第二十話 新しい家族
ガガガガガッ ガンガンガンッ ガリガリガリッ
「オーライ、オーライ、ストーップ!!」
初夏の日差しが降り注ぐ中、急ピッチで建設が進められている。この辺りでは滅多にない規模の建物が出来るということで早くも注目が集まっており、平日の昼間だというのに見物客が後を絶たない。
「ねえ真白、何か建つのかな?」
日和はここしばらく神楽の修行のため神社に泊まり込んでいたため、ちょっとした浦島太郎状態である。建設予定地を横目で見ながら、隣を歩く真白に尋ねる。
「ああ……あれはですね……フェニックス・ライブの事務所が出来るのですよ」
なぜか遠い目をする真白。単なる事務所ではなく、本社機能を兼ね備えた最先端の設備が揃ったスタジオなども併設されるのだが、あえて言及はしない。
「フェニックス・ライブって真白が契約したところだよね? 近くに出来て良かったね!!」
「まあ……そうなんですが、私の場合は別に必要ないので。お兄さまは近い方が何かと便利だと思いますし、お姉さまは大企業の誘致が出来てめちゃめちゃ喜んでますけどね」
フェニックス不動産、フェニックス建機、フェニックス建設、その他フェニックス・グループ企業からの大口案件が発注され、地元企業が潤っている。
「兄さまや黒乃姉が喜んでいるなら私も嬉しいです」
「喜んでいられるのも今のうちですよ……日和」
真白のため息に首をかしげる日和であった。
二人が向かったのは、天河家の屋敷だ。
理由はもちろん――――
「兄さまっ!! 私が居ない間に新しい女を作ったそうですねっ!! この浮気者っ!!」
びしっ 青画に人差し指を向ける日和。
「日和……なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「えへへ、一回言ってみたかったんですよ~こういう台詞、どうですか? ドキッとしました?」
褒めて欲しそうに瞳を輝かせる日和にワンコの耳と尻尾を幻視する青画。とりあえず可愛いので頭を撫でておく。
「ああ、めちゃめちゃドキドキした」
「そうでしょうとも、えっへん」
日和の太陽みたいな明るさが、青画の心と身体を癒してゆく。その小さくてやわらかな身体を抱きしめれば、おひさまの香りに包まれるような心地になる。
「あ……稽古上がりなので汗臭いかもっ!?」
「日和が臭いわけない。いつまでも嗅いでいたいくらいだ」
「も、もうっ、兄さまったら……んふふ」
「青画、そろそろ紹介してもらってもいいかしら?」
二人のやりとりを微笑ましく見守っていた朱璃だったが、いつまでたってもイチャイチャしているので、さすがに口を挟む。
「ああ、すまない、日和こちらが――――」
紹介しようとした青画を手で制して朱璃を睨みつける日和。
「貴女が朱璃さんですね……よくも私の兄さまを……この泥棒猫っ!!」
「はい、初めまして私が朱璃ですが……あの……なぜそんなに嬉しそうなのですか?」
「あはは、だってこんなチャンスがないと言えないじゃないですか、泥棒猫なんて」
楽しそうな日和にきょとんとする朱璃は――――
「……可愛いですわ」
「そうだろ? 日和は可愛いんだ」
「ええ、なぜ青画があれだけ自慢するのか理解しました」
青画と朱璃は上機嫌な日和を眺めながら愛でる。
「うーん……これで良いのかわかりませんが、楽しそうなのはなによりです」
一歩引いて控えていた黒沼も、困惑しつつも少しずつこの家の常識に慣れつつあるのだろう。
「お話は真白から聞いてますよ。朱璃さんも黒沼さんもびっくりするぐらい綺麗ですけど、憧れちゃうぐらい大人な女性ですけど、私がそう簡単に認めると思ったら大間違いなんだからねっ!!」
日和は立ち上がって二人を見下ろすようににらみを利かせる。
「日和ちゃん、私と黒沼が居れば――――これまでカバーしきれなかった部分を護衛出来ます。皆さまがお仕事をしている間に悪い虫や泥棒猫が寄り付かないように徹底ガードいたしますわよ」
朱璃は自分たちがいかに有用なのかをアピールする。決まった時間で行動する日和たちと違って、彼女たちはいかようにもスケジュール調整が可能だからだ。
「ま、真白……どうしよう……朱璃さんたちめっちゃ良い人だよっ!!」
「わかっていましたが……いくらなんでもチョロ過ぎませんか」
呆れる真白だが、本人が良いなら異論はない。兄が認めた人ならばそれは真白にとっては信頼のおける人ということになるからだ。彼女の兄に対する愛は、信仰の域すら軽々と超越している。ある意味で日和よりもチョロいのだが、本人にその自覚はない。
(え……? 俺、二十四時間監視、いや、護衛されるの……かな?)
嬉しい反面、一人の時間も欲しいなあ、と少しだけ思う青画であった。
なぜ朱璃と黒沼がこの屋敷にいるかというと、話は少し遡る。
「お待たせしましたわ」
東京へ帰ったはずの朱璃が黒沼を伴って天河に戻ってきたのは、一昨日のこと。
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
さすがは天河家の筆頭執事、深町は恭しく二人を迎え入れる。
「朝食はお済ませでしょうか?」
「いいえ、まだですわ」
「かしこまりました、すぐにご用意いたします」
「ありがとう、皆さまは?」
「黒乃さまは公務、真白さまは神社に行っております。青画さまも朝食がまだですので、お伝えいただければ」
こういう気の回し方も深町の配慮である。
「黒沼、貴女がいってらっしゃい」
「えっ!? よ、よろしいのですか……?」
「私は喉が渇いているから、ゆっくりと紅茶が飲みたいのですわ」
「失礼しました、すぐに行ってまいります」
「……頑張りなさい」
頭を下げて青画の部屋へ向かう黒沼をチラリと見送りながら、心の中で応援する朱璃であった。
「……部屋のドア、開いてますね」
そっと中の様子を窺うと、ベッドで青画が寝ているのが見える。
「こ、これは……起こさなければならない状況……ですよね」
ごくり、息を飲む黒沼だったが、幼少時から鳳凰院家の侍女として教育されてきた彼女のプロとしてのメイド魂が燃え上がる。
「ふふ、青画さまに最高の寝起きをプレゼントいたします」
実は、しっかりものに見える朱璃もたいがい朝が弱く、寝起きは最悪レベル。そんな彼女の朝を快適なものにするために、黒沼は試行錯誤を繰り返し、寝起きのプロと呼ばれるまでになったのだ。
「失礼します……」
一歩部屋に踏み込むと、青画の香りに立ち眩みしそうになる。
「はう……まるで青画さまに包まれているみたいです……」
命を助けられた時のことを思い出して顔を赤くする黒沼。青画の体温、息遣いが甦り――――カァァ 全身が熱くなり、ドキドキ 激しく鼓動が暴れまわる。
「う……うう……」
はっ!? 密室に二人霧という状況に舞い上がっていた黒沼だったが、青画の様子がおかしいことに気付いて冷静さを取り戻す。
「酷い汗……これは……まさか……まだ副作用が残って……」
先日の事件で青画が無茶をしたことは聞いている。そして――――その副作用に苦しんでいるということも。だが、普段接する彼の様子はいつもと変わりがなく、てっきり解消されたのだとばかり思っていた。
「青画……さま……必死で抑えていらっしゃったのですね……」
自分たちが心配しないように、気を遣わないように必死で平気なふりをしていたのだと今になって気付く。
「あなたという方は……本当に……馬鹿みたいに優しくて……」
苦しそうな青画の頬にそっと両手を添えて、唇を重ねる。一筋の涙が零れ落ちて青画の頬を濡らした。
副作用を解消するには純粋な愛こそが有効なのだと聞いている。恋愛経験など無い彼女にとって、精一杯の愛のかたち。
「……絵里……香」
名前呼びされて黒沼の心臓が ドキッ と跳ね上がる。
「は、はい……絵里香です。あの……朝食が――――んきゃ!?」
ぐいっ、そのまま濃厚な口づけをされて、ベッドに連れ込まれる絵里香であった。
「……本当にごめん」
目が醒めて、絶賛土下座中の青画。
「い、良いんですよ……そ、その……全然嫌じゃなかったので」
恥ずかしすぎてまともに青画の顔が見れない黒沼である。
「ありがとう、黒沼さん」
「で、ですがっ、それはやめて欲しいですっ!!」
「ん? それって?」
「だから――――その……黒沼さんって」
なるほど、察した青画はにこりと微笑んで。
「じゃあ絵里香さん」
「……絵里香、とお呼びください」
「わかったよ絵里香」
「――――っ!?」
名前呼び捨ての破壊力。絵里香は身悶えしながら必死に耐えるのであった。
「……もしかして何かありました?」
明らかに様子がおかしい青画と絵里香を見て、ニマニマしている朱璃。
「ゴホン、ところで朱璃はどうして戻ってきたんだ?」
ただでさえ多忙な彼女が長期間東京を離れていたのだ。たしかにまた来るとは言っていたけれど、それは相当先のことだと思っていたのだが。
「私、これからここでお世話になりますわ。東京へ戻ったのは引越しのための準備をするためですの」
「こっちは構わないけど……仕事の方はどうするんだ?」
「フェニックス・ライブの本社をこちらへ移転しますので問題ありません」
「へ、へえ……」
本当に問題ないの? チラリと視線を送ると、絵里香はすべてを諦めた表情を浮かべながら、壊れた人形のようにこくこくと頷く。
「それに――――移転に伴う費用やもろもろの手続きはすべて金剛お兄さまが負担してくださると言うので、遠慮なく最高のものを作ることにしましたの」
兄妹の関係が良くなったことは喜ぶべきではあるけれど――――今度はお兄さんが心配になってくる青画であった。
「それでね、今年の夏之神楽は、私がやるの!! だからぜひ観に来てね」
大役を任せられてやる気満々の日和。今日屋敷へやってきたのは、そのお誘いのためであった。
「まだ早いって言ってなかったか?」
「あはは、まあね、でもそのために猛特訓してきたし……夏のお母さんはアレだから……」
たしかに七月に春夏を外に出すのはいろんな意味で危険である。
「そういえば去年まではどうしてたんだ?」
まさか空調のある室内で行っていたのだろうか?
「ここだけの話なんだけど……水着でやってたみたい……しかもかなり際どいやつ」
なるほど……それは……神さま的には大丈夫なのだろうか。心配になる青画だったが、木花朔夜姫を思い出して――――
ああ……うん、なんか大丈夫そうだ。と勝手に納得した。
「まさかと思うが……日和も水着に?」
「やだなあ、そんなわけないよ、私の水着姿を見せるのは兄さまだけだからね」
「あの……私たちも参加して構わないのですか?」
息をするようにイチャイチャし始める日和をスルースキルで受け流しつつ、朱璃が尋ねる。
「もちろん、だって私たち家族でしょ?」
何のためらいもなく発せられた言葉に、赤面する朱璃と黒沼であった。




