第二十七話 祭りの舞台裏
俺は只野悠仁、天河市青年会から派遣され、来る天神祭の実行委員会のメンバーとして様々な雑事のまとめ役をしている。
当たり前だが、無報酬のボランティア。祭りの準備のために何か月もかけて打ち合わせもするし、祭り期間中はそれこそブラック企業真っ青の激務が待っている。これまでは大学生だったから時間は問題なかったが、今年からは仕事を休まなければならないのだから負担は大きい。ただし、地元の企業で祭り期間に休むのはむしろ当然だし、頑張ればその分信用も評価もされるのでトータルでみればプラスになる。もっとも、損得勘定でやっている奴はいないが。
「只野リーダー、また問題が……」
「わかった、すぐ行く」
はあ……とはいえ……今年は異例の長丁場、突然祭り期間が十日間に延長されると聞いた時は耳を疑った。まあ……有給が足りない分は市が補填してくれるそうだし、なによりも天河家にとって今回の天神祭は大きな意味を持っているからな。地元全体が成功させようとモチベーションも高い。
「うへえ……もう無理……」
マジか……先輩たちって普通に仕事しながらこんなことしてたんだな……すげえよ……尊敬する。
天神祭というのは、地元の人間にとって最高の晴れ舞台だ。運営に関われるというのはこれ以上ないほどの名誉だし、その事実と肩書だけで生きていける。むしろ祭りのために働いているという人間の方が多いんじゃないかって思う。
だから――――これほどの激務にも関わらず志願者が多く激戦だ。俺が今回この役職を勝ち取れたのは、これまでの活動実績や熱意が評価されたこともあるが――――あの天河青画と同級生でクラスメイトだったということがデカい。正直複雑な思いもあるが、使えるものは何でも使う。悔しければ青画とクラスメイトになってみろってんだ、ハハハ!!
しかし、今年は本当に異常なほどの激戦だった……コネをフル活用してもギリギリ、正直運が良かったとしか言えない。
「やあ、みんなお疲れ様!!」
ふわり むさ苦しい準備室に爽やかな風が吹き抜ける。腰まである艶のある黒髪が揺れれば――――一瞬で世界が塗り替わる。
そう、今年から天河市市長となった美しすぎる市長こと、天河黒乃さんっ!! 青画のお姉さんとこうして合法的にお会いできるのだっ!!
はっきり言って、この役得だけでお釣りがくる!! はああ……完全に女神……前から美人だったけど、最近の黒乃さんは神がかっているっていうか……魅力が限界突破してるんだよなあ……青年会の仕事でアイドルとかモデルと間近で接したことあるけど、はっきり言って勝負にすらならない。纏っているオーラの格が違い過ぎる。
「黒乃さん、お疲れ様です!!」
「お、只野くんか、最近は遊びに来ないな? 忙しいとは思うがこれからも青画と仲良くしてやってくれ」
「はい!! もちろんです!!」
メンバーから羨望の視線を感じる。無理もない、黒乃さんに名前を憶えてもらっているだけでもレアなのに、家まで遊びに行ったことがある奴なんてクラスメイトの中でも少ないんだからな。
「只野リーダーって凄い人だったんですね!!」
「あの……服に女神のオーラ残っていると思うんで触っても良いですか?」
駄目に決まってんだろ、オーラの残り香が減るだろうが。
「もしかして只野リーダー、ワンチャン狙えるんじゃないですか?」
黒乃さんは独身、しかも鉄仮面と言われるほど無表情で愛想笑いすら一切しない。まあ……そこが魅力なんだが、そんな彼女がさっきは優しく笑いかけてくれた。そこだけ見れば周囲が勘違いするのもわかるが――――
「残念だが可能性はゼロパーセントだ」
「ええ? どうしてですか、只野リーダーイケメンだし、実家も名家ですよね?」
そういう問題じゃない。黒乃さんが俺にだけ優しいのも、笑顔を向けてくれるのも、すべては俺が青画の友人だからだ。
知っている人は知っているが、黒乃さんのブラコンは有名。だが――――実際はそんな生易しいものじゃないんだからな。
まあ……変な奴と結婚するくらいなら青画のために独身を貫く方が百倍マシ。中途半端に希望を抱かされるよりはこの方が黒乃さんを純粋に崇めることが出来るのだから。
「あ、もしかして妹さん狙いですか?」
青画の妹、天河真白、言わずと知れた天河市が生んだ天使。その理想のお嬢さまを具現化したような清楚で知的な雰囲気と、ミステリアスで奥ゆかしい大和撫子の化身。何度か会ったことがあるが、年上属性の俺ですら気を抜けば一瞬で心を持って行かれそうになるほどだった……あれはたぶん精霊か妖精の類だろう……。
「ちょ、只野リーダー?」
「む、すまない、ちょっと考え事をしていた。真白ちゃんのことなら100%あり得ない、俺は年上好きだからな!!」
なんかちょっとドン引きされているような気もするが、それとは関係なく真白ちゃんも突き抜けたブラコン。可能性は最初からゼロパーセント。
「そういえば、只野リーダーって天河青画と同級生なんですよね?」
「ええっ!? マジですか!? 紹介してください」
「ちょ、聞いてないですよっ!!」
案の定女性メンバーが大騒ぎし始めた。
天河青画、俺の友人で天河家の長男。俺も自分で言うのもアレだが、かなりのイケメンだと思っているが――――アイツの隣にいると完全にモブになっちまう。呼吸をするように女性を虜にする天性の女たらしだ。
だが、それにもかかわらず、許嫁一筋を公言して他の女性を一切寄せ付けない硬派な面も持っている。だからこそ女どもも安心して憧れられるんだろうが。
東京の大学に行くことになった時、学校中の女性が絶望し、男どもは安堵した。アイツが居る限り他の男はノーチャンスだったからな。
まあ……戻ってきたアイツは、死ぬほどカッコよくなってたわけだが……。しかも魔都東京へ行っても許嫁一筋を貫き通したのは同じ男として畏敬の念すら抱く。
「ああ、青画は友だちだからな。そういえば……今日来るって言ってたな……」
アイツ、そういうところ気が回るというかマメなんだよな。
「はあっ!? そういうことは先に言ってくださいよ、こっちにも準備ってものが……」
「ヤバい……お気に入りの下着にして来ればよかった……」
「ちょっと化粧直してきますっ!!」
諦めろ……お前らもノーチャンスだから。
「悠仁、差し入れ持ってきたぞ」
「きゃああああっ!! 本物の青画さまっ!!」
「や、ヤバい……カッコ良すぎて直視出来ないっ!!」
「あ……ああ……こ、呼吸が――――」
部屋に入ってきた途端、女性メンバーが発狂寸前の状態に陥る。
青画……お前、どんどん人外になってないか? 絶対魅了とかのスキル使ってるだろ!?
「大丈夫か?」
「っ!? dさひ:fjspdhisj」
過呼吸で倒れそうになったメンバーを颯爽と抱きとめる青画。おい、やめろ、殺す気か?
「あ……あれ……? なんか楽に……それにとても気持ちが良い……?」
「良かった、もう大丈夫そうだ」
呼吸は戻ったみたいだが……あれはヤバいな……目が完全にハートマークになってる。現実に戻って来れると良いんだが……。
「久しぶりだな、この色男」
「今時色男とか言うのお前くらいだぞ」
「否定はしないんだな、ハハッ、お前らしい」
これは一部の人間しか知らないのだが――――青画の本当の恐ろしさはその容姿ではない。
「特製塩レモン唐揚げとフローズンラムネの差し入れだ。良かったら食べてくれ」
そう――――青画の本当の恐ろしさは、手作り料理だ。一度口にしたら最後、奴の料理が無くては生きていけない身体になってしまう。大袈裟に聞こえるかもしれないが、ガチだ。経験者の俺が言うんだから間違いない。
「きゃああああ、伝説の青画さまの料理!!」
「天神祭まで食べられないと思ってましたが、思わぬ役得ですっ!!」
そう――――天神祭には青画の料理が提供される。もちろん全員が食べるのは不可能だから――――激しい争奪戦が繰り広げられる。ましてや今回は五年振りの提供となるのだから――――飢えたゾンビの集団が群がるがごとく阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられることは明白。
この瞬間、全員が思った――――実行委員になって良かったと。
「熱いから気を付けて」
大ぶりの唐揚げに、自家製の塩レモンタレを絡めたシンプルだがだからこそ技量が冴える青画の得意料理。『常盤の掌』で揚げたての一番衣がサクサクで、中の肉汁が溢れ出す瞬間を完全固定。噛んだ瞬間に昇天するほどの衝撃。
さらに、一緒に提供されたフローズンラムネは『清浄の掌』でシャリシャリの氷点下に冷却し、『常盤の掌』で何時間経っても炭酸が抜けず、氷も溶けない仕様にしてキンキンに冷えている。
どうやってるんだがわからないが――――死ぬほど美味い。
「……青画さま……一生ついていきます」
「も、もう……らめえ……」
「う、美味……美味……」
なあ青画……差し入れは本当に有り難いんだが……どうすんのコレっ!? 全員使い物にならないんだけどっ!?
「あー……なんかごめん、喜んでもらおうと思って張り切り過ぎた」
はあ……でもさ、憎めないんだよな。
「良いって、なんとかなるっしょ!!」
「悠仁、お前が友だちでいてくれて良かった」
「な、なに恥ずいこと言ってんだよっ!?」
本当……そういうところだぞ。この人たらしめ。
「そうだ悠仁、今度遊びに来てくれ。婚約者を紹介したいから」
「紹介って……日和ちゃんなら何度も会ってるだろ?」
あの太陽を擬人化したような超絶美少女しかも巫女とかいう奇跡。
「ああ、日和じゃなくて他の婚約者だ」
……前言撤回、マジで爆発すれば良いのにこの女たらしめっ!!




