第2話:【詫び石は最強の幸運と女神様】
次に気づいたとき、僕は見知らぬ空間にいた。
真っ白で、何もない。音も風も匂いもない。
無音の虚無に立ち尽くす僕の前に、ひとりの老人が現れた。
銀髪、長いひげ、荘厳なローブ。
神話から抜け出してきたような、そんな雰囲気を持つ老人だった。
「……まずは、申し訳ない。君の人生、不幸の連続だっただろう?」
そう言った老人の言葉は、どこまでも静かで、それでいて確かな後悔に満ちていた。
「え……?」
「本来なら、君はもっと平穏な人生を送るはずだった。
だが、神界での“魂割り当てシステム”において、ひとつ――重大な手違いが起きた」
――魂割り当てシステム?手違い?
「君に割り当てられるはずの“平凡かつ小さな幸運”の因子が、別の魂と入れ替わってしまったのだ。
その結果、君は本来受けるはずだった幸運を全て失い、“極端な不運体質”として人生を歩むことになってしまった」
何を言っているのかわからなかった。
でも……今までの人生を振り返ると、あまりに“説明がつきすぎて”いた。
「それって……僕の人生が不幸だったのは、“神のミス”ってことですか?」
老人は深く頷いた。
「――まったくもって、その通りだ。心から、すまない」
そう言って、彼は地面に片膝をつき、頭を垂れた。
神が、人間に――いや、“死んだただの不運な高校生”に頭を下げた。
その事実の重さが、ようやく僕に、現実を飲み込ませた。
「……じゃあ、もう一度やり直せるんですか?」
僕の問いに、老人は再び顔を上げ、神々しい光の扉を背後に出現させた。
「もちろんだ。だが、ただやり直すだけではない。
今度こそ、君に本来与えられるはずだった幸運……いや、それ以上の“最高等級の幸運加護”を授けよう」
老人の手のひらから、眩い黄金の光が舞い上がる。
まるで祝福の羽のように、空間に降り注ぐ輝き。
「君に与える加護の名は――《運命改変・至高運》」
「運命、改変……?」
「そう。“君の周囲で発生するすべてのランダム要素”は、最良の結果をもたらす方向へと“自動修正”される。
出会いも、戦闘も、選択も、すべてが“君にとってもっとも有利な結果”になるよう導かれるだろう」
思わず、口元が引きつった。
不幸の化身とまで言われたこの僕に、幸運を与えるなんて。
まるでコントのような話だ。
「……いくら幸運でも、剣で刺されたら、普通に死にますよね?」
僕は率直に、そして正直に聞いた。
どれだけ運がよくたって、致命傷を受けたらアウトだ。
“幸運”だけじゃ防ぎきれない事態なんて、いくらでもある。
老人――神は、目を細めて静かに頷いた。
「確かに。君の言うとおりだ。
幸運は確率を引き寄せる力にすぎず、“物理的な死”そのものを防ぐわけではない。
……だからこそ、我々は君に“守護者”を与えることにした」
「守護者……?」
神はゆっくりと振り返ると、空間に向かって右手をかざした。
その先に、銀と金の紋様が編み込まれた壮麗な扉が現れる。
「神界において最も新しく生まれた存在――
我が末娘、女神コノハナサクヤを“護衛”として遣わそう」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。
扉が、ゆっくりと開く。
光の中から、ひとりの少女が静かに歩み出た。
「……はじめまして、主さま。護衛を務めます、コノハナサクヤです」
その姿を見た瞬間、僕は言葉を失った。
まず目に飛び込んできたのは、プラチナシルバーの髪だ。
光そのものを織り込んだような銀糸は、艶やかに流れ落ち、彼女の膝の裏まで届くほどのストレートロングを描いている。
顔周りの髪だけは両サイドですくい上げられ、プラチナのリボンで結われたツインテール・ツーサイドアップが、歩くたびに愛らしく揺れていた。
顔立ちは、この世の美醜の概念を超越していた。
陶器のように滑らかな白い肌に、宝石を埋め込んだような深く澄んだサファイアブルーの瞳。
その瞳が、まっすぐに僕を見つめている。
そして、その肢体もまた、芸術品のように完成されていた。
身長は僕よりも高い、およそ175cm。
驚くべきはそのバランスだ。腰の位置が異常に高く、股下は見た目でも身体の半分以上――90cmはあるだろうか。すらりと伸びた脚線美は、人間離れした美しさを放っていた。
服装は、彼女の神秘性を際立たせつつも、どこか扇情的だった。
身に纏っているのは、肌の白さを強調する深紅のキャミソールワンピース。
その下には、ふわりと広がる超ミニのチュールスカート。
歩くたびに揺れる裾からは、その長い脚が惜しげもなく晒されている。
豊かな胸元(B90)からくびれたウエスト(W50)、そして滑らかな曲線を描くヒップ(H90)へ。
完璧な黄金比率が、薄い布一枚越しに主張していた。
「……き、君が、僕の護衛?」
あまりの美しさに、裏返った声が出てしまう。
コノハナサクヤは、サファイアの瞳を細めて、優雅にカーテシー(膝を折る礼)をした。
「はい。未熟な身ではありますが、この身命を賭して、主さまをお守りいたします」
その声は鈴を転がすように美しく、それでいて絶対的な忠誠心を感じさせた。
神が、呆然とする僕を見てニヤリと笑う。
「どうだ、気に入ったか?
今はまだ生まれたばかりでこの姿だが……彼女は“成長”する女神だ。
お前の幸運と、経験次第で、その姿はより神々しく、より美しく変化していくだろう」
「へ、変化……?」
「ああ。髪はより長く、背はより高く、力はより強大にな。
育て方次第で、世界を傾けるほどの美姫になるぞ」
神の言葉に、コノハナサクヤは少し恥ずかしそうに頬を染め、プラチナの髪を指で弄んだ。
「父様、あまり主さまを困らせないでください……。
でも、主さま。私は、あなた様のために強くなります。
いつか、あなた様にふさわしい、最高の女神となれるように」
その言葉と、はにかんだ笑顔。
僕は直感した。
この理不尽な不幸の連続だった人生の最後に、とんでもない“大当たり”を引いたのだと。
神が、そんな僕の戸惑いに重ねて告げる。
「誤解のないように伝えておこう。
サクヤは、単なる“護衛役”ではない。
彼女は、神界の中でも特異な力を持っている」
神は手をかざし、空間に“神位表”と呼ばれる透明な一覧表を浮かべた。
その中で、サクヤの名は異質な場所に刻まれていた。
《階位外》──すなわち、計測不能。
「……サクヤの力は、既存の神格レベルでは計れない。
物理攻撃への絶対回避結界、対魔障壁、空間跳躍能力、時間遅延処理……
いずれも神界の中核級に匹敵、もしくはそれ以上だ」
「え、ええ……」
「つまり、彼女が傍にいる限り――
どれだけ致命的な攻撃を受けても、“君は死なない”。
君は、安心して新しい世界で生きればよい。彼女が“全てを引き受ける”」
……それ、もはやチートとかそういう次元じゃない。
「さあ、時が来た」
神が手をかざすと、空間がゆっくりと揺らぎ、世界に“地”と“空”と“重力”が戻ってくる。
「君は、新たなる世界に転生する。
その地位は――“ローレンツ伯爵家の第一子”。
人族の名門貴族家の長男として、生を受けるだろう」
「……長男ってことは、将来の当主ですか?」
「その通り。だが、慌てることはない。
君の“幸運”と“守護者”が、すべての道を切り開いてくれるはずだ」
コノハナサクヤ(通称:サクヤ)が、一歩こちらに近づいて手を差し出した。
「行きましょう、主さま。
今度こそ、あなたにふさわしい人生が始まるのです」
僕は、その手を取った。
強くて、温かくて、まるで“運命”そのものに導かれるような――
そんな確かな手だった。
光が僕らを包み、世界が弾けるように転じていく。
こうして僕は、
“最高等級の幸運”と“最強の女神”を携え――
異世界の貴族の長男として、二度目の人生を歩み始めたのだった。
――光の奔流に包まれたかと思った次の瞬間。
まるで深い水面に沈み込むような感覚が、全身を満たした。
熱くもなく、冷たくもない。
ただ、すべてが“やり直される”ような、静かで、神聖な気配。
どこまでも広がる光の海の中で、僕の意識はゆっくりとほどけていった。
――これが、転生というものなのか。
◇
……そして、意識が戻った。
最初に感じたのは、ふわりとした柔らかさ。
絹のような肌触りに包まれた、自分の小さな身体。
ゆっくりとまぶたを開けると、そこにあったのは――
壮麗な天蓋付きベッド。
天井は高く、彫刻が施された柱が四隅を支えている。
窓から差し込む朝の光が、大理石の床に柔らかな輝きを落としていた。
聞こえてくるのは、鳥のさえずり。
そして、どこか遠くから聞こえる馬の嘶きと、庭を手入れする者たちの足音。
見渡す限り、現代日本とはかけ離れた世界だった。
まさしく“異世界”だ。
だが、それよりも何よりも――
「おぎゃあ……おぎゃあ……!」
――泣き声?
……いや、これ、自分の声だ!
あわてて状況を把握しようとするも、体はあまりに小さく、動きもおぼつかない。
手を伸ばせば、それは赤ん坊のようにぷにぷにしていて、反射的に口に指をくわえてしまいそうになる。
(ま、まさか……赤ん坊に転生……!?)
混乱している間に、部屋の隅で控えていた壮年の男が、顔を紅潮させて駆け寄ってきた。
「お、おぼっちゃまが……! お生まれになられたぞ!!
我らがローレンツ伯爵家に、ついに、ついに正統なる後継ぎが!!」
声は震え、目には涙。
彼の言葉が、現実を突きつけてくる。
――僕は、貴族の家に生まれたんだ。
それも、正真正銘の“嫡男”として。
現代での冴えない不幸な人生。
そのすべてを抱えて死んだあの日の僕が、今――
“運命の中心”にいる。
(……これは、まさかの人生大逆転……?)
天井を見上げながら、自然と笑みがこぼれた。
眩しい光がまぶたの奥まで差し込んできて、温かさが胸に満ちていく。
この世界では、孤独じゃない。
虐げられることもない。
神が言っていたように、今度こそ“幸せな人生”が始まるのだ。
そして――
その隣には、そっと控えているひとつの存在。
乳母の装いをした、銀髪の女性。
髪を後ろでまとめ、素朴なエプロンドレスに身を包み、控えめな微笑みを浮かべている。
けれど、その目はあまりに整いすぎていた。
肌は雪のように白く、瞳にはどこか神秘的な光が宿っている。
「……主さま、ようこそ。この世界へ」
他人に聞かれぬよう、耳元で囁くその声は、転生前の神界で聞いたあの少女の声と、まったく同じだった。
「……サクヤ……?」
小さな声が、自然と漏れる。
彼女は柔らかく微笑んだ。
「はい。私はどこまでも、主さまの護衛にして従者。
この命が続く限り、主さまをお守りいたします」
そこにいたのは、間違いなく“女神”だった。
この世界の誰にも知られることなく、けれど絶対的な守護として存在する、僕だけの神。
その姿を見つめながら、僕は――
生まれ変わったばかりのこの身体の中で、
人生という名の大冒険の始まりを、静かに実感していた。
(……よし、今度こそ、やってやる)
運命に見放された少年は、
今、運命に祝福された貴族の息子として、生を歩み出す――
――その傍らには、決して離れることのない、最強の女神を従えて。




