第二十四話 海鮮バーベキュー
「あはははは、冷たいっ!!」
「ちょっと、何するんですかっ!!」
碧い海、白い砂浜、海辺でビーチボールに興じる美女たち。
絵に描いたような夏の海の景色が広がっている。
そんな中――――
「よし、準備OK」
青画は一人黙々とバーベキューの準備をしていた。
「青画お坊ちゃま、準備なら私たちがやりますので皆さまと楽しんでいらっしゃってください」
「ありがとう白妙さん、でも……これは俺の我がままって言うか、こだわりの問題だから……皆に美味しく食べてもらいたいっていう。もちろん白妙さんにも食べてもらいたいから楽しみにしてて」
もちろん、最初は皆手伝おうとしたのだが、料理スキルゼロのメンバーが手伝う余地など無かったわけで……。むしろ迷惑をかけるということで、絶賛海遊び中、お腹を空かせるという使命を全うしているのだ。
ここ夏之宮のメイド長白妙は、この辺り一帯の環境・施設の維持管理を任せられている責任者。
「そこまで仰るのでしたら、楽しみにしております。青画お坊ちゃまの料理、五年振りなので皆心待ちにしていたのですよ」
夏之宮は、夏場のバカンス以外にも、要人との会談、一族にまつわる重要な会議、使用人の教育・訓練など、年間を通して使われる重要施設。青画が訪れるたびに手料理を振舞うのは以前から恒例となっており、日々多忙で重要な任務に神経をすり減らしている職員たちの癒しとなっていた。
「なかなか帰ってこれなくてごめん、これからはずっといるから、なるべく顔を出すようにする」
「ええ……地獄のような四年間でした……真白お嬢さまが送ってくださる差し入れが無ければ果たして耐えられたかどうか……」
白妙は冗談を言うようなタイプではない。青画の料理は至高だが、知ってしまえば離れられなくなる。
「あ、あはは……えっと……本当にごめん」
夏之宮の使用人たちの出迎えが異様に気合が入っていたのはこのせいか……と納得すると同時に、責任重大だな、と青画は気合を入れ直すのであった。
「メイド長、青画さまとお話出来て羨ましいです~!!」
本館に戻るとメイドたちに囲まれる白妙。
「馬鹿なこと言ってないで食材の準備は出来ているんでしょうね? 他にもやることはたくさんあるのだから、口よりも手を動かしなさい」
五年振りとあって、若いメイドの中には青画と会ったことのない者もいる。実物を見て浮き立つ気持ちはよくわかるけれど――――
「青画お坊ちゃまは、真面目で一生懸命な者をとても大切になさいます。働きぶりが印象的であれば、もしかしたら目に留められることもあるかもしれませんね」
メイド長の言葉を聞いて、メイドたちの眼の色が変わる。なにせ、先代と違って青画は一夫一妻にこだわりがない。可能性があると思えばやる気が違う。
(まったく……普段からこのくらい動いてくれると助かるのですけれど)
白妙にとって、青画たちは赤子の頃から世話をしてきた我が子以上の存在だ。
(本当に立派になられて……ですが、あのこだわりの強さは先代様そっくり……良くも悪くも親子なのですね……)
何かを思い出すように遠くを見つめる白妙だったが、すぐに意識を切り替えテキパキと動き始めるのであった。
「青画くんっ!!」
「どうしたんですか綾さん?」
息を切らせて駆け寄ってきた綾を見て首をかしげる青画。
「……十五分後に雨になるわ、しかもかなり激しく降ると思う」
「え? こんなに晴れてるのに?」
だが、綾の天気を読む異能は凄まじい精度だ。その彼女が言うのならばそうなのだろう。
「わかりました、一旦避難した方が良さそうですね」
「手伝うわ」
急いでシートをかぶせてその場を離れる青画と綾。その直後――――空が一気に暗くなり始め、ザーッ 大粒の雨が降り出した。
「本当に助かりました」
何も対策をしなかったらかなり面倒なことになっていた。
「お役に立てて良かった。さあ、皆が待ってるわ」
海辺に近いコテージに皆避難していたのは良いのだが――――
「なんでよりによってこのコテージに!?」
ここは監視員が休憩するための場所、どう考えても全員が入るには狭すぎるわけで。
必然、密着しなければならなくなる。
「先輩……夏の海でのバカンスなんてロマンチックですね……」
土砂降りの雨は、雨音の恋心を燃え上がらせ、大胆にさせる。周囲の目などお構いなしに、密着し、濡れた瞳でキスをねだる。
「ふふ、どうですか先輩……私、こう見えても結構すごいんです――――って、なんですかこのカッチカチの身体!?」
青画の身体は、まるで岩のように硬くカチコチになっていた。
「ああ、実は常盤の掌の副作用だ。動くのには支障はないんだが――――そのせいで雨音の感触が感じられない」
「そ、そんなああっ!?」
がーん ショックを受ける雨音。
「待て、これはどうだ青画、姉さんを感じないか?」
「ごめん……何も感じない」
がーん 青褪める黒乃。
「だ、大丈夫です、真白がお兄さまに妹味を――――」
「……すまない真白」
ががーん 嘘はつけない青画の言葉に崩れ落ちる真白。
「なるほど……触感が無くなっているということかな? せっかくのチャンスなのに……」
狭さを理由に青画と密着イチャイチャするという皆の計画だったのだが――――綾はがっくりと肩を落とす。
「黒沼っ、何か策はないのですかっ!!」
「ええっ!? そ、そうですね……副作用が終わるのを待てばいいのでは?」
「そんな悠長なこと言ってられませんわ、雨が止んでしまうではありませんかっ!!」
雨が止んでしまったら、避難する理由が無くなってしまう。朱璃はそういうところで真面目というか律儀である。
「ふふ、皆若いわねえ……」
「「「「春夏さんっ!? 何か方法がっ!!」」」」
様子を窺っていた春夏がゆっくりと立ち上がる。
「まあ……ね。外が駄目なら……中を攻めればいいじゃない」
青画の首に両腕を回して――――唇を重ねる春夏。
「ちょ、ちょっとお母さんっ!?」
濃厚な口付けに赤面する一同。
「んふ……どうかしら青画くん?」
「あ……えっと……なんか凄かった……です」
「「「「「っ!?」」」」」
どうやら口の中まではカチカチではないらしい。
「先輩……これは……仕方ないんです。だって――――そうしなければ私を感じてもらえないのですから」
ぺろり 唇を濡らす雨音はいつも以上に艶っぽい。
外は雨の嵐、コテージの中はキスの嵐が降り注いでいるのだった。
パチパチ 炭火の上で大ぶりの伊勢海老やアワビが豪快な音を立てて踊る。採れたての新鮮な魚介が惜しげもなく網の上に並ぶ様は壮観そのものだ。
「なんですのこれ……弾力とジューシーさが異次元ですわ……!」
「噛んだ瞬間に海そのものが口の中で爆発するみたい……!」
一口食べた朱璃たちが歓声を上げる。
「っていうか本当に凄いなコレ」
「うん……また美味しくなってますね……」
青画のバーベキューを食べ慣れている黒乃や真白も驚きを隠せない。
「炭火で焼くと水分が飛んでどうしてもパサつくんだが、加護を使えば獲れたてのジューシーさを閉じ込めたまま焼き上げることが出来る」
常盤の掌による身の水分と旨味の完全密閉、身が縮まず、中からブクブクと濃厚な磯のスープが溢れ出す。
「もう、バーベキューに加護の力使うなんて、兄さま本気出し過ぎ」
「何言っているんだ日和、美味しくなる可能性があるなら何でも使うのが料理人だろ?」
「……兄さまはイラストレーターだよね?」
半ば呆れながらも文句などあるはずもない。日和も笑顔を弾けさせながら大ぶりの伊勢海老にかぶりつく。
「このサザエの壺焼き……何か使ってるのね? とても香りが良いわ」
「さすが綾さん、実は隠し味に梅酒を使っているんです。醤油と合わせてサザエの殻の中に垂らすと――――ほら、香ばしい香りが潮風に乗ってふわっと広がるでしょ?」
(青画くんと一緒に……キミの横顔を眺めながら食べる……最高に贅沢)
嬉しそうにはにかむ青画の少年のような微笑みを愛おしそうに見つめる綾。
「青画くーん、次は蛤が食べたいわ~」
「はいはい、今お持ちします」
熱源に近づけると水着すら脱ごうとするので、春夏は少し離れたところで涼んでいる。
「んふうううううううっ!!!? お、美味しいいぃい!!!」
一方、夏之宮の使用人たちも青画の作ったバーベキューを堪能していた。正直、先輩たちは大袈裟に騒ぎすぎ、と思っていた新人たちも、一瞬にしてその認識を塗り替えられてしまった。食べた者は例外なく涙を流し、青画の料理を崇めるようになる。これも毎年の恒例行事。天河家の通過儀礼とも言う。
「ふふ、またいつもの夏が戻ってきましたね……」
天河家、夏の風物詩に目を細める白妙であったが――――
「メイド長、早く食べないと無くなっちゃいますよ?」
「なんですってっ!?」
鬼気迫る表情でトングと皿を装備し、突撃してゆくのであった。
「さて、本日のスイーツは、焼き完熟パイナップル & 枇杷のココナッツアイス添えとユスラウメと梅シロップの丸ごとスイカ電脳ポンチです!!」
わあああっ!!!! ビーチが歓声と拍手に包まれる。
厚切りにした完熟パイナップルを炭火でじっくり焼き、表面の糖分をキャラメリゼさせる。そこに、森神さまからもらった枇杷を練り込んだ特製の冷たいココナッツアイスを贅沢にトッピング。
アイスに常盤の掌をかけることで、炭火で焼いた熱々のパイナップルの上に乗っているのに、アイスが絶対に溶けないという、奇跡のデザートを実現。
「熱いのに冷たい……お兄さま、これ脳が溶けちゃいそうです……!」
熱々と冷え冷えが口の中で同時に弾ける新感覚に、皆、夢中になる。
もう一品は、大玉のスイカを丸ごとくり抜いて器にし、中に冷やしたスイカの果肉、メロン、そして青画特製の梅やユスラウメ、枇杷のコンポートをたっぷり詰めこむ。そこに、貯蔵庫で熟成された極上の梅シロップと炭酸水を注ぎ込めば完成。プライベートビーチの贅沢さを視覚で楽しむ、大人数にぴったりの豪快スイーツである。
「清浄の掌でスイカの雑味を消し、中の炭酸水をキンキンに冷却。さらに常盤の掌でシュワシュワの炭酸の泡と氷のような冷たさを完全に固定した。炎天下のビーチに何時間置いておいても、炭酸が一切抜けず、氷も溶けない魔法のフルーツポンチだ」
加護を惜しげもなく使った、まさしく青画にしか作れないスイーツ。
「炭酸水が……ずっとパチパチと生まれたてのように弾けていますわ……ねえ黒沼、私の決断は人生で最高のものであったと思うのだけれど」
「そう……ですね、料理だけでもたっぷりお釣りが戻ってくると思います……」
朱璃と絵里香は、うっとりとした表情で甘味を堪能する。
「青画くん、後五分よ」
「了解です」
青画は朧が焼きたてを食べられるように準備を始める。
「可哀そうだけど……雨音は無理そうかな」
綾の力はあくまで天気を読むことであって、気象を操れるわけではない。そう都合よく雨が降るはずがないとはわかっているが、さきほどとても楽しみにしていたのを知っているだけにどうしても胸が痛んでしまう。
「それは綾さんのせいじゃないですよ、大丈夫です、だって俺にはこの力があるんですから」
「あ……そうか、常盤の掌!!」
加護の力を使えば、熱々の焼きたて海鮮バーベキューを雨音に食べさせてあげることが出来る。
「ありがとうございます……石長比売さま」
綾は涙を浮かべながら加護を授けてくれた女神に感謝を伝える。
『なに、礼には及ばぬ。我もばーべきゅーとやらが食べられるのだからな』
突然、綾の瞳が夏空色に変って石長比売が降臨する。
「石長比売さま……綾さんでも顕現出来るんですね……」
『この娘も高龗家の血筋だからな。それより早く奉納せよ』
「は、はい、すぐに!!」
『待て、我の分も忘れるでないぞ!!』
瞳が桜色に染まった春夏がやってくる。
『なんじゃ、朔夜も来たのか?』
『当然です姉上』
なんだこの状況? 困惑しながらもとりあえず急いで用意する青画。
『うむ、美味いっ!!! しかしなんだこの破廉恥な格好は……青画、お主こういうのが好きなのか?』
「えっ? ま、まあ……好きですが俺がさせたわけでは……」
石長比売の問いかけに気まずそうに答える青画。
『姉上はまだマシであろう? こっちはほぼ全裸ではないか……まあ……よいか、ほれ青画、褒美じゃ、好きなだけ弄ぶことを許す』
『ほう、面白そうじゃな、青画よ、我も許す』
上機嫌な女神姉妹相手に、どうすんのコレ、と頭を抱える青画であった。




