第三十四話 遠雷
「おはようございます黒沼さん!!」
「おはようございます」
天神祭も気付けば七日目、最初はどうなることかと思いましたが、もうすっかり日常になってしまって……なんだか終わってしまうのが今から寂しい。
青画さまとの関係が周知された影響で、祭り関係者は私のことを全員知ってくれていて、とても親切にしてくれる。見かければ声をかけてくれるし、いろんなものをくれたり……なんだかずっとこの街で生まれ育ったみたいな……そんな気がしてくる。
「どうしたんですの絵里香?」
「お嬢さま……」
最近は黒沼ではなく名前で呼ばれることが増えた気がする。きっとこの場所の雰囲気がそうさせているのでしょうね。
「絵里香……いい加減そのお嬢さまって呼び方、変えて欲しいのだけれど?」
「いえ、そういうわけには……」
「昔みたいに呼んでくださいませ!!」
うっ……たしかに小さい頃は名前で呼び合っていた時期もありましたが……
「しゅ、朱璃……ちゃん?」
「あはっ、なあに絵里香ちゃん?」
は、恥ずかしい……です、お嬢さま。勘弁してください。
「ところで社長」
「いやああっ!? 社長は駄目ですわ、可愛くないですもの!!」
……可愛い必然性があるのでしょうか?
「パレードはどんな感じでしたか?」
「あ、絵里香は最後なんでしたわね」
そうなのです。皆に周知してもらってからの方が良いだろうということで、最後になったのですが、私としては知られていないうちに終わらせたかった……。こういうのは苦手なんです。
「そうですわね……ずっと青画が手を握ってくれているから快適で安心ですし、皆さま心から天河家に忠誠を誓っている感じが伝わってきて――――まるでお姫さまになった気分でしたわ」
わかります……あの雰囲気、時代錯誤と言われるかもしれませんが、忠誠という言葉がしっくりくるんですよね。悪い意味ではなく、古代から続く世界が今でもこの地に根付いているという安心感。とはいえ――――
「はあ……私はお姫さまという柄ではありませんし、目立つことはしたくないのですが……」
辛かったら代役を立てると言われているのですが……このパレードは青画さまとの結婚報告と同じ……絶対に他人に任せることなんて出来ない……です!!
「そうかしら? 絵里香は美人だし……鳳凰院の血族なのですから十分お姫さまだと思いますわよ?」
「っ!? お、お嬢さま……ご存知……だったのですか?」
私が鳳凰院の血を引いていることをお嬢さまは知らないと思っていましたが……?
「まあ……知らないということにした方が都合が良かっただけですわ――――私の大切な妹を守るために」
そう……だったの……ですね。
私のすべてをかけてお嬢さまを守ってきたつもりでしたが……守られていたのは私の方。
「だから……絵里香、もう良いのですよ。これからは姉妹としてよろしくお願いしますわ」
ずるいですよお嬢さま……私はとっくに諦めていたのに今更どんな顔して貴女に接すれば良いのかわかりません。
「ほら、早く呼んでくださいませ、お姉ちゃんと!!」
「いや……それは無理です」
「ええ~、憧れだったんですわよ? 仕方ないですわね……お姉さまでも我慢しますわ」
「はあ……まあ、二人だけの時だけでしたら」
「きゃあああ、ありがとう絵里香!!」
うっ……すごい期待の眼差し……今、呼べと?
「……しゅ、朱璃……お姉さま」
「っ!! なあに絵里香!! 何でも買ってあげるわよ?」
……急にお姉ちゃん感を出してきた。
欲しいものは別に無いんですが……
「……お揃いのアクセサリーが欲しいです。さっき目を引く出店がありましたので……」
「きゃああ!! それ、とっても素敵ですわ!! さあ行きましょう」
げっ、手を……繋ぐんですかっ!? ちょっと恥ずかしいんですが。
「ほら、早くしないと売り切れてしまいますわよ?」
でもまあ……そんな嬉しそうな顔されたら――――
仕方ありませんね。
「悪いな日和、手伝ってもらって」
「何言ってるんですか兄さま、これは私自身の問題でもあるんですから、むしろ御礼を言わなければならないのは私の方です!!」
十日間の天神祭、ここまでの天気は晴れか曇り。残りの日程に関しても、天気予報は晴れ予報、綾の天気読みでも同じだった。
青画と日和は、雨音のためになんとか雨を降らそうと、高龗神社の龍神にお願いすることにしたのだ。龍神は水や天候を司る神なのだから。
『ほう……? 我に雨を降らせて欲しいと?』
「はい龍神さま、雨音にも祭りを楽しんでもらいたいのです」
『農作物のためでもなく……領民のためでもなく、たった一人の女子のために雨を降らせと……お主はそう言うのだな青画よ?』
凄まじい神気に全身がバラバラになりそうになるが、必死に耐える青画。龍神の言う通り、これ以上ない身勝手な願いであることは自覚している。
それでも――――可能性があるのなら、躊躇わない。
『ふう……なるほど……生半可な覚悟ではないということはわかった。だがのう……無から雨を降らせるのは神の力をもってしても大変なのだ。うーん、どうするかのう……?』
チラッチラッと期待する視線を送る龍神。
「はい、もちろん心を込めた多種多様な食物を奉納させていただきます。これはほんの手付代わり……無事成功の暁にはこの十倍、いえ、三十倍ご用意させていただきますので何卒……!!」
ずらりと並んだ青画スペシャル。
『し、仕方ないのお……可愛い青画にそこまで頼まれては……神と言えど情というものもある。番を大切に想うその心意気、誠に天晴なり!! 奉納など無くとも叶えてやるつもりだったが……せっかく用意したものを神が無駄にするわけにはいかぬからな!!』
龍の耳がぴこぴこ、尻尾がぶんぶんしているのが幻視出来る。
「あ、あのお……出来れば傘を差さなくてもいいくらいの雨だと有難いのですが……」
『はあ……注文が多いのう……まあよい、その方が楽だからな。ただし――――我からも一つ条件がある――――』
『青画!! 次はアレやってみたいぞ!!』
「射的ですね、やり方は――――」
めちゃめちゃお祭りをエンジョイする龍神さまの姿がそこにあった。
『青画、我は金魚すくいとやらがしてみたい。案内せよ』
「春夏さ――――え……朔夜さまっ!?」
突然やってきた春夏だが、瞳が桜色に染まっている、明らかに木花朔夜姫が憑依している。
『おい朔夜、青画は我と夏祭りを回っておるのだ、邪魔するでないわっ!!』
『はあっ!? 青画はお前のものではないだろう?』
『黙れ、これは正式な契約だ!!』
にらみ合う龍神と朔夜。さすがの青画も見守るしかない。
『まあまあ、皆で楽しめばいいではないか』
今度は瞳が空色に輝く綾がやってきた。言うまでもなく石長比売の神がかり。
『石長の言う通りじゃな、我の庭で喧嘩するなら出て行ってもらうぞ?』
さらには金色の瞳が光る真白まで登場。天神さまが降臨した。
『チッ……仕方がない、天神の顔を立てて今回は同行を許す』
不満そうな龍神だったが、さすが神、場の空気を読めないほど愚かではない。
『待てっ!! 我を忘れておるぞ!!』
息を切らせてやってきたのは、新緑の瞳の操さん、綾の母である。近くに降臨できる巫女がいなかったため、竜ケ崎家から飛んできたらしい。青画は心の中で巻き込んでごめんなさいと頭を下げる。
『なんじゃ森神まで来たのか。まあ今更一柱増えたところで変らん、行くぞ』
『くそおっ!! 魚ごときが生意気なっ!!』
『ククッ、なんじゃまだ一匹も採れておらんのか?』
『……集中、もっと集中せねば……』
『うわああっ!! また破れた……店主、これは不良品ではないのか!?』
『ハハハッ、大漁大漁っ!!』
神々が集まって大変なことになるのでは、と心配していたが――――どうやら普通に楽しんでいるようである。
「これにて一件落着」
「してないですわよっ!?」
「さらっとまとめようとしないでください」
現実逃避気味の青画に、朱璃も絵里香がツッコミを入れる。
何はともあれ、偉い神さまが五柱も集ったのだ、この土地や人々の中の穢れは綺麗に祓われ――――土地の格がさらに上昇する。水は澄み、空気は清んで、木々は神木となり――――花は季節を忘れて咲き誇るのであった。
色んな意味で忘れられない神々の夜が明けてその翌日――――
約束通りほんのり優しい雨が降る。暑さで火照った身体を冷ますミストのように、疲れが溜まった人々が全身で浴びたくなるような――――そんな雨。
「先輩っ!! あはは、お祭り楽しいです!!」
「全力で楽しむぞ」
予備日である本日は、雨音と青画によるパレードも行う。
「え……!? あれって……伝説の雨音姫じゃん!!」
「嘘……本当に雨音だ……!!」
雨の日にしか登校しない不思議な超絶美少女雨音。日和と同一人物であることは知らないので、同じ学校出身の人々の間では超レアな伝説級の存在として有名だった。
「なんでだよ、他にも奥さんいる男より俺の方が――――」
「何言ってんの? 百人奥さんいても青画さま選ぶに決まってんでしょ!!」
「うう……理不尽すぎる」
一方で――――
「うう……良かったね雨音ちゃん」
「綺麗だよ……雨音ちゃん」
同じ高龗神社の同僚巫女たちは、雨音の晴れ舞台に思わず涙を流す。
『……これはおまけだ』
青画の脳内に龍神の声が聞こえた。
ゴロゴロゴロ――――遠雷が響き出すと雨音の白髪が青みがかり瞳が紫水晶のような紫に変化する。
「ふふ、久しぶりだね先輩!!」
「響っ!! 会いたかった」
もちろん気にしていなかったわけではない。だが――――まさか雷まで操れるとは思ってもいなかったのだ。
しかも――――音と光だけで実害はない。まるで祭りを盛り上げる太鼓と花火のよう。
「ほら見ろ、これがお前の住む街だ」
「……綺麗だね、それに――――みんなとても幸せそう」
響にとっては初めて体験することばかり。
「今日は忙しくなるぞ、皆にちゃんと紹介したいし、食べてもらいたいものもたくさんある。響、雨音も居るのか?」
「うん、私と雨音は一部が繋がっている双子みたいなものだから。雨音が見たもの、感じたことは私も見えるし感じられる……その逆もね」
少しだけでも響も世界と繋がっていられていることがわかって安堵する青画。
(龍神さま……本当にありがとうございました。奉納増やしておきますねっ!!)
その日、響はお祭りを満喫し、夜は天河家の屋敷で盛大に歓迎会が行われたのであった。




