夢章一 16『夢計』
「二日前、あの夢に入ったんだ。」
夢映は両手でコーヒーカップを包み込んでいた。その温もりが、彼女の心をほんの少しだけ落ち着かせてくれる。
「あの時の感覚……すごく重かった。心の奥底が押し潰されるような感じじゃなくて、もっとこう、誰かに深い水の中に押し込まれたみたいな……溺水とは違うの。ただ純粋に、下へ下へと沈められる感覚。目を開けたら見知らぬ場所に立っていて、気づいたら教会の中にいたんだ。」
「重かった、か……」
真夢は夢映の言葉を聞きながら、自身の体験を脳裏に蘇らせていた。
あの、何かに急に引きずり込まれるような感覚。目を開ければ、全く見知らぬ、非現実的な空間に立っている。彼女の言葉はよく理解できた。なぜなら、自分も同じ感覚を味わったからだ。
「うん。それで、そこで変な人に会ったんだ。そいつは自分の守夢人だって言ってて、名前はレゼロって言うんだ。」
「……レゼロ?」
その名を聞いて、真夢は頭の中でその名前を記憶に刻み込んだ。
「その場所で……何か異様な感覚はなかったか?」
「異様な感覚?」
夢映は首を傾げ、指先でコーヒーカップの縁をゆっくりと一周なぞった。
「うーん……強いて言うなら、あの教会を初めて見た瞬間、すごい視覚的衝撃が脳に走ったって感じかな。」
「……やっぱりな。」
真夢は小さく呟いた。
コロリアとレゼロのいる場所は、どうやら初めて訪れる者に似たような衝撃を与えるらしい。書架の列も彼に同様の影響を与えた。あの整然と並び、天井が見えないほどの視覚的圧迫感は、初めて目にした時、彼の意識を崩壊させかねなかった。あの感覚を彼は今でも覚えている。
「それでその後は?何か後遺症みたいなものはあったか?」
「……後遺症?そうだなあ……」
夢映の視線が少しだけ上を向いた。
真夢自身も思い返してみる。書架の列を見た後、彼は軽い頭痛を感じ、耳の中で持続的にジーッという音が鳴り響いていた。まるで何かが彼の内部で振動し続けているかのように。当時はただの疲れによる不快感だと思っていたが、今考えると、それは生理的な警告信号だったのかもしれない。
「——あっ!思い出した!」
夢映が突然人差し指を一本立て、目をわずかに見開いた。
「何だ?」
「確か、その時、私、吐いちゃったんだよね。」
「……」
真夢は二秒ほど沈黙した。
無邪気な表情の夢映を見て、真夢は一瞬どう返せばいいのか分からなかった。頭痛や耳鳴りなど、もっと重篤な症状を言うと思っていたのに、まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのだ。
「実は……それもその日、アイスをめっちゃ食べたからってのが原因なんだけどね……」
夢映は真夢の表情の変化に全く気づいていないかのように、さらに続けた。
「……」
真夢は静かに座っていた。彼はあれが強い生理的拒絶反応であり、自分が経験した頭痛よりも深刻な警告信号だと思っていたのだ。
ただの食べ過ぎだっただけだ。
彼は三秒かけて、さっきまでの会話の中での情報の優先順位を整理し直し、その詳細を最も重要でない場所に移動させた。
「はあ……まあいいや、今のところ、お前と俺の症状は大体似たようなものだな。」
真夢はため息をつき、話を本筋に戻した。
「そう言われれば確かに……でも、これからどうするの?」
夢映はカップを少し下ろし、口を開いた。
「これから?」
「そうそう、一番大事なのは、この出来事をちゃんと解明することでしょ?本当にここ最近の出来事がさっぱり分かんないんだよ。前まではいい夢ばかり見てたのに、急に知らない場所に連れて行かれて、いきなり訳の分からない男にあれこれ要求されてさ、もう本当に面倒くさい!」
夢映の口調には明らかな不満が込められていた。彼女は眉をひそめ、その下の目をわずかに見開いて、まるでレゼロという守夢人に対する不満をありありと表していた。
「……」
真夢は顎に手を当て、頭の中で今得た情報を整理していた。
夢映の話によると、レゼロも彼女に何らかの情報を伝えた可能性が高い。だがその内容は、おそらくコロリアが話したものとは異なる。コロリアが話したのは、彼自身の価値と、恐ろしい真実についてだった。一方レゼロは、夢の構成や存在様式について彼女に理解させただけで、夢喰いや喰夢者の層には踏み込んでいないようだ。
彼はもう一つ、微妙な問題にも気づいていた。夢映は夢を鮮明に覚えている。この症状からすれば、彼女にはとっくに精神的な問題が現れていてもおかしくない。しかし彼女の状態は彼よりもはるかに良好に見える。彼女の目には慢性的な睡眠不足の人によく見られる濁りがなく、目の周りにも明らかなくまはない。彼女自身、最近はいい夢ばかり見ていて、悪夢や追いかけられる夢に悩まされたことはないと言っていた。夢映は自分とは体質が異なるのか?それとも、あの夢の情報は彼女にとって負担ではなく、別の形の栄養となっているのか?
真夢はこれらの疑問をひとまず胸の内にしまい、その場では口にしなかった。
「守夢人……お前の守夢人はレゼロって言うんだろ?そいつはお前に何て言ってたんだ?」
「彼の言ったことは、もう想像を絶する内容だったよ!」
真夢がその質問をすると、夢映の感情は一気に高ぶり、コーヒーカップをソーサーに戻した後、両手を勢いよくテーブルの上に広げた。
「まずは俺を叱りつけてさ、神聖な床を汚したって言うんだよ。それで次に、夢とか境界とか、いろんなことを覚えろって言われたんだ。しかも書いてある文字が全然読めないし……」
「夢と……境界?」
真夢は微かに眉をひそめた。
レゼロは夢映に夢喰いや喰夢者のことを伝えず、代わりに夢の構成や存在様式を理解させようとしている。これはコロリアのやり方とは全く異なる。コロリアは最初から彼に夢喰いの存在を伝え、喰夢者の脅威を教え、果たすべき責任を告げた。一方レゼロはただ、夢映に夢そのものの構造を理解させようとしているだけだ。
いや、よく考えてみれば、コロリアもあの場所が一体どういう状況なのかを詳しく説明してはいなかった。簡単に触れただけで、すぐに彼の能力の分析に移っていた。
レゼロとコロリアの二人は知り合いなのか?この疑問の優先順位が、真夢の中でさらに上がった。
「そうだ、真夢さん。」
夢映は体を少し前に乗り出した。
「あなたの守夢人は……コ……コリ……」
「コロリアだ。」
「そうそう、コロリアさんはあなたに何て言ったの?まさかこんな変な内容だけじゃないよね?」
「……」
真夢は夢映の目を見つめ、一瞬躊躇した。
その目には、彼が経験したような衝撃はなく、彼が触れたような真実はなかった。まだ十七、八歳の子供のように見える。話し方や、その仕草の一つ一つに宿る無邪気さも、はっきりと残っている。
真夢は彼女にそれらの内容を受け止めるだけの力があるかどうか確信が持てず、その重みを彼女に負わせたくもなかった。
「だいたい同じだよ。細かいところはちょっと違うけど、大筋は一緒だ。」
真夢は言葉を慎重に選んだ。
「そうなんだ……」
夢映は背もたれにもたれかかり、その情報を咀嚼しているようだった。
「守夢人って、ほんと変な奴らだね。」
「ああ、確かにな。」
真夢はそう応え、窓の外に目をやった。日差しはかなり西に傾き、窓の外の木々の影が地面に長い輪郭を伸ばし始めている。
「真夢さん?」
「……ああ、どうした?」
「すごく顔色悪いけど、何考えてるの?」
「……今夜の夢の中で、どうするか考えてたんだ。」
真夢には突破口が必要だった。受け身の立場から能動的な立場へと移行するためのきっかけが。
これまでのコロリアとの対話は、常に彼女が主導権を握っていた。コロリアが質問し、真夢が答え、コロリアが説明し、真夢が受け入れる。
今回はその順番を変えたいと思っていた。
「私、方法知ってるよ。」
「え……?」
夢映の言葉に、真夢は一瞬固まった。
「前に小説で読んだことがあるんだけど、二人が特殊な方法で夢を繋げられるんだって。つまり、二人が同時に同じ夢を見て、その時の記憶も一緒に持ってて、経験したことも相手の話と一致するってやつ。」
「夢の連結?」
「そうそう、簡単に言うと、二人が完全に同じ夢の中にいて、同じ出来事を一緒に経験するってこと。」
「でも——」
真夢は反論しようとして、すぐに言葉を飲み込んだ。
今の状況は科学的な理論で説明するのは難しい。もし証明されていない架空の理論が自分の症状と合致するなら、それはその理論が実際に当てはまる可能性があることを示している。証明されていないだけで、誰も証明していないわけではないのだ。
「……どのくらいの確信があるんだ?」
「分かんないよ、だって読んだだけだし。」
「それは……」
「でも、試してみるのは悪くないでしょ?実際にやってみなきゃ分かんないしね。」
夢映がその言葉を口にした時、彼女の口調には当然の如き自信が込められていた。
真夢はしばらく彼女を見つめ、沈黙した。
「……わかった。でも、本当にやるなら、入眠時間を合わせなきゃいけない。同時に夢に入れるように。」
「も——ち——ろ——ん——」
夢映の口調は引き伸ばされた。
「いつでもいいよ。目を閉じれば、すぐに夢の中に入れるからね。」
「……お前、本当に睡眠の質がいいんだな。」
真夢がその言葉を言った時、彼はほんの少しの羨望を感じていた。
「じゃあ、今夜九時にしよう。」
「はーい!九時に夢の中で会おうね〜」
そう言うと、夢映はカップを手に取り、中のコーヒーを一気に飲み干した。
「ごちそうさまでした————!」
そして夢映はカップを置き、席を立ち、入口に向かって歩き出した。その足取りは来た時よりもずっと軽やかで、帽子のつばももうそれほど深くは被っていなかった。
真夢は彼女が去っていく方向を見つめ、数秒間ぼんやりとした。
「……」
彼はポケットから二枚の紙を取り出し、そこに書かれた言葉を簡単に目で追った。そして紙を再度折りたたんでポケットに戻し、自分のコーヒーを一気に飲み干した。その後、会計を済ませ、席を立って喫茶店を出た。
夜の九時まで、あと五時間二十分。やるべきことを計画するには十分な時間があった。
「コロリア……」
真夢は彼女に、心に溜まった疑問をすべて問いたださなければならなかった。前回の対話で答えを得られなかった部分、彼女が軽く流してしまった話題。あの扉が再び開かれた時、彼は問いかける準備を整えておく必要があった。
——そのためには、タイミングを逃さないことが前提だ。




