15.地獄
加州清光は今度は自分から、審神者に二人だけの話し合いを提案した。そして夜、審神者の寝室を訪ねた。
「俺は、三日月が何を隠しているのか、なぜ隠しているのかを知りたい。でも、三日月は何を訊いてもたぶん、こっちを煙に巻くだけだと思う」
加州清光がそう言うと審神者は深くうなずいた。
「わかる」
加州清光と審神者は顔を見合わせて少し笑った。
加州清光はほっとした。やっと主と共感できた気がする。
審神者が淹れてくれた茶を飲みながら、加州清光は自分の考えを話した。
「次の大侵寇は、政府が援軍を要請してくるんだよね。だったら、そのとき政府に潜入できないかな。円環のことをできるだけ調べて戻ってくる」
審神者はひどく驚いて口をあんぐり開けた。
「俺は円環を終わらせたい。だから、知りたいんだよね。何がどうなってるのかを」
加州清光がそう言うと、審神者はしばらく口をぱくぱくさせていた。
「……潜入? 一体どうやって?」
「クダ屋から入電があったときの話だと、本部への跳躍経路へ浸食した敵が、修復に時間がかかるくらいのダメージを政府に加えた。ってことは、本部への跳躍経路がある。次の大侵寇での防衛ラインはその跳躍経路を守るもので、そのための援軍要請になるんじゃないかな」
審神者は「うん……まぁ、たしかに……」と言いながら首をひねっている。
加州清光は話を続けた。
「きっとまた防衛ラインが三重に設置されると思う。その一番内側に政府はあるはずだ。防人作戦のときも一番内側に各本丸のサーバーが守られてた。最終防衛ラインなら、政府に一番近づける。どさくさにまぎれて入り込めるかも」
「どさくさって……どうやって?」
「それは、行ってみないと分からない」
「えーっ! そんな無茶な……」
審神者はすっとんきょうな声を上げた。
「政府を攻撃する敵に紛れて入り込むとか、どうかな。寝返ったように見せかけてさ」
と加州清光が提案すると、審神者はあわてた。
「それはダメだよ! 危険すぎる。他の本丸から標的にされる!」
「じゃあ、やっぱり敵が政府を攻撃するどさくさに紛れるしかない」
審神者は頭を抱えてしまった。
「止めて……折れちゃうでしょう、そんなの。仮に政府の本部に侵入できたって、何が起きるか……」
「円環を抜けられなかったら、どうせ本丸も終わりでしょ。俺は、何も知らないまま、何もできないまま折れたくない」
審神者は頭を抱えたまま茫然としている。
その審神者の両手に、加州清光は自分の手をそっと重ねた。
「……主、力を貸して。一緒に考えてほしいんだ。これから何が起きるか、俺たちはどうずればいいか、それには何が必要か」
審神者はうろたえたまま加州清光の目を見た。
加州清光は審神者の目を見つめながらうなずいた。
その夜から加州清光と審神者は何度も二人だけで話し合った。
次の大侵寇がいつ起きるか分からない。それに乗じて政府に潜入するためには、話し合っておくべきことはいくらでもあった。
防人作戦の終了から二カ月ほどのち、青野原の記憶に分類される合戦場として、美濃が解放された。かつて調査地として一時期解放され、混が初めて目撃された地である。
合戦場として改めて戦闘部隊が訪れたそこには、あの大量殺戮と破壊の痕跡はまったく見られなかった。行動範囲はかなり広くなった。
それを受けて話し合いをもった夜、審神者は言った。
「時の政府からは特に発表はないけど、あの調査地はおそらく守るべき歴史から切り離されて、放棄されたんだと思う。なぜか、何も解決しようとしないまま……」
「修復が不可能なくらい破壊されたから、かなぁ」
と加州清光が言うと、審神者はしばらく考え込んでから言った。
「特命調査のように、一時期だけ解放される可能性もあるけど……この、隔離放棄っていうのも、よく分からないんだ。なぜ都合よく、その地点からその時空だけ切り離せる? 歴史は連綿とつながってる。過去はなかったことにはできない」
「でも実際、俺たちも時間遡行軍も、時空を跳躍して過去に介入してるじゃん」
「うん。そもそもが、時間を跳躍するせいで流れが乱れて、整理が必要って理屈になってるのかもね」
加州清光は腕組みをして考えた。
「主、それって……もし時空転移装置がなかったら、この戦い自体、最初から必要ないってことにならない?」
「なる。時空転移装置がなければ誰も過去に介入できない。時間遡行軍も検非違使も、こちらと同じ六編成までで出現する。催し物としての訓練では、その限りではないけど。……たぶん、敵も私たちと同じ時空転移システムを使っている」
「もし主の推測通り、この戦い自体が政府の仕組んだ茶番なんだとしたら、政府がそのシステムをコントロールしてるってこと?」
審神者はうなずいた。
「加州の言う通り、時空転移システムを中央で制御してるのは政府だろうね。だから『時の政府』なんだと思う」
「円環が時の政府の茶番なら、歴史修正主義者って? 本当はいないのかな」
「検非違使を使っているという第三勢力もね。私たちを騙して戦わせるための、架空の存在……」
「でも、俺たちが守ってる歴史は架空じゃなくて、本物なわけだ」
審神者は首を横に振った。
「分からない」
「え?! 分からない?!」
加州清光は驚いて審神者の言葉を繰り返した。
審神者は淡々と話を続けた。
「時の政府は合戦場を『記憶』と称して分類している。歴史イコール記憶ではない。私たちが時間遡行軍から守っているのは、どこかの誰かの記憶。政府は正しい歴史を守るって主張してるけど、合戦場が本物の歴史かどうかは、分からない」
加州清光は口をぱくぱくさせた。
「そんな……」
「研究者たちが出土したものや記録を色んな角度から調べて、考察して、中立的で信ぴょう性が高いとされたものが歴史として公的に記され、後世に伝えられるんだよ。思想がかたよっていて主観的だったり、信ぴょう性が薄いものや、創作の要素が濃いと見なされたものは『諸説』や『逸話』と呼ばれて、歴史とはまた区別される。記憶という分類は、客観的というよりは主観の……逸話に近いと思う」
「逸話……」
加州清光はなかば脱力し、茫然としながら言葉を繰り返した。
「逸話……俺たち刀剣男士は……逸話から顕現されてる……」
「なのに、歴史を守るのが本能って、不思議だよね。逸話の成立を守るのが本能なら、まだ分かるけど……歴史を守るのはもともと持っている本能じゃなくて、時の政府にそう刷り込まれてると考える方が自然かもしれない。政府の言う正しい歴史が、客観的なものではないなら」
「じゃあ俺たちが今までずっと、正しい歴史と信じて戦って守ってきたもの、って………?」
加州清光はうろたえて視線を泳がせた。頭がぐらぐらする。
審神者は加州清光の背にそっと手を添えた。
「加州、しっかりして。まだ推測の段階だから。政府のやろうとしてることを突き止めるまでは、真実が何かは分からないよ」
「それはそうだけど……そうだけど……時の政府の誰が、なんのために、誰の記憶を?」
「……他の審神者たちから、時の政府は実はAIなんじゃないかって疑惑が出てる。そのAIが、何らかの目的で、私たちに歴史を守れと命じて、誰かの記憶に出陣させて、わざと検非違使を招いている。……あくまで推測だけど」
加州清光はハッとして息をのんだ。
「検非違使……もし、たくさんの本丸が、合戦場をウロボロスの蛇だらけにしてしまったら……」
「もしかすると次の大侵寇では、検非違使が来るのかもね。この世界丸ごと、私たちの非違をあたらめるために。それがもうひとつの円環になる。……あくまでも、推測が合っていればの話ね」
審神者は推測でしかないことを強調したが、加州清光はほぼ審神者の言う通りのことが起きるような気がした。
加州清光はショックでぼんやりする頭を無理やり働かせた。
「もうひとつの円環……ふたつの円環……その記憶を、持っているのは……」
加州清光の頭の中で、ピンと鍵がはまった音がした。円環の記憶を持っているのはなぜか三日月宗近、ただ一人だけだ。
「俺たちが出陣しているのは……まさか三日月宗近の記憶? だから三日月にだけ、円環の記憶がある?」
「……なるほど、そうかもしれないね。三日月がいない本丸も、検非違使とまだ遭遇してない本丸も、防人作戦が終わってから開設された本丸も、私たちと同じ世界にある。だから同じ円環に巻き込まれていると思う」
加州清光はぐらぐらする頭を押さえた。
「そんな………」
審神者は激しく動揺している加州清光のようすを心配して、この夜の話し合いを切り上げた。
審神者と何度も話し合いを重ねるうちに、加州清光はだんだんと肝がすわってきた。もしも推測が当たっているなら、うろたえている場合ではなかった。今後いったい何が起きるか、円環に抗うにはどうすればいいのか。時の政府に潜入する前に、できる限り考えておく必要があった。
あるとき、審神者は言った。
「七星剣が負傷して帰ってきたとき、『折れるまではここにいる契約だ』と言ってた。七星剣が『始まりは終わり、終わりは始まり』と言うのも、ウロボロスの蛇の意味するものと同じように感じる。刀剣男士として折れて終われば時間遡行軍として始まる、という意味かもしれない。時の政府はあの巨大な敵を混と名づけた。たくさんの時間遡行軍が七星剣を核にして混ざっていたのだと思う。混を終えた七星剣は刀剣男士として始まった、と言える」
加州清光は腕組みをしてうなずきながら聞いていた。
審神者は話を続けた。
「おそらく混以外の時間遡行軍にも、かつて仲間だった者たちが混ざっているんだと思う。あるいは、時間遡行軍そのものが刀剣男士の成れの果てなのかも。普段の合戦場で、新たに刀剣男士を拾うことがあるよね。刀剣男士との戦闘で浄化に成功すれば、刀剣男士に戻る。そういうカラクリになってる。おそらく検非違使も同じだと思う」
「混だけではなく、時間遡行軍も検非違使も、もとは俺たち、か……」
「たぶんね。本丸を開いたときには八億四〇〇〇万だった敵が、大侵寇では十億を超した。数多の本丸が数年かけて倒してきたのに、かえって増えた。大侵寇以前に、すでに襲撃を受けて壊滅し、時間遡行軍に取り込まれた本丸がいくつもあるのかも。あるいは寝返ったか。証拠はないけれど、時間遡行軍が破壊された刀剣男士の成れの果てとすれば、つじつまは合う」
加州清光はふと、嫌なことを思いついた。
「ねぇ、もしかして、本丸が増えるほど、戦うほど敵が増えてる? 他の本丸が襲撃されて壊滅するだけじゃなくて、合戦場で折れてしまった刀剣男士もいるわけだよね」
審神者はうなずいて同意を示した。
「その可能性はすごくあるね。時間遡行軍に破壊されたら時間遡行軍に、検非違使に破壊されたら検非違使に取り込まれるんだと思う。そして円環をめぐればめぐるほど、どんどん増える」
加州清光は口元を片手で覆った。敵が刀剣男士の成れの果てとすれば、思い当たることがあった。敵の動きや構えの型は、いつもどこか見覚えがあった。それと、合戦場で拾う新しい仲間は、一体いつどこで誰に鍛刀されたのか。
「逆に俺たちが敵を破壊すれば、こちら側に取り込めるってことか……」
「そうだね。刀剣男士は錬結で他の刀をたくさん取り込んでいる。敵に破壊されれば、それがばらばらに解けて取り込まれて、敵の数が増える。合戦場での戦闘でまれに浄化に成功すれば、まっさらな刀剣男士として顕現し直せる。敵に成り果てるのは簡単でも、浄化が成功するケースは少ない。そういうことなら、大侵寇で敵が大幅に増えて十億を超えていたのもうなずける」
「うん……理屈は合ってると思う」
「ずっと気になってたことがある。これまでの任務を見てきて、歴史修正主義者が歴史を変えようとしている、というよりは、日本の刀が自らを必要とされる戦いを求めているようだと感じてた。歴史を本当に変えようとするなら、日本の中だけをいじってもどうにもならない。異国との交易が重要だ。複数の異国の動向や制海権が、銃や大砲や弾薬の輸入にすごく影響してる。でも、奴らが異国からの影響を変えたがっているようには、まったく見えない」
「日本の刀が、自らを必要とされる戦いを求めている……」
加州清光は幕末の時代を思い出していた。幕末、薩摩と長州は異国との交易で新式の銃や弾薬を大量に輸入することに成功した。徳川幕府が用意したのは、旧式の銃と銃撃戦には向いていない鎧兜と、刀。幕府には新式の銃や弾薬を大量に輸入できるほどの財力も、武器商人とのつながりもなかった。それが物理的に時代の動きを、歴史の流れを決めた。
審神者は肩を落としてうなだれた。
「きっとこの戦い自体が、日本刀を、お前たち刀剣男士をいつまでも戦わせ続けるために仕組まれたカラクリなんだろうね。………私は、この本丸が好きだ。いつか私が死んでいなくなっても、この本丸はずっと終わらないでほしいと思ってた。でも、お前たちを犠牲にして成立する永遠なら、そんなもの、無い方がいい」
うなだれる審神者を見ながら加州清光はしばらく考え込んだ。
「……円環を終わらせるには、三日月の協力が必要だ。三日月は俺たちの知らないことを知ってる」
加州清光がそう言うと、審神者は表情をこわばらせた。
「三日月が協力するとは思えない。あいつはいつも中途半端に謎めいたことしか言わない。解決する気があるように見えない」
「言ったでしょ。俺は三日月を信じてるって」
加州清光はまっすぐに審神者を見つめた。
審神者は不安そうに視線を泳がせた。
「でも、もし三日月が協力しなかったら?」
「………」
加州清光には、混と対峙し三日月宗近と目を共有したときに胸に流れ込んできたあの思いは、真実だという確信があった。だが、加州清光がそれを話したとき、審神者はまったく受け入れなかった。今もう一度同じことを言っても同じだろう。
だから、加州清光はあえて
「じゃあ、そのときは、俺と一緒に滅びて。地獄まで俺とつき合ってよ。この円環の地獄に」
と言った。
審神者は驚いて加州清光の目を見つめた。
加州清光はいたずらっぽく微笑んで見つめ返した。
審神者はしばらく加州清光と見つめ合ったあと、微笑んだ。地獄まで一緒にという気概が嬉しく、心強かった。
「分かった」
と審神者が応えると、加州清光はこっくりとうなずいた。
「三日月は円環を抜け出したがってる。本当は苦しいから、俺たちに謎めいた断片だけをぽろぽろと漏らすんだと思う、きっと」
加州清光の推測を聞いた審神者はとても嫌そうに顔をしかめた。
「そんなの、事情を素直に話せばよくない?」
「まぁ、そうだよね。……もしかしたら、事情を話すことをあきらめてしまったのかも。円環の地獄をめぐりすぎて、疲れて。椿寺の霧の海で聞いた三日月の声は、疲れ果てているように感じた」
「………」
審神者は口を引き結んで疑わしそうな表情で聞いていたが、反論はしなかった。




