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13.分岐

 全員が無事に帰城し、審神者はまず皆に休息を取らせた。三日月宗近の太刀は引き続き加州清光が預かっていた。

 三日月宗近は椿寺でかなり消耗してしまっていた。まだしばらくは刀剣男士の姿には戻れないだろう。本丸での十分な休養が必要だ。

 休息のあいだに刀剣男士たちはかわるがわる、太刀のままの三日月宗近に会いに来た。

「心配したよ」

「無茶しやがって」

「お前の羊羹、賞味期限が来たから食べちゃったぞ。お詫びに人妻を紹介しろ」

 次から次へと訪れる仲間たちからひっきりなしに小言を言われて、さすがの三日月宗近も閉口したようだ。

「加州、俺はしばらく一人で休みたいのだが……」

「だーめ。そのくらい我慢しろ」

 加州清光にぴしゃりと言われ、三日月宗近は「参ったなぁ……」としょげていた。

 二時間ほど後、審神者は全員を広間に召集した。

 こんのすけは言った。

「まずは、この本丸を守り抜いてくださり感謝申し上げます。対大侵寇防人作戦フィールドには現在も残党が出現しているようです。引き続き防人作戦・掃討戦に参加が可能です。全ての敵を掃討してください。政府は大侵寇で大きな被害を受けました。政府本部の完全な復旧には少々時間がかかる見込みですが、主な機能は失わずに済んだようです。ただ、非常事態は解除されましたので、本丸中に私や執務室の音声を共有する設定はいったんオフにしますね」

 審神者はこんのすけに尋ねた。

「防人作戦の開始と同時に青野原の調査地点は閉鎖されたが、時の政府はめちゃくちゃにされた青野原を結局どうするんだ? 歴史を修復しなくていいのか?」

 こんのすけは首を横に振った。

「私にも分かりません。特命調査地点のように隔離封鎖し必要に応じて一時的に開くか、それとも隔離したまま永久に放棄するか。そのどちらかになるだろうとは思います。青野原は合戦場予定地ですから、いずれ何らかの知らせは入るでしょう」

 混の持っていた剣は金色の鞘に納められ、戦果を挙げた報酬として審神者に渡された。七星剣である。刀剣男士として顕現できるのは防人作戦・掃討戦が終了した後になるとのことだ。



 その夜、加州清光は極秘の話し合いのために審神者に呼び出され、一人で彼女の寝室を訪れた。

 こんのすけはこの数か月、厨の外の雨よけが完成して以来ずっと、粟田口の寝室で休んでいる。誰にも聞かれないよう二人だけで話すには、審神者の寝室が一番都合が良かった。

 加州清光のために茶を用意しながら、審神者は言った。

「モニターで一部始終を見ていたけど、加州が三日月の太刀を振るったらたちまち混を撃退できた……話が簡単すぎない?」

「まだ三日月のこと疑ってるの? 俺には、あの椿寺で聞いた三日月の声や、混を倒すときに共有した思いが茶番だなんて思えないけど」

 加州清光がそう言い返すと、審神者はひときわ厳しい顔つきになった。

「共有……混を倒したとき、お前が三日月の目を共有したこと?」

「うん。あのとき、三日月の思いが俺の中に流れ込んできた。はっきり覚えている。『今一度、今度こそ、この敵を退ける。主と仲間を守るためなら、未来へつなぐためなら、何度でも立ち上がる』……これが三日月の思いだ。三日月は、ただ守りたいだけだよ。信じてよ」

 加州清光は心を込めて訴えたが、審神者は疑わしそうに目を細めただけだった。

「今の加州の話ではっきりしたね。三日月は何度も混と対峙している。その円環をめぐっている」

「そうだね。俺も、そういうことだと思う」

 加州清光が同意すると、審神者は話を続けた。

「以前までの円環では混に敗北し、おそらくそのまま本丸は壊滅。なんらかの原因で三日月はそれを何度も繰り返している。そして今回だけ、混を倒せた。なぜか、加州が三日月の太刀を振るったときに、混にあっさりダメージが入った」

「たしかにさ、あれだけ強かった混に、あっさりひびが入って動きが止まったのは、ちょっと不自然っちゃ不自然かも。だけど、三日月の茶番は絶対に違うって」

「不自然と言えば……混を退けた直後に三日月は、政府は大侵寇で大きな被害を受けて、立て直すには時間がかかると言っていた。椿寺にいたはずの三日月が、なぜ知ってる? こんのすけもいないのに、三日月はどうやって政府の状況を把握した?」

「それは……俺も分からない……」

「ところで、混を倒したあとに三日月が何度も言ってた“変わった”ってなんのこと?」

「俺が少しは成長したってことでしょ。俺は、強くなった」

 加州清光は少し得意になって答えた。

 だが審神者は納得いかない雰囲気で、首をかしげて考え込んでいる。

「あのとき三日月は、驚いたと言っていた。あなたの成長は間違いないとしても、それは三日月にとって、驚くほど変わったこと?」

 審神者にそう言われて、加州清光はしばらく考えこんだ。

「……うーん……驚くほど変わったこと……もしかしたら、俺が、三日月の目を共有したこと?」

「目の共有が分岐ルートの発生トリガー……うん、可能性はあるね」

 加州清光は審神者の言うことがうまく飲み込めず、キョトンとした。

「え? なんて?」

「三日月は、記憶では一度活路を見出した、と言っていた。数えるのを止めた、とも。……やはりな」

 審神者は一人で納得したように呟き続けている。

 加州清光は戸惑った。

「主、待って。話が全然分かんない」

「三日月は混とは何度も対峙している。敗北して本丸は壊滅し、そのたび円環を繰り返した。それが今回は変わった……のであれば、ルートが分岐したと考えられる」

「ルート? ……分岐?」

「混に対峙したとき、今日の味方は明日の敵って言ってたよね、三日月は。今は仲間の者たちは、未来には敵になる。つまり、混の正体はかつて仲間だった者たちという意味だと思う」

 加州清光は三日月宗近がそれを言ったとき、まさに自分もそう考えたのを思い出した。

「それは、俺も、そういうことだろうって思った」

「三日月は一度、混を倒すルート――活路を見出した。なのに、結局、三日月は何度も混の円環をめぐった。そのうち、円環を数えるのを止めてしまうくらいに。三日月の言葉をつなぎ合わせれば、そういうことになる」

「でも、俺が成長して強くなって、俺たち皆で混を倒したんだから、円環は終わったんじゃないの?」

 審神者は深刻なようすで首を横に振った。

「終わってないよ。この世界はまだ円環の中にある。円環が何重にあるのかは分からないけど、少なくとも、もうひとつある。大侵寇はもう一度起きる」

 加州清光はひどく驚いた。

「え? 時の政府からそんな通達あった?」

「政府のクダ屋から入電があったときのこと、覚えてる? あのとき三日月は『援軍要請ではなかった』と言っていた。つまり、もう一度クダ屋から連絡が入って大侵寇が起きるときには、政府から援軍要請がある。その大侵寇のときにまた円環に陥る。そうなれば、おそらくまた混と対峙する円環からやり直しだと思う。だから三日月はあの入電があったとき、この先に援軍要請があることを知ってた。だから三日月は活路を一度は見出したはずなのに、結局また混の円環を何度もめぐる状況になった」

「………」

 加州清光は青ざめ、額に手を当てた。クダ屋から入電があったとき、三日月宗近は確かにそう言っていた。審神者はあのとき、ずっと黙って、厳しい顔つきで三日月宗近を見ていた。頭の中が疑問だらけで整理できない。混を倒してすべて解決したと思っていた。この先はもう未来につながったのだとばかり。

 審神者は加州清光がひどく戸惑っているようすにもお構いなしで、どんどんまくしたてた。

「だいたい、なぜ三日月だけが混の正体を知っていたり、円環の記憶を持っている? なぜ大侵寇の最中に一人だけ好きなように働ける? 三日月だけが、自由に経路を開いて椿寺に時間遡行軍を誘い込めるのも、椿寺を異空間に変えて政府のシステムに本丸と誤認させるのも、おかしいと思わない? そこまでできるのに、なぜ三日月は事情を全部説明しようとしないの? 思わせぶりに断片ばかり聞かせて。本当に事態を解決する気があいつにあると思う? これがあいつと政府の茶番でなければ、他の誰が」

「主、待って」

 加州清光は片手で顔を覆い、もう片方の手を上げて審神者の話をさえぎった。

「………主の言ってること、間違ってないと思う。けど、俺……今、頭がぐちゃぐちゃ」

「ごめん……」

 審神者は口をつぐんだ。

 茶は二人とも口をつけることができないまま、すっかり冷めてしまった。

 その夜はそれ以上の話はできず、加州清光はフラフラしながら居室に戻った。

 三日月宗近の太刀は加州清光の床の間の刀掛けで静かに休んでいたが、加州清光が戻ると心配そうに声を掛けてきた。

「どうした。気分がすぐれないようだが」

「まーね。最悪」

 加州清光はため息交じりに言った。

「俺で良ければ話を聞くが……」

「じゃあ言うけど。主はまだすごくあんたのことを疑ってるし、怒ってる」

「………」

 三日月宗近の太刀はしばらく黙っていたが、やがておごそかに言った。

「……それでも俺は、主に従うだけだ」

「だー、もう! あんたが知ってることや考えてることを主に全部話して、疑いを晴らした方がいいって言ってんの」

 加州清光は隣室に気を使ってなるべく声をおさえたが、どうしても口調はきつくなってしまう。

「……主がどうあろうと、俺は主を、この本丸を守る」

 三日月宗近の太刀は達観したように言った。

「分かってる。みんな同じ思いだよ。けどさ、大事な話を隠して、主を悲しませたり苦しませる必要ある?」

 加州清光は三日月宗近の思いが審神者に通じないのも、審神者が三日月宗近を疑っているのもつらかった。抜けたと思った円環が、まだ終わっていなかったことも。

「………初期刀殿にはいつも苦労をかけてすまないと思っている」

「頑固な爺さん……」

 加州清光は諦めて布団に潜り込んだ。どっと疲れが出た。


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