第二十六話 幸せのカタチ
間近に迫った、天河市の夏最大級イベント、それが天神祭である。
「お嬢さま、夏祭りですね」
「そうですわね、やはりバーチャル夏祭りとは規模が違いますから」
街の至る所にポスターが貼られているので、嫌でも目に入る。建設状況の視察にやってきた朱璃と絵里香だったが、話題は天神祭のことばかり。どうせ事務所の完成は天神祭には間に合わないわけだし。バーチャル夏祭り会場の造営を優先したので完成は早くとも秋以降になる予定だ。
「えっと……来週末からでしたよね……って、うわ、祭り十日間もやるんですね……長っ!?」
日程を確認して驚く絵里香。
「あら、祇園祭や郡上おどりは十日どころか一か月丸々やるのですから、驚くことではありませんわよ?」
そんな朱璃の背後から現れたのは――――
「ハハハッ、昔は天神祭も一か月丸々だったんだがな、今じゃ六日間の開催が当たり前になってしまった」
「お二人ともこんにちわ」
市長の黒乃と秘書の綾もちょうど視察にやってきた。
「っ!? 黒乃さん……と綾さん、ごきげんよう。そのお話ですと今年だけ長い、ということになりますわよね? 何か理由があるんですの?」
「まあ……説明すると長くなるんだが、天神祭というのは、元々天河家の人間が夫婦となった相手と一緒に天神さまに報告すると同時に、末永く幸せに結ばれることを祈願したことが起源なんだ」
なるほど、と頷く朱璃と絵里香。
「それと祭りが長くなることと何の関係が?」
「日和のためだ。まあ……十日くらいでは確実ではないが、少しでも確率をあげたくてな、あ、もちろん朱璃と絵里香の分も日程に捻じ込んだから安心してくれ」
「へ!? ちょ、ちょっと待ってくださいませ、そんな重要なこと勝手に……そもそも周囲の同意は!?」
祭りを実施するためには、地元の協力はもちろん警察や消防などとの連携など、調整すべきことが山ほどある。だからこそ一年かけて準備するのが一般的。直前になって日程を変えるなど普通ならあり得ないことだ。
「はあ……そうなのよ、私がどれだけ苦労したか……まったく黒乃ってば全然私の言うこと聞かないんだから」
それほど長い付き合いではないが、二人の関係はよくわかっている。特に絵里香は綾と立場が似ているので――――
「わかります綾さんっ!! お仕事終わったら飲みましょう、奢りますから」
「絵里香ちゃん……もちろんよっ!! いつもの店で十八時で良いかな?」
「あなたたち……いつの間にそんなに仲良くなったのかしら……?」
「綾……最近付き合い悪いと思ったら……そういうことか」
もっとも、綾がそれでも頑張っているのは大切な妹のためだけでなく――――
(ふふ、青画くんと一緒に神さまに報告出来るなんて……幸せ。お祭りデートも出来るようにスケジュール調整もしたから楽しみ)
という下心、もとい乙女心があるのだけれど。
「ふむ、ところで朱璃、お前と絵里香は正装を持っていないだろう? 用意させるから半日ほど採寸の時間をもらえるか?」
「正装……ですか?」
「ああ、天河家に嫁入りする者だけが許される伝統装束だ」
「っ!? それって……花嫁衣裳ですわよね?」
「むっ!? まあ……世間一般的にはそうなる……な」
そういう風に考えたことが無かったらしく、急にニヤニヤし始める黒乃。綾も急にソワソワし始める。
「「喜んで伺います(わ)!!」」
当然、朱璃と絵里香も即答するのであった。
「ごめん時間取らせて」
迎えに現れたエスコート役の青画は涼し気な和装。朱璃と絵里香はその姿を見てハートを撃ち抜かれる。
「気楽にしてて良いよ、伝統的な正装って言っても形式だけのことだから」
「は、はい……それでは行ってまいります」
青画はガチガチに緊張している絵里香をぎゅっと抱きしめてから送り出す。
「絵里香は自分が着飾る方は慣れてませんからね」
一方の朱璃は動じた様子もない。まあ……鳳凰院家のお嬢さまなのだから当然だが。
「この離れは初めてだったよね、少し案内しよう」
天河家の敷地は広大だ。普段過ごしている本館だけでも相当広いが、周囲の関連施設を含めると何倍もの広さになる。
「あの……青画、聞いても良いかしら?」
散歩中、ぎゅっと袖を掴む朱璃。
「ああ、なんでも聞いてくれ」
朱璃と青画が出会ってからまだ日が浅い。お互い知らないこともたくさんあるし、話していないことの方が多い。
「日和さんという許嫁がいながら、どうして私たちを受け入れてくださったんですの? 文句があるわけではなく、その……先代様はそうではなかったようなので……」
少なくとも朱璃の知る限り、青画に異母兄弟・姉妹はいない。知らないだけでいるのかもしれないが。
「……父さんの影響かもしれない」
「お父さまの?」
そういえば青画の父、両親について朱璃は何も知らない。聞けば教えてくれるのかもしれないが、なぜかそれを言い出すことが憚られる空気があった。
「父さんは母さん一筋だったからね。俺から見ても理想的な夫婦だったと思う。それは悪いことじゃないし、むしろ正しいんだってわかってはいる」
「青画……?」
珍しく苦しそうな青画の表情に朱璃は反射的にぎゅっと腕を抱き寄せる。
「父さんはとても素晴らしい人だった。だから……たくさんの人に愛されていたんだ。朱璃が夏之宮で会った白妙や本館のメイド長神楽耶もそうだった。父さんもそれをわかっていたけど……母さんだけを愛した。繰り返すけどそれが悪いことだとは思ってない……でも……白妙や神楽耶は今でも独り身を貫いて天河家のために尽くしてくれている……」
誰かを選ぶと言うことは、選ばれなかった者がいるということ。
「父さんと母さんの理想的な夫婦は……周囲の犠牲で成り立っている。どうしてもそう考えてしまうんだ」
もちろん独り身でいることも、天河家に残るという決断をしたのも彼女たち自身、犠牲なんて言ったら失礼だとわかっている。
「父さんの気持ちはわかるよ、きっと母さんを傷付けたくなかったんだろうね。そのせいで誰かの人生を犠牲にすることになっても……」
「……」
朱璃自身は後から受け入れてもらった側、もし自分が最初の許嫁、妻だったら――――想像することしか出来ないが、どちらの気持ちもわかる。
「どうせ誰かが傷付かなければならないのなら――――俺は皆で分け合えばいいと思う。理想かもしれないけど、全員が幸せを共有する方が絶対良い」
「青画……ええ、そうですわね……私もその方が良いと思いますわ」
正解などないのかもしれないけれど、少なくとも青画は状況に流されるのではなく、自身の信念で決断し、行動している。であれば、朱璃はついてゆくだけだ。そういうところこそ、彼女が愛した男なのだから。
「そういう意味で俺の許嫁が日和だったことに感謝しているんだ。彼女たちが受け入れてくれなければ今のこの状況はなかった」
青画はそう言うけれど、貴方が先に彼女たちを受け入れたからこそだと思いますわよ。朱璃は眩しそうに婚約者を見上げる。
「ですが……そうなると無限にお嫁さんが増えてしまいますわね……青画はモテますから」
さすがにそれは困る。自分が言える立場ではないけれど、青画の身体は一つしかないのだから。独占欲が強い方ではという自覚はあるが、限度がある。
「あはは、それはないから大丈夫」
青画はじっと朱璃を見つめて――――抱き寄せる。
「すべてを捨てて、人生をかけて飛び込んできてくれた――――そんな朱璃だから――――俺はともに生きていきたいと思ったんだ」
「……青画……愛してますわ」
「俺も……愛してる」
青画は朱璃の涙を指でそっと拭って――――唇を重ねるのであった。
そのころ絵里香は――――
「きゃあああ、なんて肌が綺麗なのかしら……」
「本当にお人形さんみたいに可愛らしくて……」
「ちょっと、この髪、一体どうなっているのかしら……」
「た、助けて……!!」
元々最高の素材が青画の加護によって究極まで磨き上げられているわけで……使用人たちのおもちゃになっていた。
「酷い目に遭いました……」
「あはは、お疲れ様。甘いものでも食べる?」
「もちろんですっ!!」
その一言だけで疲れが吹き飛ぶ絵里香。
「と言っても、シンプルなプリンだけどね」
「もしや……青画さまが作ったんですか?」
「もちろん」
「ということは――――」
「ああ、最高に美味いぞ」
「美ん味あああいっ!! 美味しくて……無理ですっ!!」
餌を待ちわびたひな鳥のようにプリンを頬張る絵里香。普段はこんなキャラではないのだが、青画の前では惜しげなく無邪気な一面を見せる。
「絵里香は本当に美味しそうに食べるから……見ていて飽きない」
至近距離から見つめられて――――絵里香は耳まで真っ赤になってしまう。
「せ、青画さまはとても優しい眼差しで見つめられるので――――その……慣れません」
「ふふ、もう一つどう?」
「い、いただきます。あ……ですが、私ばかりよろしいのでしょうか?」
「朱璃なら五個食べたから遠慮するな」
「五個……ですか。でしたらあと二つくらい……良いですよね……」
本当は四個なんだけど、絵里香が遠慮しないように少し盛って伝える青画。
「あむ、んふうううっ!!」
幸せな表情でプリンを食べる姿をニコニコしながら見つめる青画。とても穏やかで平和な時間が過ぎてゆく。
「あ、あの……青画さま」
「ん? どうした絵里香」
急に手が止まる絵里香。
「私がお嬢さまの連れだから受け入れてくれたことは理解しております。ですから、どうかあまり気を遣わないでくださいね」
ああ、そうか。青画は自分の過ちに気付く。自分は果たしてちゃんと言葉にして想いを伝えただろうか、と。いや、伝わっていないのならそれは同じことだ。
「初めて連絡をもらった時のことなんだけど――――」
「――――えっ?」
「本当はすぐに断るつもりだったんだ。でも……文章から送ってくれた人の想いとか人柄とかそういう色んなものがすごくにじみ出ていたから……なんていうかな……興味が湧いたんだ、黒沼さんってどんな人なんだろうって」
「そ、そうだったんですか!? まったく相手にされていないのかと」
青画の言葉に驚く絵里香。
「ああ、ごめん。メールのやりとりが心地よくてさ、のらりくらりと何度も引き延ばしたんだ」
「全然気付きませんでした……」
「電話で初めて声を聴いた時、もっと話したいと思った。とてもクールなのに焦ったり、困ったりしているのが伝わってきて――――我慢するのが大変だった」
「も、もう……意外と意地悪なんですねっ!? ひゃあっ」
青画は絵里香の手を取って見つめる。
「直接会って、想像通り、いや、想像以上に素敵な人だと思った。美味しそうに食べる姿も可愛くて、朱璃と仕事にたいして本当に誠実に本気で向き合っているんだって、そう思った。だから――――絵里香が死にかけていた時、俺は自分でも驚くぐらい動揺していた。真白に異能を使わせるぐらいに」
みるみる涙がたまってゆく絵里香の瞼にそっとキスを落とす。
「だから――――来てくれて嬉しかった。俺はとっくに絵里香に惹かれていて、お前のことが心から欲しいと思っていたんだ。ありがとう」
「せ、青画……さま……青画……さま」
妾の子として存在を否定され、殺されかけたところを腹違いの姉である朱璃に拾われ、黒沼という別人として生きるしかなかった絵里香。
彼女にとって、朱璃こそが生きる意味であり、彼女の夢を支えることが人生の目的だった。
「私……好きになっちゃ駄目だってずっと言い聞かせて……でもどうしても無理で……お嬢さまから離れることも出来なかったし……こうなれて……幸せです」
ゆっくりと――――何度も重ねたキスは――――優しいプリンの甘さだった。
一方の朱璃は――――
「た、助けてっ、青画、黒沼ああああっ!!」
絵里香の何倍もおもちゃにされていた。




