第十九話 兄と妹
「金剛さん、どうしてあんな回りくどいやり方したんですか?」
警告するなら直接伝えれば良かったのではないか。青画は疑問だったことを尋ねる。
「はは……俺は出来損ないの兄だからな、そんな奴が言うことなど聞かないだろうと思ったんだ。それに――――もう何年も会っていないし話もしていない……今更どんな風に接すればいいかわからないんだよ……」
不器用ではあるけれど、妹を案ずる気持ちは本物なのだ。ただ、鳳凰院家という特殊な環境が家族として、兄妹としての時間を、関係を積み上げることを許さなかった。
「そうですね……俺は毎日妹と話をしますし、一緒に風呂に入って一緒に寝ていますけれど……それでも遠く離れていた時期、そんな風に思ったことがあります」
「えっ!? そ、それが世間一般的な兄妹関係なんだな……私には想像もつかないよ」
誰かが側にいれば、そんなわけあるか!! というツッコミが入るところだが、ここには青画しかいない。あまりにも両極端すぎて参考にならない。
「でもね金剛さん、これだけは言える。どんなに一緒にいても、強い想いを抱いていたとしても――――伝えなければ絶対に伝わらない」
「青画くん……」
ありがとう、大好きだよ、そばにいたい、心配したよ、嬉しい、青画も真白も思ったことはなるべく言葉にして伝えるようにしている。
「言葉だけでは伝わらない、想いだけでは届きません。だから――――想いを言葉に乗せて伝えるんです。大丈夫、朱璃さんは言葉を大切にする人です。想いを軽々しく扱う人でもありません。それは――――俺よりも金剛さん、あなたの方がよくご存知なのではないですか?」
「ああ、知っている。朱璃は本当に聡明で何よりも優しい子だ……だが――――そんな朱璃を私のせいで死なせてしまうところだった……私にはもう会わせる顔がない」
優しい朱璃ならばもしかしたら許してくれるかもしれない。だが、親友で幼馴染で専属秘書の黒沼を害したことは決して許さないだろう。いや――――それならまだいい、自分が責められるだけで済む、でもあの子は自分自身を責めるだろう。そのことが何よりも辛く苦しい。
「金剛さん、朱璃さんはとても強い人ですよ、きっと俺たちが思うよりもずっと。だから――――伝えるんです。ここで逃げたら一生逃げ回ることになります。行きましょう、どんなことになったとしても――――二人は兄妹なんですから」
金剛の目から涙が零れ落ちる。
「ああ……そうだな……俺は出来損ないの兄だが、けじめくらいはつけないと」
『青画さま……後処理の方はすべて完了しました』
音もなく姿を現した黒スーツの男。天河家隠密『月読』の頭目、灰原だ。
「無茶振り押し付けて悪かった」
『いえ……青画さまのご指示が完璧でしたのであっさり片付きました』
「そうか、なら悪いんだが組手の相手をしてくれ。加護の副作用を発散させないとヤバいんだ」
『え……? それは私が危険なのでは』
「夜叉神は使わないから安心しろ」
『はあ……仕方ないですねえ……まだ死にたくないんで私の方は全部使いますよ?』
「助かる」
「あ!! こんなところにいたのですね!!」
組手を終えた青画を見つけて駆けてくる朱璃。
「もう話は終わったんですか?」
「はい……兄を助けてくれて――――ここに連れてきてくれて――――ありがとうございました」
すっきりとした表情を見て、もう大丈夫だと微笑む青画。
「それなら良かった、朱璃さんさえ良ければ落ち着くまで屋敷でゆっくりしていってください。ありきたりですが、我が家だと思って」
「ふふ、良いんですかそんなこと言って? ずっと居座ってしまうかもしれませんよ」
くすくすと笑うその姿は――――少し幼く年相応に無邪気だった。ずっと年上だと思っていたのだが、実は同じ歳なんだとさきほど知ったばかり。
「朱璃さんのような綺麗で華のある人が居てくれたら毎日が楽しいでしょうね」
「も……もう……そんなこと……そ、そう……かしら?」
くるりと背を向ける朱璃だったが、真っ赤になった耳や首筋は隠せない。
「汗かいたのでシャワー浴びてきます」
「ふえっ!? しゃ、シャワーですか!? そんな……いきなり」
なにやらぶつぶつ言っている朱璃を置いてシャワー室へ向かう青画。
「ぐっ……っはあっ、うぐっ、ぐううぅ……がはっ……かはっ……」
シャワーを全開にしてうずくまる。必死に抑え込んでいたが、もう限界を超えていた。
青画は『清浄の掌』を使って鬼島の部下、実行犯を含めて数十人を浄化した。その副作用は凄まじく、灰原との組手程度では到底発散できるものではなかったのだ。
人の持つ業や穢れ、悪意、闇そのものは簡単には消えない。あくまで移しただけなのだ。青画でなければとっくに発狂している。
こんな姿を見せるわけにはいかない。自分でも何をしてしまうかわからない。
「あ……あの……ご一緒は恥ずかしいので……お背中だけでも流します――――って、だ、大丈夫ですかっ!?」
なのに最悪のタイミングで朱璃がシャワー室へ入って来てしまった。
「く、来るなっ!! 俺は――――大丈夫だっ」
優しい丁寧な口調も――――穏やかな微笑みも、夜の星空みたいに揺れる瞳もそこには無かった。声を荒らげ、苦痛に歪み、赤黒く濁った瞳、朱璃が知る青画はそこには居なかった。
悪の化身、殺人鬼、鬼畜、夜叉、青画の濡れた髪が深紅の血で染まっているように見えるほどの悪意の塊。どんな人間でも泣いて逃げ出すほどの恐怖を纏っている。
朱璃は――――一瞬の躊躇いもなく、青画に駆け寄り抱きしめた。
「大丈夫じゃありません、こんなに――――苦しんでいるではありませんか!!」
「駄目だ……逃げろ……何をするかわからない」
必死に朱璃を突き離そうとする青画。
「構いません、あなたに救われたこの身体……どうぞ好きになさってください。私は――――あなたの力になりたいのです」
渾身の力で青画を抱きしめる。
「う……うう……がああ……ぐうう……」
「苦しいんですのね……大丈夫です、あなたはとても強くて優しい人です。私が知る限り――――この世界で一番温かい人です。だから――――大丈夫です。私の眼を見てください、私の呼吸を、体温を感じてください」
「……朱……璃……」
「はい、朱璃はここにいます」
二人はシャワーの中、激しく唇を重ね抱きしめ合う。
「……本当にすまなかった」
「いいえ、私のせいでああなったのですから謝る必要などありません」
朱璃の献身によって副作用が解消された青画だったが、冷静になり絶賛土下座中である。
「そうだな……ありがとう朱璃」
「いいえ、どういたしまして青画」
目が合って笑い合う二人。
「あの……もしかしてお邪魔でしたか?」
「うひゃあっ、く、黒沼っ!? いつから居たの!?」
「えっと……お互い名前で呼び合って、良い雰囲気で笑い合っているところからですけど」
「黒沼さん、もう身体は大丈夫なんですか?」
「ええ……身体の方は大丈夫なんですが……」
青画の問いかけに気まずそうに口ごもる黒沼。
「ああ……そうですよね、あれだけのことがあったのですから……」
致命傷を受けて死の瀬戸際だったのだ、精神的なショックは計り知れない。
「あ、いえ、それもわりと大丈夫なんですが……」
首をかしげる青画と朱璃。
「黒沼……貴女まさか……!?」
チラチラと青画を見て顔を赤くする黒沼を見てピンとくる朱璃。
「あ、あはは……何のことでしょうか?」
「誤魔化しても無駄ですよ、正直に白状なさい」
「む、無理ですよ……言っても無駄じゃないですか……勝ち目なんて最初からないんですし……」
結局、黒沼は恥ずかしがって何も言わなかった。言いたくないことを無理に追及するような青画ではないし、朱璃は気付いているようなので任せることにするのだった。
「本当に良かったのか真白?」
「まあ……条件も良かったですし。別に朱璃さんに同情したわけじゃありませんから……」
結局、青画と巫みことは正式にフェニックス・ライブと契約することになった。
「……そういうことにしておくよ」
青画は真白を心から愛しく思いながら優しく髪を撫でる。
「世界中の兄が全員お兄さまだったら、世の中は平和になりますのに」
「あはは……それはちょっと嫌かな」
世界中の妹が真白だったら良いなとは思うけれど。
そういえば……金剛が朱璃の頭を撫でながら一緒に風呂に入ろうと誘ったらビンタされたらしい。きっと機嫌が悪かったのだろう。美味しいデザートでフォローしておいた。
「朱璃さんたち……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、二人ともとても強い人だから」
青画は知っている。彼女たちがどれほど高潔で優しい女性なのかということを。
「そうなんですけど……帰る時なんだか様子がおかしかったので……」
「気のせいじゃないか? でもまあ……無事解決して良かった」
「そうですね!!」
ばあああん、ドアが開いてボロボロになった黒乃が帰ってくる。
「う……うわああああん、疲れた……青画」
「姉さん……お帰りなさい」
姉の身体がいつもよりも軽くて細い気がして――――青画は全力で甘やかそうと決心する。
「お風呂、食事、マッサージどれにする?」
「マッサージされながらお風呂に入って、ごはんを食べさせて欲しい」
「了解」
「私も!!」
変わらない日常が帰ってくる。
色々あったけれど――――天河家は今日も仲良く平和だ。




