第二十九話 天織さま
「青画さまの親族とお会いするなんて……緊張しますね」
絵里香は先ほどから落ち着かない様子である。
「大丈夫ですわよ、青画も形式だけって言っていたではありませんか」
朱璃はそう言うけれど、これから一族に嫁として紹介されるのだ。どうしたって緊張してしまう。
「それにしても……青画さま遅いですね」
すぐ戻るといって部屋を出て行ったが、なかなか戻ってこない。今日は来客が多いので、対応に時間を取られているのだろう。
「あら~、貴女たちが天織さまね。やだ、とっても可愛いじゃない!!」
代わりにやってきたのは、二十代前半くらいの女性。どことなく雰囲気が青画に似ているせいか、朱璃も絵里香も目が釘付けになる。
「初めまして。私、鳳凰院 朱璃と申します」
「ああ、貴女が朱璃ちゃんね。ということは――――こっちが絵里香ちゃん?」
「あ、はい、黒沼 絵里香と申します。あの……もしかして青画さまの従妹さんですか?」
事前に聞いておけば良かったのだが、準備でバタバタしていてそれどころではなかったのだ。
「あははは、そんなに若く見える? 嬉しいなあ。私は青画の母紫乃の妹、つまり叔母の紅葉よ、よろしくね」
「ええっ!?」
「嘘……!?」
絶句する二人。にこりと微笑む紅葉だが、どうみても同世代くらいにしか見えない。日和の家系もたいがいだが、どうやら天河家も似たようなものらしい。
「二人とも、髪、触らせてもらっても良いかな?」
「え? あ、はい、構いませんが」
「どうぞお触り下さいませ」
雰囲気が青画に似ているせいか、なんだかドキドキしてしまう。二人は少し顔を赤くしながら頷く。
「ふむ……なるほど、これは凄いわね……青画の加護、興味があったんだけど、これは後でやってもらわないと」
朱璃と絵里香の肌と髪を見て、獲物を狙う眼になる紅葉。彼女とてケアの必要ないほど奇麗なのだが、この貪欲さが若さの秘訣なのかもしれないと二人は思う。
「ごめん、遅くなった――――って紅葉さん!?」
「あらあ、青画じゃない、久しぶりね!! 元気だった? 寂しくなかった?」
穴の開くほど全身をくまなくチェックする紅葉。
「ほら……おいで」
「あ、いや……さすがに今は――――」
「何恥ずかしがってるの? ほら、ぎゅううっ」
青画をハグして優しく頭を撫でる。青画は少し恥ずかしそうだが、朱璃と絵里香にとって天河家の過剰なスキンシップなど今更でしかないので、この程度はむしろ微笑ましいとニマニマしながら見守っている。
「……大きくなったけど、貴方はずっと私の甥っ子なんだからね、いつでも好きなだけ甘えなさい」
姉の代わりにはなれないけれど、よく似ていると言われる紅葉である。青画は目を閉じて紅葉の温もりを全身で感じる。
「……ありがとうございます紅葉さん」
「良いのよ。それにしてもカッコよくなったわね……結婚したの失敗だったわ」
「あ、あはは、そんなことを聞いたら銀河叔父さん泣いちゃいますよ?」
「……もう手遅れだ、青画」
「ぎ、銀河叔父さんっ!? いらっしゃったんですかっ!?」
部屋の入り口で泣き崩れる銀髪の男性。紅葉の夫で青画の父黄河の弟、銀河その人であった。
「わ、若くて……イケメンですね」
「恐るべし天河家の血筋……ですわね」
銀河も青画の従兄のお兄さんにしか見えない。感覚がバグってくる朱璃と絵里香。黒乃、青画、真白を見れば想像出来たが、もれなく叔父も叔母も超美形である。
「ほう……君たちが天織さまか、うんうん、とても可愛いくて綺麗だね」
「あ、ありがとうございます、あの……ところで天織さまって何でしょうか?」
絵里香の質問に目を丸くする銀河。
「青画……もしかして何も説明してないのか!?」
「あ……えっと、はい、色々バタバタしてたので」
はあ……大きなため息をつく銀河。
「まったく……お前は完璧超人なのにそういうところは抜けてるよな?」
「あはは、ごめんね朱璃ちゃん、絵里香ちゃん、天織さまっていうのはね、他所の家から天河家に嫁いでくる女性のことをそう呼ぶのよ。この辺りじゃ、昔から女の子の憧れなんだから」
なるほど、お姫さまに憧れるあの感じだろうか? 二人はなんとなく理解する。
「ここ何代か天織さま居なかったから凄い話題になっているんだぞ。なんたって今回は二人だからな」
たとえば青画の母紫乃はもともと天河家の一族なので天織さまではなかった。紅葉も同様だ。近親婚が多い天河家の場合、天織さまはむしろ珍しいので、その年の天神祭は大いに盛り上がるのだ。
「あれ? 日和ちゃんと綾さんは?」
「たしかにそうですわね」
二人は天河家ではないはずだが。
「ああ、日和と綾さんの場合は、俺が高龗家と竜ヶ崎家の婿に行く体裁だから天織さまじゃないんだ、二人ともめちゃめちゃ残念そうだったから可哀想なんだが」
ああ……と納得する二人。がっかりしている二人の姿が想像出来てしまう。
「なんだかお二人に申し訳ないですわね……」
「そうですね……今度おやつを少し分けてあげようかしら」
「おやつっ!? 絵里香……本気ですの?」
青画の日替わり手作りおやつは、彼女たちにとってその日の疲れを癒してくれる超重要な聖物。たかがおやつ、されどおやつである。
「あはは、君たちもすっかり青画に胃袋掴まれているんだな」
「そういう私たちも――――だけどね。ねえ青画、期待して良いのよね?」
「もちろんです。俺の本気を見せてやりますよ」
滅多にない親戚一同が集まる機会。青画はこのために加護を駆使した新作ラインナップを惜しげなく投入している。ちなみに天河一族は海外に住んでいる者も多いが、今回の出席率は驚異の100%である。
「せ、青画の本気……ごくり」
「青画さまの本気の料理……くっ……朝ごはんもう少し減らすべきでした……」
後悔する絵里香だったが、朝ごはんも青画が作っているのだから我慢など出来るはずがない。最初から詰んでいたのだ。
「日和ちゃん、天神祭楽しみね」
高龗神社の巫女たちも天神祭の準備に追われている。なにせ一般公開されるパレードは高龗神社がゴールなのだから。
「えへへ、そうなんですよ~。パレードで着る正装とっても綺麗で可愛いいんですよ~お祭りデートも楽しみですし」
青画の妻として公に発表される初めての晴れ舞台。日和は幸せオーラ全開である。
「日和先輩って百年ぶりの天織さまになるんですよね? 良いなあ……」
「あ、私も聞いた!! 憧れですよ~羨ましいです」
後輩巫女たちは神社に来てから日が浅いので事情をよく知らない。先輩巫女たちは真っ青になる。
「あちゃあ……それ言っちゃ駄目な奴……」
「う”っ……う”う”……」
「せ、先輩……!?」
「うわあああああん!! 違うのっ!! 私じゃないのっ!! お母さんの馬鹿ああああああ!!」
なぜか不満の矛先が春夏へと向かう。まあ……他に後継ぎがいれば日和は天河家に嫁ぐことが出来たわけで、憧れの天織さまになることが出来たのだから、そうなるのも仕方ないけれど。
天織さまになることは日和の小さい頃からの夢だった。青画の許嫁となったことでそれが叶うと信じていた。いや、疑うことすらなかったのだ。
高校を卒業して母からその事実を告げられた時は、本気で家出を考えたくらい落ち込んで、三日ほど部屋に閉じこもって出てこなかった。
今も完全に立ち直れたわけではないけれど、もうすぐ天神祭が始まる。お披露目のパレードもあるし、いつまでも落ち込んでばかりもいられない。
「ご、ごめんなさい……私知らなくて……」
「私も謝ります。でも、誰がなんと言おうとも、日和先輩は実質天織さまですし、私たちの憧れです!」
「ありがとね二人とも。そうだよね、実質天織さまだし、兄さまと結婚出来ることには変わらないんだし」
後輩に気を遣わせてしまったことに気付いて日和は笑顔で前を向く。最高に恵まれているのにこれ以上求めるのは贅沢すぎる。
「そのことなんだけどね」
突然背後から現れたのは宮司で母の春夏――――
「お母さん……って、なんて格好してるのっ!?」
――――当然、安定のスケスケ装束、中に着ている水着が丸見えで裸よりも目のやり場に困る。真夏の昼間で参拝客がいなかったのは幸いであった。
「だって暑いんだから仕方ないでしょ……って、そうじゃなくて――――」
涼しい室内から飛び出してくるくらい何か急いで伝えたいことがあったらしい。
「良かったわね日和、貴女――――天織さまになれるのよ」
「…………え?」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
「今日ね、天河家で会合があって、そこで承認されたんですって。一年だけ天河家に嫁いだ後、実家に戻るという形になるけれど、あくまで伝統を踏襲するための形式的なものだから。あ、綾も一緒よ」
実は、落ち込んだ日和を見かねて春夏が青画に相談したのだ。青画もすでになんとか出来ないか動き始めていて、天河家、高龗家、竜ヶ崎家の三家が条件を詰めて、一族に対しては最終的に青画の料理でゴリ押しした。
「認めてくれなければ――――料理は一切食べられませんからね」
青画の脅迫まがいの一言で、満場一致の賛成票で特例が認められたのだ。
「ありがとうお母さん……」
「ごめんね日和……お母さんのせいで辛い思いさせたわ。青画くんにも御礼言いなさい」
「うん……後で会いに行く」
もう無理だと諦めていた。日和は感極まって母の胸で泣きじゃくるのであった。
一方の竜ヶ崎家――――
「ありがとうお母さまっ!!」
「良かったですね、綾」
「あ、あれ……? おーい、綾、私も頑張ったんだぞ~」
その背後には、娘を抱きしめようと両手を広げたまま固まる龍三が居た。




