22.AI
加州清光と三日月宗近は廊下を急いで走った。
「時の政府AIを構成しているモジュールを引き抜いて停止させる」
走りながら三日月宗近は言った。
「モジュールってなに?」
と加州清光は尋ねた。
「部品のまとまりだ。箪笥の引き出しのような箱の中に部品がまとまっている」
三日月宗近が答える。
「その引き出しを抜けば、政府のAIは止まるってこと?」
加州清光が確認すると、三日月宗近は言った。
「たくさん引き抜かなければならないのが難点だ。ひとつやふたつでは止まらんぞ」
時の政府の中央制御区、その最奥。
加州清光と三日月宗近はやすやすと、中央制御室のAIを構成するコンピュータルームにたどりついた。
広大な壁を埋め尽くして並ぶモジュール。まるで引き出しが膨大にある巨大な箪笥のようだ。モジュールの頭にはドアレバーのようなものがついている。
そのレバーを上に上げると大きなモジュールが自動的にスッと押し出され、機能停止するのだ。
「ねぇ、これ全部抜かなきゃいけないの? 上の方、ぜんぜん手が届かないけど!」
「いや、手が届く範囲で十分だ。もう時間がない。手当たり次第にいくぞ。急がねば、各本丸を閉鎖するための刀解作業が始まってしまう」
「面倒だなぁ。もっと手っ取り早い方法ないの?」
加州清光はどうせなら刀を振り回して壊してやりたかった。
三日月宗近は微笑んで言う。
「しかし、機能を壊さずに停止させるなら、一番確実だ」
「なるほどね!」
加州清光と三日月宗近が手当たりしだいにモジュールを引き抜き始めると、男性の声が天井から降ってきた。
「三日月宗近、なぜ反乱に加担する? プロジェクト刀剣乱舞はお前の記憶を、物語を守るためにあるのだ」
さとすような優しい声だ。
加州清光は「へぇ、意外と優しい声なんだね、時の政府AIって」と思った。
三日月宗近の手はまったく止まらない。どんどん迷いなくモジュールを外していく。
「すべての戦いが終わってしまえばお前た…ちにこめられた思いや精神……はいつしか消えて………」
二人がモジュールを引き抜くにつれ、AIの語りかける声はとぎれとぎれになっていった。
「お前たちは誰の心……にも残らず…誰か…らも必要と………されなく………」
AIの口調はだんだんと、ゆっくりになっていく。
「円環…を終わ…らせれ……ば…お…前た…ちの存在……意義も…………」
「いいんだよ、それで。時代も人も変わっていく。必要とされなくなったものは、いずれ消える。新しい考え方や、新しい仕組みが、そのとき生きてる人たちに必要とされる。そうやって世の中は変わりながら続いていく。それが健全でしょ?」
加州清光は作業を続けながらAIに向かって言い返したが、AIは返事をしなかった。
「命も思いも、いつか消える。限りがある。だから今が大事。過去も未来も、そのとき生きてる人たちのための“今”だ。俺たちがいじくりまわしちゃいけない」
加州清光の言葉を背中で聞きながら、三日月宗近は深くうなずいた。ずっと、本丸での日々が続けばいいと願っていた。主と、仲間と、寝食をともにし、歴史の物語と本丸を守るために戦う日々。どれだけ幸せでも、失いたくなくても、その日々を永遠に縛りつけておくことはできない。いつかは消えるから、大切なもの。
加州清光と三日月宗近がモジュールを引き抜きはじめたとき、時の政府の前に殺到していた検非違使と時間遡行軍はみるみる弱体化していった。時の政府AIが敵の連合軍にかけていたバフ効果が切れたのだが、もちろん各本丸はそれを知る由もない。
各本丸から援軍として派遣されていた部隊は驚きながらも、好機を逃してなるものかとそれまでの勢いをそのまま押し返すように敵を撃破していった。
敵の連合軍がひっきりなしに湧いてくる空の真っ暗な穴はいつのまにか閉じていた。検非違使と時間遡行軍の根城から防衛ラインへの跳躍経路は、時の政府AIが開いていた。そのコマンドを出していたモジュールがシステムから切り離されたのだ。
各本丸のモニターに映し出される戦況が、苦戦を示す赤から優勢を示す緑にみるみる変わっていった。
ちょうどその頃、各本丸のこんのすけは一斉に、審神者に告げた。
「敵によって時の政府が制圧されつつあります。援軍に派遣された部隊は強制帰還させます」
審神者たちは耳を疑った。戦況が好転した今になって、時の政府は一体なにを言い出すのか。
「なにを言っているの? 防衛ラインはオールグリーンになったよ!」
「どんどん敵を押し返しているじゃないか!」
「時の政府が制圧されつつある? これのどこが?」
「せっかく優勢になったのに、どうしてだよ!」
審神者たちの抗議はむなしく、こんのすけの言葉通り、派遣していた部隊は一斉に帰還させられた。
派遣部隊の刀剣男士たちも納得がいかないまま、報告と事態の把握のために急いで審神者の元に戻った。
各本丸のモニターは戦況優勢のグリーンラインを表示し、なおかつ全敵軍撤退の文字を表示している。全援軍撤退、ではなく全敵軍撤退の文字を。こんのすけの命令は戦況にまるで合っていない。どの本丸の審神者たちも混乱した。
「防衛は失敗しました。これより、この世界線は他の流れに影響を及ぼさないよう、隔離、放棄のフェーズに入ります。それにともない、本丸閉鎖作業を開始します。システム上、最後に一振りだけ本丸に残す必要があります。それがあなたの終わりの一振りとなります」
こんのすけはまだ事態が飲み込めていない審神者に対して、一方的に命令を下した。
「はあ?!」
「この世界ごと隔離、放棄?」
「なんだよ、それは」
「終わりの一振り?!」
どの本丸の審神者たちも当然、疑問と不満を口にしたが、こんのすけは一切答えなかった。
「終わりの一振りを選び、それ以外の刀剣男士はすべてロックを外し、刀解してください。刀解せず残った刀剣男士は遡行軍や検非違使に折られ、取り込まれます」
こんのすけの言葉が続く中、異常事態が起きていると察知した刀剣男士たちが次々と審神者の元に集まりはじめた。
「終わりの一振り以外の全員の刀解作業が終わりしだい、審神者は本丸から強制退去となり、以降は本丸にアクセスできません」
こんのすけの話をすぐに飲み込めない審神者は多かった。
わずかばかりの審神者たちが怒りはじめた。
「一人ぼっちで本丸に取り残されて、挙句の果てに敵に取り込まれる者を選べって言うの?」
「システム上? お前ら時の政府がそうしたんだろ!」
「時の政府は何を考えてるんだ!」
一方、仕方なくこんのすけの指示通りに動こうとした審神者たちは操作パネルに触れていた。
「……ちょっと、どのボタンも全然動かないんだけど」
「刀解どころか錬結もできないじゃないか」
「端末の強制終了もできない! どうなってる?!」
それぞれの本丸のこんのすけは、それぞれの審神者が怒ったり慌てたりしているのを無表情に見ている。それなのに、審神者を急かした。
「お急ぎください。このまま時の政府が完全に制圧されれば、本丸閉鎖がそれに間に合わなければ、検非違使と時間遡行軍が本丸に殺到します」
しかし操作パネルは沈黙し、一切の操作を受け付けないのだ。
ある本丸では、怒ってこんのすけにつかみかかろうとした審神者を、刀剣男士たちが慌てて止めた。別の本丸では、審神者が頭を抱えて泣き崩れ、刀剣男士たちはその背や腕をそっとさするしかなかった。そのまた別の本丸では、審神者が刀剣男士を全員集めて本丸閉鎖命令を伝え、涙ながらにこれまでの感謝と別れの言葉を述べた。
本丸閉鎖命令、それこそが三日月宗近が審神者に告げた「次のこと」だった。
三日月宗近は防衛ラインのようすから、もはや本丸の閉鎖を止められないと判断した。せめて加州清光を本丸の仲間と主のもとに連れて戻り、そこでともに最後を迎えたいと考えたのだ。
もし預けた太刀を通して帰城をうながしても、加州清光は椿寺のときと同じように
「はい分かりました、って帰るわけがねーだろ」
と言いかえすだろう。だからこそ迎えにきた。
だが、その予定はすっかり狂ってしまった。
各本丸で操作パネルが一切のコマンドを受けつけなくなったちょうどそのとき、三日月宗近と加州清光はAIを構成するモジュールをかたっぱしから引き抜いていた。
十数個のモジュールが機能停止したため、すでに時の政府AIの語りかけは止まっていた。
突然、どこからか、女性の歌声が流れはじめた。
「……れちがった……」
加州清光は驚いて手を止め、周囲を見まわした。
「いきなりなに?」
「かまうな。AIが最初に記憶させられた歌を再生しているだけだ」
三日月宗近は手を止めず振り向きもしない。
AIはとぎれとぎれに歌う。楽器の伴奏をともなわない、女性の、ゆったりした切ない歌声。そのほとんどはボソボソとした声で聞き取れないが、たまに「物語」だとか「夢の」といった言葉の端切れがはっきり、ゆっくり、けだるげに流れた。
モジュールを引き抜くにつれ、歌はどんどん遅くなっていった。
「ト…ま…る…セ……」
中央制御室でとうとうAIの歌が止まったそのとき、全本丸のこんのすけも沈黙し、ぴくりとも動かなくなった。
どの本丸の審神者も不安や悲しみで混乱したままでいた。
まったく動かない操作パネルの前で頭をかきむしる者。慕っていた相手にすがって泣く者。モニターの全敵軍撤退の文字は単なる故障なのかとひたすら首をひねっている者。ただただ茫然と座り込む者。怒り狂って「本丸ごと遡行軍側に寝返ろう」と言い出し、刀剣男士たちにたしなめられる者。
三日月宗近は歌が完全に止まったと判断して、モジュールを引き抜く手を止めた。
「加州、もう十分のようだ。プログラムの書き換えを始めよう」
「オッケー!」
加州清光も手を止め、それから戦闘装束のポケットを探った。




