夢章一 17『夢実』
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夜、八時五十五分。
部屋の光は、夕方の暖かな黄色から夜の暗い青へと移り変わっていた。カーテンは完全には閉められておらず、窓の外の街灯の光がカーテンの縁から細い光の帯を差し込み、壁に映り、ちょうど壁際のひび割れの先端をなぞっていた。
真夢はベッドに寄りかかり、画面の光が彼の顔を照らしていた。眼球の表面には、かすかな白い光が反射している。
午後、家に帰ってから彼が最初にしたことは、スマホを開いて夢映と互いの無事を確認し合うことだった。彼女が無事に帰宅したことを確認すると、真夢は再びあの掲示板サイトにアクセスした。
彼はたくさんのスレッドを読み漁った。ページをめくり、指で何度も画面をスクロールし、新しい順から古い順へ、レス数の多い順から少ない順へ、タイトルが関連しそうなものから全く関係のなさそうなものまで。しかし、どれだけ探しても、自分と同じような症状を持つ者を見つけることはできなかった。今のところ、自分の症状に一致するのは夢映だけだというのが現状だった。
彼はさらに、投稿者が転載していた小説サイトのリンクからも手がかりを探そうとした。しかし、そのページを開いても、目に入るのは非現実的なフィクションばかりだった。中にはハーレムや勇者ものといったタグが付いているものもあった。
こういった内容が、理論派の彼を納得させるはずもなかった。それでも彼はページをめくり続けた。もはや科学的な理論の中に答えを見出せる自信は、彼にはもうなかったのだ。
この時間のほとんどを、スレッドや返信の閲覧に費やした。その合間に、彼は冷蔵庫から一本のキュウリを取り出し、水道水でさっと洗い、かじりながらも画面を見つめ続けた。食べている間も、その光る四角い枠から目を離すことはなかった。
「……もうこんな時間か。」
真夢は画面左上の時刻を確認した。約束の九時まで、あと五分だった。
彼はスマホを置き、戸棚から白い薬瓶を取り出し、キャップを開けて、二錠を手のひらに落とした。
その二錠を見つめ、真夢は数秒間沈黙した。前回、四錠を服用した時には明らかな過剰摂取の症状が出た。頭痛、心拍数の上昇、視界の端に現れる不安定な揺らぎ。しかし、今回もしもあまりにも少なすぎたら、あの場所に辿り着けないのではないか?その閾値がどこにあるのか、彼には確信が持てなかった。
四錠は多すぎる。二錠では足りない気がする。では、三錠ではどうか?
しばらく考えた後、彼は再び瓶を傾け、もう一錠を手のひらに落とした。そして、その錠剤を舌の上に乗せ、すぐには飲み込まなかった。まず瓶のキャップをきちんと閉めて戸棚に戻し、それから戸棚の上の電子時計に目をやった。
——20:57
「……」
真夢は手を伸ばし、電子時計のアラーム機能をオフにした。それから机に向かい、湯沸かし器からすでに冷めた白湯をコップに注ぎ、錠剤を水と共に飲み下した。水流が、縁のざらついた錠剤を食道へと押し流し、かすかな焼けるような感覚を残していった。
すべての準備が整うと、真夢はベッドに横たわった。薄暗がりの中、天井はぼんやりとした灰白色を呈し、壁際の細長いひび割れが、彼の視界の端で静かに伸び続けていた。
真夢はゆっくりと目を閉じた。
部屋は静まり返り、壁の掛け時計の秒針だけが、規則正しく時を刻んでいた。
チクタク。
チクタク。
秒針のリズムは、静寂の中でひときわはっきりと聞こえた。一秒ごとに彼の意識の表面を叩き、かすかな余韻を残していく。
三十分がこんなにも長く感じられるのは、初めてのことだった。
「はあ……」
真夢の呼吸は次第にゆっくりとなり、意識の表面にかすかな揺らぎが生まれ始めた。まるで浅い波紋が彼の意識の上をなぞるかのように。彼は現実の縁から離れ、見えない坂道を滑り落ちていくのを感じていた。そして、激しく引きずられる感覚。何かが深みから彼を掴み、さらに下へと引きずり込もうとしている。続いて、身体が何かに完全に包み込まれるような感覚。柔らかな布が四方八方から迫ってくるような触感だった。そして、彼は音を聞いた。それは、接着層がゆっくりと剥がされるような、微かな音だった。
「……」
その直後、足の裏に冷たい感触が広がった。
真夢は滑らかな石板の上に立っていた。その冷たさが、足裏からゆっくりと伝わってくる。彼はゆっくりと目を開けた。
彼の前にそびえ立つのは、やはり書架の列だった。天井の見えない木造の構造物には、びっしりと本の背表紙が並べられている。微かな光が上から降り注ぎ、書架の間の床に平行な影を落としていた。
「…………」
真夢はその光景を見つめ、一瞬の視覚的衝撃で脳が微かに震えるのを感じた。
初めての時ほどではなかったが、それでも彼の心臓は一瞬縮み上がった。何度か深呼吸を繰り返し、視界がその微かな照明に慣れてくると、真夢は周囲の観察を始めた。
すぐに、彼は異変に気づいた。
夢映がいない。
彼女が言っていた方法に従えば、二人は同時に同じ夢に入り、同じ出来事を経験するはずだった。しかし、今彼の周囲には誰もおらず、書架の列には彼一人だけが立っていた。
「夢映……?」
真夢は低く呟いた。
返事はない。彼自身の声だけが書架の間をゆっくりと広がり、本の背表紙に吸い込まれていった。
「やっぱり失敗か……」
真夢は最初からこの方法が必ず成功するとは思っていなかった。小説の内容にはどうしても虚構が含まれるし、現実にも夢の共有に関する記録は存在するが、それらは極めて稀で、統計すら取れないほどの低確率だ。
彼はもともと一人で立ち向かう覚悟はできていた。しかし、今この広大な空間に一人で立っていると、その広さが彼の想像以上に重くのしかかってきた。彼はその場に立ち、一列の書架から次の書架へと視線を移した。
すると、背後から声が聞こえた。
「来たんだね。」
「………………」
真夢は振り返った。そこにはコロリアが立っていた。相変わらず藍灰色のローブをまとい、墨色の長い髪が肩の横で静かに垂れている。彼女の瞳は微かな光の中でかすかに蛍光を帯び、口元にはわずかに上がった弧を描いていた。
「おかえり。あるいは……久しぶり、と言うべきかな?」
「余計な話はいい。」
真夢の声は、自分が思っていたよりも硬かった。
コロリアの挨拶には応えず、彼女と自分の間にある距離を埋めるような、慣習的な社交辞令も口にしなかった。
「ここは一体、どこなんだ?」
「……」
コロリアは真夢を見つめ、彼の顔に浮かぶ微かな変化を見極めようとしているようだった。
彼女の視線は彼の眉間で一瞬止まり、次に彼の握りしめた拳へと移った。
「答えてくれ、コロリア。」
真夢は半歩前に進み出た。
「お前が俺の守夢人なら、俺が知らないことをきちんと説明する責任があるはずだ。まさか、自分がいる場所すら分からない人間に、お前が言うところの『使命』を果たせと言うのか?先に言っておくが、お前がきちんと説明しない限り、俺はそんな馬鹿げたことを引き受けるつもりはない。」
真夢の口調には、普段彼が滅多に見せない鋭さが込められていた。
彼はあまりにも答えを知りたがっていた。その渇望が、彼の声の端々から滲み出ている。長く押し込められていたバネが、ゆっくりと解き放たれようとしているかのようだった。
コロリアは彼を見つめ、まぶたを伏せた。その睫毛が微かな光の中で小さな影を落とした。
「……わかった。」
そう言って、コロリアは手を上げ、横の書架に向かって手のひらを差し出した。
すると、一冊の分厚い本が書架から浮かび上がり、見えない力に支えられているかのように、ゆっくりと横に移動し、軽やかにコロリアの掌に収まった。
背表紙の赤い表紙には細密な金色の装飾が施され、その紋様は微かな光の中でまるで呼吸しているかのように、明るさを変えながらゆっくりと脈動していた。
「真夢、ここの本が何について書かれているか、覚えているよね?」
コロリアは本を開き、あるページに指を止めた。指先を紙面に置き、顔を上げて真夢を見つめた。
「もちろん。真実も虚構も、善も悪も、未解決の謎の真相も、ここにはすべて揃っている。」
真夢の視線は、コロリアの手にある本から彼女の瞳へと移った。
「じゃあ、もしもここに、世界のすべての【答え】と、すべての【真実】が含まれていると言ったら、信じる?」
コロリアの声が少し低くなった。
「……?」
その言葉を聞いて、真夢ははっと目を見開いた。
「ここは大図書館とも、書架の列とも呼ばれることがある。あるいは、私の縄張りともね。でも、本当の名前があるんだ……」
コロリアは本を閉じ、背表紙を指で軽く叩いた。
「最も古く、最も本来の名前。それは、『アルエス遺産』。」
「アルエス遺産……?」
「そう。世界のすべての真実と答えが、ここに集約されている。それが『アルエス遺産』だ。」
コロリアはそう言いながら、再び本を開き、向きを変えて、ページが真夢の方を向くようにした。
「もしも本当に何かを知りたいのなら、このページを見てごらん。これはアルエス遺産に関連する内容の一部で、おそらく全体の億分の一くらいだろうね。」
その言葉に、真夢は前に歩み寄り、身をかがめて、開かれたページに目を落とした。
しかし、紙面には何も書かれていなかった。文字も、絵も、図表もない。
真夢は数秒待ったが、何も現れなかった。ページの空白は、まるで沈黙の招待状のように彼の前に広がっている。
「これはどういうことだ?」
真夢は顔を上げてコロリアに問いかけた。その口調には、期待を裏切られた焦りが混じっていた。
「本当に……覚悟はできてる?」
コロリアの声は、さっきよりも少しだけ優しかった。
「これが最後の警告だ……」
「……」
真夢はコロリアを見つめた。彼女の眉間にはかすかな皺が寄り、その顔にはわずかな心配の色が浮かんでいた。
「疑問を抱えたまま上手く事を進めるより、真実を知って苦難の道を歩む方がいい。」
真夢の眼差しを見て、コロリアはゆっくりと瞳を閉じた。
「……わかった。どうか、耐えられますように。」
——ページの上で、内容が浮かび上がり始めた。




