夢章二 23 『欠けた記憶』
意識が押し戻され始める,記憶が……
記憶……
……
……
記憶がまるでどこかから力任せに削ぎ落とされたかのようで、頭の奥深くでも何かが無理やり引き抜かれた跡があった。理不尽で、痕跡も残さず、その縁すら癒える間もないままに。
光がまず闇を裂き、意識を深みから引きずり上げる。続いて強い牽引感が襲い、水の底から一気に掬い上げられ、何か粘性のある媒体の中に放り込まれ、ゆっくりと抗いがたく融合していく。そして、網膜が光で満たされ、突然の明るさに目が刺すように痛み、涙が一瞬で溢れ出した。
真夢はまばたきを繰り返し、ようやく映像が定まった。
視界に飛び込んできたのは、一匹の黒猫だった。
全身の毛は墨のごとく黒く、胸の部分だけが菱形の白い斑紋を持ち、まるで誰かが意図的に刻印を埋め込んだかのようだった。その黄褐色の目はまっすぐに真夢を見つめ、瞳孔の奥には猫にあるべきではない何かが潜んでいるように見えた。
真夢はリビングの床にしゃがみ込み、両手でこの黒猫の顔を包み込んでいた。掌からは毛深い温もりが伝わってくる。一人と一匹はそのまま見つめ合い、どちらも先に視線を外そうとはしなかった。
黒猫の瞳孔はさっきと同じように底知れず、黄褐色の目からはより一層不気味な光が滲み出ていた。しかしなぜか、今もう一度その目を見ると、先ほどよりもその奥がはっきりと見えるような気がした。何かが浮かび上がり始めている。そのことに真夢は驚きを覚えた。
長い間見つめ合った後、彼はゆっくりと口を開いた。
「……カク?」
見知らぬ名前が喉から滑り出た。
その言葉が終わると同時に、黒猫の耳が微かに動き、瞳孔が急激に収縮した。その微細な変化を真夢は正確に捉えた。
自分が突然口にした名前が、この猫にこれほど明らかな反応を引き起こしたということは、その名前がこの猫と無関係ではないことを示している。問題は、その名前には全く根拠がないことだ。家に足を踏み入れた瞬間から今までの映像を頭の中で素早く再生しても、「カク」という名前に関連するものはどこにもなかった。
その時、それまで姿勢を正していた黒猫が突然身体を硬直させ、真夢の手のひらから抜け出して二歩後退した。
「お前……いったい……」
真夢が再び手を伸ばすと、今度は爪で叩かれた。力は強くなかったが、手の甲に白い線がはっきりと残り、彼は慌てて手を引っ込めた。
「何だよ……」
しっかりと問いただそうと思ったが、距離を取る黒猫を見て、強硬な手段は明らかに効果がないと分かった。態度を強くすれば、さらに悪い結果を招くかもしれない。猫の警戒心が完全に高まれば、再び近づくのは難しくなる。その点は、過去に患者と接してきた経験からよく分かっていた。
頭が少し冷静になってから、真夢は目の前の問題を整理し始めた。
——カクとは誰か?
一文字の名前であり、他の姓がある可能性は排除できない。しかし、いずれにせよ、この名前の主は目の前の黒猫であるか、あるいはこの黒猫が知っている誰かであるかのどちらかだ。この二つの可能性が示す方向は全く異なる。前者なら、この猫が名前を持っており、その名前を自分が偶然口にしたことになる。後者なら、自分が呼んだ名前は別の存在のものであり、この猫はその存在を知っているからこそ反応したことになる。
——なぜこれほど反応が大きいのか?
名前を聞いた瞬間に瞳孔が収縮したということは、「カク」という言葉がこの猫にとって重大な意味を持つことを示している。そうなると、最初の質問の答えはより確固たるものになる。
しかしそれ以前に、真夢は自分自身についてもっと知りたかった。なぜこの名前を思いついたのか? この名前はどこから来たのか? 頭の中のあの引き抜かれた空白は、この名前と関係があるのか? それとも、あの空白自体が答えなのか?
思考がまだ整理されないうちに、キッチンからカチャカチャという音が聞こえ、彼の注意がそちらに引き寄せられた。音の出所に顔を向け、再び戻った時には、さっきまで目の前にいた黒猫は姿を消していた。
考える間もなく、キッチンから再び鍋や食器のぶつかる音が聞こえてきた。今度は真夢も黒猫の行方を追わず、足早にキッチンへ向かった。
これは明らかに普通の調理の音ではなかった。
キッチンのドアを開けると、まず目に飛び込んできたのは、胸を押さえ、顔色を青くした夢映だった。彼女は全身をわずかに丸め、片手で胸を押さえ、もう一方の手でコンロの端を支えていた。足元にはステンレス製のボウルが散乱しており、高い場所にある物を取ろうとして誤って一緒に引きずり落としたようだった。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
真夢は彼女のそばに歩み寄り、職業的な口調には珍しく気遣いが混じっていた。同時に体を横に向け、彼女の後ろにある台の角を遮り、バランスを崩した時にぶつからないようにした。
「大丈夫です……ちょっと胸が……苦しくて……」
夢映の声は普段よりか細く、胸を押さえる指が微かに強く握られた。口では大丈夫と言いながらも、額に浮かんだ冷や汗が彼女を裏切っていた。少なくとも今この瞬間、彼女の状態は決して良いとは言えなかった。
「胸が苦しい……?」
「はい……さっき急に胸が痛んで、それから少し目まいがして……それでこんな風に。」
その言葉を聞いて、真夢は頭の中で反射的に症状を分析し始めた。
単純な胸の苦しさなら、原因は通常換気に関係する。しかし今は窓が開いており、換気には問題がないので除外できる。
精神的ストレスが大きすぎるのか? 過度の疲労? 不安? これらの症状も彼女の普段の状態とは合わないようだ。夢映は年齢の割に性格が穏やかで、一日の仕事で身体的な胸の苦しさを感じるほどではない。
心臓や血管の問題? 彼女の年齢で突然現れる症状には思えなかった。普段の体力も問題なく、これまでにそのような病歴があるとは聞いていない。
どの説明も無理がある。そして最も核心的な問題は——なぜ急に痛んだのか?
痛んだ場所がよりにもよって胸だった。胸の苦しさと突然の刺痛が重なるのは良い組み合わせではない。特に十代の少女にとって、このような兆候は軽く扱うべきではない。
「すみません……すぐに片付けます。」
夢映はそう言って腰をかがめ、散らばったボウルを拾おうとした。しかし膝を支える手はまだ微かに震えていた。
「君はまず休んでいなさい。俺がやるから。」
真夢は片手を彼女の肩に、もう一方の手で彼女の背中を軽く押し、キッチンの入り口まで送った。
「ちょ、ちょっと待って……自分が散らかしたものを真夢さんに片付けさせるわけには……」
「大したことじゃない。まずは体を治すのが先決だ。今日は仕事も十分疲れただろう。そうだな、できればあの黒猫を探してくれないか? さっき急に姿を消してしまったんだ。これは君に任せる。」
「え——???」
真夢は夢映をキッチンの外に出し、入り口に立って彼女がソファに向かうのを見送った。
夢映が座る動作には少しぎこちなさが残り、両脚を揃え、両手を膝の上に置いた。顔を上げて真夢を見ると、視線が合った瞬間にすぐにそらし、黒猫を探す任務に没頭しているふりをした。
彼女に大きな問題がないことを確認して、真夢はキッチンに戻り、しゃがみ込んで散らばったステンレス製のボウルを拾い始めた。
「やっぱりまだ慣れていないか……」
真夢は小さくつぶやきながら、ひっくり返ったボウルを手に取った。
数えてみれば、夢映がここに来てまだ一日も経っていない。彼女には申し訳ないが、真夢もやむを得なかった。
いや、むしろ彼が焦りすぎているだけかもしれない。
そう考えているうちに、指先がボウルの底に触れようとした瞬間、予告なく猛烈な衝撃が頭の中に飛び込んできた。目の前の景色が突然暗くなった。
次の瞬間、光が戻った。いや、目が闇に慣れたのだ。
手にしていたボウルは消え、代わりに血まみれの遺体があった。
血に染まった白衣、乱れた髪、胸の三つの痛々しい貫通傷。暗紅色の液体がその穴からゆっくりと滲み出し、衣の皺に沿って滴り落ちていた。その色も匂いもあまりにリアルで、吐き気を催すほどだった。鉄錆のような生臭さが鼻腔に広がっていくのが想像できた。
——嘘だ。
明らかに見たことのない光景だ。明らかに。しかし脳はこの光景を事実として判断した。見たことがある。しかもついさっき、数秒前に。
その確信と眼前の視覚的衝撃がぶつかり合い、強い違和感を生み出した。脳のある部分は拒絶しているが、別の部分はそれが議論の余地のない事実だと告げている。
「な——?!」
真夢は慌てて手を離し、拾いかけたボウルが床に落ちて鈍い音を立てた。ステンレスが床に衝突する金属音が、彼をあの映像から引き戻した。
血も、遺体も、傷も——すべて消えていた。彼はまだキッチンにしゃがみ込んでおり、床には散らばったステンレス製のボウルだけが、天井の灯りを映して冷たい光を放っていた。
「真夢さん……? 大丈夫ですか?」
リビングから夢映の声が聞こえた。
彼は口を開き、答えようとしたが、喉が固まってしまい、ただ荒く息をすることしかできなかった。
先ほどの一瞬の映像……あの遺体……血に染まった白衣……そしてあの顔。わずか一秒にも満たない間だったが、はっきりと見えた。
それは夢映の顔であり、彼女の髪であり、彼女が昼間に着ていた白衣であり、彼女の胸に三つの穴が開けられていた。
その顔の表情はもうはっきりと覚えていない。驚愕だったかもしれないし、茫然自失だったかもしれないし、苦痛が浮かぶ間もない空白だったかもしれない。
「大丈夫だ、何も問題ない……」
真夢は目頭を揉み、ボウルを拾い上げてから、膝を支えて立ち上がった。脚がまだ微かに震えていた。
あの映像が頭の中に残り、消えなかった。遺体、血液、傷、そして夢映の生気のない顔。
彼はその映像を思い出そうとし、頭の中で言葉で分析しようとしたが、無駄だった。映像の衝撃が強すぎて、残ったのは断片的な欠片だけだった。
明らかに、夢映が胸の苦しさを感じたのはあの映像と関係がある。その点はほぼ間違いなかった。なぜなら時間があまりにも出来すぎていて、無視できないほど偶然が重なっていたからだ。もしこの二つの間に何の関連もないとするなら、それこそ不自然な説明だった。
「これは本当に……経験したことなのか……?」
真夢はその中からわずかな手がかりを見つけようとし、これらはすべて自分の妄想であり、ただの既視感であり、休息不足の特徴に過ぎないと自分に言い聞かせようとした。
しかし深く考えれば考えるほど、あの映像が事実であるという確信は強まり、ついには完全に定着した。
——死の映像は、絶対に事実だ。
その点を真夢は深く確信していた。自分でも驚くほど、受け入れの速度が速かった。
ならば、夢映はすでに一度死んでいる。彼自身もおそらく同じ末路を辿ったのだろう。しかしその内容についての記憶は全くなく、かすかな手がかりすら見つけられなかった。
記憶にはあの死も、あの光景も、夢の中で黒猫が口を開いた場面もなかった。すべてが消去されていた。まるで何も起こらなかったかのようにきれいに。
「あの……真夢さん、本当に大丈夫ですか?」
夢映がキッチンの外から半身を乗り出して彼を見ていた。顔色はまだ完全には回復していなかったが、先ほどよりは良くなり、少なくとも唇にはいくぶん血色が戻っていた。
「大丈夫だ。心配するな。」
真夢は無理に笑みを浮かべたが、その表情にはあまりに多くのものが混ざり込んでいた。不安、恐怖、困惑、そして言いようのない罪悪感までもが口元の弧に積み重なり、どう見ても大丈夫そうには見えなかった。
「無理しすぎないでくださいよ。今日の仕事はほとんど真夢さんが手伝ってくれたんですから……」
「本当に大丈夫だ。騙してない。」
「とても信じられませんよ。顔色がさっきよりもずっと青いし、唇も震えています……」
そう言われて真夢は手を上げて自分の唇を触ってみた。確かに震えていたが、自分では全く気づいていなかった。
「何かあったんですか? それとも……何かを見たとか……?」
真夢はその場に立ち、すぐには答えなかった。
言うべきか? あの映像の内容を彼女に伝えるべきか?
今の夢映の状態はいくぶん回復したように見えるが、この話をすれば彼女はどうなるだろう? 信じられないと驚くのか、それとも慌てふためくのか? あるいは彼女自身も何かをかすかに感じているのか?
しばらく沈黙した後、真夢はゆっくりと口を開いた。
「もし……君と俺が夢に入って、同じ場所にいなかったとする。俺が何かを乗り越えて君を見つけた時には、君はもう冷たい遺体になっていて、血が一面に広がり、胸を貫かれていたとしたら……君はどう思う?」
その言葉を投げかけた瞬間、夢映は明らかに驚き、両手を無意識に胸の前で組んだ。
彼女だけでなく、真夢自身も驚いていた。なぜこのような内容を口にしたのか分からなかった。夢の中で二人の位置がずれていることや、探す途中で波乱があったことまで言えるなんて。何かが彼の意識を迂回し、直接口を開かせたような気がした。
「この映像が本当に経験したものかどうかは分からない。もし本当なら……今夜も同じことを繰り返すかもしれない。確かではない。いつ経験したのかも分からない……」
真夢は手にしたボウルを脇に置き、夢映の方に向き直って彼女の返事を待った。
この状況が十八歳の少女にとってどれほどの衝撃か、彼はよく分かっていた。死、現実の死。周囲の環境は見えなくても、場所がどこかは分かっていた。十中八九夢の中であり、その死もまた、同様に現実の二人に波及した。
根拠はどこにあるのか? 自分でも分からなかった。ただ直感がそうだと告げていた。
「私……何も考えません。」
長い沈黙の後、夢映が口を開いた。声は先ほどよりいくぶん落ち着いており、語尾にはまだ微かな震えが残っていたが、少なくとも最初の言葉を発した時のような揺らぎはなかった。
その言葉に真夢は一瞬固まった。
「たとえ……自分が本当に一度死んだかどうか分からなくても、とにかく今の私はちゃんと生きています。だから……あまり深く考えずに、ただ前を向けばいいんです。何があっても、私は真夢さんの後ろについていきますから……!」
夢映の肩は微かに震えていたが、その声は意外なほど確かだった。
真夢はすでに覚悟を決めていた。もしこの状況が夢映に少しでも不安を与えるなら、今夜の夢には彼女を参加させず、すべて自分一人でやろうと考えていた。たとえ夢の中で孤立無援になり、より多くのリスクを背負うことになっても、彼女にあの光景を再び見せるよりはましだった。
しかし今のところ、事態は彼が思っていたほど厄介ではなさそうだった。
「分かった……それなら今夜、俺の部屋に来てくれないか?」
「え……? どうしてですか?」
「なぜなら……現実の距離が離れすぎていると、位置のずれが再び起こるかもしれないからだ。念のため、君には俺の部屋で休んでもらいたい。安心してくれ、変なことはしない。」
真夢は自分の口調をできるだけ平穏に保とうとした。この申し出が少し変わっていることは分かっていた——二十五歳の男性が十八歳の少女を自分の部屋に招くというのは、たとえ距離を置いて床に寝るだけでも、様々な誤解を招く可能性がある。
しかし彼が言ったことはすべて本心だった。
夢映はしばらく彼の顔を見つめ、そして表情がわずかに和らぎ、微かにうなずいた。
同意を得て、真夢はほっと息をついた。
「でも、その前に一つ片付けなければならないことがある。」
「何ですか?」
「もちろん——まずは腹ごしらえだ。」
真夢はボウルを一つ台の上に置き、残りを元の場所に戻し、冷蔵庫から食材を取り出して夕飯の準備を始めた。
「一緒にやる? それとももう少し休む?」
真夢はキッチンの外に立つ夢映を見て、手を差し伸べた。掌を上に向け、指をわずかに曲げた——ごく単純な誘いのジェスチャーだった。
「……それなら、一緒にやりましょう。」
夢映が一歩踏み入れてきた。
キッチンに再び音が響き始めた。ただし今度は普通の料理の音だった。
今のところ、真夢の心の中の奇妙な感覚はまだ完全には消えていなかったが、先ほどよりはだいぶ収まっていた。おそらく名前が「カク」であろう黒猫とは少し衝突があったが、夕飯の後にはしっかり話をしてみる機会があるだろう。
彼は食後にその猫と話そうと思っていた。もし返事があれば、腰を据えて話し合うつもりだ。もし距離を保ったままなら、少なくともそれにはまだ時間が必要だということだ。
どうか厄介なことを起こさないでほしいものだ。




