『天黄』。一般的な梨よりも一回り大きく、ずっしりとした重みがある。糖度が高いのが特徴で、上品で濃厚なハチミツのような甘さを持つ。お月見の満月のように丸く黄金に輝くその姿は、見た目だけで秋を堪能出来る芸術品とも言える。
「天黄はたしかに美味い梨だが……今年のは明らかに一味違うな……」
「そうですね、それに……色味も綺麗なような気がします?」
毎年食べている黒乃と真白だからこそ違いがわかるというもの。
「実は梨の新品種のこともあって、これから天河果樹園に行くんだが、誰か一緒に行くか?」
青画は天河果樹園と品種改良を共同で行っている。今日はその打ち合わせに行くのだが――――外部の人間は立ち入れない場所なので、もし暇ならと誘ってみる。
「綾、今日はたいした用事無かったよな?」
「そうね、市民栄誉賞授与式と敬老会巡回と表彰ぐらいですね」
「うむ、私は問題なく参加――――」
「出来るわけないでしょ」
嫌だあ~と駄々をこねる市長とため息をつく敏腕秘書。
「絵里香、私は果樹園に行きますわ!!」
「駄目に決まってるでしょ!? 今日はフェニックス・ライブ本社移転に関わる重要な会議なんですから」
「ええ~、会議なんて絵里香がいれば良いんじゃないかしら?」
「なにしれっと自分だけ行こうとしているんですか!? むしろ私はいなくても良いですよね? 社長が独断で決めたことですし」
「あーん、冗談ですってば、絵里香が居ないと無理ですわよ!!」
冗談と言いつつ、本気で落ち込む朱璃と絵里香。
「真白はどうだ?」
「……春夏さんと日和が秋神楽の修行で不在なので、私が居ないと駄目なのです……」
現在、真白が宮司代行責任者ということになっている。それで良いのかと思うけれど、実際何かあったらベテラン巫女たちが大抵のことはカバーしてくれるからなんとかなるらしい。真白以外に格というか血統的な意味で代理が務まる者がいないのだ。
悔しすぎて千里眼が発動するほど血の涙を流す真白。
「じゃあ今度の週末、皆で梨もぎに行こうか?」
「「「「「賛成っ!!!!!」」」」」
あまりにも皆が不憫なので、そう提案する青画であった。
「紅葉さんも家に帰ったし……一人で行くか」
考えてみれば一人で行動するのは久しぶりかもしれない。それに――――遊びに行くわけではないので、連れて行ってもつまらないだろうから、結果的には良かったと納得する。
「ふわあ……おはようございます天河先生……」
皆が仕事で出払った後、眠そうな顔で降りてきたのは、天才原型師カグツチホムラ。実は天神祭の後も、朧のフィギュアが完成するまでこの屋敷に滞在しているのだ。
「おはようございますホムラ先生、朝食出来てますよ。今、温め直しますね」
「はうう……ありがとうございます!!」
クリエイターはどうしても時間が不規則になりがち。だからこそ食事には手を抜けない。青画はホムラのために準備を始めるのだった。
「ホムラ先生、本当に果樹園行くんですか? あまり面白いことはないかもしれませんよ?」
「ちょうど気分転換したかったですし、実は私、フィギュアよりも果物が好きなんですよ」
それは原型師としてどうなんだろうと思う青画だったが、よく考えたら自分もイラストよりも料理の方が好きかもしれないと気付く。
「たしかに美味しいものって純粋に好きだけで出来てますよね。イラストはそう単純じゃないから」
「そうなんですよ!! 天河先生ならわかってくれると思ってました」
結局、果樹園には青画とホムラの二人で行くことに。
(ちょっと待って……これってもしやデートなのではっ!?)
フィギュアに半生を捧げた彼女にとって、デートはあくまで架空の世界のものであった。だからすぐには気付かなかったのだが……若い男女が二人でお出かけするというこのシチュエーションはまさにデートそのもの。
(ま、まずいわ……意識したら緊張して気分が悪く……)
ただでさえ恋愛耐性最弱なホムラであるのに、相手はよりにもよって人類最強クラスの青画である。例えるならライオンを前にしたモモンガの赤ちゃん、震えて祈ることしか出来ない。
「ご、ごめんなさい……ちょっと気分が――――ひゃうっ!?」
「足元ふらついてますよ、危ないので着くまでこのままで行きましょう」
(ひ、ひいぃ、嘘でしょ……これは伝説のお姫さま抱っこ……)
まるで王子さまのような青画に抱かれて気分はお姫さまのよう――――
だが――――ホムラはジャージだった……。
(くっ……いっそ殺して……せめてよそ行きのジャージにすれば良かった……)
後悔するホムラだが、そもそもお姫さまはジャージを着ない。
「ようこそ青画さま、それから――――」
「カグツチホムラと申します」
「これはご丁寧に、果樹園長の青木と申します」
今回は梨の新品種の試食会がメイン。
「やったああ!! 私、梨大好きなんです。今朝食べた天黄っていう梨、人生でぶっちぎり最高に美味しかったですよ」
「ははは、それは良かった。今年は天黄に限らず、どの果物も出来が非常に良いんですよ。なんというか……土自体が変わったくらいのインパクトです」
実際は、天神祭に神々が集ったことで土地の格が上がった結果なのだが、そんなことは知る由もない。
「青画さまが東京へ進学される前に研究されていたものがようやく収穫できたんですよ。こちらがその『天水』です。天河市の清らかな湧き水、天水で育った、極限までみずみずしさを追求した梨ですね」
見た目は透き通るような美しい淡緑色。
「うわあ……綺麗ですね……こんな綺麗な梨見たことがありません」
ホムラは目を輝かせる。
「見た目だけじゃないんですよ、どうぞそのまま食べてみてください」
「良いんですか!?」
「俺は先に食べたからホムラ先生は遠慮なくどうぞ」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて――――んふううっ!! なにこれええ――――」
皮が薄いので剥かずにそのままかぶりつくと――――その瞬間、じゅわあ 果汁がポタポタと滴り落ちる。
「こ、これは……もはや果物ではなく、飲み物ですね……!!」
あまりの衝撃にしばし呆然とし、幸せな余韻に浸るホムラ。
「気に入ってもらえましたか?」
「もちろん、気に入った、なんてものじゃないです、絶対に人気出ますよ」
「それは良かった。とはいえ、ここでしか生産出来ないから市販は無理なんですけどね」
天河果樹園で生産している果物は、基本的に天河家で消費されるためのもの。市内ですら滅多に出回らず、表彰などの賞品や贈答品として使われる。
「つまり……あのお屋敷にいれば食べられるんですね?」
「まあ、そういうことです」
(これはなんとしても滞在を長引かせなければなりませんね……)
どんな手段を使っても居座ろうと決意するホムラ。
「青木さん、もう一つあるんですよね? 俺もまだ試食してない新品種」
「はい、今回青画さまにお越しいただいたのはこちらが本命です」
青木が持ってきたのは、少し青みがかった不思議な梨。表面の斑点模様が、まるで龍の鱗のようにかすかに輝いて見える。
「龍梨と名付けました。実は天黄と天水が偶然かけ合わさって生まれた品種なんです。特徴は食べてもらった方が早いと思います」
青画とホムラは興味津々、龍梨をじっくりと眺める。大きさは天黄と天水の中間ぐらい、さっそく食べてみると――――
「っ!? これは……凄いな、天水の瑞々しさはそのままに、天黄の濃厚な甘さも兼ね備えている……」
「驚くべきはこのシャキシャキとした食感ですね……他の品種の何倍も心地よいです……こんなの食べちゃったら、もう普通の梨食べられなくなりますよ」
さっきまで気分が悪いと青い顔をしていたホムラだったが、もう大丈夫そうで良かったとホッとする青画。
「というわけで――――責任取ってくださいね、天河先生?」
「えっと……それはどういう……?」
「引越し先探していたんです。居心地良いんでこれからも住まわせてください!!」
ここが勝負どころと頭を下げるホムラ。
「なんだそんなことなら好きなだけ居てください。にぎやかなのは歓迎ですし、何よりも朧が喜ぶので」
わりと呆気なくOKを貰えて内心ガッツポーズのカグツチホムラであった。
「じゃあ青木さん、今度の秋神楽の奉納で龍梨使うので、屋敷へ届けてもらっても良いですか? あと、週末に皆を連れて梨もぎしたいんですが……」
「大丈夫ですよ、準備して待っています」
「青木さん、梨のフィギュア完成したら送りますね!!」
「……えっ!? 梨の……フィギュア……?」
困惑する青木と別れて果樹園を後にする青画とホムラ。
「そういえば天河先生、さっき話していた秋神楽ってなんですか?」
「そうですね……どこまで説明したものか――――」
ホムラは家族ではないが、完全に部外者というわけでもない。すでに日和と朧の関係は知っているし、青画自身彼女のことは尊敬しており、信頼もしている。天河家のことなら青画の一存でどうにでもなるのだが、四季神楽は高龗家の秘儀。青画は話せる範囲で説明した。
「え……それめっちゃフィギュアにしたいんですけど」
「わかる。そうだ!! 俺、デザイン起こすからホムラ先生作ってもらっても?」
「了解した。原型師の血が騒ぐわね……!!」
日和バージョン以外にも、朧、雨音、響、薫など全人格バージョン作ってもらおうと想像を膨らませていたが――――
「う、うーん、そうなるとやっぱり春夏さんバージョンも……でもその場合……水着……ううむ」
悩む青画であった。




