第70話:第九十八層の絶対障壁と、女神の絶技(フィジカル・アーツ)
【無に帰す魔力 ~第九十八層の絶望~】
覚醒した新スキル『事象切断・極細糸』と、一般生徒たちとの完璧な連携。
その二つの刃を手にした一行は、第九十層から第九十七層までの凶悪な深層エリアを、怒涛の勢いで突破していった。
しかし、最下層の直前――第九十八層のボス部屋で、彼らの勢いは完全に停止することになる。
「……なんなの、こいつ」
長女のベイラが、額から血を流しながら荒い息を吐いた。
広間の中央に立ち塞がっていたのは、中ボス『絶対無の騎士』。
一切の装飾がない、虚無のように黒い甲冑を纏った巨人の騎士。その手には、巨大な大剣が握られている。
「《神気共鳴・十色の一閃》!!」
レオたち前衛が、女神たちの魔力を圧縮した極細糸をまとわせた武器で、騎士の装甲に斬りかかる。
これまでの深層ボスをすべて一刀両断してきた、必殺の概念刃。
だが。
カァンッ……!!
「なっ……魔力の糸が、消えた!?」
レオの短剣にまとわりついていた十色の光が、騎士の甲冑に触れた瞬間、霧のように霧散してしまった。
騎士が無造作に大剣を振るう。
「ぐあぁぁっ!!」
衝撃波だけで、レオやマリーたち前衛陣が紙くずのように吹き飛ばされ、壁に激突して動けなくなった。
「レオ君! マリーさん!」
純白の髪のニーケが治癒魔法をかけようとするが、騎士が足を踏み鳴らすと、空間の魔力そのものが「無」に変換され、魔法が一切発動しなくなってしまった。
「魔法吸収……いや、魔力そのものを完全に打ち消す『絶対抗魔』の結界ですわ!」
漆黒の髪のヘカッテが、焦燥に顔を歪める。
「嘘でしょ……私たちの『極細糸』も、魔法である以上は通じないってこと!?」
銀髪のリーフェが後ずさる。
魔力が使えない。武器も通じない。頼みの綱だった生徒たちも倒れ、残されたのは魔力を封じられた十人の女神たちだけ。
絶望的な状況下で、虚無の騎士が、無慈悲に巨大な大剣を振り上げた。
◇
【さらなる進化 ~物理への覚醒~】
「させないッ!!」
ベイラが、倒れたマリーを庇うように騎士の前に飛び出した。
大剣が振り下ろされる。魔法で防ぐことはできない。
その瞬間。ベイラの頭の中で、雷のような閃きが走った。
(……魔法が通じないなら。魔力で防げないなら。
私たちには、パパから貰った『この体』があるじゃない!)
神の魂を宿す、身長190センチメートルの完璧な肉体。
それはただ美しいだけでなく、とてつもない質量と密度、そして靭帯のバネを持つ『究極の物理兵器』でもあるのだ。
ドゴォォォォォンッ!!
広間が揺れるほどの轟音。
騎士の巨大な大剣を真正面から受け止めたのは――ベイラの、長くしなやかな**『右脚』**だった。
「……え?」
倒れていたレオたちが、信じられないものを見るように目を丸くした。
ドレスの裾から伸びる、股下110センチの圧倒的な美脚。それが鞭のようにしなり、大剣の腹を蹴り上げて、完全に軌道を逸らしていたのだ。
魔力など一切使っていない。純粋な『筋力』と『骨格』、そして高密度の神の肉体が生み出す、圧倒的な運動エネルギー(物理)だった。
「みんな! 魔法は捨てて! 私たちには、この長い脚と腕があるわ!」
ベイラの叫びに、琥珀色の髪のヘスティアーがハッと息を呑み、そしてニヤリと好戦的に笑った。
「……そうね。魔法に頼りすぎて、自分の体の使い方を忘れていたわ!」
【新スキル覚醒:神格体術】
「はぁぁぁッ!!」
ヘスティアーが地面を蹴り、一瞬で騎士の懐へと潜り込む。魔法のない純粋なステップだ。
そして、捻りを加えた強烈な回し蹴りを、騎士の脇腹の甲冑に叩き込んだ。
メキィッ!! という嫌な音が響き、絶対抗魔の甲冑が「物理的な打撃」によって大きくひしゃげた。
「効いてますわ! 魔力がダメなら、殴って砕くまでよ!」
真紅の髪のフレイヤが、騎士の兜に強烈な踵落としを叩き込む。
翡翠の髪のユリィナ、瑠璃色の髪のファリナも続き、長身から繰り出される怒涛の連続攻撃で、巨大な騎士をタコ殴りにしていく。
美しき十柱の女神たちによる、華麗にして苛烈な近接格闘(肉弾戦)。
魔法という概念を捨て、己の肉体という『最強の武器』に覚醒した彼女たちは、もはや誰にも止められなかった。
「これで……終わりよッ!!」
最後は、十人が空中に跳躍し、流星のような十回の飛び蹴りが、騎士の胸部装甲に同時着弾した。
ゴシャァァァァァッ!!
魔力を無効化するはずの虚無の騎士は、純粋な物理的破壊力(暴力)の前に、甲冑ごと木端微塵に砕け散ったのだった。
◇
【最終キャンプ ~第九十八層の夜~】
「い、痛たたたっ……」
「お姉様、蹴りすぎですわ。足が腫れてます」
第九十八層のセーフエリア。
ボスを物理で殴り倒した十人の女神たちは、焚き火の前で自分たちの脚や腕に包帯を巻きながら、苦笑いしていた。
回復魔法はチョーカーの制限でゆっくりとしか効かない。
自分の肉体を限界まで酷使して戦ったことによる、初めての筋肉痛と打撲の痛み。
それは、彼女たちが「神」ではなく、泥臭く戦う「一人の戦士(人間)」として、完全に殻を破った証でもあった。
生徒たちも傷だらけだが、誰の顔にも絶望はなかった。
「……明日はいよいよ、九十九層だね」
レオが、静かに燃える焚き火を見つめながら呟いた。
「うん。……この迷宮の、本当のボスが待ってる」
マリーが、手当てを終えた槍を強く握りしめる。
第九十九層。この扉の向こうに、卒業生全員の衣装と、パパ(最高神)が用意した最後の試練がある。
「みんな、本当にありがとう」
ベイラが、生徒たちを見渡して静かに頭を下げた。
「みんなが泥だらけになって立ち上がってくれなかったら、私たちは魔法が通じない壁の前で、ただ絶望して終わっていたわ。
……私たちがここまで来られたのは、絶対に、みんなのおかげよ」
リーフェも、ヘスティアーも、九人の妹たちも、深く頭を下げる。
雲の上の存在だった女神たちからの、心からの感謝。
レオたちは照れくさそうに頭を掻き、そして力強く頷いた。
「何言ってんだ。俺たちも、ベイラ様たちがいなかったら死んでた。
……俺たちはもう、最高のパーティーだろ?」
その言葉に、ベイラたちは弾かれたように顔を上げ、花が咲くように美しく笑った。
パチパチと爆ぜる焚き火の音だけが、地下空間に優しく響いている。
パパにただ愛されるだけの娘から、仲間と共に未来を切り拓くパートナーへ。
心も、技術も、そして肉体の使い方も。すべての面で究極の成長を遂げた彼女たちは、もう何も恐れていなかった。
「……さあ、早く寝ましょう」
ベイラが立ち上がり、巨大な鉄の扉――第九十九層への入り口を見据えた。
「明日、すべてを終わらせて……パパのところに、帰りましょう」
明日は、学園の卒業式。
そして、愛するパパの待つ、運命の結婚式への扉が開く。
最高の仲間たちと過ごす最後の夜は、静かに、そして熱い決意と共に更けていった。




