夢章二 6 『黄昏の境界』
夕日が街の端に沈みかけていた。オレンジがかった光が地面を這い、街路樹の影を長く伸ばしている。空は夕焼けの橙から、より深い藍色へと変わりつつあった。あたかも照明がゆっくりと絞られているかのように。木々の細かな影が光の方向に沿って歩道に落ち、そよ風に揺れてはかすかに動いている。
通りは人で賑わっていた。見渡す限り、多くは仕事着をまとい、鞄を手に、朝よりもずっと速い足取りで歩いている。私服姿の者もいて、スーパーで買った日用品の袋を提げ、うつむきながら家路を急いでいた。夕方のラッシュアワーの車列が路面をゆっくりと流れ、時折クラクションが響く。その音は街の建物に吸収され、また跳ね返され、都市の背景音として溶け込んでいた。
栞と夢映は歩道を並んで歩いていた。すでにハイリス病院からはかなり距離を置いている。背後では空がゆっくりと暗み始め、街灯が次々と点灯し、路面に温かな黄色の輪を落としていた。
「そういえば、夢映。」
栞の声が横から聞こえる。
「君の家はどっちの方? よければそのまま送っていくよ。」
その言葉に、夢映の身体が一瞬固まった。そして顔を向け、まばたきを一つ、もう一つ。
今日一日を通して、彼女は栞と真夢の関係を大体理解していた——大学時代からの旧友で、互いの習慣や状態をよく知る親しい間柄だ。もし自分が真夢の家に住んでいると言ったら、栞はどんな反応をするだろう? 気にするだろうか? 不適切だと思うだろうか?
「……夢映?」
少しぼんやりしている夢映に向かって、栞が手を振る。夢映の視線が再び栞の顔に戻る。
「大丈夫だよ、そんなに堅苦しく考えなくていい。」
そう言って、栞は夢映の肩を叩いた。
あまり強くはなかったが、それでも夢映の体はわずかに震えた。
「……すごく緊張してるみたいだね。」
肩に置かれた手の指先が、その硬さを感じ取る。
「た、確かに少し……」
「どうして緊張するの? 周りに……誰もいないし?」
周囲を見渡してから、栞は改めて夢映を見つめる。
「実は……」
言いかけたその時、栞が何かに気づいたように目をわずかに見開いた。
「まずい! この電車に乗り遅れる、急ごう!」
「えええええ————?」
夢映が反応する前に、栞の手は肩から手首へと滑り、彼女を引っ張って地下鉄の入口へと早足で向かった。夢映はよろめきながらも何とかついていく。
「な、なんで急にそんなに急ぐの——」
「次の電車は十分待ちだよ。十分あれば色んなことができる。例えば——逃したら後悔することとかね。」
「説明になってないよ——!」
夢映の言葉に、栞は振り返らずに手首を握りしめて歩き続ける。
地下鉄入口の灯りが下から溢れ出し、二人の輪郭を照らし出す。階段を下りる足音がホールに響き、駅構内のアナウンスと混ざり合う。
——————
ホームにはそれほど人は多くないが、空いているわけでもない。ラッシュアワーの合間、人々は黄色い安全線の後ろに三々五々立ち、スマホを眺めたり、音楽を聴いたり、あるいはトンネルの先の闇を見つめて静かにしている。ホームの灯りは地上の街灯よりも白く、人々の顔をはっきりと、やや冷たく照らし出している。
栞は方向を確認し、夢映を連れてホーム中央へ移動し、空いているベンチのそばで止まった。
「この電車だよ。あと一分くらい。」
「はい……」
夢映はしばらく立ち、ホームを見渡す。
向かいのホームでスマホを見下ろす人の姿。その顔に映る画面の明かり。少し離れたところで制服を着た学生たちが笑い合っている。ホームの端にある広告灯箱が周期的に表示を変えている。そして視線を栞に戻す。彼女は両手をコートのポケットに入れ、トンネルの奥を見つめている。
「栞さん……聞かないんですか?」
「……何を?」
栞が振り返り、夢映を見る。ホームの灯りが二人の間に均等に広がっている。
「私が……どこに住んでるかってことです……」
「言いたくなったら、そのうち言うだろうし。それに——」
栞は再びトンネルへと視線を戻す。ホームのアナウンスが次の電車の到着を知らせている。
「——今言わなくても、真夢が言うよ。あいつはそういうことを長く隠し通せるタイプじゃないから。」
夢映は口を開きかけ、そして閉じた。
視線を落とし、足元の安全線を見つめる。黄色い線が白い床にまっすぐな境界線を引いている。トンネルの奥から風の音が聞こえ、壁面に明かりが反射して徐々に明るくなる。風の音が大きくなり、車輪とレールの摩擦音が規則正しく響き始める。
そして、電車がホームに滑り込んだ。乗客が動き始める。降りる者、乗る者。足音と低い話し声が混ざり合う。
「行こうか?」
栞が横を向き、夢映に声をかけ、先に車内へと足を踏み入れた。空席は多くないが、ドア近くに隣り合った二つの席を見つける。栞が座るよう促し、自分も隣に腰を下ろす。
窓の外のホームの灯りが後方へ流れ始め、その速度は徐々に速まり、やがて連続した光の点列へと変わる。
「…………」
夢映は背もたれに寄りかかり、車窓に視線を落とす。ガラスには彼女の姿と、外を流れる闇が映っている。灯りが闇の中を次々と通過していく。
一つの光が視界に短い軌跡を残し、また新たな光がそれを埋める。流れる光の跡を見つめながら、夢映はまぶたを閉じ、ここ数日のことを思い返していた。
「……急だなあ。」
「急? 何が?」
夢映のつぶやきに、栞が首を傾げる。
「あ、いえ、なんでもないです……」
夢映は慌てて手を振り、背筋を伸ばして、それほど憂いていないように見せようとする。
栞は前方に視線を戻し、窓ガラスに映る自分たちの姿を見つめる。電車の灯りがガラスの上を行き来し、二人の姿を明るくしたり暗くしたりする。
「時々思うんだけど、君は普段何を考えてるのかな。」
「……?」
「だって真夢が言ってたよ、君は患者だってね。彼の言い方だと、たぶん彼と同じ症状なんだろう?」
「……はい。」
夢映はうつむき、無意識に指の腹を押し始める。
「やっぱりね。でも、今のところ君の状態は彼よりずっと良さそうだよ。少なくとも、疲れすぎてコーヒーで気を保とうとして不整脈を起こすようなことはなさそうだし。それに、夢に深く入り込みすぎて現実でストレス反応が出ることもなさそうだ。」
「それは……?」
「全部、真夢が経験したことだよ。以前は急に大声を上げて、呼吸が強すぎて呼吸性アルカローシスになったこともある。でも最近は前ほどひどくはないみたいだけどね。」
その言葉を聞いて、夢映はまばたきをし、再び窓ガラスに視線を向けた。
「——君、真夢の家に住んでるんだろ?」
「……?」
夢映は目を見開き、栞の方へ振り返った。
気づいて視線をそらし、また戻し、もごもごと口を開く。
「そ、そういうわけじゃないんです。確かにそうなんですけど、でもそういう気持ちで——」
「分かってるよ……そんなに慌てて説明しなくていいから……」
対照的に、栞の声は穏やかだった。慌てた夢映を見て、彼女はそっとため息をついた。
「でも……どうして分かったんですか?」
「簡単だよ。真夢の話になると、君は無意識に目が泳ぐ。明らかに彼のことを考えてるんだろう? 病院でも、君は無意識に真夢の方を見てた。それにさっき、家はどこかって聞いた時の反応も、何かを迷ってる感じだった。それで急いで地下鉄に連れて行ったんだ。ここは真夢の家の近くを通る路線だからね。」
「そういうことだったんですね……」
「もちろん、私も心理学を学んだことがあるからね。」
栞が人差し指を立て、夢映の前で揺らす。
「でも……気にならないんですか?」
夢映はうつむき、自分の指を弄る。
「気になるよ。」
「ご、ごめんなさい——」
「気になるのは、君が真夢の影響で感覚が麻痺してしまわないかどうか。それか、真夢が君の存在によって少しでも良くなるかどうか。それだけだよ。」
「……え?」
「君たちの関係が変な方向に行くかどうかは気にしてない。だって……そこは心配してないから。気にしてるのは、君たちがお互いを癒し合うのか、それとも同じ性格に同化していくのか、ってことだけだ。」
栞がそっと夢映の手首に手を置く。その温もりが、夢映の緊張した指をゆっくりと緩めていく。
「だから、そんなに考え込まなくていいよ。」
夢映は彼女の目を見た。午後の階段口からずっと避けていたその視線を、初めて真正面から受け止めた。そこには、それまで気づかなかった何か——静かな確かさのようなものがあった。
「はい……」
夢映はゆっくりと顔を戻し、唇を噛みしめた。
「それでいいんだよ、そんなに心配しなくて。」
栞は彼女の手を軽く叩き、手を引いた。口元に微笑みが浮かぶ。
電車が地下を抜け、前方にかすかな明かりが見えてきた——空の残光だ。トンネルの出口が視界いっぱいに広がり、光が車内に流れ込み、座席や床に暖かなオレンジ色の面を広げる。
夢映は窓の外を見つめた。電車は高架橋を走っていて、街の輪郭が遠くに広がり、建物の縁は夕日に薄い金色の縁取りを施されていた。空の色はオレンジからより深い藍紫へと移り、雲の隙間から最後の一筋の光が差し込み、連なる屋根の上に落ちている。
その景色を見つめながら、夢映のまぶたがゆっくりと下がっていく。体の重心も知らず知らずのうちに横に傾いていた。何か見えないものが、彼女の内側から静かに引き抜かれていくようだった。意識が遠のいていく。電車の安定した揺れと、エアコンの温かい風が、彼女を深い場所へと押し込んでいく。
「……?」
栞は肩に軽い重みを感じた。
横を見ると、夢映の頭が彼女の肩に寄りかかっていた。呼吸は穏やかで均等で、まつげが照明の下に小さな影を落としている。表情はさっきよりずっとリラックスしていた。
栞は彼女を起こさなかった。ただ再び窓の外へと視線を移し、次第に夕焼けのオレンジ色を失っていく景色を見つめながら、肩の上の小さな重みと温もりを感じていた。
窓の外の景色は高架橋からの見晴らしから再び地面へと戻り、街の屋根や通りは再び路面の高さに隠れていく。灯りが窓の外で連なり始め、闇の中で灯っては消え、その循環が絶え間なく繰り返される。
しばらくして、栞は体を横に向け、もう片方の手で着ていたコートを脱ぎ、裏返して夢映の上にかけた。そして手を戻し、膝の上に置いた。
電車は走り続け、再び地下へと入っていく。灯りが窓の外で灯っては消え、トンネルの風の音が車内に流れ込み、車輪とレールの摩擦音と混ざり合う。
栞は静かに座っていた。そしてもう一度窓の外を見て、視線を戻し、前方を見つめた。
もう窓の外を見ることはなかった。




