第三十三話 サプライズ
「ねえ青画」
お祭りデート中の朱璃は、紅地に白百合の浴衣が涼しげで、猛暑の中汗一つかいていない。お嬢さまだから、というわけではもちろんなく、青画と手をつないでいることで加護「清浄の掌」がクーラー代わりになっているからだ。
ただでさえ圧倒的な美男美女のカップル、その涼し気な立ち居振る舞い一挙手一投足にも注目が集まる。彼らがいるだけで周囲が涼しくなったように感じるのは気のせいではなく、加護のお裾分けだったりする。
「なんだ? 浴衣のことならめちゃめちゃ似合ってる。ずっと目が離せない」
「ち、違いますわよっ!? でも……ありがとう。って、そうじゃなくて天神祭って他のお祭りと結構違いますのね」
「そうか? 俺は他のお祭り行ったことないからわからないが」
特殊な祭りであることは理解しているが、比較対象がないのでよくわからないというのが正直なところ。
「うーん、なんていうか商売っ気がないというか……それに食べ物を売る屋台が異常に少ないですわよね?」
「へえ……そうなのか? まあ……利益目的の祭りじゃないし、出店しているのは天河家の関係者に限られているからそうなるのかもしれない」
天神祭は、あくまで天河家が領民に楽しんでもらうために行っていたものが起源。今回はともかく、通常は客も地元民だけのものだから本質は変わっていない。
「でもたしかに食べ物を売る屋台が少ないのは気になるな……なぜだろう?」
「……青画が屋台で料理出してるからだと思いますわよ……?」
食べられる量には限界がある。ならば青画の作ったものを食べたい、となるのは太陽が東から昇るくらい当たり前の話である。とはいえ、まったく無いのは不自然なので、申し訳程度に出店しているというのが現状。
「なるほど……だったらもっと頑張らないとな」
「そこで辞めようという発想にはならないのですわね。さすが料理人」
「俺はイラストレーターだけどな」
雑談しながら笑い合っているだけで絵になる二人。周囲のそこかしこで気を取られ衝突事故が頻発しているけれど誰もが笑顔、平和な夏の一日。
「朱璃、今更だけど天河市に本社移転して良かったのか? 結界もあるし仕事に支障が出るだろ」
「いいえ、フェニックス・ライブはあくまで仮想空間が舞台ですので、本社の所在地はむしろ目立たない方が良いんですのよ。東京だとどうしても余計な雑事が多くなりますし。それに……ここには私にとって大切なものがすべてありますから」
熱っぽい視線で青画を見上げる。
自然と伝統文化が息づく美しい街並みと心から尊敬できる愛すべきパートナー、そして――――美味しい食べ物。温かい家族というものとは無縁だった彼女にとって、この場所はすでにかけがえのない場所となっている。
「朱璃、俺はいつでも良いからな」
「……はい」
鳳凰院家への挨拶。朱璃は家を出たも同然ではあるものの、だからといって実家を無視して良いというわけではない。
だが――――あまりにも危険すぎる。鳳凰院家の雰囲気は天河家とは真逆と言っても良いほどで、友好的な挨拶とはならないだろう。それは他でもない朱璃自身が一番よくわかっている。だからこそ、巻き込みたくないのだ。
「大丈夫だ、たとえ世界を敵に回したとしても――――俺は朱璃を守るから」
「……そんな台詞を本気でおっしゃる方、青画くらいですのよ」
使い古された言葉かもしれない。だけど、青画が口にしたそれは、誇張でもロマンじみたものでもなく――――ただ純粋に朱璃を想う誠実な誓いであり宣言そのもので――――
「……疲れたので二人きりになれる人気のない場所はないかしら?」
朱璃はうるさいほど跳ねる心臓の音と真っ赤になった顔を隠すために必死で俯くのであった。
「……行かない」
今日は久しぶりの曇天。祭りに行こうと誘う青画だったが、朧は元々祭りみたいな賑やかなところは苦手だし興味もない。
「朧の可愛い浴衣姿と並んで歩きたいなあ……」
「……この暑い中、わざわざ外出するなんて馬鹿じゃないの?」
「加護があるから手を繋いでいれば快適だぞ」
手を繋ぐと聞いて顔を赤くする朧。
「青画は……そんなに私と手……繋ぎたいの?」
「ああ、繋ぎたい」
真剣な表情でそんなことを言われて、朧はますます顔を赤くする。
「し、仕方ないわね……そこまで言うなら……少しだけ付き合ってあげても良いわよ」
「嬉しいよ朧、愛してる」
「ば、馬鹿じゃないのっ!? 思っても無いこと言わないで!!」
「俺は思っていることしか言わないって知ってるだろ?」
これ以上つっかかると自分が持たない。朧は観念して浴衣を手に取る。
「……なんで青画いるのよ? これから着替えるんだけど」
「一人じゃ着るの大変だろ? 手伝うよ」
「え、エッチ、変態っ、紅葉さんにやってもらうから!!」
部屋から追い出されて残念そうな青画であった。
「むふん……朧ちゃんなんて可愛いのかしら……!!」
紅葉の言う通り、朧の浴衣姿は大袈裟でもなんでもなく本当に可愛かった。
「朧……やっぱりやめよう、お前のこんなに可愛い姿を誰にも見せたくない」
「なんでよっ!? せっかく着替えたんだから行くわよ」
照れ隠しもあって、結局自分からお祭りへ行くと宣言する羽目になる朧であった。
「どこか行ってみたいところあるか?」
「……フィギュア売ってる出店。どうせ無いと思うけど……」
祭りにはあまり興味がない朧だが、青画と一緒にいるだけで実はめちゃめちゃ楽しい、なんて口に出せるはずもなく……
「じゃあ行こうか、フィギュア専門屋台エリア」
「えっ!? あるの!?」
「もちろん、天下の天神祭だぞ、あるに決まってる」
予想外の答えに瞳を輝かせる朧。実は彼女のために天河家が総力を結集して企画したものだったりする。
「着いたぞ」
「ここって公民館じゃない?」
訝しんでいた朧だったが――――
「ちょっと待って、あそこに展示されてるの、ワンフェスで数分で完売して、オークションで数十万でも手に入らなかった幻のディーラーキットじゃん……! なんでここにあるの……!?」
入口に置かれたアクリルケースに激しく反応する朧。
「うわ……この陰影の計算、狂ってる……!(※褒め言葉) 提灯の赤みがフィギュアの肌のシャドウを極限まで引き立てて……。ただ並べただけじゃない、これ、完全にプロの特設ライティングじゃん……!」
ただフィギュアを並べて喜ばせるなんて青画はしない。やるならとことんこだわる。天河家と鳳凰院の財力と人脈をフル活用して国内最高レベルの人材を集めたのだ。もちろん一切告知はしていないので、朧のためだけに用意した貸し切りである。
「ふふ、実はサプライズで原型師も呼んであるんだ」
「ええっ!? だ、誰っ!! 誰を……呼んだのっ!?」
期待に震える朧。
「ほら、朧が好きだって言ってた――――カグツチホムラ先生」
「カ、カグツチホムラ先生……!? 嘘でしょ、あの火の神って呼ばれてる、百年に一人の天才じゃん!! 先生の作るフィギュアはね、指先から髪の毛1本に至るまで、まるで本当に命の炎が宿ってるみたいに、見る者を圧倒する熱量があるの……!! 青画、自分が何したか分かってるの!? 国家予算でも動かしたの!? 神をこんな個人イベントに呼ぶなんて、神罰くらいたいの……!?」
興奮冷めやらぬ朧を見て、企画した甲斐があったとニンマリする青画であった。
「私はこんなところで一体何をしているんだろう」
フィギュア界隈では天才ともてはやされ、国際的な大規模イベントすら気分次第で断ることもあるこの私が、地方の祭り会場でたった一人のために待機しているというこの状況……。お世話になってるフェニックス・ライブの鳳凰院社長に頼まれたから話だけは聞いたんだけど……あまりに好条件過ぎて断れなかった。ごめん、嘘です、依頼人が作ったというスイーツが美味しすぎて断れなかった。はあ……もうアレ無しでは生きていけない。成功したら好きなだけ食べられる上に、オーダー可能って本当なんでしょうね!?
それにしても――――私だけじゃなくて、ここに居るの全員国内最高峰のプロフェッショナルばかりじゃない……どうやって口説いたのか知らないけど――――あ……料理か!!料理ね!!
まあ……文句はない。連絡があるまでは自由に祭りを堪能できるし、報酬をもらいながら休暇しているわけだしね。
でも良かった。最悪十日間拘束される可能性があったけど、三日目で連絡が来た。ここまで来るとどんな依頼人なのか気になるわよね……。
「初めまして、依頼した天河 青画です」
なっ、なんだこのイケメン……駄目だ、眩しすぎて直視出来ない……って、まてよ……天河 青画ってたしか……?
「初めましてカグツチホムラです。もしかして、イラストレーターの天河 青画先生?」
「俺のこと知っているんですか? 光栄です」
知っているもなにも、勝手に貴方が描いたキャラのフィギュア作らせてもらってるくらいガチファンなんですけど……!!
「やっぱり!! あの……こんな場でアレなんですけど、先生のキャラフィギュアにしても良いでしょうか?」
「俺は全然構いませんけど、フェニックス・ライブと専属契約結んでいるんで、権利関係はそちらで」
やった!! ご本人さえOKなら話は早い。
「あ、あの……高龗 朧です……神の御作品を拝ませていただいても?」
「え? ええ、もちろんお好きにどうぞ。そのために用意したのですから」
って、なんだこの超絶美少女はああああっ!? 透き通ってくすみ一つない白い肌、艶も透明感もある灰色の髪っ!! そして――――愁いを帯びたグレーの瞳っ!! え……? もしかして私、いつの間にか異世界転生しちゃったの!?
って、この子……床に這いつくばって下から覗き込んでる……これは煽りで見た時の、顔の輪郭や髪の毛の造形が破綻していないかをチェックするガチ勢の動き。しかもマスクに白手袋まで装着済み……!!
「この薄暗い曇り空の、コントラストの低い光の中でこそ、カグツチホムラ先生の絶望に歪む表情のシャドウが完璧に引き立つのよね……! ああ、光が届かない鎖骨のライン……尊すぎて無理……。特にこの1/7スケール『カグラ』……! 劇中で彼女が一番大切な仲間を失う直前の、あの世界のすべてに絶望した瞬間の瞳のハイライトの消え方が、ミクロン単位で完全再現されてる!!あえてこの曇り顔をチョイスする先生、マジで人の心がない(※最大級の褒め言葉)」
ふふ、この子、わかってるじゃない。
「良かったら、作ってるところ見る?」
「ええっ!? 良いんですかっ!!」
「良いのよ、気分が良いから特別サービス」
ここで印象を良くしておけば、天河 青画ともっとお近づきに……!! っていうか、よく考えたらあのスイーツ……彼が作ってるってことになるわよね……!! ヤバい……なんだかさらに価値が爆上がりなんですけどっ!!
「あ、ありがとうございました!! 神の御業を目の前で見られるなんて……しっかりと目に焼き付けておかないと」
「楽しんでもらえたようで良かったわ。あと展示しているフィギュアは全部貴方にあげる」
カグツチホムラの発言にフリーズする朧。
「その代わり――――貴女のフィギュア作るために協力してもらうけどね」
「ええっ!? わ、私なんかのフィギュアを神が!?」
あまりのことに混乱している朧の肩をぽんと叩く青画。
「ただのフィギュアじゃないぞ、カグラの衣装を着た朧のフィギュアを依頼したんだ」
用意されていた衣装を見て、わなわなと震えはじめる朧。
「……って、待って。この千早の白、ただの布じゃない……。劇中の設定通り、京都の最高級のシルクで特注されてる……? しかも、この緋袴のグラデーション、カグツチホムラ先生のフィギュアの彩色を完全に再現した特注の染め物じゃん……。リボンに埋め込まれてる神楽鈴も、これプラスチックじゃなくて、本物の職人が叩き出した真鍮だ……。触ってないのに、劇中のカグラちゃんが動いた時の鈴の音が脳内で再生されるクオリティなんだけど……!!」
早口でまくし立てる朧の反応を見て、青画はニヤリと笑い――――
「この衣装、お前が着るためだけに、公式の衣装設定資料を取り寄せて、一流の仕立て屋に作らせたものだ。カグラを一番理解してるお前以外に、これを着る資格がある奴なんて世界にいない。それに……お前が着てるところ、俺が見たいんだ」
青画の本音100%の直球発言に、朧はもちろん、カグツチホムラ先生まで真っ赤になる。
「べ、別に私が着たいわけじゃないんだからね!? このまま飾っておくのは、作ってくれた職人さんに失礼だし、神を待たせるわけにはいかないし、仕方なく着てあげるだけなんだからっ……!!」
「……尊い」
「……同意するわ」
大切そうに衣装を抱え、嬉しさとワクワクを隠せない様子で更衣室へ駆け込む朧。青画とカグツチホムラは、実感を込めてそう呟くのであった。




