第三十五話 夏の終わりの打ち上げ花火
「なんだかあっという間の十日間でしたわね」
「はい、なんだか長い夢をみていたような不思議な気持ちです」
長かった天神祭も本日が最終日。初参加だった朱璃と絵里香は特に感慨深げだ。
「ふむ、青画も戻ってきたことだし、来年からは昔のように一か月開催にするか?」
黒乃の発言に皆、賛意を表明する。それだけ楽しかったということだろう。
「はあ……簡単に言わないでくれる? 数日増やすだけでも大変だったのよ?」
言うのは簡単だが、実際に調整を行うのは主に綾の仕事となるわけで。
「お願い綾さん、少しでも長くなって欲しいです!!」
「わ、私からもお願いします!! 綾姉!!」
「真白ちゃん、日和も……。そうね……私も祭りを長くするのはもちろん賛成だから、やるだけやってみるわよ」
可愛い妹たちに懇願されては断れない。今年も綾のハードワークが確定してしまった。
「あ、綾さん、俺も出来ることは何でも手伝いますから!!」
「ありがとう青画くん、頼りにしてる」
本人は気付いていないようだが、祭りの負担が一番大きいのは青画である。
「もちろん私たちも全面協力は惜しみませんわよ!!」
「はい、私もサポートしますので」
フェニックス・ライブからの協力は、資金、人員的にも有難いし、綾的には絵里香のサポートは値千金に等しい。
「ふふ、そうなると高龗家も協力しないわけにはいかないわね」
春夏も珍しくやる気を見せる。これまで天神祭における高龗家および高龗神社の協力は限定的なものだった。しかし、両家が強く結ばれた以上、今後は天河市における二大名家が共催するという形になってゆくのは間違いない。
今日で祭りは終わるが、明日からは来年の準備がスタートする。厳しい冬を耐え、春を待つ桜のように再び咲き誇るときまで。
「あのね、朱璃さんと絵里香さんは知らないと思うけど、最終日の花火を最後まで一緒に観た恋人は幸せになれるっていう伝説があるんだよ!」
自慢げに解説する日和。わりとありきたりな伝説だが、天神祭の場合歴史が違う。さらに普通に神々が降臨してくる土地柄だけに説得力が違う。
「へえ……ロマンチックですわね」
「はい、もうすでに幸せ過ぎて困るくらいですが……幸せはいくらあっても困るものではないですからね!!」
女子はこういうのが大好き。朱璃と絵里香ももちろん例外ではない。
「ハハハ、天神祭の花火はそんなに甘いものではないぞ?」
「そうね……準備無しでは耐えられないと思う」
「「???」」
黒乃と綾の言葉に首をかしげる二人。
「あはは、天神祭の花火はね、日没から日が替わるまでぶっ通しなんですよ。だから、甘く見てると最後まで持たないんです」
真白の説明によれば、夜中の十二時まで花火が続くらしい。
「な、なかなかハード……ですわね」
「なるほど……それに耐えられるカップルならたしかに幸せ確定しそうですね」
若干引き攣りつつも頑張ろうと気合を入れ直す朱璃と絵里香。
「そんなに心配しなくても大丈夫。お屋敷から特等席で見れるから、美味しいものを食べたり飲んだりしていればあっという間だ」
天河家の屋敷にはバーベキューやパーティーが行える巨大なテラスがある。そこにゆったり座れる特注のソファーを並べて青画の料理やデザートを楽しみながら花火を堪能するのだ。
「うわああっ!! 贅沢~!!」
ぼふんっ 日和は柔らかいソファーめがけてダイブする。
「ふふ、わざわざ花火鑑賞のために用意した特注品ですからね!」
真白が胸を張る。
「本当に座り心地が良いわね……寝てしまいそう」
「春夏さん、寝るのはまだ早い――――いや……今のうちに寝ておくのも手かもしれませんわね……」
普段寝るのが早い春夏や朱璃にとって十二時まで起きているのは正直厳しい。
「お嬢さま、私が起こしますのでどうぞごゆっくり」
花火が始まるにはまだ時間がある。夕方になって少し涼しい風が吹いてくるので、仮眠するなら最高のシチュエーションだ。
「あら、青画たちが戻ってきたら私が起こしてあげるから絵里香ちゃんも寝てて良いわよ」
「紅葉さん……ですが申し訳ないです」
「良いのよ、私さっきまでずっと寝てたから、あはは」
花火に備えてたっぷり昼寝していた紅葉。さすが地元民準備万端である。ちなみに青画、黒乃、綾は祭りの行事に参加しなければならないので不在である。
「そ、そういうことなら……お言葉に甘えて」
万一花火が終わる前に寝てしまったら後悔してもしきれない。皆で寝ようとしたのだが――――
「あれ? そういえば兄さま、花火の時誰と一緒に座るんだろ?」
「「「「「っ!?」」」」」
日和の発した一言でそれどころではなくなってしまう。一緒に花火を観るという意味では必ずしも一緒に座る必要はないのだが、やはり隣にいて欲しいのが乙女心というものだ。
「まあ……順当に考えれば日和ちゃんよね?」
「紅葉さん、ここは天河家ですよ? 天神祭の花火は私とお姉さまが隣と昔から決まっているのです」
「真白ちゃん、私と絵里香は初めてなのですから、今回くらい譲ってくださいませんかしら?」
「えっ!? 私も兄さまの隣が良いですって!!」
こうなると収拾がつかなくなる。
「はあ……皆落ち着きなさい。私考えたのだけれど――――」
黙って様子を見ていた紅葉が助け舟を出す。
「婚約者の誰と隣になっても、角が立つわよね? だから――――私が青画の隣に座れば良いのよ」
えっへん!! どうだ良い考えだろうと胸を張る紅葉。
しかし――――余計に混乱に拍車がかかるだけであった。
「ただいま!!」
「ただいま戻った」
「はあ……やっと終わりましたね」
青画、黒乃、綾が仕事を終え屋敷へ戻ってくると――――
「お帰りなさい」
なんだか疲れ切った紅葉が三人を出迎えた。
「だ、大丈夫ですか紅葉さんっ!?」
「ええ……大丈夫よ。ちょっと、いいえ、かなり疲れただけだから」
「いや、全然大丈夫じゃないですよね!?」
青画が加護を使うと紅葉はキラキラの元気に元通り。
「なんだか静かだけどみんなは?」
「みんな花火に向けて仮眠してるわ」
それを聞いて羨ましそうにしている黒乃と綾。
「あ、料理の用意は俺がするから姉さんと綾さんはシャワー浴びて少しでも寝たら?」
「青画……愛してるぞ」
「青画くん……好き」
二人は青画と熱いハグをしてシャワー室へ直行する。
「ところで青画、ちょっと提案があるんだけど」
「はい……なんでしょう紅葉さん?」
紅葉の意味深な笑みに嫌な予感がする青画であった。
「「わああ!! あーまやー!!」」
オープニングの花火が打ち上がり、真白と日和が元気よく叫ぶ。
「あまや? それを言うなら、たまやじゃなくって?」
「朱璃、天神祭の花火は、昔から天河家お抱えの花火職人、天屋が造っているんだ」
「なるほど……花火職人まで自前なんですわね」
感心する朱璃と絵里香だったが、他の人々にとっては当たり前のことだったので、逆に驚かれる。
「え……? もしかして東京は違うの?」
「東京では江戸時代の名残で、玉屋と鍵谷から、たーまやー、かーぎやーって言うんじゃないかしら」
「へえ……そうなんだ」
日和は次々と打ち上がる大輪の華を眺めながら楽しそうに笑う。
「朱璃、鳳凰院家には専属の花火師いないのか?」
花火は本来、火をもって邪を祓い、慰霊や鎮魂という目的から生まれたという側面もある。火を象徴とした鳳凰院家であれば花火師くらいいるんじゃないかという青画の素朴な質問。
「えっ!? そ、そうですわね……もちろんおりますわよ」
なぜか若干目が泳ぐ朱璃。
「へえ、花火打ち上がった時なんて叫ぶんだ?」
「あっ!! ほら青画、花火が綺麗ですわよ!!」
露骨に話題を逸らす朱璃だったが――――
「青画さま、『焼き祓え』『薙ぎ祓え』です」
「うあああっ!? やめなさい絵里香っ!! 黒歴史がっ!!」
「へ、へえ……いや、良いんじゃないか? カッコいいし凄そうだし」
「うむ、私も好みだ」
青画のフォローと黒乃の本気に余計に顔を赤くする朱璃であった。
ところで――――青画が誰の隣に座るか問題であったが、
結局、紅葉の提案――――分身して全員と仲良く座ることで話がまとまった。
次の日、青画は副作用で使い物にならないだろうが、これは仕方がない。
「あれ? 地上でも何か燃えていますわね?」
「ああ、祭りで使ったものは最後にああやって燃やすんだ。あの炎は朝まで消えないから、夜通し炎の周りで踊る人たちもたくさんいる。あの炎を見ると――――祭りと共に夏が終わるんだなって実感して少し寂しくなるな……」
隣でそんな寂しそうな表情をされてしまったらたまらない。
「青画……夏が終われば秋が来ますわ。お月見、紅葉狩り、フルーツ狩り、楽しいことがたくさん待ってますの、寂しがる暇なんてないのですわ」
朱璃の温もりと優しい眼差しが青画の心の隙間にじわりと染み入ってくる。
「そうだな、なんだか楽しみになってきた」
青画は朱璃のふわりとした髪に手櫛を通すように差し入れると、そのままぎゅっと優しく抱きしめる。
(もう……これでは花火が見えないではありませんか)
朱璃は心に中で幸せそうに文句を言う。
(ですが――――こうして大好きな方の胸の中で聴く花火も――――良いものですわね)
高鳴る鼓動を打ち消すように轟く花火の音。それは夏の終わりを惜しむ人々の想いを乗せて、いつまでも――――どこまでも響き渡るのであった。
「ふふ、青画に膝枕してもらって眺める花火最高ね」
「紅葉さんに俺必要ですか?」
「必要に決まってるでしょ……明日ボロボロになった青画を癒さなければならない私をたっぷり癒してね」
とにもかくにも、長いようで短かった天神祭は幕を下ろすのであった。




