第十五話 竜ヶ崎家
「ん? どうしたの黒乃?」
何か言いたげな親友の視線に首を傾げる綾。
「あ……いや、いつもと雰囲気違うなと……」
「やだなあ、いつも通りだよ」
そんなわけあるかと内心ツッコむ黒乃。普段微笑みを貼り付けて感情の揺れさえ見せない完璧秘書の綾だが――――今は完全に
――――にやけている。
(まあ……無理もないか)
黒乃は親友のレアなにやけ面を堪能しながら心の中で祝福する。あれほど好きだった青画と上手くいったのだ、それとなく接点を持たせていた黒乃も嬉しくなってしまう。
だが――――
「綾、何も言わずに鏡見てこい。そのままだとお前のファンがあてられて気絶するぞ」
普段の上品な微笑みも魅力的だが、今の幸せオーラ溢れる笑顔は破壊力があり過ぎる。見慣れているはずの黒乃ですら思わず赤面してしまうレベルだ。こんな綾を市庁舎に放ったら……下手をすれば死人が出るかもしれない。
「はあ……私ったら……恥ずかしい」
まさかこんなにニヤニヤしていたなんて……いつからだろう? 必死に表情を整えながら、綾は羞恥心に苛まれるのであった。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
綾を見た人たちは思わず見惚れて固まり、すれ違う人は皆例外なく振り返る。大騒ぎにこそならなかったが、今日は仕事に身が入らない人が多そうである。
「綾さん!!」
「せ、青画くんっ!? ど、どうしたの?」
突然市長室にやってきた青画に困惑しながらもぱああっと笑顔の花が咲く。付き合い始めの中学生か!! と黒乃は内心ツッコむが――――
「姉さんお疲れ様」
「青画が来てくれたからもう大丈夫だ」
秒で乙女の表情になる黒乃に、気持ちはわかるけどもう少し取り繕おうね? と綾も負けじとツッコみ返す。
「今週末、ご両親に挨拶に伺いたいんですけど予定大丈夫ですか?」
「えええっ!? だ、大丈夫じゃないわよっ!? き、着ていく服が無いわ……」
「綾、落ち着け、お前の家だぞ?」
完全にテンパっている綾を見て、やれやれとため息をつく黒乃。普段は有能が服を着て歩いているみたいなのに、恋愛耐性がゼロなので完全にポンコツ化している。もちろん他人をどうこう言える黒乃ではないが。
「じゃあせっかくなので綾さんに服をプレゼントしますよ、お買い物デートということで」
「ど、どうかな……?」
「とっても素敵です」
くはあっ、青画くんのその笑顔が素敵だよっ!!
週末、綾と青画はショッピングモールにお買い物デートに来ていた。
(ど、どうしよう……二人きりなんて初めてでどうしたら良いのかわからないんだけど)
青画とは幼い頃からの付き合いだが、常に黒乃か日和が一緒だった。今日はその二人もいない。これまで背景としてサポートに徹していた彼女にとって、視線を独り占め出来るこの状況自体が慣れない。
「じゃ、じゃあ、これにしようかな」
初夏を思わせる空色のワンピース。自分だったら絶対に着ようとは思わないけれど、他でもない青画に似合いそうだと勧められたのだから、これが良い。
綾の幸せそうな笑顔に、青画もつられて笑みが零れる。綾も青画も元々サポート気質の気遣い人間同士、合わないわけがない。ただ、これまではその機会がなかったというだけの話。知らない第三者が見たら、長年付き合っているカップルにしか見えないほど自然な空気を生み出していた。
「あの……青画くん、今更だけど本当に良いの?」
「綾さん、それを言うなら俺の方ですよ。本当に良いんですか?」
青画には他にもパートナーがいる。正直逆の立場なら複雑な気持ちになることは間違いない。
「私の方は何も問題ないわよ、みんな家族みたいなものだし。そうじゃなくて、今から本当に私の実家へ挨拶するのかってこと」
「こういうのは早い方が良いんですよ、万一にも綾さんを他の男に取られたくないですから」
本気でこういうことをさらっと言うから困る。
「あう……せ、青画くん!? 私をあまり甘やかさないでっ!?」
これまでなんとか壁を取り繕ってきたが、もうその必要はないのだ。でも――――壁が無くなったら理性が保てそうにない。少しでも気を抜いたら甘えてしまいそうになる。そして、青画はその甘えを許してくれるのがわかっているから自制しないと駄目になってしまう。
「そういえば手土産は本当に俺の手作りで良かったんですか?」
「もちろんよ、この世にそれ以上のものなんて存在しないんだから」
「あ、あはは、それは言い過ぎですよ」
「いいえ、異論は認めないわ」
綾の圧倒的な気迫に苦笑いするしかない青画。
「……綾のやつ、楽しそうだな」
「なるほど……お兄さまはワンピースがお好き……メモしておかなければ」
「綾姉……良かったね」
遠くから見守るのは、黒乃、真白、日和の三人組。初めてのデートに綾が尋常じゃないほど緊張していたので、お節介と思いながらもこっそりついてきたのだが――――
「これから二人は竜ケ崎家へ行くのだろう? なんか大丈夫そうだし私たちは買い物でもするか?」
「賛成!! 夏に向けてお兄さまが好きそうな清楚なワンピースが欲しいです」
「私は……水着が見たいかな……」
日和は恥ずかしそうに頬を染める。
「おお、水着か……青画に選んでもらうのも悪くないが……サプライズで悩殺するんもアリだな」
特設の水着売り場へ向かう三人であった。
「ん? なんだか騒がしいですね」
「ああ、すごい三人組がいるってさっき店員さんが噂してたからそれじゃないかな?」
「すごい三人組?」
プロレスラーみたいな大男たちを想像する青画。
「青画くん……たぶん思ってるのと違うと思う」
「???」
(ふふ、ありがとうね三人とも)
首を傾げる青画の腕に抱きつく綾であった。
「急げ、時間が無いぞっ!!」
その頃、竜ケ崎本家では使用人たちが屋敷中を走り回っていた。天河家の長男が挨拶に来ると聞かされたのが昨日の夜。失礼があってはならないと歓迎の準備に追われててんやわんや。
「……狼狽えるな、それでも竜ケ崎家に仕える人間か?」
使用人たちを一喝するのは、竜ケ崎家当主、龍三、綾の父だ。
「さすが当主様、貫禄が違うな……」
「ああ、おかげで冷静になれたよ」
褒め讃える使用人たちに背を向けて自室へ戻る龍三だったが――――
「……トイレ行ってくる」
一番緊張していたのは龍三だった。
「はあ……何回トイレ行くつもりですかっ!? 少しは落ち着いてくださいよみっともない……それに青画くんは当主じゃないのよ?」
大きなため息をつくのは綾の母操。昨夜からずっとこんな感じで落ち着かない夫に渇を入れる。
「たしかに青画くんは天河家の当主ではないが、その存在感は当主以上だ。もし本家の日和に女の子が生まれなかった場合、綾の子が高龗当主になるかもしれない。もし男子が生まれた場合、これも日和次第ではあるが、綾の子が天河家当主となる可能性もあるのだ、緊張するなという方が無理があるだろう?」
「私たちがどうこう出来る問題ではないのですから。それに――――これ以上綾に重荷を背負わせようとするのは許しませんからね?」
ギロリ、操に睨みつけられて――――
「……と、トイレ行ってくる」
逃げるように部屋を出る夫を見送り盛大にため息をつく操であった。
「こんにちは」
「た、ただいま戻りました」
青画と綾が二人そろってやってきた。
「青画くん久しぶりね、中学の時以来だったかしら?」
「はい、麗さんも相変わらずお綺麗ですね」
「え? ちょっと……青画くん――――」
「ん? どうしたんですか綾さん?」
ぎょっとする綾に首をかしげる青画。
「あらあらあ!! ふふ、青画くんったら、麗は嫁いでしまったから今は居ないのよ、私は操、うふふ娘と間違えられるなんて嬉しいわ」
綾の姉である麗、つまり娘に間違えられて綾の母、操は嬉しそうに頬を染める。
「青画くん、お世辞なんて要らないのよ?」
「綾、お父さんを呼んできてちょうだい。さあ青画くん、どうぞどうぞ上がって」
ギロリと綾を睨みつけて追い払った操は、青画の手を取って招き入れる。
「あ、これケーキ焼いたんですけど」
「まあああ!! 青画くんの手作り……懐かしいわあ」
「あはは、お口に合うと良いのですが」
「うむ、気が変わらないうちに持って行ってくれたまえ」
挨拶も済ませ、ようやく緊張がほぐれてきた龍三が上機嫌で笑う。
「ちょっと、お父さまっ!?」
「ありがとうございます。大切にします」
「ちょ、青画くんっ!?」
真っ赤になって照れる綾。良い雰囲気になるかと思ったのだが、
「いいえ――――私は許しませんよ」
まさかの伏兵、母操がまったをかける。
「綾が欲しいのなら――――私もセットです!!」
「……えっ!?」
「お、お母さまっ!?」
「み、操っ!? 捨てないでくれっ!!」
「ふふ、冗談ですよ、青画くん……綾をよろしくね」
「はい、必ず幸せにしてみせます」
(お母さま……絶対に冗談じゃなかったよね? 一瞬、チッ、って舌打ちしてたよね?? まったく、油断も隙もないんだから)
母を牽制しつつ、綾は隣で笑う青画の横顔を眩しそうに見つめる。まるで現実感がない、数日前までは想像すらしていなかった。
「ところで青画くん、子どもは何人くらい予定しているんだ?」
「お父さまっ!? 気が早いからねっ!?」
「何言ってるの? 私が綾の年齢の頃にはもう小学生の娘が二人いたんだから」
うぐっ、それを言われてしまうと何も言えない。
「俺は多ければ多いほど」
「青画くんっ!?」
「あ……ごめん俺勝手に……」
「え? い、いやいや、良いのよっ!? いっぱい作ろうね!!」
恥ずかしさの無限ループに綾はすでに壊れかかっている。
「あら? なら――――善は急げね、すぐに寝室用意させるわ」
「お母さまっ!?」
「この子初心だからねえ……青画くん、良かったら私が手取り足取り……」
「うわあああああっ!!! もうやめてえええっ!!!」
限界を超えた綾がとうとう壊れた。普段の綾からは想像も出来ない。必死の形相で母に襲い掛かるその姿を――――青画は心から愛おしく思うのであった。
「もう……恥ずかしくて死にそう……ごめんね青画くん」
「俺はとても楽しかったですよ」
綾の部屋に避難してようやく一息つく二人。
「でも……良かった。私ずっと負い目があったから」
「負い目……ですか?」
「うん……私ね、日和や春夏さんみたいに巫女の才能あまりなくて……お姉ちゃんが他所に嫁いじゃったから竜ケ崎家を継げるの私しかいないし、日和だけに期待するわけにはいかないから高龗家の後継ぎ産むことも期待されていて……でも、私はね――――青画くん以外はどうしても嫌で……どうしたら良いかずっと――――」
そんなつもりじゃなかったのに、目から涙があふれて止まらない。ずっと一人で抱えてきたものが解放されたのだ。
「綾さん……もう大丈夫ですから」
「うん……うん……ありがとう」
青画の包み込むような優しく温かい抱擁。綾はぎゅっと唇を引き結ぶ。
「よし、もう大丈夫、ごめんね」
いつもの強くて大人な綾がふわりと微笑む。
「残念、もう少し泣いてる綾さんを見たかったな……」
「も、もう……青画くんったらっ!! 忘れなさいっ」
青画を押し倒して唇を塞ぐ。
「あ……えっと……違うのっ、これは――――口封じ、そう、口封じなのよ」
綾は自分てしておきながら、すぐに我に返ると、大慌てで飛びのく。真っ赤になって必死に弁解する綾が可愛くて、青画は思わず吹き出してしまう。
「なっ!? なんで笑うのよっ!?」
「いや、綾さんがあんまり可愛いものだから」
「かっ!? 可愛いって言えば誤魔化せるとか思ってない??」
「いえいえ本心です。そうだ、このまま作っちゃいますか?」
「へ? 作るって何を――――」
意味がわかって盛大に赤面する綾。
「だ、駄目よ青画くんっ!?」
「どうしてですか? 婚約者同士なのに?」
「そ、そうだけどっ、あ、違うのよ、嫌とかじゃなくて――――」
「わかってますよ、冗談です」
「……へ?」
「綾さんのペースで良いんです。これからたくさんデートとかしましょうね」
「はあ……これじゃどっちが年上かわからないよね。あはは」
安堵する綾だったが――――
「でも――――イチャイチャはいいですよね?」
がっちり肩を抱かれて逃げられない綾。体温と鼓動が急上昇する。
「へ? ま、待って……落ち着いて……青画くんとイチャイチャは刺激が強すぎ――――」
「あら? お邪魔だったかしら?」
お茶を持って部屋に入ってきた操によってイチャイチャタイムは強制終了したのであった。




