第67話:中層の分厚い壁と、泥だらけの作戦会議
【第五十層 ~届かない刃と撤退~】
「……っ、下がって! そいつ、魔法を反射しますわ!」
長女ベイラの悲痛な声が、薄暗い地下空間に響き渡った。
大迷宮の中層、第五十層。
生徒たちと女神の合同パーティーは、かつてない強大な壁にぶち当たっていた。
立ちはだかっていたのは、魔導金属で全身を覆われた四体の『鋼鉄の機装兵』。
チョーカーで魔力を制限されたヘスティアーの炎も、ファリナの瑠璃色の水刃も、分厚い装甲に弾かれ、逆に強力な衝撃波となって跳ね返されてしまう。
「うわぁぁっ!」
前衛で剣を構えていた一般の男子生徒が、機装兵の巨大な盾で弾き飛ばされ、壁に激突して血を吐いた。
「レオ君!!」
翡翠色の髪を揺らしてユリィナが駆け寄り、慌てて治癒魔法をかける。制限された魔力では、傷を完全に塞ぐまでに時間がかかる。
「ダメだ、陣形が崩れた! これ以上は全滅する……ッ!」
リーダー格の男子生徒が、歯を食いしばって叫んだ。
「撤退だ! 第四十九層のセーフエリアまで、負傷者を担いで走れ!!」
「私が殿を務めますわ!」
漆黒の髪のヘカッテが、重力魔法で機装兵たちの足取りを極限まで重くし、その隙に生徒たちは泥と血にまみれながら、命からがら第五十層から逃げ出した。
◇
【第四十九層 ~挫折と、人間のきらめき~】
安全地帯の冷たい石畳の上で、生徒たちは荒い息を吐きながら倒れ込んでいた。
重傷者はいないものの、誰もが満身創痍だった。この第五十層に挑んで跳ね返されたのは、これで三度目だ。
銀髪のリーフェが、額に汗を浮かべながら、順番に生徒たちの傷を癒やしていく。
その横で、ベイラは自身のチョーカーを強く握りしめ、ギリッと唇を噛んだ。
「……ごめんなさい。私たちが、こんなもの(チョーカー)を着けているせいで」
ベイラの手が、震えていた。
もしこれを外せば、あんな鉄クズ、瞬きする間に氷の塵に変えられる。
大切な友達が血を流して苦しんでいるのに、力があるのに助けられない。そのもどかしさと悔しさが、彼女たちの心を激しく締め付けていた。
「もう……外しましょう、ベイラお姉様。パパには後で私から謝ります」
純白の髪のニーケが、涙ぐみながらチョーカーに手をかけた。
その時だった。
「……ダメだよ、ニーケ様」
怪我の手当てを受けていた女子生徒のマリーが、ふらつく足で立ち上がり、ニーケの手をそっと握った。
「マリーさん……でも、あなたがこんなに怪我を……」
「これは、私たちの卒業試験なんだよ。女神様たちに守ってもらうだけじゃ、学園で学んだ意味がないじゃない」
マリーは、泥だらけの顔で、けれど決して折れない力強い瞳で微笑んだ。
「そうだぜ」
壁に寄りかかっていた男子生徒のレオも、剣を杖代わりに立ち上がる。
「あの機装兵、三回戦って分かったことがある。あいつら、魔法は反射するけど……大振りの攻撃をした直後、関節の隙間から赤い排熱の蒸気を出してた。あそこなら、俺たちの剣でも通るかもしれない」
「レオ君の言う通りだ」
別の生徒も、地面に広げた迷宮のマップを指差す。
「装甲そのものを壊すんじゃなくて、熱で脆くして関節を狙えばいい。女神様たちの魔法なら、それができるはずだ」
誰一人として、諦めていなかった。
圧倒的な力を持つ魔物を前にしても、絶望せず、何度も立ち上がり、活路を見出そうとする。
(……ああ。これが、パパが愛した『人間』の強さ)
ベイラは、ハッと息を呑んだ。
神の視点で見下ろしていた頃には決して気づけなかった、泥臭くて、熱くて、眩しいほどの『きらめき』。
それに気づいた瞬間、ベイラたちの心の中から「チョーカーを外して楽になりたい」という逃げの感情は、完全に消え去っていた。
◇
【泥だらけの作戦会議と、絆の証明】
「……分かりましたわ。マリーさん、レオさん」
ベイラはチョーカーから手を離し、生徒たちの輪の中に入り、地面のマップを覗き込んだ。
ヘスティアーやノアたち、他の女神たちも、真剣な表情で顔を寄せ合う。
「装甲の熱膨張を利用するのね。なら、私の『炎』で機装兵を極限まで熱した直後に……」
「私とベイラお姉様で、一気に『絶対零度』まで冷却しますわ。急激な温度変化(熱衝撃)を与えれば、魔導金属でも必ずヒビが入るはず」
アフロディテが星空の髪を揺らして提案する。
「そのヒビに、紫水晶の雷を流し込んで動きを止める。
……いけるわ。その数秒の硬直に、みんなの剣と槍を関節に叩き込んで!」
ファリナが力強く頷いた。
生徒たちと女神たちの意見が交差し、緻密な連携のピースが組み上がっていく。
それは「守られる者と守る者」ではなく、完全に「対等な戦友」としての作戦会議だった。
◇
【再戦 ~共に超える壁~】
数時間後。休息を終えた一行は、四度目となる第五十層への突入を果たした。
「ギガァァァッ!!」
地響きを立てて迫り来る四体の鋼鉄の機装兵。
「今ですわ! 琥珀、真紅!」
「行くわよ! 《焦熱の豪炎》!!」
ヘスティアーの炎と、フレイヤの風が合わさり、機装兵たちを猛烈な熱波で包み込む。装甲が赤熱し、ギシギシと悲鳴を上げた。
「次は私たち! 《氷華の絶対零度》!!」
すかさずベイラとリーフェが、極低温の吹雪を叩きつける。
パキンッ!! という甲高い音と共に、急激な温度変化に耐えきれなくなった機装兵の装甲に、無数のヒビが走った。
「ノア!!」
「痺れなさい! 《紫電の鎖》!」
ノアの雷撃がヒビから内部回路へと侵入し、機装兵たちの動きがピタリと停止する。
「いっけぇぇぇぇッ!!」
レオたち一般生徒の前衛陣が、雄叫びを上げて突撃した。
脆くなった関節部分に、彼らの剣と槍が深々と突き刺さる。
「ガ、ガァァ……ッ」
だが、最後の一体が機能停止する直前。
暴走した機装兵が、巨大な鉄の腕を振り回し、前衛にいたマリーへと直撃コースで薙ぎ払ってきた。
「マリーちゃん!!」
間に合わない。そう誰もが思った瞬間。
風のように飛び出した長女のベイラが、マリーを庇うように前に立ち塞がり、その身を挺して鉄の腕を受け止めた。
ドゴォッ!!
「くぅぅッ……!!」
ベイラの華奢な肩を、重い一撃が掠める。
神気を抑えられている彼女の肌が裂け、赤い血が舞った。
しかし、ベイラは痛みに顔を歪めながらも一歩も退かず、残った右手の掌底を機装兵の装甲のヒビへと叩き込み、内部から完全に凍結させて粉砕した。
ガラガラと崩れ落ちる鋼鉄の残骸。
静寂が訪れた第五十層に、勝利を確信する歓声が爆発した。
「やった……倒したぞ!!」
「ベイラ様! ベイラ様、血が……!」
マリーが泣きそうな顔で、ベイラの傷ついた肩に駆け寄る。
リーフェたちが慌てて治癒魔法をかけようとするが、ベイラは「大丈夫よ」と笑ってそれを手で制した。
「私、生まれて初めて……本当の意味で、自分の意志で怪我をしましたわ」
ベイラは、汚れたドレスと、ジンジンと痛む肩の傷を、どこか誇らしげに見つめていた。
それは、パパの力で守られていた無傷の女神から、仲間を守るために身を呈して戦える『人間としての強さ(心)』を獲得した証だった。
「さあ、みんな。六十層まで、あと少しよ。……私たちの足で、最下層まで駆け抜けましょう!」




