第三十一話 想定外
「どういうことだ……!?」
天神祭当日、例年の数倍に達する人出を目の当たりにした運営委員会を始め主催者たちは頭を抱えていた。
主催者側は、今回の人出を前年比150%と予測していた。実は天神祭は一切告知や宣伝もしないし、関連ホームページなども存在しない。会場で配布される紙媒体のみという超アナログな祭りなのだ。
つまり、基本的に知っている人しか来場しない。そのため例年の人出はほぼ横ばいで変化が少ない。それでも今回は特別な年であることを考慮して、最大限上振れした場合を想定したのだ。
というのも、天河市全域に展開されている広域結界によって、この地のことを調べようとしても無意識に意識が逸らされてしまうため、そもそも観光客が来る土地ではないのだ。せいぜいが偶然迷い込むか、気まぐれぶらり旅で辿り着くくらいのもの。
しかも、結界内ではスマホなどの撮影が原則禁止となっており、市民にとっては当たり前のこととして根付いている。
ようするに、大量の観光客が押し寄せる事態というのは完全に想定外というわけだ。市内の宿泊施設は固定客で満室のため、近隣都市からわざわざ来たのだろう。
「まずいな……これほどの人出だと整理にあたる人員が足りなくなる」
「今、各家に応援要請しているけど……正直頭が痛いわね」
いきなり初日から躓くのは避けたい。早朝から黒乃と綾は対応に追われている。
「兄に頼んで鳳凰院家から人を派遣してもらいましたわ。あまり役には立たないと思いますが、居ないよりはマシですわよね」
「臨時対応ですが、工事を全面ストップして建設スタッフ、フェニックス・ライブの研修生、社員全員駆り出します」
朱璃と絵里香も即座に対応を始めている。
一方の青画だが――――
「何かわかったか灰原?」
あり得ないことが起こったわけで、そこには何らかの関与が否定できずとても偶然では片付けられない。大切な家族に関わることだけに、万が一のリスクに備えるため事前に月読を使って調べさせていたのだ。
「……大変申し上げにくいのですが」
「時間が惜しい、早く言え」
灰原が言い淀むのは珍しい。だが、だからこそ聞かなければならない。
「はい、直接の原因は――――巫みことの配信です」
なるほど、たしかに真白が原因だとなれば灰原の態度も腑に落ちる。おそらくだが、うっかり告知してしまったのだろう。もちろんそのことを責めるつもりなど毛頭ない、原因さえはっきりすれば、後は対応すれば良いだけの話なのだから。
「ある種の配信事故か……テロや何かの犯罪絡みでないのなら良かった。灰原もご苦労だった」
下がらせようとした青画だったが――――
「いえ、配信事故ではありません。真白お嬢さまは余計な情報は一切出しておらず、大好きなお兄さまが祭りで料理を提供することしか話していません」
「ん? だったらなんで情報が漏れたんだ? そもそも仮に情報が漏れたとしても結界があるから問題ないはずだろう?」
結界の効果は数千年間の実績がある。疑う余地はない。
「結界も万能ではありません。興味本位程度でしたら意識を誘導して外すことも可能ですが、強い想い、強固な意志、あるいは信仰のようなものに対してはあまり意味をなしません。今回の件……本当の原因は――――青画さまの料理です!! 一度でいいから食べてみたいという強い願望と執念が結界を破るという奇跡を起こしたのですっ!!」
「……えっと……つまり――――俺のせいってこと?」
「申し上げにくいのですが、はい、その通りです」
「……なんでちょっと嬉しそうなんだ?」
「青画さまの料理が凄いということですので」
「まあ……たしかに嬉しい気持ちはないといえば嘘になるが」
まさか真白による布教の影響力がここまで大きくなっているとは……ネットの世界を舐めていたと愕然とする青画。
「落ち込んでいる暇はありませんよ? 彼らの目的は祭りではなく青画さまの料理なのですから」
「そ、そうだった、ヤバいぞ……これ」
そうでなくとも五年振りの料理提供で凄まじい反応が予想されている。例年ですら阿鼻叫喚の地獄絵図になるのに――――
「悪いが手伝ってくれ」
「御意」
灰原は青画の料理の凄さを知っている。どんなに洗脳されていても、暗示がかかっていたとしても、口の堅さに定評がある工作員でさえ――――青画の料理を与えれば、もう一度食べたいがために正直になってしまう。
(ましてや結界などで防ぐことなど――――不可能です)
大変な状況にもかかわらず、なぜか誇らしげな灰原であった。
「うおおおおおおおっ!!!」
「こっちは任せろっ!!!」
「どんどん材料持ってきて!!」
青画の指揮で覆面の男たちが凄まじいスピードと連携で料理を仕上げてゆく。
「な、何者なんだ……あの覆面たち」
皆驚くが、よそ見をしている暇など無い。予想通り青画の屋台の前には、朝一から長蛇の列が出来ているのだから。
「お待たせ姉上」
「おお、料理の方は大丈夫なのか?」
「分身に任せてあるのでなんとか」
正体不明の覆面男たちはもちろん分身体の青画である。当初の予定では二人で回すつもりだったのだが、急遽七人の青画を投入した。
「くそっ、どうなってやがる……人が多すぎるだろ」
「只野リーダー、応援お願いします!!」
「無茶言うな、こっちも手一杯だよ!!」
単純に人出が多いだけではない。いつもなら客といっても全員地元民、地理的な問題は起きないし、マナーや文化も共有出来ている。準備は大変だが、実際祭りが始まってしまえばほとんどやることがない――――はずだったのに、外から来た客は何も知らないし、質問ばかりで時間ばかり取られる。
幸いだったのは、ほぼ全員が青画の屋台目当てだったことだろうか。そうでなかったら完全に詰んでいた。
そうこうしているうちにパレードが始まった。
初日の目玉は、何と言っても天河家当主である黒乃と青画のペアだ。
「くっ……なんて美しさだ……今日の黒乃さん……限界突破の神々しさだ……悔しいけど……お似合いですよ……」
黒乃と青画が神の名の下で結婚したことはすでに告知されている。只野リーダーのようにハートブレイクしている男性は数えきれないが、それでも青画の圧倒的な男前さと、見たこともない黒乃の幸せそうな笑顔を見てしまえば――――潔く真白に乗り換えるしかない。もっとも――――数日後には再びハートブレイクすることになるのだが。
「それにしても――――青画の奴、さっきまで屋台で死ぬ気で料理作ってたよな……マジで倒れるんじゃないか!?」
パレードは華やかに見えるが、全方位に笑顔を振りまいて手を振るというのは相当に消耗するものだ。それを涼しい顔でこなしてしまうのだから恐ろしい。
しばらくして只野リーダーが屋台の前を通りかかると――――
「げっ!? 青画の奴、パレードが終わったばかりなのにもう屋台で頑張ってんのかよ……」
フル稼働している姿に度肝を抜かれる。
かと思えば――――
「大変だな只野リーダー」
「こんにちわ只野先輩っ!!!」
許嫁の日和を連れて金魚すくいに興じる青画とばったり出会う。
「大変とか……お前にだけは言われたくないんだがっ!?」
「なに逆切れしてるんだ? 変な奴」
「お前が変なんだよっ!? ったく……ほら、これやるから少しは休憩しろよな」
持っていたラムネを手渡して、じゃあなと手を振る只野。
「あ、ありがとう?」
「只野先輩、頑張ってくださいね~!!」
(はは……俺も泣き言なんて言ってらんないな)
只野はふと学生時代を思い出す。
『なあ……青画はなんでいつもそんな冷静でいられるんだ?』
『そうだな……後悔したくないから、かな』
良く知らない奴は、青画のことを恵まれたボンボンだって言うけれど――――あんなに努力している奴いてたまるかよ。常に全力でベストを尽くす、言うのは簡単だが、ほとんどの奴は言い訳しながら諦めちまうんだ……でも青画は違う。いつだって真剣に、全力で頑張ってる。
「綾さん、どれが欲しいですか?」
「えっと……あの熊のぬいぐるみが欲しいな」
「わかりました、綾さんのために全力でゲットします」
「きゃああ、頑張って青画くん!!」
――――全力で……二股してる? いや、落ち着け、公務の合間に息抜きしているだけだ。さすが青画、息抜きすら全力とは恐れ入ったぜ。それにしても綾さんも良いよなあ……彼氏いるって聞かないし……年上だし!!
真白の罠を避けた只野だったが――――綾の沼に囚われてしまえば同じことである。
綾とのデートを妄想しながら巡回していた只野だったが――――
「お、只野、さっきはありがとな、ラムネ、美味かった」
「ほら見て、金魚たくさんとれたの!!」
再び日和を連れた青画と出会う。すげえな青画……忙しいとは聞いていたが、もはやトリックの世界だな……青画が本当は三つ子だったと聞いても驚かないぜ。
そして――――只野が通りかかると常に屋台では青画が料理を作り続けている。天神祭初日のこの出来事は、多くの人々によって目撃され、青画伝説として語り継がれることになる。
その夜――――
「ぐわあああああっ!???」
分身体をすべて合体させた青画は、全身の筋肉が引きちぎられるような激痛と、凄まじい疲労によってもがき苦しんでいた。分身体十人分、しかも全力で動き回ったツケが一気に副作用として襲い掛かったのである。
(くそ……副作用を甘く見ていた……)
副作用と言えば聞こえは良いが、鍛えられた肉体と精神を持つ青画だから耐えられているだけで、常人なら発狂して死んでいる。強力な力ほど代償は大きいものなのだ。
(参ったな……加護が効かないとは想定外だった)
実は疲労で動けなくなることは想定していた。ただ、そうなったら常春の掌で癒せば良いと考えていたのだ。だが――――加護の使用による副作用には加護を使えない。これはおそらく加護の使い過ぎを防止する安全装置のようなものなのだろう。
「青画、いくらなんでも頑張り過ぎよ」
「く、紅葉さん……うがああっ!?」
わすかな振動ですら激痛でおかしくなりそうになる。
「少しだけ我慢しなさい――――紅撫癒」
紅葉の掌が赤く光り、青褪めていた青画の表情が少しだけ赤みを帯びる。彼女の異能「紅撫癒」は、触れた箇所の傷を癒す治療系の力。
「あ、ありがとうございます……だいぶ楽になりました」
「何言ってるの? 今のは応急措置、あまりに酷い状態だから――――私の力でも一気には治せなかった……これは本気で密着する必要がありそうね」
「あ、あの……そんなに密着しないと駄目なんですか?」
「駄目よ」
嬉しそうに密着する叔母、紅葉のおかげで何とか回復した青画だが、筋肉の傷は治っても疲労は深刻のまま。
「疲労は癒せないけど、添い寝してあげようか?」
「叔父さんが泣くので残念ですけど我慢します」
「もう……気にしなくて良いのに。ちゃんと寝るのよ?」
紅葉が退出し、一人になった青画だったが、明日もフル稼働しなければならない。
「マッサージを呼んで早めに寝るか……」
「その必要はありませんよ、お兄さま!!」
ばああん!! 扉を開けて入ってきたのは、真白、日和、黒乃、綾、朱璃、絵里香。
「青画、安心しろ、今夜は私たちが全身マッサージで疲れを癒してやる」
いつもは青画がマッサージする側なので新鮮ではある。技術はともかく、その気持ちが嬉しい。
「じゃあ……お願いしても良いかな?」
「任せてね青画くん、伊達にいつもマッサージしてもらってるわけじゃないってところ見せてあげる」
綾が――――がばっ 上着を脱ぐと全員が右へ倣えする。
「ちょ、ちょっとなんで脱ぐ――――」
「ふふ、こうするんですわよ――――」
「恥ずかしいので――――こっち見ちゃ駄目ですよ?」
全員で青画を囲むように抱きしめる。その柔らかい感触と甘い香りが青画の心と身体を癒してくれる。
(なんだか昔読んだ異国の王様みたいだな……)
「ふふ、まるでハーレムね」
どうして春夏さんまでいるんですか、と、いつもならツッコミを入れるところだが、青画の疲労も限界、どんどんまぶたが重くなってくる。
「ゆっくり……おやすみなさい――――」
天神祭初日、想定外はあったものの、無事乗り切れたことに安堵しながら、青画は意識を手放すのであった。




