夢章二 2 『初めての問診』
二人目の患者は予約時間より十数分遅れて到着した。
ノックの音はなく、扉は直接押し開けられた。扉の外には濃いグレーのジャケットを着た男が立っていた。体格は痩せ型で、肩甲骨の輪郭が服の下からかすかに見えていた。
彼の視線は診察室内を素早く巡り、最初に夢映に留まり、しばらくしてから斜め後方に立つ真夢へと移った。
「あの……おかけください。」
患者が来たのを見て、夢映は背筋を伸ばし、自分の声が落ち着いて聞こえるように努めた。彼女は真夢が先ほど見せた方法に従い、両手を机の上で重ね、患者に視線を向けた。
男が入ってきて、夢映の向かいの席に座った。その動作には不自然な硬さが伴っていた。座った後、彼の両手は膝の上に置かれ、指は微かに丸まっていた。視線は机から壁へ、壁から窓へ、窓から再び机へと移動し、数秒ごとに切り替わり、落ち着きなくさまよっていた。
「こんにちは。どのようなことでお困りですか?」
夢映が尋ねた。
自分の声が普段より少し高くなっているのを感じ、彼女は軽く咳払いをして、話す速度を遅くした。
男は視線を戻し、すぐには答えなかった。唇がわずかに動き、また閉じた。この言いかけてはやめるという動作を二、三度繰り返した後、ようやく口を開いた。
「……最近、眠れないんだ。」
「眠れない? 生活のストレスが原因でしょうか、それとも——」
「横になるとすごく眠いのに、目を閉じると、何かが見ている気がするんだ。」
男の声は喉の奥から絞り出すように、荒い摩擦音を伴っていた。
「その感じは……まるで誰かが部屋の中にいて、ベッドのそばに立って、侵食するような視線で見つめているんだ。でも目を開けると何もないし、そこに何もないことも分かっている。でも目を閉じると、その感覚が戻ってくる。」
男の話を聞きながら、夢映はノートに記録を取っていた。ペン先が紙をなぞる音が、静かな診察室の中でひときわはっきりと聞こえた。
真夢は脇で症状を書き留める夢映を見て、口元をわずかに緩めた。
「この状態はどのくらい続いていますか?」
「二週間……いや三週間か、はっきり覚えていない。時間が混ざってしまっているんだ。」
男はそう言いながら、自分の指を擦り合わせていた。
「不眠以外に、他の感覚はありますか? 例えば……周りの人が少し変に感じるとか? それとも最近、感情の起伏が激しいとか?」
その言葉に、男の指が丸まった。
彼の視線は机から上がり、夢映の顔に一瞬留まり、すぐにそらされた。
「……周りの人に変なところはない。でも自分がおかしいと思う。時々……急に苛立って、物を壊したくなる。かと思えば、何も感じなくなる。」
ここで男は言葉を止め、表情にも迷いが浮かんだ。おそらくこのまま話し続けるべきかどうかを考えているようだった。
「ここ数日のことを話していただけますか?」
「……昨日コップを割った。一昨日は花瓶を割った。怒ったからじゃない。ただ、それらが割れるところを見たかったんだ。」
男が言い終えると、診察室は静まり返った。
夢映のペン先は紙の上で止まり、そこには男の症状が書き記されていた。ペンを一回転させてから、夢映は顔を上げて男を見た。男の表情はほとんど変わらず、相変わらず落ち着かない視線を漂わせていたが、その肩は微かに震えていた。
「これ以外に、他にも何かありますか?」
「……」
夢映の質問に、男は突然沈黙した。部屋の中は一瞬にして静寂に包まれ、時計の音だけが部屋中に響き渡った。
彼女が何か失言をしたのかと思ったその時——
「俺は……物が割れるところを見たいだけじゃないんだ。」
「……?」
「人だ。人が割れるところを見たいんだ。」
空気が一瞬で冷えた。
それを聞いて、夢映の全身が震えた。脇で見ていた真夢は夢映を一瞥し、ゆっくりと一歩前に出た。
今、男の肩の震えはますます激しくなっていた。
「あなたの状況は理解できます——」
「理解できるわけないだろ! 人を殺したいわけじゃない。俺は……俺自身が人を割りたいのかどうかも分からないんだ!」
夢映の言葉を遮り、男の声が一段と高くなった。その視線はまっすぐに夢映の顔に向けられていた。
「机の向こう側に座っているだけの人間に、何が分かるっていうんだ! ただ座って、俺の話を聞いて、知らない名前の薬が書かれた紙を渡して、これを飲めば治ると言うだけだ!」
「私たちはそんなつもりじゃ——」
「じゃあ、どんなつもりなんだ?!」
男の両手が机の上に突かれた。身体が前に傾き、肩が持ち上がり、上半身の重心が夢映の方へと傾いていく。
夢映の体はわずかに後退し、肩が両側に開き、息を呑んだ。
「繰り返しますが、あなたの状況は理解できます。不眠は人を敏感にさせ、長期間の睡眠不足は普通ではない考えや衝動を生むことがあります。さっきおっしゃった苛立ちは、おそらく——」
「分かってないと言っただろ————!!!」
男の腕が机の上に叩きつけられた。手のひらが机の端に当たり、鈍い音が響いた。机の上の三角プレートは倒れて机の端まで転がり、床に落ちた。同時に、机の上のペン立ても横に倒れた。
「——!」
夢映は本能的に後退し、肩はすでに椅子の背もたれに触れていた。視線は男と机の角の間を素早く行き来していた。そして男の腕が夢映に向かって振り下ろされた。
その瞬間、真夢の右手が夢映の体の脇から伸び、男と机の接触点の間に先んじて差し込まれた。体を横に向け、自分の肩を夢映の前に差し出し、同時に右手を上げた。男の腕が振り下ろされ、肘が真夢の右手首にぶつかった。
「うっ————」
短く、骨が外れるような音が、静かな診察室でひときわはっきりと響いた。
真夢の体は一瞬固まったが、動きは止まらなかった。その衝撃を利用して男の腕を横に払い、同時に左手で彼の手首を押さえた。強すぎず弱すぎず、ちょうど彼の動きを止める程度の力で。
「……まずは座ってください。」
真夢の声は落ち着いており、その視線は男の顔に向けられていた。
「今のあなたがどんな状態か、あなた自身が一番よく分かっているはずです。まず座って、深呼吸して、落ち着きましょう。」
「俺……そんなつもりじゃ……」
男の声は先ほどよりずっと低く、乱れた息遣いが混じっていた。
「分かっています。まず座ってください。」
真夢の左手は依然として男の手首に軽く触れ、彼の感情が落ち着くのを待った。
男の呼吸は数秒間荒く、視線は真夢の顔にしばらく留まった。そして彼の肩がゆっくりと戻り、指も緩んでいった。そして彼は再び座り直した。
「……」
診察室は静まり返り、男の荒い呼吸と夢映の震える息遣いだけが聞こえた。真夢は手を引き、右手を自然に体の横に下ろした。真夢はできるだけ動きを滑らかに見せようとしたが、手を引く際に手首の角度が普段とは異なり、関節に異常な傾きがあった。
真夢の眉がほとんど見えないほど微かにひそめられ、すぐに平静を取り戻した。
「真夢さん……」
「大丈夫だ。続けてくれ。」
「……え?」
「手順通りに尋ね続けろ。」
真夢がそう言っている間も、彼の視線は患者から離れていなかった。そして彼の右手は体の横に垂らしたままで、微かに震えていた。
しかし、しばらく待っても夢映は口を開かなかった。
「……」
真夢は振り返って夢映を見ると、ため息をついた。
「あなたの状況は把握しました。明らかな不安傾向と侵入思考が見られますが、深刻な認知障害は今のところ認められません。薬物療法と併せて、定期的な再診をお勧めします。ご希望であれば、より深い原因を特定するための心理評価もご検討いただけます。」
「俺は……本当に人を傷つけるんだろうか?」
男は顔を上げ、その声は先ほどより低く、両手も微かに震えていた。
「傷つけたいと思っているが、まだ行動には移していない。それが違いです。今日はまず、あなたが対処できる部分から始めましょう。」
真夢は処方箋を取り、数行書き込んだ。差し出す時、右手の動きは普段より少し遅かったが、字跡は依然として鮮明だった。
男は処方箋を受け取り、しばらく静かに見つめてから立ち上がった。
「……ありがとうございます、先生。」
「どういたしまして。お気をつけてお帰りください。」
男は振り返って入り口へ向かった。来た時よりも足取りは遅く、肩も深く落ちていた。
ドアが閉まり、診察室は再び静けさを取り戻した。
「真夢さん……あなたの手……」
夢映の声が横から聞こえ、その口調には心配が込められていた。
「ただの脱臼だ。」
「脱臼で『ただ』って言うわけ?」
「だから何だ? 俺は医者だ。対処法は分かっている。君も見ただろう、患者の状態は落ち着いた。医者にとってそれで十分だ。特にこの科ではな。」
真夢は横を向き、その視線を夢映の顔に落とした。
「君は怪我をしなかったか?」
「してないけど……でもあなたの手が——」
「それならいい。」
夢映の心配には構わず、真夢は自分の右手首を一瞥し、再び入り口に視線を戻した。
その時、ドアの外から急ぎ足の音が聞こえてきた。ヒールが床を叩くリズムは通常の歩行のほぼ二倍の速さだった。
「真夢! 何があったの?」
バンという音とともに、ドアが外から勢いよく開かれた。ドアが壁にぶつかり、短い鈍い音を立て、部屋全体が一瞬震えた。
ドアの外に立っていたのは、一人の女性だった。茶色の長い髪に、無地の眼鏡をかけている。レンズの奥の瞳はわずかに見開かれていた。
来たのは真夢の同僚、栞だった。今、栞の顔には心配が満ちていた。
「さっきここで何かガチャガチャ音がしたみたいだけど、一体——」
話の途中で、栞は突然席に座る夢映に気づいた。夢映は座ったまま、落ち着かない様子で白衣の袖を引っ張っていた。
彼女の記憶と違い、本来席にいるはずの真夢の代わりに、見知らぬ少女が座っている。栞はその場に立ち、視線を夢映と真夢の間で二、三度行き来させた。
「栞……? どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないでしょ! さっきここで何があったの?」
「何もない。いつも通りだ。」
「そんなの信じられるわけないでしょ——!」
そう言って、栞は真夢の前に歩み寄り、彼の身体を観察し始めた。彼女の視線は彼の顔から始まり、身体に沿って下へと移動した。一方、夢映は壁の方へ体を寄せ、二人の視界の端から滑り出そうとしていた。
「ちょっと待って……あなたの右手……」
真夢の身体の右側を見た時、栞の視線が止まった。
真夢の右手は背中に隠されており、手首の一部が赤く腫れ上がり、皮膚の表面が不均一な暗紅色を呈していた。
「大したことじゃない。後で自分で処理する。」
「後で処理するって何よ?! 今すぐ処理すべきでしょ?」
栞の声が一段上がり、眉がひそめられた。真夢の顔には相変わらず気にしていない表情が浮かんでおり、栞の心配とは鮮明な対照をなしていた。
そして夢映は、壁側に寄りながらも、まるで壁の中に消え入ろうとしているかのようだった。
「大丈夫だ。自分で判断できる。まだ手首が使い物にならなくなるほどじゃない。」
「その時には完、全、に、終、わ、っ、て、る、ん、だ、よ! いったい何を考えてるの?」
「何も考えていない。用事がなければ、自分の仕事場に戻ってくれ。勤務時間中にうろつくのは禁止——」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
真夢が言い終わる前に、栞は彼の左手を掴み、ドアの外へと引っ張り出した。
「あなたは今すぐ捻挫の処置をするべきよ。まさかこの状態で他の患者を診るつもり?」
「ちょっと待ってくれ——まだやることがある——」
「それは捻挫を処置してからにしなさい!」
真夢に反論の余地を与えず、栞は彼を引っ張って診察室を出て、廊下を別の場所へと進んでいった。
部屋の中には、茫然自失の夢映だけが残され、席に座ったままどうすればいいのか分からずにいた。
…………
……
廊下で、二つの足音がひときわ耳障りに響いていた。
栞は真夢の左手を引いて先を歩き、その足取りは速かった。真夢はその勢いに足を取られ、少し強く栞を引き止めて自分の歩調を整えた。
「ちょっと待ってくれ、どうしてそんなに急ぐんだ?」
「あなたが自分の身体を大事にしないからでしょ! 手首を捻挫しても放っておくなんて、そんなに身体を粗末にするなら、私だって怒るわよ!」
「でも本当に大した問題じゃないんだ——」
「嘘ばっかり! あなたの性格はよく知ってるんだから。誰かに言われたって、絶対に聞かないんだからね!」
「はあ……」
栞は真夢の手を引っ張り、近くの整形外科の診察室へ連れて行こうとしていた。
しかし数歩進んだところで、栞の足が突然止まった。そしてどんなに力を入れても、真夢を一歩も動かすことができなかった。
「栞……」
真夢の声が背後から聞こえた。彼の足はしっかりと地面に踏みしめられており、微動だにしなかった。
「どうしたの? まだぐずぐずしてるの? 先に言っておくけど、私——」
「今日の君は異常だ。」
その言葉に、栞の身体も微かに震えた。それを見て、真夢の視線は栞に注がれた。
「一体何をしようとしている?」
「……」
真夢の問いかけに、栞はその場に立ち、答えなかった。廊下は数秒間静まり返り、遠くから時折聞こえる足音とエアコンの低い唸り声だけが響いていた。
栞が口を開かないのを見て、真夢は続けた。
「君も医者だ。自分の身体の状態は自分が一番よく分かっている。君も分かっているはずだ。今の俺の手首の捻挫は、せいぜい簡単な処置をすれば一週間程度で完全に回復する程度のものだ。それなのに、君はまるで俺が不治の病にかかったかのような態度だ。」
「……」
「君は心理カウンセラーでありながら、自分の心理が表に出ていることに気づいていないのか? 絶対に何か聞きたいことがあるんだろう。」
それを聞いて、栞は真夢の左手を掴んでいた手を離し、ゆっくりと振り返った。顔を上げ、真夢と視線を合わせた。
「……確かに聞きたいことはある。」
「言え。」
栞の唇が動いたが、おそらくどう切り出せばいいのか迷っているようだった。彼女の視線は真夢の顔から外れ、彼の後ろの壁に落ち、また戻ってきた。
「あの女の子は誰? どうして彼女が白衣を着て、あなたの診察室に座っているの?」
真夢はその質問を聞いて、力ないため息をついた。まるで栞がそう尋ねてくることを最初から分かっていたかのようだった。
「彼女は俺の助手だ……」
「……助手? あなたがいつ助手なんて必要だったの?」
「正直に言うと、最近の状態が良くない。このままだと、そのうち俺が患者として診察室に座ることになるかもしれない。それに悪いことでもない。」
「それもそうね……いつから?」
「今日からだ。」
「今日……?」
栞の声にはまだ疑問の色が混じっており、明らかな躊躇が感じられた。
彼女の視線は真夢の肩越しに、廊下の先にある閉じられた診察室のドアに向けられ、そして再び戻ってきた。
「その子は何者なの? まさかあなたがどこかから誘拐してきた子じゃないよね? 先に言っておくけど、ちゃんと説明しないなら、特別な手段を使うからね!」
「人を売買するみたいに言わないでくれ……君が先日教えてくれた掲示板サイトを覚えているか? あそこで知り合ったんだ。」
その言葉に、栞は数日前のことを思い出した。確かに自分は真夢に掲示板サイトを教えた。しかも自分から教えたのだ。
その事実に、栞は一瞬気まずさを感じた。
「……ごめん、少し言い過ぎたわ。でも、あの子の身分は何? まだ学生みたいに見えるけど。」
「おそらく学校には通っていない。それに、彼女は俺と同じ患者だ。」
その言葉に、栞の目がわずかに見開かれた。
「患者? あなたは患者を診察室に置いて、白衣を着せて、あなたの席に座らせて診察させているの?」
「彼女は一時的な研修期間中で、上長の承認も得ている。彼女を早く診察できるレベルにまで育てる必要がある。そうすれば他の業務を手伝ってもらえる。」
「上長の承認? どの上長——まあいいわ、おそらく誰かは想像がつく。」
栞はため息をつき、手で眉間を揉んだ。
「でも、まだ分からない。なぜ患者を助手にしようと思ったの? しかもあの子は医学知識もほとんどないだろう。それがあまりにも不適切だって分かっているの?」
「もちろん分かっている。」
「それならどうしてそんなことをしたの?」
真夢は彼女の目を見て、すぐには答えなかった。
廊下の先の光が彼の横顔に落ち、彼の表情を明暗に分けていた。
「……彼女には仕事が必要で、俺には誰かの手伝いが必要だった。」
「それだけ?」
「それだけだ。」
栞は数秒間、真夢の顔をじっと見つめ、何か隠していないか確かめた。真夢の表情に他の変化がないことを確認して、彼女はそっと息を吸い込んだ。
「分かった。上長が認めたのなら、私がとやかく言うことじゃないわね。でも一つだけ約束して——」
「何だ?」
「あなたの手を今すぐ処置すること。今すぐよ。」
「……分かった。」
「それでこそね。行くわよ。」
栞は振り返り、再び整形外科の方へ歩き出した。今回は先ほどより足取りが少し遅かった。真夢はおとなしくその後ろについていった。
数歩歩いたところで、栞の声が再び聞こえてきた。
「そうだ、あの子、何て名前なの?」
「夢映だ。夜渡海夢映。」
「夢映……この辺りの出身じゃなさそうね。」
「確かにそうだ…………………………おそらくな。」
真夢は最後の言葉を、声をひそめて言った。
栞はそれ以上問い詰めなかった。彼女はただ静かに先を歩き、ヒールが床に当たる音は先ほどよりずっと落ち着いていた。真夢はその後ろについて、彼女の背中を見つめながら、一言も発さなかった。




