第三十話 天神祭前夜
「青画、これが天神祭期間中のスケジュールだ。渡しておくぞ」
(――――えっ?)
初日から最終日まで――――びっしり分刻みで埋め尽くされたスケジュールを黒乃から手渡され固まる青画。
「ごめんね青画くん……これでも出来るだけ負担減らしたんだけど……」
よく見れば、青画と並行するように書いてある黒乃のスケジュールに比べれば、相当考慮されている。綾が苦労して調整したのだとわかる。
今年、黒乃は、市長として、天河家当主として、花嫁として、いわば主催と主賓と主役を一人で演じることになる。多忙という言葉が軽く思えるほどに殺人的なスケジュールをこなさなければならないのだ。
(俺は――――本当に何もわかってないんだな)
青画は姉を支えるということを軽く考えていたことに気付く。短期間サポートするだけでもこれほど大変なのだ。そして、それをすべて管理する綾の偉大さと大変さは言うまでもない。青画にとっては非日常だが、二人にはこれが日常、平常運転なのだ。
それなのに――――皆とのデートをどうするかで頭がいっぱいだった自分が恥ずかしい。もちろん婚約者たちとの時間は最優先すべきだし、浮かれているわけでもない。だが――――それはやるべきこと、果たさなければならない責任を最低限こなした上でのことでなければ一人前の大人とは言えない。
人数は言い訳にならない、選んだのは他でもない青画自身なのだから。
「すまない……青画。私とのデートはまた来年だな」
「うう……私も無理っぽいです……残念ですが今回ばかりは仕方ないですね」
黒乃と綾が休憩できる時間は、代わりに青画が対応する形になる。一緒に祭りを回るのは物理的に不可能である。
とはいえ、パレードがあるので、それがデートだと考えることも出来なくはないけれども。
「あ、青画さん、天神祭の食材と器材の最終確認お願いします」
「わかりました」
天神祭の期間中、青画は料理の提供をしなければならない。もちろん調理スタッフがサポートに付くし、すべてを青画がやる必要はないのだが――――
「これは……素晴らしい食材だ」
手に取ってみて驚く。どれも申し分ないほどの輝きを放っている。
「でしょう? 今年は五年振りなんで期待が凄いことになっているんですよ。だから厳選した食材を集めました。生産者の皆さまも青画さんに使ってもらえるのならって、最高のものを提供してくれたんです」
「……そうですか」
元々気まぐれから始まったことだった。幼い真白を喜ばせようと屋台の真似事をした。最初のお客様は真白と黒乃。それがいつの間にか広がって――――いつしか天神祭の名物にまでなっていたのだ。
料理は好きだ。美味しそうに食べる笑顔はもっと好きだ。
たくさんの人が楽しみに待っていてくれて――――生産者の人々が丹精込めて育てた食材を提供してくれた。
(はあ……俺は幸せ者だ)
ここまでされたんだ――――全力で応えないでどうする。
もちろん全力とは、加護を含めての話。持てる技術をすべて使って現時点でのベストを提供する。それが料理人としての矜持。そうなれば他人任せには出来なくなるが――――もとより手を抜けるような青画ではない。
「兄さま~、見て見て、天織さまの衣装、似合いますか?」
「当然だ、似合い過ぎてどっちが日和かわからないくらいだ」
「あはは、なんですかそれ!!」
天神祭の期間中、青画は四人の天織さまである日和、綾、朱璃、絵里香、そして黒乃、真白、そして天気次第ではあるが、朧、雨音の計八人とパレードをする予定だ。最悪の場合、女性はベールで顔が見えないので代役も可能だが、青画はそうはいかない。
「青画くん、私の分も予定入れてあるからよろしくね」
「……え!?」
いつの間にか春夏さんの予定がちゃっかり捻じ込まれていた。
「青画、私たちとのデートなんですけれど……無理しないでくださいませ」
「そうですよ、私たちは勝手に楽しみますから、気にせずやるべきことに集中してください」
朱璃と絵里香がお祭りデートのキャンセルを申し出てきた。多忙を極める青画に気を遣ったのだ。
本来であればこちらが気を遣ってあげなければならないのに……家族も友だちもいない慣れない土地で迎える初めての天神祭、あれだけ楽しみにしていたのに――――
「大丈夫だ、あまり多くは取れないかもしれないが、必ず時間は作る。だから――――天神祭、一緒に楽しむぞ」
「「は、はいっ!!!」」
「……これは詰んだかもしれない」
頭を抱える青画。さすがの完璧超人でも身体は一つしかないのだ。
「はあ……まったくお兄さまらしいですね」
「真白……」
後ろから抱きついてきたのは、天河家の正装を身にまとった最愛の妹。
「お兄さまは……なんでも手に入れようとし過ぎなんですよ……大抵は実際に出来てしまうから始末に負えないんですけれど」
「返す言葉もないな……」
優秀過ぎるゆえに何でも自分でやろうとしてしまう。青画の長所でもあるが、同時に最大の欠点でもある。
「お兄さま自身が困るだけならば私も何も言いませんが、今度ばかりはたくさんの人に迷惑をかけてしまうのではありませんか?」
「ああ……その通りだ」
ぎゅっと唇を引き結ぶ青画に、真白は優しく微笑みかける。
「それならば――――何をすべきか、お兄さまならわかっているはずです」
「……真白、力を貸して欲しい」
青画の言葉に、真白は頬をバラ色に染めて瞳を輝かせる。
「はい、もちろんです。私は――――何もいりません。お兄さまだけで良いんです。私のすべてはお兄さまのものなのですから」
真白は天織さまにはなれない。当主ではないので天神への報告もない。天神祭では黒乃や他の天織さまの影に隠れて目立つことはないだろう。日和のことだって青画が居ない間も、そうでない時も片時も離れずに守ってくれていたのだ。
「真白……ありがとう。お前はすべてを俺にくれるのに――――俺はそれをすることが出来ない……」
「良いんです。私はそんなお兄さまとお兄さまが愛する世界と景色が大好きなのですから」
真白はまだ小さかったので、両親との思い出がほとんど残っていない。声の記憶すら無いだろう。黒乃がそうしてくれたように、青画もまた真白を守ると誓った。もし自分の命を犠牲にすることで真白が助かるのならば、青画は一瞬の躊躇いもなく己を差し出すだろう。
「一応最大限調整してみましたが……」
「おお、これならなんとかなりそうだ」
常人ならば到底不可能な地獄のスケジュールではあるが、幸い青画は常人ではない。
「とはいえ……デートが一人当たり十分足らずというのはやはり物足りないですね」
無いよりはマシだが、出店で並んでいる間に終わってしまう。
「やはり……使うしかないか」
「例の新しい加護ですね?」
先日、天神さまから授けられた『分身の掌』。すべてはこの天神祭のためであったのではないかと思うほど有難い力を持っている。
「ああ、問題は副作用がどの程度なのかわからないことだ……」
「でしたら実証実験してみましょうお兄さま!!」
「そうだな、使えそうならぜひ投入したい」
――――分身の掌
両掌を合わせると――――なんと本当に身体が二つに分身した。不思議なことに着ている服まで分身するようである。
「わあっ!! お兄さまが二人!! ああ……これが天国――――」
二人の青画に挟まれて頭を撫でられる真白は――――他人には見せられないほどだらしない表情をしている。
そして――――二人の青画がもう一度両掌を合わせると――――元に戻った。
「どうですか……?」
「ああ……一人に戻った時に記憶が統合される感じだな……短時間だったせいか思っていたよりは負担感はない。もう少しやってみるか」
今度は、分身した二人が、もう一度分身の掌を使う。すると――――
「嘘……お兄さまが四人……なんてことでしょう……!!」
四人になった青画に絶句する真白。
「よし、せっかくだから真白、俺にして欲しいことないか?」
「えっ!? そ、そんな……まだ心の準備が……」
耳まで真っ赤になる真白。
「と、とりあえず私の部屋に行きましょうお兄さま!!」
「部屋? まあ良いけど何するんだ?」
「お兄さまで部屋を埋め尽くそうかと」
「……怖っ!?」
数十人の自分がぎゅうぎゅう詰めになっている状況は嫌すぎる。
「結局、あまり満足に検証できなかったが……とりあえず人数が増えると負担が大きいのはわかった」
四人で行動すると、戻った時に四倍疲れる。まあ……当たり前と言えばそうなのだが。
「私は大満足……これ以上ないほど満たされて幸せでしたけれど……うふふ」
一方の真白は完全に惚けている。
「とりあえず俺が二人いればかなり変わってくるはずだ。真白、悪いけどスケジュール再調整頼む」
「わかりました。それでその……これは真白のわがままなのですが……」
少し驚く青画。真白がわがままを言うことなんて滅多にない。だからこそ、それがどんなことであっても叶えてあげたいと思う。
「なんでも言ってくれ」
「わ、私に……お兄さまを一人くださいませんか? もちろん祭りの間、余裕がある時で構いませんので」
そんなこと――――わがままでもなんでもない。
「わかった、天神祭、一緒に回ろう」
「ありがとうございますお兄さまっ!!!」
不確定要素はあるものの、どうやらなんとかなりそうな――――天神祭前夜の出来事。




