夢章二 11 『フロサス霧都』
「さて、シーツを敷いてくれ。」
そう言って、真夢は自分のベッドの枕とシーツを外して床に置き、簡単に整えて自分の布団を用意した。
「でも……本当に大丈夫なんですか?」
「大したことじゃない。気にしないと言っただろう。それに俺が了承したんだから、余計なことは考えなくていい。」
そう言われて、夢映もそれ以上は遠慮せず、黙って持ってきたシーツを広げて敷き、端を丁寧に押さえ、枕をベッドの奥の隅に置いた。
「……真夢さん、まだ仕事をするんですか?」
「いや、ただ——」
ただ何かをしていたかっただけだ。
真夢は机の前に立ち、机の上の本に視線を落とした。そう言おうとした。しかしなぜか、その言葉が喉の奥で詰まってしまった。
「ただ……? ただ何ですか?」
「いや、何でもない……」
しばらく考えてから、真夢は本を片付けて机の脇に置き、スタンドライトを消して、振り返って自分の布団に座った。
そして振り返って電子時計の時刻を確認した。
——20:55
窓の外の空はすっかり暗くなり、暗い青色の底に薄い雲の影が浮かんでいた。
「もう遅いし、今日はこの辺にしよう。」
そう言って、真夢は横たわった。
「はい……それでは、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
夢映もベッドに横たわり、体をまっすぐにシーツの上に伸ばし、ベッドの上で占める場所はごくわずかだった。おそらく見慣れない環境に慣れていないのだろう。
月明かりが窓から差し込み、床の上に小さな銀白色の明るい斑点を広げていた。光はごく浅く、家具の輪郭をかすかに浮かび上がらせる程度だった。
真夢の手は布団の端に垂れ、夢映の手は枕のそばに置かれていた。二つの手はそれぞれ反対の方向を向き、二人の間の距離は約一メートル半だった。その間にはナイトテーブルの影と、カーテンの隙間から漏れる街灯の光が横たわっていた。
そして、真夢は目を閉じた。
闇がまぶたの外側からゆっくりと広がり始め、最初は深い灰色になり、やがて混沌へと変わっていった。呼吸が遅くなり、意識が少しずつぼやけていく。
その時、微かな毛の触感が指の腹の端に現れた。
「……?」
真夢は目を開け、顔を横に向けた。黒猫が布団の端に座っており、前足を揃え、尾を静かに体に巻き付けていた。首をわずかに傾げ、その視線は穏やかに彼の顔に落ちていた。
「ねえ、夢映。」
「ん……どうしたの?」
「この猫はどうする? 今のところ猫用の寝床がないようだが。」
真夢は体を起こし、手を伸ばして黒猫を抱き上げ、そっとベッドの隅に置いた。黒猫がシーツの上に着地した時、爪がわずかに縮んだ。
しかしすぐに、それはベッドから飛び降り、ナイトテーブルの脇を通って布団のそばに戻り、真夢の枕元に座り込み、尾をゆっくりと引っ込めた。
「……どうやらあなたに懐いているみたいですね。それならしばらくそこで寝かせてあげたらいいんじゃないですか?」
黒猫の一連の動作を見て、夢映は思わずからかうような口調になった。
「いや、こいつは夜中に騒ぐだろう。猫と触れ合うのは初めてだが、基本的な習性くらいは知っている。睡眠の質を確保するために、隣に置いておくわけにはいかない。」
「……でも、もう受け入れてますよね。」
「受け入れてなんかない。」
真夢は口ではそう言いながらも、手はすでに黒猫の頭頂へと伸びていた。指先が耳の後ろに落ち、毛の流れに沿って優しく滑り落ちた。黒猫は彼の指の腹の撫で方に目を細め、喉の奥から低いゴロゴロという音を鳴らした。
この光景を実際に見なければ、彼の言葉を信じる者はおそらくいないだろう。
「……仕方ないから、認めてやってもいい。」
「あまり言いたくないけど、真夢さんって口ではそう言いながらも、行動が伴ってますよね……」
「……静かに寝ろ。」
「はーい~」
そう言って、二人は再び横たわった。黒猫は真夢の枕元で丸まり、あごを前足の上に乗せ、ゆっくりと目を閉じた。
月明かりがカーテンの隙間から移動し、ベッドの端の一角に落ちていた。天井のひび割れは暗い光の中でも依然としてはっきりと見えた。時計の秒針は静かに進み、ひとますごとにごく軽い機械音を立てていた。
こうして二人と一匹は、深い眠りへと落ちていった。
…………
……
チクタク。
チクタク。
部屋の中に時計の音が響いていた。やがてその音も次第にぼやけ、耳の端から消えていった。
意識がゆっくりと広がり、その端が少しずつ薄れていく。
真夢は自分が身体から離れていくのを感じ始めた。最初に音が遠くなり、次に光の形が変わり、そして身体そのものの重みが消えていった。彼はある方向へと漂い、ゆっくりと浮かび上がっていった。
続いて、遠くから空疎な鐘の音が聞こえてきた。
ドーン————
鐘の音が周囲に響き渡り、その余韻が広い空間に吸い込まれ、ゆっくりと減衰する残響を引きずっていた。
同時に、足元の感覚が虚無から確かなものへと変わり、真夢は靴底が地面に接触したのを感じた。
そして、彼は目を開けた。
「……」
目の前の光景は、もはや寝室の天井ではなかった。
視界に飛び込んできたのは、通り沿いに立ち並ぶヨーロッパ風の建物群だった。石造りの外壁は細かいテクスチャで覆われ、柱やアーチが建物のファサードに整然と配置されている。ドームの曲線は霧の中にぼんやりと浮かび、尖塔の先端は霧に一部が隠れ、空と溶け合っているかのように見えた。
そして霧。ただしこれらの霧は先ほどの黒い霧とは異なっていた。それらは建物の間に静かに広がり、色はわずかに白みを帯びていた。細部の一部を覆い隠してはいたが、輪郭は依然としてはっきりと見えた。
「また何か変な閾限空間か……」
その光景を見て、真夢はつぶやいた。
しかしすぐに、彼は前回の無限回廊とは異なる点に気づいた。
通りでは時折、石畳を打つ蹄の音が聞こえ、車輪が地面を軋む音が周囲に広がっていた。歩道には人々が行き交っている。彼らはヨーロッパ風の衣装を身にまとい、落ち着いた足取りで、まっすぐに前方を見つめて歩いていた。
真夢はその場に立ち、ゆっくりと周囲を見渡した。これが夢の中だと知らなければ、本当に十九世紀のヨーロッパの街角に迷い込んだと思っただろう。
「んん……変だなあ……」
その時、背後から声が聞こえた。
振り返ると、夢映が数歩先に立ち、教会の尖塔を見上げながら、あごに手を当てて何かを考えているようだった。
「確かに、本当に十九世紀のヨーロッパの街並みみたいだな。」
二人は通りの片側に立ち、周囲の環境を観察した。周囲には時折通行人が通り過ぎるが、彼らは二人の存在に明らかな驚きを示すことはなく、通り過ぎる際に一瞬彼らを見てから視線を戻すだけだった。その視線には多少の好奇心が含まれていたが、それだけであり、視線は一秒も留まらずに去っていった。おそらく彼らは彼らを全く気にしていないのだろう。
真夢は足元の石畳を見下ろした。石と石の間の隙間は色が濃く、彼はしゃがみ込み、指の腹で石畳の表面を滑らせた。その感触は無数の足に磨かれてできた丸みのある質感だった。
その時、頭の中に柔らかな声が響いた。
「真夢、聞こえる?」
「……クローリア?」
「ふぅ——連絡がついてよかった。それなら問題ないようだね。」
返事を得て、クローリアはほっと息をつき、口調も軽くなった。
「それで、今はどういう状況だ?」
「ちょっと待ってて、あの本を探すから………………ああ、あった。前回の本に新しい内容が現れていたんだ。それによると、君たちがいる場所は【フロサス】という名前で、十九世紀のヨーロッパを基盤に構築された安定した階層らしい。それに通りで見える人たちは、この階層に固有の実体だ。心配しなくていい、彼らは君たちに危害を加えたりはしない。背景として見ていればいい。ただ一つ注意点としては、彼らは君たちに自ら接触することはないが、避けもしないということだ。」
「……面倒だな。」
「もし信じられないなら、今すぐ一番近くにいる人を呼び止めてみたらいい。」
それを聞いて、真夢は近くにいたスーツ姿の男性を呼び止めた。
「あの……すみません、ちょっとよろしいですか?」
呼び止められた男性は振り返り、顔に少し困惑の表情を浮かべた。
「■■■■■■■■」
唇は動いており、明らかに話しているのが分かるが、その内容は完全にぼやけており、何を言っているのか全く聞き取れなかった。
「何語を話してるんだ……」
真夢は一歩後退し、軽くうなずいて別れを告げた。男性は首をかしげてから、再び前方へ歩き続けた。
「言った通りだろう? ここの人々は君が知っているのとは違う。たとえすべての言語を試しても、彼らと交流することはできない。」
クローリアの声が頭の中で反響した。
「分かった……ところで、なぜ俺の頭の中で直接話せるんだ?」
「簡単なことよ。私はあなたの守夢人だから、次元を超えたコミュニケーションなんて朝飯前よ?」
「言うのは簡単だな……でも、もっと楽なコミュニケーション方法はないのか? 意識の表面でこうやって話すと、頭がくらくらする。」
「慣れればいいわ。これからはこうやって頻繁に連絡を取り合うことになるだろうから。」
真夢はため息をつき、この奇妙なコミュニケーション方法を受け入れるしかなかった。
一方、夢映もその場に立ち、両手の人差し指をこめかみに当て、何かをぶつぶつと唱えていた。
しかし、話の途中で突然、体が横に傾いた。
おそらく何か驚くような内容を聞いたのだろう。
「夢映、レゼロから何か聞いたのか?」
「ええ……彼はここには潜在的な危機が存在していて、何かとんでもないことが起こるかもしれないって言ってたの。何とか手伝ってもらえないかと思ったけど、また拒否されちゃった……」
「そうか……」
真夢はうつむき、しばらく沈黙した。
「でも、どうして真夢さんが私がレゼロと話してるって分かったんですか?」
「さっきクローリアも俺に連絡してきたんだ。彼女の提供した情報によると、この場所は【フロサス】と呼ばれ、十九世紀のヨーロッパを基盤にした階層で、これらの人々は本体実体で危害はないらしい。」
「なるほど、クローリアさんは情報通なんですね。」
それを聞いて、真夢は微かに眉をひそめ、こめかみを軽く叩いた。
「クローリア、レゼロはこの場所に危機が存在すると言っていた。これはどういうことだ? まさかまた俺に何か隠しているんじゃないだろうな?」
「……隠してなんかないわよ。私が提供した情報は本に書かれていることで、そこにはこの場所には夢喰いは存在しないとはっきり書いてある。彼の言うことを信じるのも、聞き流すのもあなたの自由よ。」
「分かった……どうやらお前たち二人の関係は本当に悪いようだな。」
会話を終え、真夢は再び周囲の建物の配置を観察し始めた。
彼らに最も近いのはオペラハウスで、古典的な気品を漂わせていた。一目見て、その視覚的な華麗さは理不尽なほどであり、言いようのない優雅さを感じさせた。
「本当に壮大だな……」
真夢がまだ建物に感嘆していると——
「ふわぁ——こんばんはニャ~」
記憶にない声が突然耳に飛び込んできた。
真夢と夢映は同時にその声の方を向くと、霧の中からゆっくりと輪郭が浮かび上がってきた。それは人のように見えるが、頭の上には猫の耳が突き出ていた。
「誰だそこにいるのは————!」
真夢は夢映を自分の後ろに引き寄せ、霧の中のその影に向かって叫んだ。
「うにゃ~さっきまで一緒に寝てたのに、もう忘れちゃったのニャ?」
それを聞いて、真夢はすぐに思い当たった。
「まさか、お前は——」
言葉が終わる前に、その影は霧の中から現れ、完全な姿を二人の前に現した。




