第二十一話 夏之神楽
夏之神楽――――以前はもっと早い時期に行われていたのだが、近年の高温化を受けて実施時期がジリジリと後ろにずらされている。そのせいで秋が短くなってしまっているのが問題なのだが、殺人的な猛暑の中では冷静な判断は期待できないわけで。ここ数年は七月に行われるのが恒例である。
「今日はよろしくね~青画くん」
春夏は青画にべったりであるが、これは単にイチャイチャしているわけではない。清浄の掌を使って冷やしているのだ。いくら問題があると言っても、彼女を連れてこないわけにはいかないわけで。
他の女性たちは春夏が水着姿になろうが気にもしないのだが、青画の精神が持たないので役割を買って出たのだ。
神楽を舞う日和の装束は、少し透け感のある涼し気な白一色の千早。夏の風が吹くたびに軽やかに翻り、袖口や襟元から覗く白い肌が、夏の陽光を浴びてキラキラと輝いている。
「日和……とても素敵ですよ!!」
「日和ちゃん!! 可愛いですわ!!」
真白や朱璃から褒められて、いつもならはしゃぐところだが、今は精神を集中させており、きりりと引き締まった表情は見る者の背筋を伸ばすような威厳と迫力がある。
「スーツで来たのは失敗だったな……暑くて死にそうだ」
「だから言ったのに……はいコレ冷感タオル、首に巻いておくと少しはマシだよ」
黒乃と綾は公務の合間に来ているので、ばっちりスーツ姿、いくら涼し気な美人といえども暑いものは暑い。
「良かったら俺の側に来てください、冷やしますので」
「ありがたい」
「ありがとね青画くん」
うだるような酷暑の中、清浄の掌を使っている青画に触れるだけで体感温度が一気に下がる。副作用で青画の発汗が凄いことになるが、周囲には彼の汗を有難がる女性しかいないので何の問題にもならない。むしろ、水分補給係という役得を交代でやる御褒美タイムでしかない。
「……涼しいんでしょうが、傍から見ると暑苦しい絵面ですねえ……」
青画の周りにおしくらまんじゅうのように女性が群がっている光景は、猛暑日に届こうという日差しの中あまり見たいものではない。深町は日和の神楽に視線を移した。
「……それでは早速始めさせていただきます」
雲一つない真っ青な夏空と、深い新緑の木々に真っ白な千早装束の日和が爽やかなコントラストを描く。
「……聞き届けたまえ」
日和が深く一礼した瞬間――――蝉時雨が止まる。
「シャン!」
鈴の音と共に、厳かで凛とした「静」の舞が始まる。日和のいつもと違う大人びた表情に、皆息を吞んで見守る。
「慎み敬い 八百万の神垣に 御霊を乞い願わん――――」
日和は深く息を吐き出し、太陽まで届きそうな元気な声で祝詞を紡ぎ始める。
「天つ風 地つ水 今こそ我が身を器となし 四時の巡りを此処に顕したまえ――――」
奉納の詞――――大地が揺れ――――大気が震え――――
日和から表情が消え――――瞳が空色の輝きを帯びる。
石長比売――――不変・長寿・岩のように力強い生命力を司る夏の女神が降臨したのだ。
シャン!シャン!
『照る日の 極み 青垣を 揺るがし 雲の峰より 湧きいずる――――』
華麗な春之神楽とは違う。力強く開放的な舞が激しく、ダイナミックな「動」へと変化する。日和が宙を舞うたびに草木の緑が萌え上がり、サァッと音を立てて揺れながら青空に向かって一斉に葉を伸ばす。
『生命の焔 燃え盛り 千代に八千代に 生い茂れ――――』
神楽が最高潮に達し、雲一つない夏空に白亜の入道雲が湧きたつ。石長比売の夏空のような瞳が青画を視界に捉えると――――
(なんだ……? 副作用が……消えてゆく)
どこまでも広がる夏の青空のような開放感で満たされてゆく青画であった。
「日和、お疲れ様、よくやった」
準備不足と聞いていたが、神がかりは成功していたし、少なくとも青画からみて文句のつけようがないほど見事な舞だった。
疲労で動けなくなった日和を抱えて、クーラーの効いたマイクロバスまで運ぶ。
「えへへ……兄さま……惚れ直しちゃいました?」
「ああ、もうこれ以上惚れる余地は残っていないと思っていたが、俺が間違っていた」
安心したように目を閉じる日和にキスを落とす。
「これでやっと兄さまといっぱいイチャイチャ出来ますね!!」
「ああ、俺も嬉しい」
このところずっと修行ばかりだった日和を目一杯甘やかそうと決める青画。
『良い雰囲気のところすまんな』
がらりと空気が変わり、日和の瞳が夏空色に変化する。
「石長比売さま、先程はありがとうございました」
『よい、この娘が強く願っておったのでな』
青画は、日和の思いやりに心から感謝する。
『さて、ようやく顕現できた。話は朔夜から聞いていたのだが、縁や絆を持たぬ者へ神の方から会いに来ることは出来んのでな、夏之神楽を心待ちにしておったのだ』
石長比売は木花朔夜比売の姉神だ。色々聞いているのだろうと察した青画は、そういうこともあるかと準備していたユスラウメと枇杷のシャーベットをクーラーボックスから取り出して奉納する。
『ほう……聞きしに勝る腕よな、食材が輝いておる』
しゃり しゃり しゃく
『うむ、この食感と音がまた涼しげで良いな』
石長比売はあっという間に完食すると――――
『ところで水まんじゅうは無いのか?』
「用意してございます」
青画に抜かりはない。彼女がシャーベットを食べている間にすでに準備を終えていた。
『梅酒――――』
「どうぞ」
石長比売は満足そうに頷くと、くいっ、と杯に注がれた琥珀色の液体を飲み干す。
『青画、こちらへ』
石長比売は青画を首に腕を回して唇を重ねる。
『ふむ……接吻もなかなかに良きものだな、この娘の身体ということもあるだろうが……』
梅酒のせいなのか、ほんのり頬を染めてとろんと瞳を潤ませる石長比売は、とても色っぽく、日和の姿をしているギャップもあって妙にドキドキしてしまう。
「あの……加護をいただけたのでしょうか?」
『うむ、我の加護「常盤の掌」だ。これからも精進するのだぞ』
頭の中に加護の使い方が流れ込んでくる。ものすごく料理の役に立つとわかってワクワクが止まらない。
「あの……不思議だったのですが、なぜ私に加護をくださるのでしょうか?」
せっかくなので、今まで疑問に思っていたことを聞いてみる。
『加護を授けることでお主との縁ができるからだ』
「縁……ですか?」
『先程説明しただろう、縁を持たぬ者の所へは来れぬのだと。身もふたもない言い方をすれば、皆、お主の料理が食べたいということだな』
楽しそうに笑いだす石長比売。
「なるほど……そういうことでしたら、これまで以上に精進しなければ、ですね!!」
『うむ、楽しみにしているぞ。む……もう時間が無いか。最後に一つだけ――――』
「はい、何でしょうか」
『――――今、やっていることを続けるのが良かろう』
「それは……どういう?」
『諦めるなということだ。ではまたな――――』
周囲の神気が霧散し、日和の瞳が元に戻る。
「あ、あれっ!? 私……また神がかりしてたんですか?」
きょろきょろしている日和の頭を撫でながら、青画は女神の言葉を噛み締めていた。
(ありがとうございます。諦めずに続けてみます)
「わああっ!! 凄いっ!! 綺麗っ!!」
夏之神楽を無事終えて、皆に出されたのは青画特製、ユスラウメと枇杷のシャーベット、パフェ、かき氷。
「焦らなくて良いですからね、加護の力で溶けないのでゆっくり食べて大丈夫です」
石長比売から授かった新たな加護『常盤の掌』は、触れた食材や料理を「作った瞬間の最高傑作の状態」で完全に固定する絶対保存の力。この力があれば、腐敗、酸化、乾燥の心配もいらない。料理人としては最高にロマンのある加護と言える。当然、その恩恵は食べる側にもあるわけで。
「春夏さんは早く食べてくださいね!!」
冷却役の青画が離れていたので、春夏の装束は限界まではだけており、中に着ている際どい水着がチラチラ見えて目の毒である。青画はなるべく見ないようにしながら両手で春夏を冷やし始める。
「あんっ、冷たくて気持ちいいっ!!」
「春夏さん、変な声出さないでください」
「んん~? 変な声ってどんな声なのかしら~?」
駄目だ……どんどん墓穴を掘ってしまう。青画は話題を変える。
「そういえば、なんでこんなに早く世代交代したんですか?」
春夏はまだ現役バリバリ。焦って世代交代する必要はないはずなのだが。
「え? それ聞いちゃうの? ふふ、良いわ、青画くんにだけは教えてあげる……」
春夏は青画の耳に唇を寄せると――――
『日和の弟か妹が欲しいなあって思ったの……』
身重の身体では四季神楽は出来ない。だから代役が必要だった、春夏が言いたかったのはそういうことだ。
「な、なるほど……えっと……ちなみにお相手は決まっているんですか?」
『うふふ……えっとねえ……青画くんもよく知っている人よ?』
ものすごーく心当たりがあるようなないような――――
とりあえず深入りするのは危険だと判断する青画であった。




