第三十二話 真白とお祭りデート
「ん……姉さん……もう起きるの?」
「起こしてしまったか? お前はゆっくり寝ていると良い」
天神祭は長丁場、初日こそ朝から始まるが、二日目以降は十一時開始となるため朝はゆっくりできる。黒乃以外は、皆疲れもあってぐっすり寝息を立てており、起きてくる気配はない。
「いや……朝の鍛錬があるから起きるよ。一日サボると取り戻すのに三日かかるから」
黒乃が十五年前から一日も欠かしたことのない朝の鍛錬。実家にいる時は青画も一緒にやるのが朝のルーティンである。
「じゃあ……本気で行くよ姉さん――――夜叉神」
いきなり異能を使って黒乃に襲い掛かる青画だが――――
「――――那由多」
時間を停めることが出来る黒乃には通用しない。もちろん、ただ時間を停めるのではなく、ギリギリで見極めながら最小限で攻撃を防ぐ訓練だ。黒乃自身相当な達人だが、夜叉神を使った青画の攻撃をまともに受ければ大怪我しかねない。そのひりひりする極限の攻防の中でなければ得られない感覚があるのだ。
「はあ、はあ……さすが姉さん、ますます腕が上がってる」
「ありがとう、やはり青画が相手をしてくれないと腕がなまるし、成長し続けるのは難しいな」
近接格闘において最強の異能を持つ青画が唯一勝てない相手。だからこそ黒乃は護衛を付けていない。鍛え上げられた異能は、ほぼ反射レベルのおよそ0.15秒で発動可能、例えば、遠距離からの狙撃であっても、自身の周囲に展開した結界が感知した瞬間に発動出来るので、身体に到達するまでに時間を停めることが可能なのだ。そして――――連続持続時間も三分まで伸びている。
さらに厄介なのは、時間を停めたとしても相手は気付かない。当主である彼女の能力は最高機密であり、知るのは家族とごく一部。知っていたからといってどうにかできるようなものではないが、知らなければ絶望しかない。
努力する天才、それが――――天河家歴代最強と言われる当主黒乃なのである。
「おはよう……って、うわああっ!!」
寝ぼけ眼で起きてきた日和を待っていたのは、テーブルでキラキラ輝いている青画特製モーニングスペシャル。焼きたてのパンの香り、カリカリのベーコン、最高の状態で提供されるスクランブルエッグ、などなど――――
「これよ……これを期待していたの!!」
綾も朝からテンション爆上がり。
「あらあ、朝から青画くんのご飯食べられるなんて幸せだわあ」
まるで自分の家のようにリラックスしている春夏。格好もリラックスしすぎであるのだが、今更ツッコむ者はいない。
「良いなあ……真白は毎日兄さまの料理食べられるんだもんね……」
「だったらいっそのこと日和もここに住んでしまえば良いのでは?」
「それ……良いかも!!」
真白の提案に、ぱああっ 瞳を輝かせる日和。
「なるほど、じゃあ私も住もうかしら」
「お母さんは駄目でしょ!? 家どうするの」
「ええ~っ!? 日和だけずるいっ!!」
傍から見ればまるで仲良し姉妹のような二人。
「それでしたら両家を地下通路で繋ぐというのはどうかしら?」
「朱璃ちゃん、ナイスアイデアよ!!」
朱璃の提案に春夏が一発OKを出し、天河家の許可なく話が決まる。まあ……反対するつもりはないのであえてツッコまなかっただけなのだが。よく考えれば青画にとっても悪い話ではない。
「朱璃ちゃん、私の屋敷とも繋いでくれるかしら?」
「紅葉さんの屋敷、十キロは離れてますよねっ!?」
「大丈夫よ、近くに引っ越すから」
当然、銀河叔父さんの意見は存在していないが、青画の料理が食べられるなら反対はしないだろう。
「ところで青画さま、今日もまた屋台を続けるのですか?」
また無茶をしてボロボロになるかもしれない、絵里香が心配そうに尋ねる。
「その点は心配ない、整理券方式にしたから初日のような混乱はないはずだ」
「なるほど……それはそれで整理券がプラチナチケット化しそうですけれど……」
皆、うんうんと頷く。
「まあ……あとニ、三日もすれば一通り食べて落ち着く可能性も――――」
「お姉さま、本気でそう思ってます?」
「無いな……より食べたくなるのが青画の料理だ」
皆、力強くうんうんと頷く。
「そういえば知ってます? 兄さまったら、毎日日替わりでメニュー変えるんですよ」
「「「え……!?」」」
何を考えているんだと全員が一斉に青画を見る。そんなのコンプリートしたくなるに決まっているじゃないかと。
「だってせっかくの天神祭だからさ、料理人として全力で応えたいじゃないか」
「「「「……イラストレーターですよねっ!?」」」」
もうすっかりお約束となったツッコミである。
「でも青画くん、とても素敵なことだと思うけど……あまり信者増やすと来年以降大変なことになるんじゃないの?」
一度食べたら最後、魂レベルで刻まれる青画の料理だ。綾の言う通り、このままでは毎年限界まで分身しなければならなくなってしまう。
「……あ、あはは、こ、今年は特別ということで。まあ……やれるところまでは頑張るつもりだ」
ほどほどに手を抜くということが出来ないのが青画の辛いところ。
「ふふ、それでこそ青画ですわね、安心しなさい、来年からは私も手伝いますから!!」
「私たちも手伝いますよ!!」
大いに盛り上がる青画とその婚約者たちであるが――――
(お止めください……お嬢さま方が接客したら、さらに混乱が……)
これ以上目立つことはしないで欲しいと願う深町であった。
「ふふ、お兄さま、私、行きたいところたくさんあるのです」
「ああ、せっかくだから全部回ろう」
約束通り、真白は青画とお祭りデートへと繰り出していた。本日の青画は、屋台に二人、公務に一人、計四人。決して軽い負担ではないが、昨日の限界を知っているので、何とかなると考えている。
真白はこのデートのために綿密にリサーチし、完璧なルートを設定、遠足ならぬデートのしおりまで作ってしまうほど楽しみにしていたのだ。
縁結び神社巡りをして御朱印をもらい、天神池でボートに乗って、公園で青画の作ったお弁当を食べる。どこも普段から馴染みの場所なのだが、天神祭という非日常空間で青画と二人きりのデートなのだ、どの場所もキラキラ光り輝いて映っている。
「ほら真白、あーん」
「あーん、んふっ、おいひいれすっ!!」
家でイチャイチャするのも良いけれど、やはり外でイチャイチャするのは格別気持ちがいい。真白はこの時間が永遠に続けば良いのに、と願う。
「真白お嬢さま、このお面被った方が良いんじゃないですか?」
「気遣いは無用よ灰原、私はお兄さまのお顔を一瞬たりとも見逃したくありませんし、私のすべての瞬間をお兄さまに見てもらいたいのですから」
二人はめちゃめちゃ目立つ。すれ違う人々は例外なく振り返る。さすがに天河家のお膝元だけあって、言い寄ってくるような無礼者は存在しないけれど。
「はは……それはご馳走様です」
灰原は苦笑いしつつも納得せざるを得ない。二人は完全に世界を作っているので、そもそも周りをまったく見ていないというか気にしてすらいないのだから。いらぬお節介というやつだった。
「でも、このお面は貰おう」
青画が買ったのは、巫みことのお面。しっかり真白の顔が見えるように、彼女の後頭部にお面を装着させてあげる。
「うん、可愛い、似合ってる」
「ありがとうございますお兄さま!! それじゃあお兄さまには……このシマエナガのお面を……んきゃあああ、可愛いですっ!!」
(はあ……糖分で胸焼けしそうだ……)
灰原はイカ焼きをかじって甘さを中和する。
「お兄さん、そのお面ください!!」
「私も二個ください」
気付けば長蛇の列が出来ている。間違いなく青画と真白効果だろう。
(ヤバい……在庫足りるかな……)
灰原は、急いで月読本部に連絡を入れるのであった。
「あっ!! 真白ちゃん!!」
真白に気付いて近づいてきたのは、男女八人ほどのグループ。
「知り合いか真白?」
「はい、高校のクラスメイトです」
「こ、こんにちは、真白ちゃんと同じクラスだった篠原と言います。みんなからはなぜか委員長と呼ばれています」
なるほど、真面目でリーダーシップがありそうな女の子だ。いかにも委員長っぽいなと青画も納得する。
「初めまして、真白の兄、天河 青画だ。みんなでお祭りに?」
「は、はい、本当は真白ちゃんと日和ちゃんも誘いたかったんですけど、忙しいってわかってましたから……」
真白のクラスメイトということは、日和のクラスメイトでもある。日和は晴れの日限定登校だし、真白は日和から離れない。かなり特殊な状況だったはずなのに、気にした様子もなく仲良くしてくれていたのだろう。真白も純粋に嬉しそうだ。
(こ、この方が……噂のお兄さま……)
クラスメイトたちは、全員青画のオーラに圧倒されてまともに言葉すら発することが出来なかった。
もちろん真白の兄への愛を知らない者はいないが、青画は東京の大学へ行っていたので、クラスメイトはこれまで青画を見たことがなかったのだ。
真白が語る兄はまさにファンタジー世界の住人。正直話半分に聞いていてもあり得ないと思っていたのに、実物はまさか話に聞いていた以上だった。女子は全員瞳がハートマークになっているし、密かに真白に想いを寄せていた男子ですら、あっさりと白旗を上げざるを得なかった。
(く、くそっ、いくらイケメンだからって俺は認めねえ……)
それでも諦めない男子もいたのだが――――
「それならこれ渡しておくよ」
青画屋台の整理券を手に入れられなかったという話を聞いた彼は、関係者チケットを気前よく全員分手渡し――――
「いつでも遊びに来てくれ、歓迎する」
爽やかなキラキラスマイルで手を振られてしまえば――――
「あ、ありがとうございます、お義兄さま!!」
呆気なく陥落してしまう。
「お、お兄さまっ!? 離れてください、何やら邪気を感知しました――――」
「気のせいじゃないのか?」
しゃあーっ、危険を察知して威嚇する真白猫であった。
「川から眺める祭りも良いものだな……」
青画と真白は、四季川に浮かぶ船上でくつろいでいた。川の上には混雑もなく、貸し切りなので邪魔も入らない。屋根があるから日差しも気にならないし、エアコンも効いている。
「お兄さま……配信の件、申し訳ありませんでした」
「灰原から聞いたのか? それなら気にすることはない。真白は何も悪いことなんてしていないんだから」
それでも真白の配信が無ければ、青画がこれほど苦労することにはならなかったのは事実。きっかけを作ってしまったことをずっと気に病んでいたのだ。
「ですが……」
言いかける真白の頭に、ぽんと手を置く青画。
「たしかに大変だったけど、俺は楽しかったし、真白の配信を見ている人たちのために料理をすることが出来て嬉しいんだ。だから、心から良かったと思ってる」
青画は真白に決して嘘をつかない。常に誠実に向き合ってきた。だからこそ本心だとわかる。
「これからも応援してる。だって俺は――――巫みことの最初の、一番のファンなんだから」
「お兄さま……!! はい……これからはもっとお兄さまの魅力を発信してまいりますね!!」
「え? あ、いや、俺じゃなくてお前の――――」
「あ、お兄さま、お兄さまの鍛え上げられた肉体を余すところなく映像化してもよろしいでしょうか? もちろんお顔は出しませんので。とても、とても残念ですが……そこは我慢いたしますから」
「……それはナシで」
いくら可愛い妹の頼みであっても無理なものは無理である。
「それなら後ろ姿だけを編集したものなら良いでしょう?」
「う……ま、まあ……そのくらいなら……」
無理めの条件の後に、現実的な提案を出すという交渉テクニック。密かにガッツポーズをする真白であった。




