第十八話 黒幕と初めての感情
「……もう大丈夫ですよ、朱璃さん」
颯爽と現れた天河 青画を見た瞬間、思ってしまった。
ああ――――王子様って本当にいるんだって。そんなこと絶対口に出せないですけれど。
生まれた時から競争を強いられ、基本的に周りは敵だらけ。味方の顔をして近づいてくる人間は私を利用することしか考えていなかった。
男たちは皆、私の容姿と鳳凰院家というブランドしか見ていない。私がどういう人間で、何が好きでどんなことを考えているのかなんて気にもしない。
私がVチューバーに興味を持ったのは、そんな人間付き合いに嫌気が差したから。皮肉なことにVという仮面を通すことで人間の本質が見えてくる。
私の容姿やブランドではなく、私という人間を信じてくれる仲間が出来た。そんな仲間を守るための砦としてフェニックス・ライブを立ち上げたのだ。
それでも――――異性に特別な感情を抱くことなどなかった。これまでも無かったし、これからもきっとそう――――そう思っていたのに。
「朱璃さん……犯人がわかりました。鳳凰院金剛、あなたの兄です」
「……そう。やっぱり」
おそらくそうだろうとは思っていた。以前から私に対して鬱屈した感情を抱いていることには気付いていた。まさか本気で殺そうとするとはさすがに思わなかった――――いいえ、私がそう思いたくなかっただけなのでしょうね。結果……リスクを過小評価してしまったということ。
私の甘さのせいで――――もし黒沼が死んでいたら……私は一生自分自身を許せなかったでしょうね……。
「俺は――――場合によっては鳳凰院金剛を始末するつもりです。よろしいですか?」
穏やかで優しい口調の中に激しい怒りの炎が渦巻いている。
本当に――――優しい人なのね……今日初めて会ったばかりの私なんかのために本気で怒ってくれているのがわかるもの……だから――――
「駄目です、私のせいで貴方の手を汚させることなどあってはなりません」
「大丈夫ですよ、その気になれば証拠も残さず闇に葬り去ることくらい出来ますから」
出来るから平気なわけではない。鳳凰院の闇の部分を知っているからこそ、こんなに優しい人に背負わせるわけにはいかない。それに――――
「ごめんなさい、それでもあの人は――――私の兄なのです」
「……朱璃さんや黒沼さんを殺そうとしたんですよ、もし生かしておけばまた同じことを繰り返すかもしれない」
そうかもしれない、いや、おそらくそうなる可能性が高い。人間の本質なんてそう簡単には変わらないのだから。
「ええ、わかっています。ですが、私も覚悟を決めました。これからはどんな手を使っても大切な仲間を守ります。それに――――助けてもらっておいて言うことではないのですが……私は兄と同じ舞台にあがるつもりはないのです」
殺されそうになったから、邪魔になったから排除する。それはたしかに正しいことなのかもしれないけれど、それは私のやり方ではないのですから。
それに……これは兄妹の、家族の問題でもある。今回のことではっきりわかった。私は争いたくなかったけれど――――距離をとっても結局こんなことになるのなら――――向き合わざるを得ないのだと。
「……わかりました。朱璃さんがそう仰るのでしたらその意思は尊重します。他でもない兄妹ですからね」
「――――ありがとうございます、皆さまにはご迷惑をかけないように――――」
言いかけた唇に指を当てられて、彼を見上げる。
「それは駄目です。今は俺に任せてもらえませんか?」
駄目だ――――こんな状況だから意識しないようにしてきたけれど……もう彼から目が離せない、ドキドキして胸が苦しい。
「そこまで仰るのでしたら……わかりました」
「ありがとうございます。約束は出来ませんが、悪いようにはならないと思います」
不思議……彼がそう言うと本当にそう思えてしまう。
「そろそろ屋敷に到着します、俺はこのままでも良いんですが……」
「……へ?」
移動中、車内でずっと抱きついたままだったことに気付く。急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
「……あの、もう少しこのままでも良いでしょうか?」
離れたくない、恥ずかしさよりも、ずっとこうしていたいという想いが燃え上がるように湧き出してくる。
「あっ……朱璃さん、それはきっとさっき使った力の副作用です」
「副作用?」
「あの力を使うとですね……その、動物を惹きつけてしまうみたいなんですよ。たぶん人間も……だから――――今のこの状況、俺のせいでもあるので、気に病まないでくださいね、忘れろと言われればそうします」
その気遣いが少し寂しく、優しさが胸に突き刺さる。忘れろなんて言われたから?
――――違う。たしかに抱きつきたい衝動は感じる。普通に考えてさすがにおかしい。
でも――――この気持ちは? これも力の副作用? それとも――――
「天河 青画、気遣い無用です。この鳳凰院 朱璃、その程度の副作用に振り回されるほどやわでも弱くもありませんのよ」
「……朱璃さんは強いですね……力に振り回されていたのは俺の方かもしれません。さあ、着きましたよ」
束の間の抱擁が終わる。優しく包み込んでくれた力強い手の温もり――――お日様みたいな温かい眼差しが注がれた場所がどうしようもなく心もとなく切ない。
「どうぞ。足元に気を付けて」
「ありがとうございます」
このまま胸に飛び込めたらどれほど楽だろう。でもそれは出来ない。
気を引き締めなさい、朱璃――――まだ何も終わっていないのだから。
「くく、朱璃のやつ、今頃恐怖で震えているだろうな」
鳳凰院家三男、金剛は常に優秀な兄そして妹と比較されて生きてきた。目的のためならば手段を選ばない冷酷な男という評判は、才能で劣る彼が、必死に後継者争いに喰らいつくためにがむしゃらにやってきたからだ。普通のやり方では勝てないとわかっているからこそ相当な無茶もやってきた。
だからこそわかる。妹の朱璃は、たしかに凄まじい才能を持っているが、自分の影響力を過小評価しすぎている。後継者争いからは距離をおいているが、そんなことお構いなしに近い将来巻き込まれることになるだろう。
だから取り返しがつかない事態になる前に――――脅しをかけて警告した。もっと警戒しろという意味を込めて。
「いいえ、今頃ダムの水中で寒さに震えているかもしれません」
金剛の右腕、鬼島がニヤリと笑う。
「なっ!? それは――――どういう意味だ鬼島っ!!」
「ククッ、あんたは脅すだけのつもりだったんだろうが、そんなわけないだろ? 妹は死んで、お前は妹を殺した容疑者として逮捕されるんだよ」
「ふざけるな! そんなことは指示していない」
「あのな、裏社会の人間に依頼した証拠もすべて揃ってるんだよ、お前がいくら訴えたところで誰が信じる?」
その通りだ。実際に手配していたのは鬼島だが、状況は完全に金剛の犯罪を証明することになるだろう。
「……仕組んでいたのか?」
「まあ……そういうことだ。上ばかり見て周囲を見ないから足元救われるんだよお坊ちゃま」
鬼島のやり方はたしかに行き過ぎなところもあったが、それでも自分のためにやってくれているのだと信じていた。
「……いつからだ?」
「そんなこと聞いて良いんですか? 最初からだよバ~カ!!」
なにが警戒しろだ……怒りよりも情けなくてどうしようもない。
「俺は……経営の才もなければ――――人を見る目も無かったんだな」
「いや、俺を抜擢したんだから見る目はあったんじゃないですか? 安心してください、グループは私がしっかり引き継ぎますので。さあ、その椅子はもうアンタのものじゃない、連れていけ」
屈強な護衛の男に強引に立ち上がらされる。
「すまない……朱璃、俺のせいで――――」
「さっさと歩け」
「がはっ!?」
蹴り飛ばされて無様に転がる金剛を見て、鬼島は暗い笑みを浮かべる。
「手始めに、フェニックス・ライブを手に入れて――――ゆくゆくはフェニックス・グループそのものを手に入れてやる」
ぺろりと唇を舐める鬼島だったが――――
『おい、止まれっ!! ぐわあっ』
執務室の外から大きな音と絶叫が聞こえてくる。
「何事だ、騒がしいぞ」
ドガアアアン――――ドアが蹴破られて一人の青年が入ってくる。
「お前が黒幕か……」
「何者だ……お前?」
質問に答える気はないらしい。だが――――その瞳には抑えきれないほどの憤怒の炎が宿っている。鬼島にとって青年の正体など興味はないし、恨みを買っている心当たりはありすぎる。
「……そのドア、特注品で高いんだがな? お前が臓器を売っても弁償出来ないくらいに」
「へえ……それなら滅茶苦茶にしたスイートルームも弁償してくれよ」
ピクッ 鬼島の眉が少し動く。
「なるほど……大方フェニックス・ライブの関係者……といったところか。どうやってここまでたどり着いたのか知らんが――――生きて帰れると思うなよ」
鬼島の目くばせで屈強な護衛が前に出る。
「に、逃げろっ!! この男は軍特殊部隊出身で――――」
「邪魔だ、黙ってろ」
後ろから縋りついた金剛を軽々と引きはがし、投げ飛ばす。
そのまま壁に激突――――する寸前で青年が受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……助かったが、君は早く逃げろ」
「大丈夫です、俺は――――あいつらをぶん殴りにきたんですから」
妹と同じくらいに見える青年の――――圧倒的な気迫に押されて金剛は言葉が出ない。
「ボス……このガキ殺ってもいいか?」
「構わん、やれ」
鬼島の言葉を聞くやいなや――――護衛が凄まじい速度で刺突を繰り出す。
『――――夜叉神』
青年の瞳が青白く輝き――――護衛の繰り出したナイフを紙一重でかわす。
「なっ!? 馬鹿な――――がはあっ!?」
護衛の視点が三百六十度回転し、ズダアアアン 床に叩きつけられる。
『……次はアンタの番だ』
「う、嘘……だろ!? お、おい、金なら出す、いくらだ? いくら欲しい?」
頼りにしていた護衛が一瞬で無力化されてしまった。凄まじい怒気を向けられて逃げるどころか足が一歩も動かない。
『……黙れ』
鬼島の胸倉を掴み、片手で軽々と宙吊りにすると、めきめきっ 青年は凄まじい力で拳を握り締める――――
(こ、殺されるっ――――)
じょばああ 鬼島の下半身に生暖かい液体によってシミが広がる。
ゴオオオオオオッ 凄まじい音と風圧が鬼島貫く寸前でぴたりと止まる。
『お前は――――殺すつもりだった……あの人に感謝するんだな。もっとも――――死んだ方がマシかもしれないが』
拳を下ろし、両手で鬼島の頭を押さえると――――両掌が光り輝く。
『――――清浄の掌』
「ぎ、ぎぃやああああああああっ!?」
鬼島は断末魔を上げながらのたうち回る。積み重ねた穢れは、その肉、血液、脳、あらゆる部分、すべての細胞にまで及んでいる。つまり浄化によって生きながら全身を――――外部からも内部からも焼き尽くされているようなもの。そして――――浄化の力はその穢れが無くなるまで決して消えることはない。
『耐えられなくて死ぬかもしれないが――――自業自得だ。せいぜい祈れ』
全身から体液を垂れ流しながら絶叫する鬼島を床に叩きつけると、倒れている護衛にも浄化の力を行使する青年。
「ひぃぎゃああああああっ!!!????」
強面の護衛が狂ったようにのたうち回る。
『さて――――金剛さん』
「ひ、ひぃっ!?」
にいっ その優しい笑顔が逆に怖い。
『大丈夫……お兄さんならそんなに痛くない……はず』
「い、いやだ……頼む……い、嫌ああああああっ!?」
新たな絶叫が響き渡るのであった。




