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12.対峙

 加州清光が本丸に帰還したとき、審神者は他の者たちと一緒に正門の内側で待っていた。

 仲間たちは加州清光の顔を見て一様にほっとしていたが、審神者は無表情で立っている。

 加州清光は厳しい叱責を覚悟していた。

「主……」

「無事でよかった」

 審神者は冷静な口調でひとことだけ言った。

 加州清光は鞘に収まった三日月宗近の太刀を胸の高さに捧げ持った。

「三日月宗近ならここだよ」

 審神者はそっけなく「そう」と応え、冷たい目で三日月宗近の太刀を見た。

 加州清光は審神者の表情を注意深く見ていたが、怒り出すようすはない。ふと審神者の後ろにいる陸奥守吉行と目が合った。陸奥守吉行は加州清光に向かって深くうなずいた。それで、自分が命令に背いて椿寺へ向かったとき、彼らが審神者を説得してくれたらしいと分かった。

 こんのすけが心配そうに言った。

「三日月宗近の顕現が解かれていますね……」

「ああ、少し休ませてもらっている」

 加州清光の手の太刀から三日月宗近の声がした。

 その直後、大きな地響きが起きた。それは足音のように何度も響いて、ゆっくりと近づいてくる。

 加州清光は緊張して「来たな」と呟いた。

 三日月宗近の太刀が「うむ」と応える。

「椿寺に敵の多くを誘い込んで渦の中に留め置き、兵力を分断していたのだ。その楔が解ければ、また大きな波となって本丸に押し寄せよう」

 加州清光は持っている太刀に向かって

「承知の上だっての」

 と言った。

「ははは、すまんすまん」

 三日月宗近の声はのんびりとしている。どこか慣れた雰囲気だ。三日月宗近にはこの先に何が起きるかの見通しはついているようだ。

「やはり、椿寺から辿られたようですね。敵は本丸のすぐ傍まで来ています。こうなれば、受けて立つしか……」

 こんのすけはそう言いながら急いで正門のパネルを操作し、出陣先を調整した。

「直ちに総員の出陣を!」

 こんのすけは正門を開いた。その向こうに本丸から下界へ続く長い石段と、その両側に広がる森林の茂みがあらわれた。

 加州清光は腰のベルトに三日月宗近の太刀を差し、自分の刀を抜いた。

「第一部隊以下総員、加州清光の指示に従え。折れるなよ」

 審神者は低い声で冷静に号令を発した。

 正門から加州清光が駆けだすと、刀剣男士たちはそれに続いた。



 門前にて刀剣男士たちは布陣を固めた。

 第一部隊が最前線、さらにそこに加州清光が加わっている。第二部隊と第三部隊はその後ろ。両翼の位置、石段を囲む茂みに第四部隊と部隊編成外の者たちがひそんで敵部隊を待った。敵部隊が最前線と衝突した直後に背後に回り込んで退路を断つ作戦だ。

 しかし、敵の軍隊は現れなかった。

 敵は、ただ一体。これまでに見たことがないほど巨大な鎧武者だった。防衛ラインで見かけた大型の敵のさらに数倍はある。

 巨大な敵の全体に、まがまがしい気配が煙や稲妻のようにまとわりついている。吐き気をもよおす血の臭いが鼻をついた。合戦場の最深部で出現する敵の気配や臭いを煮詰めたようだ。

 その手には、巨大な剣。身幅に蛇の骨のような文様がのたうっている。

 胸は大きく破れ、ガラクタのようにごちゃごちゃした中身が見えている。その中央に菌糸のような塊がまとわりついてガラクタをつなぎとめ、同時に深い穴を作っていた。

 背には翼らしきものが生えている。だがそれは翼というにはあまりにもめちゃくちゃだった。ぼろぼろに破れた昆虫の羽、とげの生えた甲虫の足、蛇の骨、壊れかけた兜の飾り。そういったものがいっぺんに生え、中途半端に融合した状態で後ろに引きずられていた。



 審神者とこんのすけが正門の内側で見ているモニターでは、その巨大な敵に“混”という文字が示されていた。

 こんのすけは告げた。

「混です……青野原の調査地点で目撃報告のあった、低空を飛んでいた巨大な影と同じもの、です……」

 審神者は呟いた。

「混? ……混ざっている、ということか」



 こんのすけの音声と指示は現在本丸中に即時共有されている。門前を守る者全員が、あの巨大な敵は“混”と称されること、青野原の調査に成功した本丸の部隊に目撃されたものと同じであると知った。

 混は地響きを立てながら徐々に本丸に近づいてくる。

 加州清光はなかばあぜんとしながら言った。

「あれも時間遡行軍なのかよ……」

「ふむ、あのような骨董まで持ち出すか」

 三日月宗近の太刀は興味深そうに言った。

 加州清光は聞き返した。

「え、どういうこと?」

「あの手にある剣は古代のものだ。いや、この俺も骨董だが、さらに古い」

「古代の剣を引っ張り出してきた?」

「あの巨体で動けば、歴史を変えるにせよ守るにせよ見境なく破壊される」

 それを聞いた加州清光はぶつくさ文句を言った。

「あー、もう。見て来たみたいに言っちゃって……」

「なに、今日の味方は明日の敵と言うだろう? そんなところだ」

 加州清光は「え?」と戸惑った。三日月宗近の太刀が言うことの意味がよく分からない。「今日の味方は明日の敵」とはつまり、今日は味方の者たちが明日にはこの目の前にいる巨大な敵になる、とでも言いたいのだろうか?

「それにいつでも、いつの時代でも、物はどう使うかだ」

 三日月宗近の太刀はなにもかも見通しているかのように悠然と言った。

 混は第一部隊が臨む最前線の数メートルほど前で足を止めた。石段のまわりの茂みを見回している。目ざとく、そこにひそんでいる者たちに気づいたようだ。

「さて、打って出るか。そのためにこの俺を引きずり出してきたのだろう?」

 と三日月宗近の太刀は言った。

「分かってんじゃん。皆で力を合わせれば、勝てる!」

 加州清光はそう言うと、両側の茂みに向かって手で合図した。

 茂みにひそんでいた第四部隊と部隊外の者たちは、加州清光の合図で目的を敵の退路を断つことから足止めに変更し、混の背後を目指して素早く展開をはじめた。

「皆で力を合わせればと言うが……勝算はあるのか?」

 と三日月宗近の太刀は加州清光に問いかけた。

「これはそういう戦いだって信じないと、勝てるものも勝てないだろ!」

 加州清光は巨大な敵が巨大な剣を高く振り上げるのを見ながら言い返した。

 混がひとたびその巨大な剣を振りまわすと、かまいたちの突風が巻き起こった。混の背後を目指して展開していた者たちも前線を守っている者たちも、まとめて一瞬で吹き飛ばされ、あっけなく倒れた。混の刃に触れていないにもかかわらず、風圧だけで、はさみに切り刻まれたように負傷した。

 加州清光も負傷して吹き飛ばされ、地面にひっくり返った。

「……くうっ!」

 加州清光の腰に収まっていた三日月宗近の太刀が呟く。

「ふむ。刃が立たないとは、まさにこのことか」

 加州清光はすぐに起き上がった。幸い傷は軽い。

 同じく起き上がって、すぐに立ち向かおうとする者たちもいたが、加州清光が手で制した。闇雲に切りかかっても勝機はない。負傷が深く起き上がれない状態の者も少なくなかった。

 混は吹き飛ばした刀剣男士たちには目もくれず、本丸の方向をじっと見ている。やがて混は再び本丸に向かって歩きはじめた。混が一歩を踏み出すたびに、地響きが起きた。

 なんとか自力で起き上がれた者たちは、負傷の深い者たちを助け起こした。

「これでは戦闘は無理だろう。本丸に戻るぞ。手入れを受けねば」

 と軽傷の静形薙刀が言うと、助け起こされた重傷の骨喰藤四郎は

「ここで俺たちが一歩でも退けば本丸はおしまいだ。最後まで残る」

 ときっぱり断った。

 静形薙刀は「しかし……」とためらったが、骨喰藤四郎は

「いざとなったら捨ててくれ。足手まといになるつもりはない。折れてもここを守る」

 と答えた。他の負傷が深い者たちも、骨喰藤四郎と同じ思いだった。

「加州! このままでは混が本丸に入るぞ!」

 大包平が小夜左文字を抱え込みながら叫んだ。小夜左文字は深手を負っているにもかかわらず、大包平の腕に阻まれていなければすぐにも飛び出しそうにギラギラと目を光らせていた。

 加州清光は焦った。全員で折れ果てるまで斬りかかってもあれを倒せないことは明白だ。どうすればいい?

「俺を使え、加州清光!」

 三日月宗近の声に打たれて加州清光はハッとした。

 加州清光は言われるままに、三日月宗近の太刀を鞘から抜き放った。すると加州清光の目は輝き、まばゆい光を放った。光が収まるとその瞳は、三日月宗近と同じ色になり、瞳孔に沿う三日月模様が浮かび上がっていた。

 三日月宗近の目を共有した瞬間、加州清光の胸に三日月宗近の思いが流れ込んできた。


 今一度、今度こそ、この敵を退ける。

 主と仲間を守るためなら、未来へつなぐためなら、何度でも立ち上がる。


 加州清光はその思いに突き動かされるままに、混に向かってまっしぐらに駆け、高く高く飛び上がった。そして三日月宗近の太刀を上段に構え、混の破れた胸に向かって振り下ろした。

 すると、手の付けられないほど猛威を振るっていたはずの巨大な混の全体に、たちまちひびが入った。巨大な足がよろけた。

 加州清光は着地するとすかさず「今だ!」と号令した。

 三日月宗近の太刀は「ああ、ゆくぞ」と応えた。

 加州清光はもういちど三日月宗近の太刀を構え直し、混に斬りかかった。

 他の者たちも全員、加州清光に続いた。誰もが折れるなら折れ果てるまで刀を振るう覚悟だった。

 混はただ棒のように立ち尽くして刀剣男士たちの猛攻撃を受けた。ひびは攻撃を受けるにつれしだいに大きくなり、ついに巨大な敵は砕け散った。嘘のようにあっけなかった。

 その手の剣はみるみる小さくなって転がり落ちた。抜き身のまま地面に残ったそれは、まがまがしさが消え、人の身で扱えるほどの大きさになっていた。すぐ近くに、金色の豪華な意匠の鞘も落ちていた。

「勝ったか」

 加州清光の手の中で三日月宗近の太刀は言った。

 加州清光は息を整えながら「……だね」と応えた。瞳はもう加州清光のものに戻っていた。

「政府は大侵寇で大きな被害を受けた。完全に立て直すには時間がかかるだろう。それに……」

 三日月宗近の太刀は言いよどんだ。

「えー、まだなんかあんの?」

 加州清光は面倒くさそうに顔をしかめた。正直もう、へとへとだった。これ以上の騒動はしばらくごめんこうむりたい。

「ああ……いや、驚いているのだ」

 と三日月宗近の太刀は言った。

 加州清光は三日月宗近が話を変えようとしていることを察して、さらに顔をしかめた。

「なんだよ、それ」

 と加州清光が不満げに突っ込むと、三日月宗近の太刀は穏やかな声で返した。

「……変わったから、な」

 加州清光は自分のことを言われたのだと思った。

「は? そりゃ変わるでしょ! こんなめんどくさい年寄りが居るんだから。そっちこそ成長しろ」

「……ああ、変わったのだな」

 三日月宗近の太刀は一人だけで納得したように呟いている。

「あのね。そもそも、理由はなんであれ勝手に出ていったことを俺は怒ってんの」

 加州清光は文句を言っている途中で首をかしげた。

「怒ってる……いや、違うな……くやしかったよ。信頼されてないのかなって」

「信頼はしているとも。だが、黙ってやらなければ反対されるに決まっているからな」

「当たり前だろ! たった一人で囮になって、自分ごと椿寺を隔離放棄させようなんて! しかも折れるにはいい日だとか言い出すし」

 加州清光は怒ったが、三日月宗近の声は嬉しそうだ。

「それぞれの本丸が協力し防衛ラインを守り切った。それを見届けることができたからな。あの渦の中でいずれ俺が折れても、本丸はまだ生き残れる可能性がある」

「それはあくまで可能性でしょ。もし失敗したらどうするつもりだったんだよ」

「そこで終わるならばそれまでよ。はっはっは」

 三日月宗近の太刀はのんきに笑った。

 加州清光は鞘に納めた三日月宗近の太刀に向かって文句を言った。

「笑いごとじゃないっての! もう、人の気も知らないで」

 加州清光はまわりを見回した。

「……みんな、生きてる? 誰も折れてない?」

「たぶんね」

 傷だらけで立っていたにっかり青江が答えた。

 深手を負った者たちも、助けを受けながらなんとか自力で歩いて、笑っている。

 加州清光はほっとした。

 加州清光は混が手にしていた剣の運搬を他の者に任せ、三日月宗近の太刀の柄頭を持ち、鞘を肩に掛けるようにして運んだ。

 三日月宗近は自分が幼子になって加州清光に抱かれ、頼もしい肩に身を預けているような心地になった。安心したせいかひどく眠くなってきた。

 うとうとしながら三日月宗近は胸の内でこう思っていた。


 あの時、確かに折れてもよいと……そう思ったのだ。思ってしまったのだ。

 ……いや、そう思わせてくれたのだな。などと言ったら、また怒らせてしまうか。

 しかしその結果が、再現できなかった活路へとこうして繋がるとは……皮肉なものだ。

 囚われ、未来へ進めずにいたのは俺だったということか。

 ……うん。今宵ばかりは、新たな月に祝おう。



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