第十七話 事件と異能
「真白、本当に良いのか? もう少しくらい考えて結論出しても――――」
「いいえ、フェニックス・ライブ代表って、あのフェニックスグループの社長令嬢ですよ? どうせ圧倒的な資金力で強引にのし上がったんでしょうし、そんな俗物的な方にお兄さまと関わって欲しくありません」
そんな連中と関わってしまったら、青画との平穏な生活が壊されてしまうかもしれない、いや、間違いなくそうなるだろう。どんな好条件を提示されたとしても真白にとって青画との生活こそが人生のすべてなのだ。
「うーん、そんな感じには思えなかったけど……まあでも、真白、お前の考えはわかった。でもさ、一度直接話を聞いてから決めて欲しいんだ。駄目……かな?」
心から真白のことを思っているからこその言葉、そんなの断れるはずがない。
「う……お兄さまがそう仰るのなら……たしかに話も聞かずにお断りするのは失礼ですし……まあ……結論は変わりませんけれど」
「うん、それでも構わない、ありがとう真白」
青画は黒沼と連絡をとり、ホテルで真白を交えて話し合いの場を設けることになった。
「……おかしいな、約束の時間は過ぎてるのに」
「はあ……やっぱり信用ならない方々ですね……」
ホテルのロビーで待っていた二人だったが、時間を十五分過ぎても降りてこない。忙しい人だから急な案件が入ったのかもしれないが、それなら一報あるはずだ。青画は黒沼という女性とは何度もやりとりしたことがあるから、この状況に違和感を覚える。
「……やっぱりおかしい、二人とも連絡が取れない」
青画の顔色が変わる、昔からこういう嫌な予感は当たるのだ。
「真白、頼む……お前の力が必要だ」
ビクッ、一瞬真白の表情がこわばるが――――コクリと頷く。
「……何をすればいいですかお兄さま?」
「二人が宿泊している部屋を――――」
「……わかりました」
キッ――――天井を見上げた真白の瞳が青白く輝く。
――――『千里眼』
真白の持つ「異能」は、障害物や距離を無視して透過することが出来る。凄まじい能力だが――――その分反動が大きく、日常生活に支障が出るため気軽に使えるようなものではない。
だが――――それを知っているはずの兄が――――それでも使って欲しいと言ったのだ。あの誰よりも優しい青画が。だから真白は躊躇なく力を行使した。
「っ!? ひ、人が……血を流して倒れていますっ!?」
「くそっ、間に合ってくれ」
青画と真白はエレベーターに飛び乗り、最上階にあるスイートルームへ急ぐ。
鍵がかかっていないのは幸いだった。部屋の中に飛び込むと、真白の言う通り女性が血を流して倒れている。
「黒沼さんっ!? 大丈夫ですか!! 聞こえますか!!」
呼びかけにも返事がない、青画は素早く脈と呼吸を確認する。
「まだ生きてる……でもこのままじゃ持たない」
青画は両の掌を傷口に当てる。
――――常春の掌
みるみるうちに傷が塞がって血色が戻ってくる。
「……う……天河……さん……?」
「黒沼さんっ、何があったんです」
混濁する意識で朦朧としていた黒沼だったが、突然がばっと起き上がり、必死の形相で青画にすがりつく。
「お嬢さまが――――お願い、お嬢さまを――――」
朱璃が拉致された。衝撃を受ける青画と真白。
「お、お兄さま、警察に連絡した方がいいでしょうか――――?」
「いや、状況の確認が先だ……黒沼さん、拉致した連中に心当たりは?」
「……おそらく朱璃さまの兄の誰かだと……」
「はあっ!? なんで実の兄がそんなことするのですか!?」
信じられないと真白が叫ぶ。青画も言葉は発しないけれど、目を見開いている。
「……公表されていませんが、鳳凰院家には直系の後継ぎ候補が五人います。兄妹同士……生まれた瞬間から過酷な競争が始まるのです。英才教育を受けた鳳凰院の子は、成人するとそれぞれグループ企業を任せられますが、お嬢さまは兄妹で争うことを好まず支援を一切受けませんでした。フェニックス・ライブは、文字通りお嬢さまがゼロから死ぬ気で立ち上げたものです。周囲からは親の力と揶揄されましたけどね……」
真白はぎゅっと唇を噛み締める。何も知らないくせに思い込みで苦労知らずのお嬢さまだと決めつけていたことを恥じる。
「だったらなぜ兄が朱璃さんを狙うんです?」
「皮肉なことに、後継者争いから距離を取ったこと、自力で成し遂げた力量を上層部、特に会長が評価しているのです。ここに来て後継者候補上位に挙がったという噂もあります。危機感を持った誰かが行動を起こしたのでしょう」
悔しそうにギリリと歯を食いしばる黒沼。
「話はわかりました。となると朱璃さんを拉致した理由は?」
身代金目的でないのは明らかだ。
「スイートルームから拉致することで、フェニックス・ホテルを経営する長兄にダメージを与えつつ、他の後継者候補に向けて脅しをかけたのでしょう。考えたくはありませんが……お嬢さまを生かしておく理由がありません。私を始末しようとしたのは、フェニックス・ライブを手に入れるために邪魔だったのでしょう。最終的には事故に見せかけて殺すつもり……だと思います」
そうであれば遅かれ早かれ朱璃は殺される可能性が高い。青画は覚悟を決めた表情で姉に電話する。
『青画……何があった?』
普段使わない特別な番号。電波越しにも黒乃の緊張感が伝わってくる。
「姉さん、月読を動かして欲しい。状況の説明は真白から聞いてくれ」
『わかった……お前はどうする?』
「時間がない……俺は単独で動く」
『……絶対に無理するなよ』
「わかってる……」
短いやり取りを終えた青画は、不安そうな真白を優しく抱きしめる。
「真白、後は頼む」
「お兄さまは――――どうなさるおつもりですか?」
こんな兄の表情――――見たことがない。真白はどうしようもなく不安になる。
「朱璃さんを助けてくる。大丈夫だ、必ず無事に帰ってくると約束する。だから――――そんな顔するな……真白」
「ん……ここは……どうして私縛られて――――」
山道を走る車の振動で目が覚める朱璃。すぐに記憶が蘇り――――
「く、黒沼……黒沼は何処っ!?」
自分をかばって倒れた秘書の姿が脳裏にこびりついて離れない。
「あん? 目が覚めたのか……アンタの秘書ならあの世にいるぜ、ハハハハッ」
「う、嘘っ!? なんでっ!? どうして……」
「おいおい、秘書の心配よりも自分の心配した方が良いんじゃないのか? もうすぐダムに沈められるんだぞ?」
躊躇なく黒沼を刺した連中だ、脅すために言っているのではなく、おそらくは事実だろう。そのもうすぐがどのくらいかはわからないが。
「……あなた方、誰の差し金ですか?」
極限の状況においてこそ人間の本質が出る。朱璃の高潔な魂は、錯乱し泣き叫ぶことを拒絶し、生き残るために冷静さを取り戻す。
「それを知ってどうするつもりだ?」
「三倍払いましょう、寝返りなさい」
朱璃はこの短時間で状況を把握しつつあった。おそらく犯人は兄の誰かだろう。それならば付け入る隙があるかもしれない。
「なるほど……さすが鳳凰院家の直系というわけだな。悪い話ではないが、この業界、一度信用を失うとやっていけないんでな、引退出来るくらいでないと割に合わない、わかるよな?」
たしかに契約が絶対の裏社会。一度依頼主を裏切ったと知られたらお終いだ。
「私が依頼主を説得して依頼を取り下げさせます。それならば――――」
「それを信じろと? そんなことよりももっと簡単な方法があるぜ?」
男の目が朱璃の身体を舐め回すように動く。
「俺の女になるならその条件飲んでやってもいい。ただし、婚姻届けを出して――――俺の子を産むことが最低条件だ」
「くっ……それは――――」
「勘違いするなよ? 俺はアンタをダムに沈めろとしか言われてない。沈める前に好きにすることだって出来るんだぜ? これはあくまで俺の厚意だ、アンタのことが気に入ったんでな」
選択肢はない。断ったところで乱暴されてダムに沈められるだけ。まだ死ぬわけにはいかない。フェニックス・ライブの仲間たちの顔が浮かぶ。
でも――――
「……お断りしますわ」
「ハハハ、そうか、それは賢明な判断――――なんだと!?」
断られるとは思っていなかった男が驚く。
「あなた方のような人間の言いなりになるなど死んでもごめんですわ!!」
そもそも男が約束を守る保証などどこにもない。黒沼を殺した相手に利用されるくらいなら――――たとえ殺されたとしても最後まで信念を貫き通す。それが鳳凰院一族としての誇り――――いや、意地だ。
それに――――私が死んでも、優秀な仲間たちがきっと真実を明らかにしてくれる。
(最後に天河 青画のデザート食べたかったですわね……)
食べる直前に拉致されたことが悔やまれる。
「馬鹿な女だ」
「それは価値観の相違というものですわね」
キキキィ――――急ブレーキで車が止まった。
「きゃああっ!?」
「うおっ!? いきなりどうした?」
「ひ、人が立っていたので――――」
「ああん? そんなの轢き殺せばいいだろう」
「わ、わかりました――――」
運転していた男は思い切りアクセルを踏み込んだ――――しかし、なぜか車が動かない。外の様子を見た男たちはぎょっとする。車のタイヤに植物が巻き付いていたのだ。
「ど、どうなってやがる……おい、早く取り除け」
「は、はいっ!!」
必死に取り除こうとするが、蔦はがっちりぎっしり絡まっていて、ちょっとやそっとではビクともしない。
『悪いが――――この先は通行止めだ』
ビクッ、突然の声に男たちが振り返ると、一人の青年が立っていた。
「まさか……お前の仕業か?」
『……そうだと言ったら?』
「……殺せ」
男の命令で部下たちが青年を取り囲む。
だが――――
「うわあああああっ!?」
「た、助けっ!?」
どこからともなく伸びてきた蔓に手足を縛られて呆気なく無力化されてしまう。
「くそっ――――がはあっ!?」
銃を取り出そうとする男の背後から――――ドゴオオオン イノシシが体当たりして吹っ飛ばし――――そのまま木に激突して意識を失う。
『ごめんね、こいつら姉さんのところへ運んでくれるかな』
動物たちはこくこく頷いて男たちの身柄を運んでいった。
「……もう大丈夫ですよ、朱璃さん。今、縄ほどくので少しだけ辛抱してくださいね」
「え……天河青画? どうして……」
何もかもが信じられない。どうやってここへ来たのか、そもそもなぜ来たのか? 植物や動物を操っているように見えたのは一体? 普段冷静な彼女もさすがに事態が飲み込めない。
「詳しいことはまた後程、あ、でも大事なことだからこれだけ伝えておきますね――――」
縄がほどけた瞬間――――青画は朱璃の眼をまっすぐに見つめながら口を開く。
「――――黒沼さんは無事ですよ」
すべての疑問も混乱もその一言で吹き飛んでしまった。感情の整理がつかないまま、ただ涙だけがとめどなく流れ落ちる。
「そう――――良かった……本当に良かった……う……ううう……」
青画はそんな朱璃を助けが到着するまでそっと寄り添い抱きしめるのであった。




