第十四話 森神と新たな加護
本日あいにくの雨天なり。
青画は森神さまに水まんじゅうを奉納するため、森の奥にある別宮を目指していた。すでに森の果実デザート各種は奉納済みだが、龍神さまの例もある。どこまで見られているかわからないので、ご機嫌を損ねないよう――――いや、森の恵みに感謝を込めて新作を作ったら奉納することにしたのだ。
「すまないな青画、まさか雨が降って来るとは予想していなかった」
黒乃は傘を忘れてしまったため、青画と相合傘となっている。
「そんなことより……濡れるからもっとこっちへ」
「う、うん……」
ぐいと抱き寄せられて乙女の表情になる黒乃。
「はあ……なにが、う、うん……よ。わざと忘れてきたくせに」
「そうですね……あざといのです」
その様子を少し離れて見ているのは、綾と雨音。前回の森デートに参加出来なかった黒乃を慰めるために綾がスケジュール調整をしてのリベンジ参加である。
「文句があるなら別についてこなくて良いんだぞ? これは公務じゃないんだからな」
雨音は森神の依り代として必要だからやむを得ないのだが、綾はそうではない。
「へえ……そういうこと言うんです? 誰がスケジュール調整してあげたと思ってるのかな? 私は明日にでも青画くんの専属SPになってもいいんだけどね」
「あ、あはは……そうだ綾、少しだけ交代してやっても良いぞ」
「あは!! これからも全身全霊公務を支えるわね!!」
今、綾に抜けられたら確実に業務が滞ってしまう。そうなれば……青画との時間が確実に減ることになる。それだけは避けなければならない。
「……専属SP??」
何の話だろうと首をひねる青画であった。
「綾さん、足元が悪いのでしっかり掴まっていてくださいね」
「うん……一生離さないわ」
「あはは、その意気です」
雨だろうが森の奥だろうが青画くんが居る場所が楽園、彼の体温を感じられるこの時間こそが幸せというのだろう。綾は温かな鼓動と雨音を重ねながら束の間のデートを全身全霊で楽しむ。
しかし――――残酷にも終わりの時間はやってくるのだ。
「綾姉、次は私の番ですよ」
「た、楽しんでね!!」
泣く泣く雨音と交代する綾。彼女にとって雨音は本家の娘というだけでなく、可愛がっている妹のような存在でもある。そして――――雨音があまり青画との時間を持つことが出来ない宿命であることを自分自身の境遇と重ねて誰よりも可愛がっている。そんな彼女を悲しませることなど出来ない。
「ふふ、先輩と雨の森をデートするなんてロマンチックですね」
「ああ、雨音と会えるならたとえこの世界が水没したとしても俺はかまわない」
「も、もう……先輩ったら……キス……したい……です」
熱っぽい表情で目を閉じる雨音。
「おい雨音、私たちもいるんだが?」
「そうね、さすがに見て見ぬ振りは――――」
キスするのは構わないのだが、自分たちの目の前となれば話は違ってくる。さすがの二人も辞めさせようとするが――――
「順番ですれば良いんじゃないですか? ね、先輩」
「え? まあ、俺は構わないけど……」
雨音の発言に――――ぴしり、固まる黒乃と綾。
「雨で視界が悪くて何も見えんな」
「ねえ黒乃、あれってなんて花かな?」
全力で見て見ぬふりすることにしたようだ。
「ほら……先輩、続き……してください」
突然雨足が強くなり――――視界と音が遮られる。雨足の強さは雨音の恋心――――激しく打ち鳴らされる鼓動に身を委ね、二人は唇を重ねるのだった。
「な、なんだか照れるな」
「いつも家でしてるのに?」
「いや……だってデートみたいじゃないか、こんなロマンチックなシチュエーション」
そういえば姉と二人きりで出掛けたのはいつだっただろうか。姉はとても忙しい。デートの記憶がないことに気付く。
「デートみたいじゃなくて、デートだから」
今日だって二人きりじゃないけれど、それでもそう思ってもらいたい。
「せ、青画……」
普段の凛々しい姿など欠片もない。耳まで真っ赤になって照れる黒乃。でもこれが青画の知っている姉の本質。家族のために強くあろうと武装している普段の姉も素敵だけれど――――自分の前でだけはありのままの姿でいて欲しいと青画は思っている。
「大好きだよ姉さん」
「私もだ……青画」
いつの間にか背も追い抜かれてしまった。黒乃はその頼もしい胸に身を預けながらそっと目を閉じた。
「えっと……今更だけど本当に良いの?」
現実だとは思えない。嬉しさよりも不安が大きくなってきた。雨音のおかげで巡ってきたチャンスだけれど、青画が彼女のお願いを絶対に断らないことを綾は知っているから――――無理をさせているなら――――もちろんキスはしたい、死ぬほどしたい、でも――――
『綾、いつまで独身でいるつもりだ? 見合いを断り続けるのも限界だ、いい加減竜ケ崎家の娘としての覚悟を決めなさい』
はは……私、何をやっているんだろう。
どんなに頑張っても――――私の価値は変わらないのに。好きでもない人とお見合いして――――結婚して――――子どもを作って――――それで――――それで――――幸せになる……幸せってなんだっけ……。
「ごめん、やっぱりキスはなし」
これでいい、私は青画くんの負担になんてなりたくはない。
「え? そっか……残念です」
「えっ!? 残念……なの?」
「当たり前じゃないですか、大好きな綾さんとキスできるんだと分不相応に舞い上がっていたので」
真顔でそんなことを言われて、綾は瞬間湯沸かし器のように真っ赤になる。
「えっ!? えっ!? 雨音に言われたからじゃなくて?」
「違います。雨音自身のことならともかく、嫌ならしません。むしろ綾さんを巻き込んでしまって申し訳ないと思ってます」
綾が雨音を誰よりも大切に想っていることは知っている。そして――――綾は気遣いの人だ。自分のせいで困らせてしまったという自覚はある。
「えっと……じゃあ……私と……キス、したい?」
「したいです」
「ふ、ふーん……じゃ、じゃあ……しよっか?」
平静を装って髪をかき上げる綾。キスした経験などないので、心臓がうるさいほどバクバク騒いでいる。
「安心してください、責任は取ります」
「青画……くん……気にしないで良いのよ」
青画が綾の置かれている状況を知らないわけがない。そして――――綾が寄せる好意に気付かないはずもない。
「俺が竜ケ崎家の巫女守も引き受ければ済む話ですから」
高龗家は代々女当主の家系ゆえ日和と結婚するといっても籍は入れない。青画は「巫女守」という事実上の夫ということになる。そして――――高龗家の分家である竜ケ崎家もまた「巫女守」という事実婚制度がある。これによって天河家は唯一の男子である青画を保持することが出来、高龗家や竜ケ崎家は天河家との繋がりと後継ぎを得ることが出来るのだ。
「そ、そうかもしれないけど、私のためにそんなこと」
「いいえ、俺の覚悟の問題でした。綾さんを守り切れる自信がどうしても持てなかったんです」
日和の多重人格問題だけでも手に負えないのに、他の女性の人生まで背負えるのだろうか? 真面目な青画だからこそ踏み切れなかった。
でも――――そのせいで大好きな人を苦しませるのは駄目だ。
「……馬鹿なんだから。あのね青画くん――――私は守られたいなんて思ってない、私が――――青画くんを守りたいの」
「綾さん……」
「ごめんね、こんな私だけど一緒にいさせてくれるかな?」
「もちろんです、ずっと一緒にいてください」
「……うん」
雨の中――――二人は身を寄せ合うように抱き合う。喜びの涙は雨に流されてもはや区別がつかないけれどとても甘く少しだけほろ苦い味がした。
「青画、綾、なんでお前らそんなに濡れているんだっ!?」
「……察しましたが、六月とはいえそのままでは風邪ひきますよ」
ムードという熱に浮かされていた二人は恥ずかしそうに視線を逸らす。
「大丈夫、こんな時こそ新たな加護の力が役に立つ」
龍神から授かった加護「清浄の掌」は、浄化の力で殺菌消毒したり、水を操ることが出来る。
「綾さん、こちらへ」
「え? うん……」
青画は綾を両手で抱きしめる。
「えっ!? 嘘……お風呂に入っているみたいに温かい……」
「余分な水分を除去しつつ温めてみました。温かい綾さんを抱きしめることで俺も温かいので一石二鳥です」
「あ、ありがとう……なんというか……熱すぎて死にそうよ」
「ごめんなさい、熱すぎましたか!?」
「ち、違うの、その……恥ずかしくて、ね?」
たしかに綾の身体は真っ赤になって湯気が出そうなほど熱くなっている。
「……青画、私も風邪をひきそうだ……」
「はあ……びしょびしょで気持ちが悪いですね……」
なんで二人とも傘を差さないんですかっ!? なんて野暮なことは言わず、やっぱり優しく抱きしめる青画であった。
「参ったな……これが加護の副作用か……」
水温を上げると青画の体温も上昇して滝のような汗が出るのだ。
「大丈夫だ青画、お前の汗なら飲める」
「青画くん、汗に濡れたキミも素敵……」
「先輩、水温を下げれば汗もひくのでは?」
なるほど、と汗の温度を下げてみる青画。
「おお、これは涼しい――――いや、ちょっと寒い」
「大丈夫だ青画、私が温めてやるから」
「私も温めるね」
「ほら、私が温めますから、早く水分を飛ばしてください」
加護の副作用、問題はあるが――――問題にはならなそうである。
『わざわざ奉納とは……愛いやつめ』
大喜びの森神さまは、新緑を映す翠の瞳をキラキラさせながら梅デザートと紫陽花色の水まんじゅうを夢中で堪能する。
神がかりが初めての黒乃と綾だが、神とはいっても見た目は色違いの日和でしかないので、ニマニマしながら可愛い森神さまを愛でている。
『よし、しばし待て』
満足した森神さまが低く歌い始めると、深い新緑の奥からガサガサと音が響き――――巨大な鹿が何頭も姿を現す。
「……わあ、これはすごい」
その角には、燃えるようなヤマモモと、陽光を固めたような枇杷が、ぶら下がっている。
「……綺麗。梅の緑とはまた違う、初夏の色ね」
綾がうっとりと見惚れる。
「んん? 何か落ちてきたぞ」
黒乃が手を伸ばすと、小鳥たちが運んできた山桜桃梅を空から降ってくる。
『青画、これらを使ってまた新しいデザートを作れ。期待しておるぞ』
「ありがとうございます森神さま」
何を作ろうか早くも考え始める青画に森神は満足そうに頷く。
そして――――そのまま押し倒した。
「え? あ、あの……?」
『ふふ、褒美だ……黙って受け取れ』
森神の接吻は爽やかな木々の香りと甘酸っぱい果実のようで。
『我の加護「神禽の掌」じゃ。どんな猛獣でも懐かせることが出来る、試しに帰りはそこにおる熊に乗って帰ると良い』
敵意や警戒心をなくし、心を落ち着ける凄まじい加護の力。悪用すれば大変なことになる過ぎた力。だからこそ森神は青画に与えた、信頼の証として。
「ありがとうございます森神さま、また参ります」
帰り道、誰が青画と一緒に熊に乗るのか若干揉めたが、ジャンケンで交代制ということで落ち着いた。最初は雨音、黒乃と綾は巨大な鹿の背に乗る。
まるでおとぎ話のような状況に、皆大はしゃぎである。乗り心地はイマイチであったけれど。
「乗せてくれてありがとう、またね」
青画が熊と鹿の頭を撫でると、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らし、名残惜しそうに森へと消えて行った。
「あのさ青画……これどういう状況?」
雨は上がって朧がジト目で青画を見つめる。
「あはは……加護の副作用、みたいだ」
青画は黒乃と綾、そして――――十数匹の猫、大量の鳥たちに囲まれていた。どうやら「神禽の掌」を使うと周囲の動物を惹きつけてしまうらしい。
「なるほど……人間も動物だから、仕方ないってことね」
納得した朧は、言い訳しながら青画に抱きつくのであった。




