第十一話 梅酒を作ろう
「ご注文の品お届けに参りました!!」
高龗家の前にトラックが横付けされて、屈強な男たちが巨大な業務用冷凍庫を下ろし始める。
「どうも、巫百貨店です。ご注文のお品はどちらに?」
さらに別のトラックが到着する。
「これは一体……何事なのっ!?」
春夏と日和はこの状況に困惑する。
「あはは……ごめんなさい、姉さんが頼んじゃったみたいで……」
「やあ春夏さん、日和、事後報告ですまないがそういうことなんだ」
申し訳なさそうに頭を下げる青画となぜか誇らしげに胸を張る黒乃。そして――――その隣で綾が大きなため息をついている。
「いや、なにがそういうことなのかさっぱりわからないんだけど?」
春夏と黒乃は当主同士昔から仲が良い。春夏は年齢よりも若く、黒乃は実年齢よりも大人びて見えるので、同級生、いや、黒乃の方が年上に見える。
「はは、昨日青画の梅スカッシュと梅コンポートバニラアイス添えを食べたんだってね? 私たちが死に物狂いで働いていたというのに……」
(どうせどさくさに紛れて青画を誘惑したんだろう? 油断もすきもない!)
「え? あ……あはは……そうね、そういうこともあったわね」
(あんたは毎日青画くんと家でイチャイチャ出来るんだから良いじゃない!)
「あ、あのお~? それでこの状況は一体?」
話が進まないので、日和がおずおずと尋ねる。
「それが……梅シロップと梅酒を作るって言ったら姉さんが必要なものを用意してくれるって……」
大量のイタリア製ブランドの広口密封果実酒瓶、小分け用の瓶。最高級の氷砂糖、黒糖、和三盆、蜂蜜。これまた最上級のホワイトリカー、本格焼酎、ブランデー、日本酒、ヘタ取り用の竹串、梅を一度に洗うための大きなザルとボウル、もちろんプロ仕様のステンレス製。(重要): 梅の水分を拭き取るのに使うキッチンペーパー、瓶を殺菌するための高純度な消毒用アルコール、そして――――大容量の業務用冷凍庫など。
質、量ともに圧倒的な品揃えである。
「黒乃……あなた、お店でも開くつもりなのかしら?」
こめかみをぴくぴくさせる春夏。
「ははは、そんなわけないだろう、せっかくなので天河家の所有する梅林からも収穫してきたのだ。これだけあれば毎日青画の作った梅酒が飲めるだろ?」
山のような青梅を積んだトラックが到着する。
「それなら仕方ないわねっ!!」
「そうだろう? よし、早速作業開始だ!!」
「巫女たちを呼んできた方が良さそうね!!」
「うむ、こちらでも作業員を手配したが、多い方が良いだろう」
こうなるともはや制御不能、巨大プロジェクトが動き始めてしまった。
「兄さま……なんだか大事になってますねえ……」
「あはは、こうなったらやるしかない」
「青画、何をしている、早く指揮を執ってくれ」
「今行く」
必要なものも人員も揃っているが、重要なのは作り方を知っているのは青画しかいないということ。
「まずは選別から、時間との勝負です、気合入れていきましょう!!」
「「「「「はい!!」」」」」
「ねえ、なんでわざわざ梅凍らせたの?」
朧は業務用冷凍庫から大量に出てくる梅を、カランコロンと瓶に詰めてゆく。
「凍らせることで梅の細胞が破壊されるからエキスが出やすくなるんだ。完成までの時間も短縮できるし、シロップが染み込んだ梅は美味いぞ」
「ふーん、楽しみ」
頬を染めながら黙々と梅と砂糖を交互に詰めてゆく朧。
「わあ……凍った梅に砂糖が張り付いて……綺麗ですね……」
「雨音……もう雨が降ってきたのか」
今日は天気の移り変わりが激しい。分刻みで人格が代わることがあるので、作業の指示には注意が必要だ。
「青画、酒によって梅酒の仕上がりが変わるんだよな?」
「うん、姉さんが色々用意してくれたから飲み比べるのが楽しみだ」
「ふふ~、私はやっぱり日本酒の梅酒が楽しみだわ~」
黒乃と春夏、そして成人組には梅酒作りを担当してもらっている。
「なあ青画、梅酒ってどのくらいで出来るんだ?」
「普通なら一年くらいだけど……今回は梅を凍らせたから半年くらいかな」
「「は、半年……っ!? そ……そんなあ……」」
成人組の女性陣が絶望的な表情を浮かべて膝から崩れ落ちる。
「あああ……もう完全に梅酒の口になっていたのに……」
「あはは……まあ、梅シロップは十日くらいで出来るんで」
慰める青画だったが――――
「それでも十日は長いな……」
「そうね……十年くらいに思えるわ」
「ほら、まだ終わってませんよ、一秒でも早く作業を終えればその分早く飲めるんですから」
瓶詰が終わったら、地下の貯蔵庫へ運び込む。青画は春夏と一緒に状況を確認するために地下へ通じる場所へやってきた。
「すいぶん埃が……もしかしてあまり使ってないんですか?」
「そうね……年に数回くらいかしら?」
床板を開くと地下へ続く階段が現れる。春夏がスイッチを入れると階段と貯蔵庫の明かりが灯った。
「うわあ……初めて入りましたけど、ひんやりしていて本格的な石室ですね」
カビ臭さに交じって古い紙や木の匂い、ほのかに発酵臭も漂っている。
「私も詳しくは知らないんだけど、元は古墳の石室だったらしいわよ」
「へえ……歴史を感じますね。もしかしてお宝とかあったり?」
高龗家は二千年近い歴史を持つ巫女の家系、何が眠っていてもおかしくない。
「どうかしら……大事なものはここにはないと思うけど。私、整理とか掃除苦手だからそもそもなにがあるのか知らないのよ」
大丈夫なんだろうかと不安になる青画だったが、よく考えてみればお祭りや直会は他の人がすべてやってくれるわけで、春夏が直接何かをするという機会はほぼないわけで……とはいえ、青画の性格的に放置は出来ない。
「あの、この機会に少し整理というか、何があるのかだけでも把握しておいた方が良いと思います。あ、俺がやっても良いですか?」
「そうね……じゃあお願い出来るかしら」
地下貯蔵庫はかなり広く、正体不明のものがゴロゴロしている。
「これはお酒ですね」
御神酒用の樽や瓶、大きな祭り用の菰樽や、一升瓶のストック。氏子さんから奉納された珍しい地酒や、焼酎が所狭しと並んでいる。
「うーん、これはなんだったかしら?」
「乾物や保存食ですね、昆布、椎茸、スルメ、かつお節、米、塩……災害時の備蓄でしょうか」
それ以外にもお祭りの提灯や和蠟燭、古い御神輿のパーツや幕など祭祀道具や季節の装飾品が色々。
「きゃあああっ!?」
突然悲鳴を上げて青画に抱きつく春夏。
「どうしたんですか?」
「こ、これ……何?」
壺に収められていたのは、真っ黒の正体不明の物体。
「ああ……これは梅干しですね、真っ黒で塩が吹いてますけど、食べると絶品ですよ」
「ひいっ!? 食べられるの……コレ?」
「もちろんです、ある意味伝説級のお宝ですよこれ」
表情がぱああっっと明るくなる青画。
「じゃあこっちの石みたいのは?」
「これは……っ!? 最高級の干し鮑と干し貝柱じゃないですかあっ!! 戻すのに数日かかりますけど、信じられないくらい良い出汁が出るんですよ」
興奮気味に語る青画に目をぱちくりする春夏。
「でも……さすがにこれは食べものじゃないわよね? 泥の塊にしか見えないけど」
「熟成された数十年物の黒糖ですねコレ……。これ、梅酒やデザートに使ったら最高にコクが出ますよ……」
「そうなのっ!? 全部青画くんが好きに使っていいわよ」
「良いんですか? ありがとうございます、全力で美味しいもの作りますね!」
「くっ、眩しくて浄化されそうだわっ!?」
青画の真っすぐな情熱に圧倒される。これではどちらが神職なのかわからない。
「……春夏さん、この箱の中身、何か知ってますか?」
「さあ? 誰かからのお中元じゃないかしら。重いから開けてないけど」
青画が恐る恐る蓋を開けると、そこには最高級の利尻昆布が、湿度管理された地下の空気のおかげで、完璧な熟成状態で眠っていた。
「……こ、これ、今の市場で買ったら、給与一ヶ月分じゃすまないですよ」
「ええっ!? そんなにするの!? 売って青画くんのおこずかいにする?」
「売りませんよ! これで今度、最高のお吸い物を作りますから!」
(はああああ……幸せ!!)
春夏はうっとりと恍惚の表情を浮かべる。ここが冷暗所でなければ、青画に襲い掛かっていたに違いない。
(あれ……でもこの状況……二人きり?)
滅多にないシチュエーションに春夏はニンマリして――――
「見てください春夏さん、これ最高級の本枯節ですよ!! 表面の黴を落として削れば、そこらの削り節とは別次元の香りが――――」
春夏の様子がおかしい。
これは――――神がかりだ。青画は直感で理解する。
『青画……だったか。春之神楽以来だな』
人智を超越した神気と清浄なオーラ、桜色に染まった瞳がわずかに揺れる。
「こ、木花朔夜姫さま!? ど、どうしたんですか?」
『うむ、我の季節が終わる。その前に梅酒を奉納せよ』
どうやら梅酒をねだりに来たらしい。
「あ……いや、そうしたいのはやまやまですが、完成までは半年ほどかかります」
『そんなことか、ふふ、我に任せておけ』
いつの間にか梅を詰めた瓶が目の前にある。木花朔夜姫がそっと瓶に手を置くと――――柔らかい春色の光が地下貯蔵庫を包み込む。
『……一年ほど熟成を進めた。これで飲めるのであろう?』
信じられないことに、酒瓶の中にはシワシワになった梅と琥珀色の液体が。
『ぷはあっ!! これは美味いっ!! 青画、酒のつまみはないのか?』
「すぐに用意します」
必要なものは女神が用意してくれる。青画はあっという間に即興つまみを作って奉納する。
「一品目は干し貝柱の梅和えです。貝柱の濃厚な旨味と、梅の酸味が、梅酒の甘さを引き締めるんです」
『うむ、これは酒が止まらんっ!!』
満足そうに頷く女神。青画はすぐに次の一品へと取り掛かる。
『ほう……これは見たことがないのう』
「クリームチーズの梅味噌のせです。クラッカーに、クリームチーズをのせ、その上に梅味噌を添えました。梅酒のフルーティーさと、チーズのコク、味噌の塩気が三位一体となって美味しいんですよ」
『うむ、これは間違いないっ!!』
木花朔夜姫は、指先についたクリームチーズをペろりと舐めながら、青画に色っぽく微笑む。
「最後は、焼き梅干しとカマンベール、貯蔵庫にあった古い梅干しを種ごと網で軽く炙り、表面をカリッとさせました。温めたカマンベールチーズと一緒にどうぞ」
炙った梅の香ばしい匂いが、梅酒の芳醇な香りと混ざり合い、地下貯蔵庫の空気を大人の宴に変える。
『くくっ、やはり私の目に狂いはなかった。見事である』
木花朔夜姫がは、熱々のカマンベールチーズを優雅に口へ運び、琥珀色の梅酒を煽る。
「ありがとうございます!!」
料理を褒められるのはいつだって嬉しいものだが、神さまから褒められるのは格別に嬉しい。
『褒美を取らす、近うよれ』
「は、はい」
女神の濃厚な口づけ――――芳醇な梅酒と春の香りに頭がくらくらする。
『加護を授けた。今後も精進し、何かあれば奉納せよ』
「あ、ありがとうございます!!」
春夏の瞳から桜色が消えて、抜け殻のように崩れ落ちる。
「だ、大丈夫ですか春夏さん!!」
咄嗟に抱き抱える青画。
「んん~? あ~青画くんだあ……しゅき~」
酩酊した春夏に再び濃厚な口づけをされて慌てる青画。なんとか引き離して背中に背負う。
「にゃああ……青画くんの背中……おっきくてあったかいの~」
「青画……お前たち、地下貯蔵庫で何をしてたんだ!?」
「……兄さま、なんでお母さんこんなに酔っぱらってるんですかあ!?」
「えっと……話すと長くなる……かな」
どこまで話すべきだろう、頭を悩ませる青画であった。




