第十三話 紫陽花色の魔法
「兄さま、何か作るんですか~?」
台所で鍋やら様々な食材を準備している青画を見つけて、日和が期待に瞳を輝かせている。
「日和? 仕事中じゃなかったのか」
「えへへ~、休憩を兼ねて兄さま成分を補給に来たんだよ――――ふえっ!?」
巫女装束の日和を抱きしめて、すんすん香りを堪能する青画。
「あ……ちょ……それは私が……うにゃあああ!?」
「日和があんまり可愛いから補充させてもらった」
「も、もう……仕方ない兄さまなんだから……」
めちゃめちゃ嬉しそうな日和に癒される青画。気付かれない程度に常春の掌で日和の疲れを取ってあげたのは内緒だ。
「へえ……水まんじゅうですかあ?」
「見たことないか? 皮が透明な饅頭だ」
「ああっ!! 葛餅みたいなのですよね?」
「まあ……似たようなものかな」
皆で梅を仕込んだのは良いのだが、飲めるのはまだ先。想像以上に女性陣の落ち込みと絶望が凄まじかったので、元気づけるために作ることにしたのだ。常春の掌を使って熟成させるのは負担が大きいので最後の手段。
「まずは餡作りだ」
「わああ!!なにこれ……餡が青いよ!?」
「白餡にバタフライピーで青く色付けしたんだ。これを小さく小分けしてゆく」
日和も手伝おうとしたのだが、彼女は超絶不器用。青画の超絶技巧を見て心が折れる。
「試食頑張るねっ!!」
「ああ、助かる」
可愛すぎる日和を撫でてあげたいのだが、残念調理中である。
「あれ? こっちの餡はどうするの?」
「これは、こうやって梅のエキスを加えて混ぜると――――」
青い餡が紫色へと変化する。
「すごいっ!! 魔法みたい!!」
配合を変えることで、青、紫色、赤紫、まるで紫陽花のような餡が完成する。
「少しだけ魔法を」
常春の掌の力で餡の熟成が促進されて、より角の取れたまろやかな風味になる。
「……餡食べたい」
「気持ちはわかるけど、もう少しだけ我慢だ。後悔はさせないから」
鍋に水、砂糖、アガー、葛粉を入れ、火にかけてひたすら練ってゆく。最初は真っ白でドロドロの液体が、熱が通るにつれて一瞬でパッと水晶のような透明に変わる。
「きゃああああ!! 本当に透明になったよ!!」
「ああ、これで生地の完成だ」
出来上がった生地を型に半分流しこみ、そこに丸めた餡を置き、さらに上から生地を被せて蓋をする。
「すごいね……こんな型初めて見た」
「あはは……家ではあらゆるお菓子作ってるから大抵のものは揃ってるんだ」
昔から――――黒乃と真白のアレが食べたい、コレが食べてみたい、という無茶振りに応え続けてきた男、青画のレパートリーは無限に近い。必要な設備や道具は天河家の財力と権力で黒乃が全て過剰なまでに揃えた。
「あはは……黒乃姉さんなら納得かな……」
先日の梅事件を思い出して笑う日和。そのおかげで美味しいものを食べられるのだから文句は一切ない。
「本来は氷水に浮かべて15分〜30分ほど待つんだが……」
作る数が多いし、せっかくなので業務用冷凍庫を使って一気に固める。ギリギリの見極めと微調整として常春の掌を使って整えれば――――
雫のように透き通ったツヤツヤの水まんじゅうの完成だ。
「よし、この調子でどんどん作って――――って、日和?」
先ほどから反応がない。振り向けば、日和の様子がおかしい。瞳孔が開いた瞳は爛々と赤くぎらつき、こちらを睨みつけている。
「えっと……龍神さま、どうなさったのでしょう?」
久しぶりに神がかり状態となった日和だが、明らかに怒っているように見える。何かやらかしてしまったのか? 青画はごくりと生唾を飲み込む。
『キサマ……なぜ我が怒り狂っているのかわかっているのか?』
「も、申し訳ございません、何かやらかしてしまったのでしょうか?」
これほど激怒している理由がさっぱりわからない。思い当たることがあるとすれば木花朔夜姫の件くらいだが――――
『何もしないから怒っておるのだ馬鹿者っ!!』
「……えっ?』
まったく意味がわからないが――――龍神さまの視線が水まんじゅうに釘付けになっている。まさか――――青画は素早く水まんじゅうを飾り皿に盛り付けて龍神に掲げる。
「つまらないものですが、龍神さまに奉納いたします」
『ふん……この程度で我の機嫌が治ると思うなよ? まったく……我をのけ者にしおって……だが――――その心意気に免じて食してやらんでもない』
尻尾がぶんぶん期待に揺れている。水まんじゅうの紫陽花色の餡と青空が、朝露のような透明の生地に映りこんでふるふると揺れ――――食べて食べてと誘惑するのだ。しかし――――
つるんっ
青画によって極限までぷるぷるに仕上がった水まんじゅうは、龍神の箸を楽々とかわし続ける。
『……おい青画、何をぼんやりと眺めておるのだ。早く我の口へコレを運べ』
イライラが頂点に達した龍神があーん、とひな鳥のように口を開ける。
「失礼します」
これを箸で捉えるのは難しいと判断した青画は、グラスに移し替えて水まんじゅうを龍神の口に流し込む。大きな口を開けている龍神が可愛くて頭を撫でたくなるが、鋼の意志でぐっとこらえる。
『んふうううっ!? ぷ、ぷるぷるもちもちちゅるちゅる~っ!! はうっ、噛むとほどよい弾力が――――うむ……ほどよい甘さの中にほんのりと酸味があって……くふう……この喉越しがたまらぬうう……!!』
とりあえず気に入ってもらえたようで良かったとホッとする青画。
『うむ、見事なり。だが……この程度で許されたと思うなよ?』
もちゅもちゅ、水まんじゅうを頬張りながらギロリと睨んでくる龍神。
「とりあえず梅スカッシュでもどうぞ」
『うむ、これがしゅわしゅわする水か……。ほう、これはなかなか……だが水を司る我に奉納しなかったのは大きな罪であるな……んふふ、美味いなコレ』
龍神が飲んでいる間に、おにぎり、タルト、梅のコンポートなど――――次々に用意してゆく。
『ふう……まあ、今日のところはお前の献身に免じて許してやる。だが――――次はないと思え、わかっておるな?』
すべて綺麗に平らげた龍神はペロリと唇を舐めて満足そうに腕組みする。
「はい、何か作ったら真っ先に奉納させていただきます」
『うむ、その気持ちを常に忘れぬことだ、我はいつでも見ているからな』
よほど青画の料理が食べたかったのだろう。必要以上に圧をかけてくる。
「ありがとうございます。竜神さまに見守ってもらえれば何も怖くありません」
『ふふん、当然じゃ、お前が奉納を続けるならばしっかりと守ってやる』
龍神がぱちんと指を鳴らすと、水が鞭のようにしなって青画の両手を後ろで縛り上げる。
「な、何事ですか?」
『悪く思うな、朔夜の力に触れたくないのでな』
ぐい、と目の前に連れてきた青画を見つめると、ニヤリと笑って唇を重ねる。普段の日和と違って、ひんやりと冷たく瑞々しい感触に頭がぼーっとしてくる。
『我の加護「清浄の掌」じゃ、しっかりと励めよ』
日和の瞳から赤い光が抜けて――――灰色が揺れる。
「青画……今どういう状況?」
「可愛い許嫁とキスしてたところ」
「んむうっ!?」
とりあえず朧とキスをする青画。
「……いきなりなにすんの変態」
「嫌だったか?」
「べ、別に嫌とかじゃないけど……」
耳まで真っ赤にして視線を逸らす朧の目に、水まんじゅうが映る。
「なにこれ……綺麗」
「紫陽花色の水まんじゅうだ。ふむ……思った以上に美味しく出来たな……朧も食べるか?」
少し常春の掌を使ったので、味見を兼ねて小腹を満たす青画。朧はごくりと生唾を飲み込んでコクコクと頷く。
「ほら、口開けて」
「じ、自分で食べられるって」
つるんっ 何度も挑戦するが失敗する朧。
「……何? その顔……嬉しそうなのがムカつくんだけど……はあ……わかった、あーん」
赤い顔で渋々口を開く朧。その小さな口につるつるの水まんじゅうがちゅるんと吸い込まれて唇が濡れる。
「はあ……なにこれ……めちゃめちゃ美味しい……これなら何個でも食べられ――――って、何見てんの?」
「いや、この水まんじゅうって朧の唇と同じ感触だなと思って」
「は、はあっ!? な、なに恥ずかしいこと言ってんのよっ!?」
「あ……!?」
慌てた朧の手が当たって、青画の差し出した水まんじゅうがするりと朧の胸元に入ってしまう。
「ひゃあっ!? 冷たっ」
「悪い、すぐに取ってやるから」
「ば、馬鹿じゃないのっ!? うひゃあ、水まんじゅうがどんどん移動してるっ!?」
「これは――――脱がすしかないか」
「何真顔になってんのよ変態っ!?」
「大丈夫、これはあくまで水まんじゅうの救出作戦だ、やましい気持ちは少ししかない」
「少しはあるんじゃないっ!! まあ……でも、そうね……救出作戦なら仕方ない……。や、優しく……しないと許さない……から」
わりとあっさり観念して青画に身を委ねる朧。
「ああ任せろ、器用さには自信がある」
しゅるしゅる――――帯が緩められて朧の白い両肩が露わになる。ほのかに桜色に上気した肌が必要以上に艶っぽい。
「朧、すぐ楽にしてやるからな」
「お願い……早くっ!!」
「……何をしているのです……お兄さま? 日和の戻りが遅いから心配して様子を見に来たのですが……?」
二人が振り返ると――――ゴゴゴゴゴゴ……静かな怒りとともに仁王立ちしている真白の姿が。妹の瞳からはハイライトが消えていた。
「真白……違うんだ、これは――――」
「そ、そうよ、誤解だから――――」
二人が必死で説明すると真白の表情から怒りが消えてゆく。しかしホッとしたのも束の間――――
「なるほど、状況は理解しました」
真白は水まんじゅうをつまんで、ちゅるん、自ら胸元に投入する。
「ひゃあっ!? つ、冷たいですっ!! 取ってくださいお兄さまあああ」
ああ……うん……まあ……そうなるよね。
必死に言い訳したのはなんだったのか、遠い目をする二人であった。
「あらあ? なに楽しそうなことしてるのかしら?」
そして――――春夏の登場でカオスが加速することになるのだが、青画はまだそのことを知らない。




