表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DFrontier-夢遊辺境  作者: V-CO
第二夢章:共夢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/46

夢章二 7 『慈悲の守り手』

 意識が潮のように引いていく。


 全身が目に見えない手に支えられ、ある方向へとゆっくりと沈んでいく。耳元を空気の流れがかすめ、列車のレールの摩擦音と混ざり合う。やがて、水の中に引きずり込まれるように、全身が急速に落下し始める。一瞬の息苦しさが伴う。


 最後に、すべてが安定した。


 ヒールが地面を打つ、澄んだ音。


「ん……」


 地面に足が着いたことを感じて、夢映はゆっくりと目を開けた。


 最初に視界に飛び込んできたのは、ぼやけた光の暈だった。色がゆっくりと再構成され、やがて輪郭が明確になり始める。


 最初に目に入ったのは、三面の巨大なステンドグラスだった。そこには何らかの図柄が描かれているが、その線は光の中でぼんやりと揺らぎ、まるで流れる光が絶えずその輪郭を描き直しているかのようだ。ステンドグラスの外から差し込む光が、空気中にチンダル現象を生み出し、微塵の中に光の道筋がはっきりと見える。色とりどりのガラス面から始まり、斜めに下方へと伸びて、教会の床と、中央に掲げられた銀製の十字架に落ちている。


 十字架は中央のステンドグラスの前に吊るされ、表面は光を受けて柔らかな銀色の光沢を放っている。その輝きは、時間に浸されて磨かれたような温かみのある質感で、縁にはいくつかの微かな摩耗痕が見えた。


 周囲には一列列の椅子が並び、それぞれが等間隔に整然と配置されている。座面は丁寧に拭き掃除が行き届いており、埃やゴミの跡は一切見当たらない。中央やや高い位置には演台が置かれ、その上には分厚い一冊の本が置かれている。端は少し捲れている。隣には燭台があり、ろうそくが半分ほど燃えているが、芯に炎はない。その隣には、銀製の十字架のネックレスが、開かれた小冊子の上にきちんと置かれていた。


「ここは……」


 夢映が低く呟いた。


 視線が各所をゆっくりと移動する。ステンドグラスから十字架へ、椅子から演台へ、壁の装飾線から床のタイルへ。教会内部では光がゆっくりと角度を変え、彼女の視界に絶え間なく変化する明暗をもたらす。


 一通りの見渡しを終えて、視線が再び演台の奥へと向かう。そして、目をわずかに見開いた。


「……?」


 演台の後ろ、何もなかったはずの場所に、突然、煙が現れた。やがてその煙が徐々に晴れ、輪郭が浮かび上がる。その縁は煙の揺らぎから徐々に固まっていく。


 最終的に現れたのは、黒いフード付きマントをまとった男だった。


 マントの裾は演台の表面より下まで垂れ、フードのつばが顔の大半を覆い、あごと唇の線だけがかろうじて見える。体型は普通の人よりもやや伸びやかで、古典的な大理石の彫刻のような印象だ。背後からのステンドグラスの光が彼を照らし、地面に通常よりも長い影を落とす。距離があっても、まるで意図的に作り上げられたような荘厳さが伝わってくる。


「……レゼロ?」


 夢映が試しに呼びかける。


 呼ばれて、彼の身体が一瞬震えた。


「…………」


「レゼロ? 君だよね?」


 夢映が前に進み出て、演台の縁に両手をかけて、テーブル越しに彼を見上げる。演台の高さが彼女よりもわずかに高く、そのため彼女のあごが机の縁にほぼ付くほどだった。


「……なんでお前はいつも突然現れるんだよ?」


 レゼロの声がマントの下から聞こえてくる。喉の奥から絞り出すような声で、音量と語気には何かを抑えている様子がうかがえる。両脇に垂らした手も固く握りしめられていた。


「知らないよ、君が引っ張ってきたんじゃないの?」


「誰が暇でお前を引っ張ってくるもんか! 俺はまだ教義の整理中なんだ! 用がないなら邪魔しないでくれ!」


「うぐぅ……わかったよ、そんなに大声出さなくても……」


 レゼロの怒声に、夢映は耳を塞いでやり過ごすことにした。


 十数秒ほど経ち、彼が少し落ち着いたのを確認して、耳を離す。


「……それで、お前はどうしてここに来たんだ?」


「わからない。さっきまで電車で栞さんと一緒に座ってたんだけど、いつの間にかここにいた……」


 夢映は指先を弄りながら、口を尖らせて小さくつぶやいた。


「栞って誰かは知らんが、お前がまた寝たってことは間違いないな。」


「うん、だからこそ君に引っ張られたんだと思ったんだけど。」


「よく考えろよ……忙しい時にわざわざお前を引っ張るわけないだろ? 何万字もある教義をまだ終わらせてないんだ。まさかお前を呼んで、写経を手伝ってもらおうってのか? それとも邪魔をさせようってのか?」


 レゼロは両腕を組み、夢映を見下ろしながら言った。


「じゃあ、どういうことなの? まさか自分でここに来たってわけじゃないよね?」


「分からん。もしかしたら本当に、お前自身がここに来たのかもしれない。」


「うぐぅ————その答え、全く根拠がないよ!」


 夢映は不満そうに口を尖らせて、レゼロの答えに突っ込んだ。


「だから、用があるのか? なければもう送り返すぞ——」


「ちょっと待ってよ。もし本当に自分でここに来たんだとしたら、何かが私を選んでるってことかもしれないでしょ。だって……小説とかそういう風に書かれてるじゃん?」


「この世界の何かが、お前みたいな間抜けを選ぶとは思えんがな……」


 レゼロは額に手を当てて、長いため息をついた。


「なっ——君は教会に関係してる人でしょ? そんな汚い言葉を使っていいの? 信者たちの信仰が揺らぎそうだよ!」


「……」


 レゼロはその場に立ち尽くし、肩を震わせていた。


「この間抜け……まさか……俺の前で叫ぶことしか能がないのか?! うるさいんだよ! もう三度目だぞ?! 三度も俺の教義整理を邪魔しやがって!」


「……二回だけだよ。」


「知らん! 用はあるのか? なければ追い出すからな!」


「うん……あるよ。」


「あるなら早く言え! ぐずぐずするな!」


 レゼロが両手を演台に付き、身を乗り出して夢映を見る。


 夢映はうつむいてしばらく考え込み、顔を上げてレゼロを見て、ゆっくりと口を開いた。


「君は……クローリアさんを知ってる?」


「……」


 その言葉に、レゼロは突然固まり、眉をひそめた。


「……なぜそれを聞く?」


「だって……私と同じ症状の人がいるんだ。真夢っていうんだけど、彼も夢の内容を覚えていられるし、夢の中でも意識を保てる。それに、彼にも守夢人がいるんだ——クローリアって名前で。」


 レゼロの視線が夢映の顔に留まり、しばらく沈黙した。


 教会の中の光が二人の間をゆっくりと移動し、演台の上の影を左から右へと押しやる。


「……お前と真夢は、どんな関係なんだ?」


「彼が私を住まわせてくれて、病院に連れて行ってくれて、助手として働かせてくれてる。今の……ルームメイトだよ。それに、この話ができる唯一の相手でもある。」


「…………」


 レゼロは背筋を伸ばし、振り返って十字架を見上げた。


「お前の言うクローリアって奴は、俺と……関係ない。だが、彼女が誰かは知っている。彼女も俺が誰か知っている。俺たちは会わない。それぞれに守るものがあるからだ。」


「守るもの……?」


「つまり、その質問には答えられない、ってことだ。答えられないんじゃない。答えたら、何かが変わってしまうからだ。分かるか?」


 レゼロの背中を見つめ、夢映は口を開きかけ、さらに問い詰めようとしたが、やめて口を閉じた。その話題を諦めることにした。


「じゃあ……質問を変えるよ。」


「……言え。」


「真夢さんと君も……何か関係があるの?」


 レゼロは振り返らず、視線は前方の銀色の十字架に留まったままだった。


「……分からん。」


「分からない?」


「分からないんだ。だって俺は彼を知らない。俺がこの世界にいて、彼があの世界にいる。もともと違う世界の人間だ。だが、言えることは一つだけある——」


 そこで、彼は一瞬言葉を止めた。教会の中が一瞬静まり、窓の外からかすかに風の音だけが聞こえてくる。


「——お前たちは、まだ準備ができていない道に足を踏み入れようとしている。」


「…………」


「いいか、お前はもう戻るべきだ。」


「ちょっと待ってよ、君はきっとまだ何か知ってるんでしょ? 他にも情報があるなら、少しでいいから教えてよ。」


 そう言って、夢映は手を前方に伸ばし、レゼロのマントの端を掴もうとした。


【夢映……】


 その時、突然、柔らかな声が夢映の耳に届いた。


 それはレゼロの声ではない。彼の声はこんなに優しくない。しかし、ここにいるのは自分とレゼロだけのはずだ。


【夢映……】


 再び声が聞こえる。


 今度はより鮮明に、教会の天井から降りてくるかのようだ。しかし彼女が見上げた先には、どこまでも続く暗闇しかなかった。


 再び前方を見ると、目の前の光景が急に引き伸ばされたように、細長く遠くへと延びていく。レゼロの姿も徐々に遠ざかり、黒い点のように縮んでいく。


「戻ったら、もう問いかけるな。少なくとも、今はな。」


「な——」


 言い終わらないうちに、夢映はその場から消え去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ