危険海域
「船長! 居ました! 僕が見た化け物です!!」
そんな声と共に現れたのは、さっき私の背後に幻の化け物を見た清掃員と、この潜水艦の乗組員っぽい男の人達が5人。それから先頭には、変わった男の人が皆を率いて歩いていました。スキンヘッドにアイマスク。【完全記憶】が無くても絶対に忘れられないようなインパクトのある男の人です。
「なぁにが僕が見た化け物よ!アタシが盲目なの分かって言ってるの!?」
男の人・・・ですよね? 喋り方は個性的ですが、男の人だと思います。
「あ、えと、すみません! 通路の先に僕の推しの配信者のポムちゃんみたいな黒髪の―――」
「知らんわ! 盲目だっつってるでしょう!? 比喩を使わずに説明しなさいよ!この凹野郎!」
「あ、はい・・・」
清掃員の人が私とルテンの容姿を事細かに説明し始めます。
「ノ、ノエルちゃん。何してるの!? 早く逃げようよ!」
私に肩車されているルテンがコソコソと耳打ちしてきます。
「え、どうしてですか? 私は別に何も悪いことしてません。悪いことしてるのはあっちです普通はあっちが逃げる方でしょう」
「いや、それはさすがに違うでしょ」
まぁ、ルテンの言いたいことも分かります。せっかく檻から脱出したのにまた捕まるかもと思ってるんでしょう。
「心配ないですよ。ルテン。私が絶対ルテンを守りますから」
「ノエルちゃん・・・」
私に肩車されているルテンが震える声で私の名前を小さく呟いて、私の猫耳をそっと掴みました。正直やめてほしいです。 ・・・でも、ルテンはこの世界で唯一の私の家族です。デコピンやくすぐり攻撃、例え叩かれたり蹴られたりしたって私は彼女を守ってみせます!
「なるほどね~~~・・・って、このばぁっか! このばぁっか! その特徴は完全に獣国の姫様じゃないの!」
船長と呼ばれた男の人は、清掃員をゲシゲシと力強く蹴っています。部下であろう人に、なんて酷いことをするんでしょう。最低です。
「部下に暴力を振るうのは良くないですよ。ダメなことをした時は言葉でしっかりと叱るべきです」
「ほぅら見なさい! こんな状況でこんな場違いなこと言ってるわよ! 完全に浮世離れした箱入りのお姫様よ!」
「失敬なっ! 私は浮世離れでも箱入りでもないです! それよりも、私はあなたに聞きたいことがあるんですけど・・・」
「いったい誰よ! こんな厄介な客を乗せたやつは!アタシはそんな指示出してないわよ!? アタシが命令したのは・・・ってそれは今はいいのよ! どんな理由があって誰がこの姫様をこの潜水艦に乗せたのか誰か説明できる奴はいる!? きぃぃぃぃ! あぁ! 腹が立つったらありゃしないわ!」
船長は後ろに控えている乗組員達に怒鳴り散らかしてます。
「まったく・・・話の聞かない人達ばかりですね」
「えぇ・・・誰かまともな人はいないの・・・って、ボクかっ」
肩車されながらずっと私の猫耳をモフモフさわさわしてるルテンがまともとは思えないです。こんなに耳を触ってくる人は初めてです。そういう趣味なんでしょう。
「なぁ・・・船長。俺に心当たりが・・・」
他の乗組員と重なって見えなかった小柄な男の人がひょこっと出てきて、様子を窺うように恐る恐ると手を挙げました。
「たぶん・・・新入りだと思うんだけどよ・・・」
「言葉遣いを直しなさいよ!」
「あ、はい。すみません。えっと・・・恐らく新入りだと思うんですけど、見慣れない奴がいて・・・顔はよく覚えてないんですけど、明らかに女物の赤いリュックを背負った奴がいて・・・」
「あっ! それ多分私のランドセルです! その人どこにいるんですか!?」
この場の皆の視線が小柄な乗組員へと集中します。
「あ、えーっと、それが分かんなくて・・・ただ、小型ポッドが一隻無くなってたんでたぶんもうこの潜水艦にはいないと思う・・・ます」
「はぁぁ!? 誰よそいつ!? 意味わかんないんだけど!?」
本当です。よく考えれば、何がどうしてこんな状況になってるのか、意味が分かりません。
「ノエルちゃん、ノエルちゃん」
ルテンが耳元で囁いてきます。くすぐったいです。
「聞いた? 小型ポッドだって。今は逃げてその小型ポッドでここから脱出しようよ。うん、その方が安全だよ」
「え? でもあの船長に謝罪をしてもらわないと・・・」
「ううん。そんなことよりも、無事にこの状況を切り抜けることが大事だよ」
確かにその通りですね。くるっと回れ右です。
ビシッ!
乗組員達に背を向けた瞬間、足首に何かが巻き付きました。
「この状況を切り抜けなきゃなんないのはアタシ達もよ」
・・・鞭です。振り返ると、盲目なハズの船長が鞭を操って私の足に巻き付けてきました。
「あら? 不思議そうな顔ね? 目は見えなくても、空間を把握する術はあるのよ」
ルテンが「ノエルちゃん・・・」と心配そうな震え声を出します。さっきはちょっと頼もしいかもと思いましたが、よく考えればルテンが私の猫耳をモフモフするのはそういった不安や恐怖を少しでも紛らわせる為なのかもしれません。
「・・・って、アナタ。ビックリするくらい冷静ね。上に乗ってる子はとの差がありすぎだわ・・・」
何か分からないですが引かれました。心外です。
「ま、まぁ、冷静なのはいいことだわ。お互いにとってね。・・・だって、これから取引するんだからね」
「え、取引ですか? あいにくと手持ちは何もありませんよ」
「何も金が欲しいってわけじゃないのよ。アタシが欲しいのは沈黙よ」
「沈黙ですか? 静かにして欲しいんですか?」
船長は「クスッ」と笑ったあと、首を横に振りました。
「正直言って、アタシは今、アナタの扱いに困ってるのよ。ここで処分しても、このまま幽閉しつづけても、かと言って売り飛ばしても、獣王国のお姫様を連れ去ったアタシ達は殺されるわ」
そんな・・・人を殺すなんて悪魔みたいなとんでもないことを人がするとは思えないですけど・・・。
「そこで、取引よ。アタシ達はアナタが行きたい場所までアナタを送り届けるわ。その際に金銭を要求するのなら出来る限りの金を渡す。その代わりアナタはアタシ達のことは他言しない。・・・もちろん、魔力を使った契約書を用意するわ」
「なるほど・・・」
「どう? 悪くないでしょう?」
確かに悪くないですね。魔力を使った契約書というのはよく分かりませんが、恐らく強力な強制力があるんでしょう。肩車されてるルテンが「契約した方が・・・」と呟いてます。でも、私はその提案に頷くことはできません。
「アナタ達をじゃなくて、アナタをなんですね。・・・ルテンも一緒じゃなきゃ嫌です」
「フッ、やっぱり冷静ね。鋭いわ。・・・そうね。アタシ達は任務を遂行しなければどっちにしろ先はないの」
「じゃあ・・・」
「決めるのはアナタじゃないわよ」
ビィン!
「んにゃ!?」
「わぁ!」
足に巻き付いてる鞭を引っ張られて、尻餅をついちゃいました。肩車していたルテンも後ろに転がります。尻尾を踏まれて痛いです。
船長は鞭を片手で撫でながらルテンの方を向いて口を開きます。
「騎士団長の娘、公爵令嬢。この先、アナタのもう一つの褒美。その呪いを背負って、そのお姫様と一緒にいられると思う? きっと足を引っ張って、アナタの大切な人ごと不幸になるわよ」
「・・・っ」
船長の妙に優し気な言葉に、ルテンが息を吞みました。
「ルテン?」
「あ、あの・・・ノエルちゃん」
長い前髪で顔を隠したルテンが、何かを言おうと口をパクパクさせています。
「その公爵令嬢はね。【錬成】の他に【窃盗】っていう褒美を持っているのよ。何もしなくても持っているだけで疑われる、褒美の提示が義務付けられている貴族にとっては命取りだし、就職の際に鑑定書の提出が必須な平民社会でも致命的・・・そんな呪いの褒美よ」
斜め後ろで座り込んでいるルテンが小刻みに震えています。
「さぁ、選びなさい。公爵令嬢。アタシ達はね、そんな呪いの褒美を持った集団で、アナタのお父様からの依頼でアナタを迎えに来たのよ」
「お、お父様が・・・?」
「えぇ、アタシには見えないけど太い眉毛がアナタとそっくりらしいわよ。どういう手段でか、アナタが【錬成】という準1級の褒美を得たことを知って依頼してきたの。アタシ達と来れば、少なくともその呪いを活かした生活を出来るわよ。誰からも疑われないし、捨てられることもない」
太い眉毛がそっくりなルテンのパパさん・・・何だか面白い想像をしてしまいました。それにしても、この船長はさっきからルテンに何を言ってるんでしょう? だって、何を言ったところで・・・
「アタシも【透視】っていう呪いを得て、姉と妹に目を―――」
「いい加減にしてくだい!!」
黙って聞いてましたが、我慢できずに立ち上がって怒鳴っちゃいました。後ろで俯いていたルテンも、得意げに何か話そうとしていた船長も、その後ろで「まだ終わんないのかな?」みたいな顔で立っている乗組員達も、皆が目を見開いて私を見ます。
「さっきから何を言ってるんですか!? あなたが何と言おうと、ルテンがどんな選択をしようと、最終的に決めるのは私です!」
「はぁ!?」
「ノエルちゃん!?」
船長が片方の口角上げて、訳が分からないみたいな顔をしています。
ルテンがバッと顔を上げて、飼い主に捨てられそうになってる犬みたいな潤んだ瞳で見つめてきます。
「ルテンは私の家族です!」
「ノエルちゃん・・・っ」
「例えルテンがとんでもない窃盗犯だとしても、それでも私の家族です!」
「ノエルちゃん!?」
褒美は、その人の努力の結晶だと聞いてます。少なくともルテンは【窃盗】に関する何らかの努力をしていたんでしょう。それが悪い事だったのかはあとで聞いてみないと分かりません。でも、どんな過去であれ一緒に向き合うのが家族です。
「はぁ、取り付く島もないわね。分かったわ。じゃあ、もう好きにしなさい。アタシ達も好きにするわ。・・・一か八か、アナタを海の藻屑にしてトンズラしようじゃ――――」
ブオォォォォォン
・・・・!?
何の音ですか!?
私と船長の2人だけが動きを止めて、音の出所を探ります。他のルテンや乗組員達は突然動きを止めた私達に首を傾げています。
ビィィィィィィィ!!
次に誰でも聞こえるような警報が潜水艦内に鳴り響きました。そして、機械的な音声が流れます。
『警告、危険海域に侵入しました。直ちにルートを修正してください』
危険海域? 初耳です。初耳ですけど、とてもヤバイことは分かります。だって、ルテンを含む全員が顔を真っ青にしています。
「どういうこと!? 自動操縦モードにしていたハズよ!? 艦内のコンピューターか動線を破壊されない限り事前に設定したルートを外れるなんて・・・いいえ、原因はどうでもいいわ! ルートの修正なんて間に合わない! 直ちに浮上するわよ!」
「ふ、浮上ですか!?」
「早くなさい! 水圧で死にたいの!?」
乗組員達が大急ぎで回れ右して走り去って行きます。船長も私に巻き付けていた鞭なんてすっかり忘れて、大慌てで乗組員達の後ろを走って行きました。
「ノ、ノエルちゃん! ボク達はどうすれば・・・」
「だ、大丈夫です! 傍にいてください。私が絶対守りますから」
ルテンと私、お互いに身を寄せながら、周囲を警戒します。
ブオォォォォォン
さっきと同じ謎の音が聴こえたと思ったら、潜水艦が大きく揺れました。
「んにゃああああああ!」
「んーーーっ!」
ミシミシミシミシ・・・
潜水艦の壁の奥から金属が軋むような音が聴こえてきました。
「ま、まさか・・・」
ビシッ
壁に亀裂が走りました。ポタリと額に汗が伝います。
「ルテン!」
「ノエルちゃん!」
お互いにギュッと抱き合います。身長差はあるけど、ルテンが座り込んでいるお陰で目線は私の方が若干上で、抱え込む形になっています。
・・・ルテンを守らなきゃ!!
そう1つ呼吸を挟んだところで、亀裂が大きく割れました。外から海水が凄い勢いで流れ込んで来たと思ったら、割れ目が床まで伸び・・・潜水艦が真っ二つになりました。
「ルテ・・・がぼぼぉ」
私とルテンは海中へと放り出されました。ギュッと目を瞑って私に抱きついてきているルテンを、離れないようにしっかり両手で掴んで、周囲の状況を確認して・・・驚きすぎて含んでいた空気を半分くらい吐き出しちゃいました。
巨大な・・・タコ!? 潜水艦の30倍以上は余裕である大きなタコが潜水艦を握りつぶしていました。潜水艦の周囲では、さっきの船長や乗組員達が小型ポッドにしがみついているのが見えます。
どうか頑張って生き延びてください!申し訳ないですが、こっちは私自身とルテンを守るだけで手一杯です。
とにかく、私とルテンの重力の影響をゼロにしてみます!それでどうなるかは分かりませんけど! お願いです! どうにか助かってください!
・・・すると、ビックリするくらい浮きました。もうスピードで海面へ向かって浮上して行きます。下を見ると、巨大なタコだけでなく、得体の知れない大きな生物がうじゃうじゃと犇めいていました。鳥肌が止まりません。気にしないようにしてましたが、ちょっと漏らしちゃったかもしれないです。
バシャーン!!
海上へ飛び出しましたが、スピードが収まりません。その勢いのまま上空まで飛んでいきます。
「ぷはっ・・・ノ、ノエルちゃん。ど、どうなってぇええええ!? なんで!? どういう状況!?」
「ルテン、新発見です。体や服に触れた水も【重力操作】の影響下にあるみたいです」
視界の先には、大きな火山と綺麗な虹がどこか幻想的な島が見えます。
「きっと、あれがブルーメ島ですね!」
読んでくださりありがとうございます。船長達はきっと生き延びてます。




